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ヨコオタロウ氏、田浦貴久氏が「NieR:Automata」を語る。

作品を通じて追求した「気持ちよさ」と「自由」

3月19日~23日開催

会場:San Francisco Moscone Convention Center

 「NieR:Automata」は海外でも人気を集めている。開発者の中にもヨコオタロウ氏の熱狂的なファンは多いようで、今回、「NieR:Automata」をテーマにした「A FUN TIME IN WHICH SOME NO-GOOD GAME DEVELOPERS MAY OR MAY NOT DISCUSS HOW WE MADE 'NIER:AUTOMATA」では、開場1時間前からものすごい列ができ、広い会場だったはずなのに人数制限が出るほどの盛況になった。Game Developers Choice Awardsでも様々な部門にノミネートされ今回のGDCでの人気ぶりがうかがえた。

 今回の講演では開発を担当したプラチナゲームズの田浦貴久氏が「NieR:Automata」の“気持ちよさへの追求”について語り、ディレクターのヨコオタロウ氏が「『NieR:Automata』における自由とは何か」について語った。どちらも作り手の想いが非常に良く出た内容であり、筆者も他の受講者と同じに引き込まれてしまったので、ポイントを紹介していきたい。なお本稿にはゲームの重要なネタバレが書かれているので、注意して欲しい。

おなじみの仮面で顔を隠したヨコオタロウ氏と、田浦貴久氏
【NieR:Automata/ニーア オートマタ: MOVIE 119450310】

1つのアクション、当たり判定……手作業で1つ1つ追い求めた「気持ちよさ」

 田浦氏が語ったのは「NieR:Automata」で求めた“気持ちよさへの追求”についてである。ボタンを押したらキャラクターがすぐ反応する、直感的で、キャラクターと一体化できるようなレスポンスの良さを「NieR:Automata」でどう実現したかを語った。

 気持ちよさとは何だろう。田浦氏がプラチナゲームズの開発スタッフにまず行なったことは、「気持ちいいとはどういうことか」を明確化することだった。単純に気持ちいいと言っても、個人でその“ツボ”は異なるし、ゲームの種類でも求めるテーマは異なってくる。アクションRPGにおける気持ちよさ、例えば攻撃の発生や、敵への補正、タイミング、攻撃範囲……求めるところは多い。

 まず求める理想を明確化し、その理想を判断材料にして良い、悪いを判断していく。ボタンを押したらすぐキャラクターが反応し、敵に攻撃を加えるその感触を田浦氏は追求していった。攻撃だけでなく、「回避」、「ジャンプ」もプレーヤーがしたいときに、操作をすればすぐ実現できるようにしている。

 ジャンプ中に回避、後ろに下がりながらジャンプ、そこからすぐに回避など、やりたいときにきちんと繋がるようにした。最初はどんなときでも繋がるようにしたが、ダメージを受けたときジャンプができないなど“制限”も加えることでより自然で直感的な操作を実現したという。

開発チームが追い求めた気持ちよさ。こだわりに満ちている

 そしてボタンを押したときのキャラクターの「行動」だけでなく、「結果」も大事だと田浦氏は語った。基本の攻撃では主人公である2Bが剣を振り始めた0.16秒後から攻撃判定が生まれる。攻撃アニメーションと、当たり判定が瞬時に生まれることで攻撃の気持ちよさを追求しているのだ。もちろん基本攻撃の速さだけでなく、チャージ攻撃の“遅さ”も重要だ。こういった攻撃のバリエーションが気持ちよさをより大きくしてくれるのだ。

 この気持ちよさを実現しているのが専用の開発ツール。チェックボックスで効果を発生させる“フラグ”を設定し、フレーム単位で効果時間を決めていく。効果には「追尾」という項目もある。これを設定することで敵を自動追尾してキャラクターの攻撃を継続して当てることが可能になる。しかしこの追尾が短ければ攻撃は当たらなくなり、長ければ不自然な動作になる。

 そして開発チームはこういった攻撃アニメーションの設定を全て手作業で行なったという。このときに注意したのは設定を行なうゲームデザイナーが効果時間を設定したことだ。アニメーターが動作を設定してこれに効果を合わせてしまうと、動きは格好良くても気持ちよさは減ってしまう。そして動作時間を設定した上でアニメを修正することで、気持ちいいアクションと説得力のある動作を実現したのだ。ゲームデザイナーが直接キャラクターの行動を管理することで、結果的には作業時間の短縮にも繋がったという。

 「理想を描き、それに合わせて的確に判断し、その検証を繰り返す。そうすることで気持ちよさを実現できる。だからこそ最初の理想が重要なのです」と田浦氏は語った。

気持ちよさを実現させるツール。そしてデザイナーとアニメーターの繰り返しの作業で、その理想が形になっていく

「自由を感じるとはどういうことか」、作り手がプレーヤーに問いかけ続けるテーマ

 ヨコオ氏のテーマは「自由度」だ。自由度を売りにしたオープンワールドゲームが流行したが、「それは本当に自由なのか」とヨコオ氏は疑問に持っていたという。広大なマップ、膨大なサブクエストに収集要素、「何でも好きなことができる」それが逆にユーザーを縛っている。多くの「やれること」があるため、ユーザーはやろうとしすぎて疲れてしまう、それは自由なのだろうか?

 ヨコオ氏は「スーパーマリオブラザース」で画面の枠を決めているブロックの外の道を発見し、隠し要素であるワープゾーンを発見したとき衝撃を受けた。また「GTAIV」では街の住人に話しかけられないことに“リアルさ”を感じた。リアルな街の中でものすごいスピードで走ったり、空を飛んでもそれは“自由”ではなく不自然だ。そうなると自由とは何なのか?

ヨコオ氏が追い求めたのは「自由」
この2つの経験が自由への考えに衝撃を与えた

 ヨコオ氏はユーザーに世界の枠を感じさせ、それを越えることで自由を感じさせられるのではないかという想いに至った。「ニーア」シリーズではわざと枠を“内側”に作り、それを越えることで自由度を感じさせる手法を目指したという。前作にあたる「ニーア レプリカント」ではプレーヤーは同じマップを3周することになる。少年、青年、そして立場を変えて巡っていくのだ。

 じつはこの「少年と青年で同じマップを回る」という要素は「ゼルダの伝説:時のオカリナ」を参考に……パクったものだとヨコオ氏は告白した。フィールドの構成も似ており、中心となる広い平原の横断時間は全く同じ時間に調整した。それほどまでに「ゼルダの伝説:時のオカリナ」は「ニーア レプリカント」に影響を与えているとのことだ。

 そして「ニーア レプリカント」の“枠”は少年から青年になり物語を進めたことでたどり着く「Aエンド」だ。ここで終わりと思わせておいて、敵の声を聞くことができ、今まで戦った敵側にも事情があることを知る新しい物語が始まり、意味が大きく異なる「Bエンド」に向かっていく。これがヨコオ氏が「ニーア レプリカント」で提示した自由度だ。

 そして「NieR:Automata」ではヨコオ氏のファンは前作の経験からBエンドの存在まではわかっている。だからこそ少女(2B)、少年(9S)の物語で立場の異なるBエンドまで見せて、さらに新しい立場の主人公を見せるということで前作のユーザーが予想していた世界の枠を越えさせたのである。

枠を意識させ、越えさせることで自由を提示する

 そしてもう1つ、最後の戦いへ向かうプレーヤーに“声”がかかる。それはプレーヤーより早くエンディングを迎えた他のプレーヤーの応援メッセージだ。プレーヤーはゲームをクリアすることでこれからエンディングを目指すプレーヤーに応援を送れるのである。これはインドとパキスタンという対立する国に自動販売機を通じて暖かいメッセージを送れる「コカコーラスモールワールドマシン」という企画を参考にしたものだ。

 世界は憎悪に満ちている。しかし直接メッセージを送ることができれば、少しは改善できるかもしれない。ヨコオ氏はプレーヤーの国籍でメッセージを管理し、対立する国に住む「NieR:Automata」をプレイする“仲間”に応援ができるような仕組みを考えて……やめにした。メッセージはプレーヤーの国籍に関係なく、ランダムに送れるようにした。それはヨコオ氏がユーザーに押しつけることになってしまいかねない。ランダムに、誰でもメッセージが届けられる、それこそが自由ではないか、そう思ったからだという。

 しかし、それでも、「プレーヤーが少しでも外国のことを思う、それはうれしいことです」とヨコオ氏はそう言葉を結んだ。この後は田浦氏とヨコオ氏がそれぞれ質問をするというユニークなQAセッションが展開した。

憎悪に満ちている世界から届けられるプレーヤーを応援する他者からの声

 「NieR:Automata」は対立に満ちた物語である。物語の大前提は、人類に地球を取り戻すため派遣されたアンドロイドと、地球を奪った後に姿を見せなくなった宇宙人のために戦い続ける機械生命体の戦争である。そしてその中でも対立は続き、戦いは気が遠くなる時間を経ても終わらない。しかし、その奥底、プレーヤーが戦いの果てに行き着くのが「他者への応援メッセージ」であるところに、ヨコオ氏がゲームを作り続け、物語を紡ぎ続ける理由の1つがあるように思う。

 もちろんこの解釈ですら“自由”の1つに過ぎない。作者の思いを受け、自分の思いを深めていく、物語の面白さを、今回の講演でじっくり感じることができたのは、とても楽しい体験だった。