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【特別企画】発売20周年なので、「サウンドノベル 街」をどこよりもディープに振り返ってみる

当時の記事を担当したロートルゲームライターが、20世紀最後の名作サウンドノベルについて長々と綴った

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1998年1月22日 発売

 1998年にセガサターンで発売された「サウンドノベル 街」(以下、「街」と略)が、今年発売20周年を迎えた。1990年代にチュンソフト(現スパイク・チュンソフト)が新たに打ち立てたアドベンチャーゲームのジャンル「サウンドノベル」の第3弾として1998年1月22日に発売された本作は、同シリーズとしてはもちろん、セガサターンを代表する名作として、現在も多くのファンが存在している。その証拠として、このアニバーサリーイヤーを受けて、「街」ファンのライター諸氏による振り返り記事が、既にいくつかのメディアに掲載されていて、目にした方も多いのではなかろうか。

 本稿もまた同様のコンセプトの記事となるわけだが、今回は本作の20年来のファンであり、さらに発売当時の雑誌記事や読者コーナーを担当したことがある筆者が、手元に残してある該当記事や記憶をもとに、どこよりもディープな内容でこの「街」という作品を振り返ってみたいと思う。

 本稿を楽しんでくれるような読者諸氏は、恐らく「街」をプレイ済みの方も多いと思われるので、本作における常識的な説明は省き、なおかつネタバレ上等の内容でお届けしていく。ちなみに本稿の公開日である本日10月15日は、「街」の劇中の最終日となる5日目である。20時に渋谷に上がった花火を見るような気分で楽しんでもらえれば幸いだ。

セガサターン版「サウンドノベル 街」のタイトル画面。CD-ROM2枚組の大作だ

 まずは本題に入る前に、筆者とこの「街」の関わりについて触れておきたい。1998年当時、筆者はゲームライターとしてセガサターンの専門誌(「セガサターンマガジン」)を中心に仕事をしていた関係で、本作に関する情報も事前にチェック済みだった。当時はスーパーファミコンで展開されていた人気のサウンドノベルシリーズの最新作がセガハードにやってくるということで、専門誌としてはお祭り騒ぎにも近いプッシュをしていて、筆者も記事の送り手としてそれに乗っかったクチだ。

 同誌面ではレビューも担当し、これまでのシリーズとは全く違う作り込まれたシステムと、当時の勤務地だった現実の渋谷の街で繰り広げられる物語に魅せられ、さらに根っからのミーハー気質から、登場キャラクターを演じている出演者にも大いに興味を惹かれた。それがきっかけで、発売後に「街」の読者投稿コーナーを当時の編集者とコンビで担当し、出演者や脚本家へのインタビューのほか、主人公の1人「細井美子」役の伊藤さおりさんを連れて渋谷の街で“聖地巡礼”的なロケ地巡り企画をやったこともある。本稿の読者の中には、当時の記事を読んでいたり、投稿をしてくれたりした方もいるかもしれない(当時のペンネームは“TETSU”、肩書きは“街バカ”)。

1997年の発表から、筆者が担当した読者コーナー最終回まで、約3年分の記事のファイル

 あのときの記事は、「街」が最初に発表されたときのものから全てスクラップして手元に置いてあり、時折読み返しては当時のことを思い出しほくそ笑んでいる。ゲームも手軽なPSP版を触ってノスタルジーに浸っているが、今回はこの執筆のためにセガサターンを引っぱり出し、ゲームを改めて最初からプレイして、スクリーンショットを撮影している。本稿に掲載している画像は、注釈がない限り全てセガサターン版となる。

ソフトは「街」にも登場するタワーレコード渋谷店で購入。発売日には、美子役の伊藤さおりさんと薫役の谷口あゆみさんがお渡しイベントも開催。そのときのポラ写真も
パワーメモリーに保存されていた当時の筆者のゲームファイル。バッドエンド半分ぐらいしか見てなかったのか!

誰かの行動が他の誰かの未来に影響を与える、「運命のいたずら」のゲームシステム化を実現

 構想5年、「弟切草」を手掛けドラマの脚本家としても活躍中の長坂秀佳氏が原作・脚本・監督を務め、画面は全て実写で使用総数6,000枚以上、出演者は約400人にわたり、“主人公100人構想”という壮大なプロジェクトの一環として、1997年に2月に行なわれた発表会にて本作はお目見えした。

 サウンドノベルシリーズとしては「弟切草」と「かまいたちの夜」に続く3作目であり、それまでとは全く違うゲームシステムを備えていた。主人公は8人(隠しシナリオを含めると10人いるが、本稿では便宜上8人とする)登場し、渋谷という大きな街を舞台に、10月11日から15日の5日間の時間軸で、それぞれが異なる人生を歩んでいくというシナリオが展開。全シナリオは基本的に一本道だが、「マルチフラグメント」と銘打たれたシステムにより、特定の主人公が特定の選択肢を選んだ結果が本人のみならず、別の主人公のシナリオにも影響を与え、予期しない結末の「バッドエンド」を迎えてしまうこともある。誰かのふとした行動が他人の未来を変えてしまうという、「運命のいたずら」的な出来事を上手くゲームへと落とし込んだゲームシステムが、本作の最大の特徴だった。

関連する選択肢のあるシナリオを読んでいないと、前触れもなくバッドエンドになることも

 このシステムはゲーム冒頭から仕込まれていて、例えば主人公の「雨宮桂馬」が、もう1人の主人公「牛尾政美」の起こしたもめ事を注意することで、両者がバッドエンドを迎えてしまう。ほぼ同じ時間帯の「高峰隆士」が時間を潰しに行く選択肢を選ぶと、偶然「篠田正志」と出会い、それにより正志がバッドエンドになるといった具合だ。ゲームが進むに連れその仕掛けが少しずつ難しくなっていくバランスは絶妙で、チュンソフトの職人的な技術力を感じることができたはず。中でも牛尾と「馬部甚太郎」の「3日目PM03:10」のシーンは、同じ時間帯の両者が正しい選択肢を選んでいないと、どの選択肢を選んでもバッドエンドになるという、単純ながらも巧妙な仕掛けに、筆者は数時間悩まされたことを覚えている。

正しい選択をすると、ついに牛・馬が出会う。……のだが、ずいぶん悩まされた

 ゲームはシナリオを読み進めつつ、バッドエンドを回避するために慎重に選択肢を選んだり、逆にいつの間にかバッドエンドとなってしまった原因を探して、別のシナリオを進めたりするプレイスタイルが基本となるわけだが、バッドエンドの多くはちゃんと専用のシーンが作られていて展開も面白く、ゲームを進めていくうちにそれを見ること自体が楽しくなってくる。ゲームクリア後に、見ていないバッドエンドを必死になって探したプレーヤーも多いだろう。

 ちなみに全シナリオを読んで、122個全てのバッドエンドを見ると、完全制覇の証として「金のしおり」がセーブデータに表示される。今回紹介しているセガサターン版では、ゲーム発売前に行なわれた「プリクラキャンペーン」にて、ユーザーから募集した「プリント倶楽部」で撮影した顔写真をコラージュした奇妙なゲーム画面でプレイできるモードがアンロックされるようになっていた。

プリクラキャンペーンの写真はいろいろなところに登場。セガサターン版しか見られない

 このマルチフラグメントによるバッドエンドとは別に、「ザッピング(ZAP)」のシステムも導入。こちらは各シナリオを読んでいる途中で「つづく」と表示されてゲームが中断され、別のシナリオに仕込まれた緑色の「ZAP」という項目からザッピングをすることで続きを読めるという仕組みだ。読んでいる最中のシナリオが特別な演出もなく強制中断されるため、ユーザーの評判はあまりよくなかったようだが、マルチフラグメントとはまた違う特徴的なシステムであり、選択肢選びとは一味違う感触を味わえたことから、個人的には評価しているポイントだ。

チャートのないセガサターン版の場合、呼んでいる最中ZAPが出てきたらとりあえずしおりに挟んでおくのが確実
ZAPとは別に仕込まれた「TIP(ティップ)」は注釈文。用語解説の他、続きの物語になっていたり、ネタだったりするものも

100人の人物が100通りの物語を繰り広げる、“主人公100人構想”という壮大なプロジェクトの始まり

 本作の発表時に掲げられた“主人公100人構想”とは、渋谷の街の5日間を舞台に、100人の人物が100通りの物語を繰り広げる様子を描くという壮大なプロジェクトで、この「街」はその第1弾として、8人の主人公の物語が描かれることとなった。隠しシナリオや一部の裏設定などを除いて、全員が他人であるが、お互いが直接または間接的に干渉しながら、「街」という物語を形作っていく。

 主人公が別の主人公のシナリオにサブキャラクターとして登場するように、本作ではサブキャラクター扱いだった人物が、次回作の主人公となる可能性があったのがこの“主人公100人構想”である。本作に登場する8人以外にも複数のシナリオの制作が進められていたことは開発当初から明らかにされていて、その時点で「街2」そして「街3」と、続編を作ることも想定されていた。

 メインとなる主人公8人のシナリオは、彼らの職業やキャラクターに合わせて全く違うテイストで描かれている。複数の脚本家がプロットを執筆し、長坂秀佳氏がそれを監修・執筆して1つの世界観にまとめているため、それぞれがまったく違う内容でも全体的に統一感があり、読み物としての完成度を高めている。

主人公は8人。条件を満たすと新たに2人のシナリオが出現する

 それでもやはり、プレーヤーの好みは出てしまうわけで、どの主人公のシナリオが好きかという談義は、ファンの間では必ず盛り上がる話題だ。筆者は当時から牛・馬編「The wrong man 牛」/「The wrong man 馬」の大ファンで、姿形が似た人物が入れ替わって繰り広げるスラップスティックコメディという定番の面白さに加えて、特殊な業界用語を使ったコトバ遊びのような会話のやりとりや、“役者を演じるヤクザ”牛尾と“ヤクザを演じる役者”馬部の奮闘ぶりは、毎度ニヤニヤしながら読んでしまう。今考えて見ると、彼ら2人のシナリオのみがクライマックスで集結していく様子は、10年後に発売される「428 ~封鎖された渋谷で~」のシナリオにも通じるものがあり、ゲーム全体のバランスを引き締めている印象もあった。

筆者が最も好きな馬部の「2日目PM01:10」のシーン。「オイ、そこのヒゲオヤジ。お前ちょっとこのテーブルわらえ」
牛・馬のシナリオはBGMも名曲が多い気がする。「Panic Dance」と「刑事魂」が好きだ

 そしてもう1つ衝撃を受けたのは、隠しシナリオの「青ムシ抄」だ。サウンドノベルシリーズ伝統の「ピンクのしおり」扱いのシナリオとなるわけだが、その情報はゲーム発売後もしばらく伏せられていたため、全シナリオクリア後の選択画面の中央に、よりによって「青井則生(=青ムシ)」の名前が出てくるなんてことは、予想だにしない出来事であった。ちなみにセガサターン版のパッケージの裏には、隠しシナリオの主人公2人のシルエットも描かれていたのだが、当時の筆者はその1人が青ムシだと気付くことはなかった。

「青ムシ抄」の“抄”には“SHOW!”のルビを振るノデ!
動くシーンでわ、キャラクターが滑らかにアニメーションするノデ

 シナリオを始めてみると、それまでの実写とは正反対の一昔前のセルアニメ風の絵柄で、漫画やアニメ、特撮、ドラマなどのパロディづくしという内容もまた衝撃的だ。ピンクのしおり出現後のちょっとエッチな展開も交えつつ、他の8人と同様、渋谷での5日間が描かれていて、ちゃんとバッドエンドもある。そしてさらなる衝撃の結末……。内容が内容だけに、一部のプレーヤーからは“読むのがちょっとキツい”という評価もあったようだが、筆者としてはこの後さらなる隠しシナリオ(「花火」、主人公は隆士の父「高峰厚士」)が出現するというビッグサプライズも込みで、十分楽しませてもらったクチだ。

これわ陽平編と青ムシ編の1日目AM10:40なのデ。青ムシのシナリオが出ると、ちゃんとZAPも出てくるノデ
もちろんキャラクターもたくさん出てくるノデ。水曜日ちゃん……
パロディにわちょっと時代を感じるかもネェ……
「青ムシ抄」でわ、インターフェイス周りも結構変わるノデェ

複数の主人公の目線により、キャラクターの多面性が描かれる

 主人公8人について語られる機会は多いかと思うので、ここではその脇に登場するサブキャラクターについて触れておきたい。主人公を取り巻く人物の中にもいい味を出しているキャラクターはたくさんいて、桂馬編の「麻生しおり」や、正志編の「水曜日」と「日曜日」、牛・馬編の「椎名みちる」と「白峰るい子」、「飛沢陽平」編の「倉科亜美」、「秋葉美奈子」、「片瀬ユキ」などは、ヒロインと呼んでも差し支えない存在だ。また多くの主人公の重要な場面で現われて、その場をかき回すコスプレ警官「尾形敬治」や、謎の宗教団体「キャベツ教」に所属する女子高生3人組「マチーズ(鴨野理奈、今中綾、渡部優奈)」、そして街を牛耳る関東白峰組組長「白峰忠道」などもインパクトのあるサブキャラクターだった。

正志のシナリオ「七曜会」は個性的キャラクターの宝庫。脅迫相手もまた面白い
美女のヒロイン3人に迫られる、色男の受難(自業自得)
美子編「やせるおもい」の「秋山薫」(左)は、実は不思議な人物だという伏線もあった
正体不明の「ジェロニモ」だが、実は美子と意外な繋がりも……

 面白かったのは、シナリオによって一部のサブキャラクターの印象をがらりと変えてしまうという演出が施されていた点だ。例えば「これだ!」のセリフでネタキャラとして愛されるテレビ太陽のプロデューサー「木嵐袋郎」は、「市川文靖」のシナリオでは、「えっへっへ」といやらしく笑う裏に文学青年の顔を持ち、市川の作家としての仕事に真剣に向き合うという意外な一面を見せ、その後の市川とのやりとりはシナリオの見せ場となった。また牛・馬編で「ガーッと」とか「ダダーン!」とか、勢いだけの言葉で現場を仕切るコミカルなディレクターの「カバ沢猛」は、同じく市川のシナリオでは、出世のためには手段を選ばない、どす黒い裏の顔が強調されている。この2人と少しニュアンスは違うが、元政治家で正志に脅迫される「海塚正治郎」は、隆士の前にはホームレス姿の「伍長」として登場する。主人公が複数いるからこそ可能とした演出で、人間の多面性を巧みに描き、キャラクターに奥行きを出している。

木嵐の描かれ方は、一種の“ギャップ萌え”な演出といっていいかもしれない

 続編が発売されなかった関係で、多くのサブキャラクターは主人公にはなれなかったわけだが、公式ガイド「ZAP'S」に書き下ろしシナリオ「雲烟過眼」が収録された海塚正治郎、PSP版「街 ~運命の交差点~ 特別篇」に追加された「サギ山勇」と「パトリック・ダンディ」の3名が、主人公として日の目を見たのだ。他にも「瀬山高広」(パチンコ男)、「戸田照久」(宝くじ男)、「渡部英明」(コンビニ店員)など、本編で比較的多く登場していたサブキャラクターが主人公候補となっていたことが、筆者が立ち会った脚本家座談会(「ドリームキャストマガジン」1999年7月2日号)で明かされている。

正志に“パチンコ男”とあだ名される高広(右)。憧れの人の不思議な現象に振り回されるシナリオだったという

100人の主人公の物語を描くために、役者を起用した実写をゲーム画面に採用

 「街」が実写作品となった理由にもやはり“主人公100人構想”があり、100人もの主人公をグラフィックスで描き分けることが難しいことから、実写で役者を使うという表現を選んだと、当時チュンソフトの社長だった中村光一氏はインタビュー(「セガサターンマガジン」1997年3月21日号)にて語っている。また弊誌2006年5月15日掲載の同氏インタビュー(セガ、PSP「街 ~運命の交差点~ 特別篇」。チュンソフト、中村光一氏が語る「街」。そして新作「かまいたちの夜×3」)でもそのことに触れているので併せて読んでみてほしい。

 現実の渋谷の街でロケーションをし、役者が演技している様子を静止画撮影して、それをゲームの画面に使うという、当時としては前代未聞のプロジェクトである。その撮影には3班の撮影隊が組まれ、のべ数カ月にわたるのスケジュールが割かれたという。しかも当時はデジタルカメラが普及しておらず、ほとんどの写真がフィルムカメラで撮られていて、現場での確認ができなかったため、実際の撮影枚数はゲームで使われた写真の数より数倍あったことが予想できる。この物量の撮影をこなした撮影スタッフと開発陣、そして演じた出演者には敬意を表したい。

写真によって切り取られた瞬間的な表情だけで臨場感のあるシーンを完成させた出演者の演技とスタッフの技術に注目

 本作の出演者には、俳優はもちろん、芸人やタレント、声優などが起用され、そのキャリアも新人からベテランまで、幅広い枠を設けていた。どちらかといえば著名な出演者ほど脇を固める側で、主人公やそれに近いキャラクターは、失礼ながら当時ははさほど名が知られていない出演者が多く起用されている。その結果として演じる本人の個性が画面にはあまり出ず、プレーヤーが純粋にゲームキャラクターとして捉えることができた事実につながっている。市川役のダンカンさんのように、その頃から著名な人物もいたが、彼の場合は表情による怪演とシナリオの異様さにより、TVで見る本人のイメージを打ち消してしまっていた。

現在も紳士服の広告などでよく見かける、隆士役の増田雄一さん。隆士のような表情を見ることはあまりなさそう

 そしてゲームの発売後には、彼ら出演者にも大きな注目が集まった。特に本作のエンディングに挿入されるメイキング映像に映る、普段の出演者達の姿にやられてしまった人は多く、「出演者の他の活躍が見たい」、「ゲームでは聞こえなかった声を聞いてみたい」という要望も次第に増えていく。筆者もその1人であり、彼らがこの「街」以外で活躍する様子を伝えるために、発売前後の出演者へのインタビューを請け負ったのである(実際には、筆者が出演者本人に会いたくて、編集担当者に懇願したのというがホンネ)。このインタビューは当時チュンソフトの公式サイトでも公開され、現在は削除されているが、INTERNET ARCHIVEに保存された一部は今も読むことができる。直接リンクはしないので、興味がある人は探してみてほしい。

水に入ったり下着姿になったりと、ネタ要員としての体当たり演技が光った美子役の伊藤さん
「街」ファンのアイドル水曜日は、留美さんが好演。多くのキャラクターに専用のBGMがあるのも嬉しかった

 「街」の出演者をTVや映画などで見かけると嬉しくなってしまうのはファンの常。出演者の中には現在も現役の人は多く、正志役の草野康太さんや牛・馬役の松田優(当時は松田勝)さんなどは、現在もドラマなどで見かける。桂馬役の新井昌和(当時はあらい正和)さんは、役者と並行して演技指導の講師としても活動中。新井さんは現在もこの「街」という作品への思い入れがかなり強いようで、自身がレギュラー出演しているローカルFM番組の今年2月の放送では、この「街」発売20周年を受けて、当時の撮影秘話を話している(放送のYouTubeアーカイブはこちら ※大きなネタバレあり)。また最近嬉しかったことは、映画「シン・ゴジラ」の序盤に登場する「沖気象庁次長」を木嵐役の野口雅弘さん、「田原東京都副知事」を「月曜日」役の諏訪太朗さんが演じていたことだ。ドラマや映画などで脇役を演じる役者に目をやるようになったのも、この「街」をプレイした影響だったりする。

松田さんは表情とポーズで誰が見ても牛・馬だと見分けられる演技力でファンを魅了した
“ウチトラ(内部スタッフによるエキストラ)”も多数出演。なんと中村氏や長坂氏の姿も!

それとこれは直接の出演者ではないのだが、前述のプリクラキャンペーンに関連するあまり知られていない情報を1つ。桂馬シナリオの「5日目PM07:50」の名前入力画面で、とある7人の人物名(「やまざきとしひさ」、「いけだあきお」、「なかむらともこ」、「おおのたかふみ」、「はぎのさきともみ」、「ほんだのりこ」、「みすみたかし」。以上、敬称略)を入力すると、投稿者本人と桂馬のが会話するシーンが見られる演出が隠されている。名前が正しく入るのは同キャンペーンの当選者7名で、なんとプリクラの顔写真+本名での出演となり、さらに本人に対する桂馬のリアクションまでもらえてしまうという、「大当たり」的な扱いとなったわけである。

 上記の脚本家座談会にて、「応募した人が試しに自分の名前を入れて、もしそれが入ったら絶対嬉しい」という思いのもとに入れられたことが明らかにされたのだが、サプライズ的な意味もあって本人への通知はされず、発売から1年半後、件の座談会が掲載された誌面にて公開されたのみだったので、現在も本人が見たかどうかは定かではない。もし該当者やその知り合いが本稿を読んでいて、セガサターンを起動する環境があるようならばぜひ試してみてほしい。なお、プリクラキャンペーンがらみの写真が全て削除されたPS版とPSP版では見られないので悪しからず。

名前入力を促すヒントもなかったので、リアルタイムで試した人はどれほどいるのか……!?

20年前の渋谷の情景を、ほぼ加工なしの実写で眺められる

 実写作品の「街」を語る上でもう1つ外せない要素が、「渋谷」という舞台だ。流行り廃りのサイクルが早いことがその象徴でもあり、駅を中心に繁華街、オフィス街、住宅街などのあらゆる場所が存在していて、老若男女が行き交う誰もが知る街として、長坂秀佳氏の独断で選ばれたのがこの渋谷である。

かつて渋谷を象徴するランドマークだった渋谷センター街の看板。「街」が発売される半年前の1997年6月の台風で倒壊した

 ゲームに登場するロケーションは、そのほとんどが渋谷周辺に実在する場所であり、ロケ地巡りはファンのオフ会企画の定番となった。冒頭でも述べたとおり筆者は当時は渋谷に勤務していたこともあり、そのほとんどの地理を把握できたので、プレイ中に頭の中でキャラクターの動きを想像するという楽しみも味わうことができた(設定上住所が違うところもあり、混乱したこともある)。

七曜会本部や喫茶シルベールが入っていた「オカヤマビル」は、設定では宮益坂が住所だが、実物は神南にある

 開発中の約6年の間にも、いたるところに変化があったというサイクルの早い渋谷において、20年前の様子を実写で見られる資料的な価値が高い。ドラマや映画などと違い、基本は静止画によるカットなので、シナリオの展開によってはかなり細かなところまで見られるのも貴重だ。渋谷センター街のゲートや、プラネタリウムがあった東急文化会館、センター街入口のQFRONTが建つ前の峰岸ビルなど、現在は存在しないランドマークは多く、桂馬が巡回したゲームセンターなどはほぼ壊滅状態なのがとても悲しい。

ロケにはセガが協力していて、ゲームセンター内はセガ直営店でのシーンが多い

 その一方で、当時からあまり姿を変えずに残るスポットがあるのもまた興味深いところだ。中でも陽平や正志が立ち寄った喫茶店「ウエスト」は、ロケ地として使われた小規模店舗としては数少ない現存するスポットで、当時のオフ会の聖地にもなっていた。

「街」ファンなら一度は行ってみたい喫茶店ウエスト。ホンモノは桜丘町ではなく渋谷1丁目にある

シルエットモードに釈然としなかったPS版と、ロケ地巡りにも便利なPSP版

 セガサターン版「街」が発売されてから約1年後の1999年1月28日に、プレイステーション版の「街 ~運命の交差点~」が発売となった。こちらはシナリオやゲーム画面の一部に修正を加え、移動マップ(チャート)やバッドエンドリスト、難易度設定などを追加し、ゲームをより遊びやすく調整した移植版である。このPS版で大きな話題となったのが、「シルエットモード」の追加だ。当時の実写ゲーム全般のイメージがあまりよくなかったことから、前作の「かまいたちの夜」のゲーム画面にならい、キャラクターをイメージカラーのシルエットに塗り潰すというやや強引なモードで、出演者の演技も含めて本作のファンになった筆者のようなプレーヤーにとっては、そのすべてが否定されたようで、決して印象のいいものではなかった。「シルエットよりも実写のほうがいいということを比較・証明するために、シルエットモードが入った」という噂をどこかで聞いたこともあるが、真偽のほどはわからない。

 また、隠しシナリオの出現条件が変更となり、条件的に「青ムシ抄」よりも「花火」のほうを先にプレイできる可能性が高くなったことから、PS版で初めて本作をプレイした人が受ける隠しシナリオに対する印象が、セガサターン版のプレーヤーとは違うものとなっただろう。

今やってみると、実写があることを踏まえるなら、これはこれで新鮮だとも思った。シルエット処理の手間は大変だっただろう(画像はPS版)
移動マップには分岐とZAPを表示。「つづく」へのZAPを探すのも容易となった(PS版)

 その後、2005年の携帯電話iアプリ版のリリースを挟み、最後の移植となったPSP版「街 ~運命の交差点~ 特別篇」が、2006年4月27日にセガより発売される。こちらはPS版をベースとしつつも、不評だったシルエットモードを排除し、サギ山とパトリック・ダンディを主人公に据えた2本の「秘蔵シナリオ」が追加したものだ。この秘蔵シナリオは、チュンソフトに残されていたシナリオのプロットを、テキストと既存の写真にBGMを添えて読み物として構築したもので、ザッピングやTIPはなくゲームとしては成立していないが、世に出ないはずのものが約8年越しに日の目を見たことは高く評価したい。また携帯ハードで発売されたことで、外でのプレイが可能になったのはもちろん、その現地に持っていくことでロケ地巡りに活用できたのもよかった。現状、このPSP版のダウンロード版のみが、現在の環境でプレイする唯一の手段となっている。配信当初はPS Vitaとの互換に対応していなかったが、現在はPS Vita TVともに対応した。

筆者はPSP Goにダウンロード。しかしまさか本作を携帯ゲーム機でプレイできるようになるとは……

同じ舞台の実写のサウンドノベルでも、面白さのベクトルが異なる「街」と「428」

 最後に先日PS4とPCにて配信された「428 ~封鎖された渋谷で~」(以下、「428」と略)と本作の関係について語っておこう。「428」は舞台が渋谷の実写のサウンドノベルで、複数の主人公のシナリオをザッピング(「KEEP OUT」と「JUMP」)で管理していくゲームシステムなど、「街」と共通する部分が多く、一部の人物設定にも繋がりがある。ただし並行した時間帯を描く“主人公100人構想”に基づく設定ではなく、「街」の10年後の2008年が舞台であり、公式にも続編とはうたっておらず、“精神的続編”のような立ち位置というのが正しいかもしれない。「街」から10年の時を経て、インターフェイス周りのデザインや演出、テキストの書き方などもグッとスマートになり、筆者もWiiやPSPでずいぶん楽しませてもらった。

この「428」でさえ、発売から10年が経過してしまった。駅側の街並みの画面は、かなり今とは違う(画像はPS3版)

 「428」を通してプレイしてみると、複数のシナリオの流れが「街」と大きく異なるということもわかる。「街」が絡み合う8つのシナリオを少しずつほどいていくような設計なのに対し、「428」は5つのシナリオをクライマックスに向けて集約させていく設計で、「街」と明確な差別化を図りつつ、現代の作品らしい盛り上げを演出している。ドラマ的である分やや現実味は薄く、「街」における“ニアミスによって発生するシニカルな面白さ”も後半に向かうに連れ少なくなっていくため、このあたりに好みが出てくるわけだが、どちらも面白い作品であることは間違いない。

主人公の行動は「タイムチャート」として管理される。ザッピングは「KEEP OUT」と「JUNP」に

 個人的に残念だったことは、主人公が5人になって、さらに物語が実質1日だけだったために、彼らがおもむく場所が必然的に減ってしまったこと。設計上仕方のないことなのだが、プレイしていて「あっ、ここはあの場所では!?」と思うことが「街」よりも圧倒的に少なかった。

自分の遊び場がゲームの舞台になる。こんなに嬉しいことはなかった

 発売から20年が経過して改めて思うのは、この「街」という作品にリアルタイムで出会えて本当によかったということ。単純にゲームを楽しむこと以外に、渋谷が筆者の仕事場で遊び場でもあったことが、本作の世界観や実写のゲームデザインと重なり、作品とシンクロ率の高いプレイスタイルを確立できたのは、ちょっとした奇跡だった。こういう体験ができたプレーヤーは、かなり少なかったのではないかと予想している。そんなゲームを作ってくれた開発陣と出演者、並びにそんなプレイスタイルを確立するきっかけを作ってくれた当時の雑誌編集担当者、そして今回、この思い出を綴ることを快諾してくれた弊誌編集長には、改めて感謝の気持ちを伝えたい。

ゲームを起動すれば、いつでも1998年の渋谷の街へと戻れる

 次はまた10年後にでも語れれば……などと考えつつも、30年ともすると、時間的にも年齢的にも忘れてしまうことが多くなりそうなので、また来年、渋谷に花火が上がる頃にでも、どこか場所を見つけて語ってみようかと思っている。

「花火」のBGM、「遠く、儚く、愛しいもの」を聴きながら……