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「HCT World Championship」4代目王者は台湾のtom60229選手に!

強運を引き寄せる巧みな戦術と奇跡のドローに酔いしれた4日間

1月18日~21日開催

会場:Beurs van Berlage

 4日間に渡ってオランダ アムステルダムを舞台に繰り広げられたオンラインカードゲーム「ハースストーン」の世界大会「Hearthstorn Championship Tour 2017 World Championship(HCT 2017 World Championship)」が、1月21日決勝戦を迎え、tom60229選手(台湾)が初の栄冠を獲得した。アジア選手の優勝は「ハースストーン」史上初となる。tom60229選手は優勝賞金25万ドル(約2,770万円)を獲得する。

最終日は7,000万人の頂点が決まる一瞬を見ようと最も多くの来場者が駆けつけた
準決勝第1試合、FR0ZEN選手と、JasonZhou選手の1戦

 本大会に出場している16名は、冬、春、夏の3つのシーズン選手権のいずれかで優勝するか、それに準ずる好成績を収めたトップランカーばかりで、「HCT 2017 World Championship」は予選リーグの段階から決勝戦に相当するような、見ている方が興奮疲れするような凄まじい試合ばかりだった。

 こう言ってしまうと身もふたもないようだが、このレベルまで来ると、16人の実力差と、ドローによる運不運の差は、前者のほうが圧倒的に小さいと思う。勝利の女神に愛された方が勝利し、そうでないほうが負ける。それは予選リーグと決勝トーナメントで、同じ選手、同じクラスでの再戦も行なわれたが、まったく違った結果になっていたことでもわかるし、アグロデッキで序盤で欲しいカードがマリガンで押さえられるかどうか、コントロールデッキで、デスナイトやドラゴンファイアポーションのような勝負を左右するキーカードが必要なタイミングまでに手に入るかどうかは純粋に運だ。しかし、それが勝敗を大きく左右するのも厳然たる事実だ。

 「ハースストーン」ファンは、そんなことは百も承知の上で、ステージ上でもがき苦しみながら最善を尽くす選手達に熱い歓声を送り、神の配剤としか思えない奇跡的なドローに拍手喝采を贈る。そして想像を遙かに超えるゲーム展開、急転直下で決まる結末に酔いしれるわけだ。この手の世界大会では、必ず「『ハースストーン』は運ゲーだからつまらない」という意見が出てくるが、「運ゲーだけど圧倒的におもしろい」のが「ハースストーン」eスポーツの魅力だと思う。

 視聴者のスキルレベルによって見方が大きく変わるのも「ハースストーン」大会の楽しさの1つだ。出場選手と同じスキルレベルを持つコアなファンなら、デッキの相性から勝敗を予想し、新たなカードを引くたびに次の展開を予想して楽しめるだろうし、筆者のような一度もレジェンドまで到達したことのないビギナーは、長考に長考を重ねた上での一手の意味がよく分からないことがしばしばだったが、その後の結果を見ると、自身の浅はかさを自覚すると同時に、新たな知見に喜びを見いだす。あるいは、「ハースストーン」をまったく遊んだことがないという人でも、「もうこれは決まったかな」という圧倒的な状態からの全消去、それを見越した上での高速の再展開、それが幾度も繰り返される“竜虎の戦い”ぶりに、見ているだけでもワクワクしてくるはずだ。

 「ハースストーン」のトップランカー同士の戦いでは、ポーカーを高度化させたような凄まじいレベルの読み合いが起こっており、事前に公開された相手のデッキを記憶し、使用されたカードから、残りのカードと手札にあるカードを読みきり、勝ち筋が見えるその瞬間まで、自身のリスクは最小化させたアクションを取っていく。結果としてマナは使い切らないし、ミニオン自体がなかなか盤面に出てこないこともある。実況解説者も「まるで相手の手札を見ているかのような」という修飾表現を繰り返していたが、まさにそんな感じで、相手が仕掛けたトラップを凄まじい読みで巧みに回避し、逆にトラップを仕掛けていったり、別の手段で強引にトラップに誘い込んでいく。それを“神の視点”から眺める楽しさはたまらないものがある。

 さて、本大会は、拡張版「コボルトと秘宝の迷宮」のリリースから1カ月以上が経過した段階で実施されたため、最新の拡張版を研究し尽くした洗練されたデッキによる戦いとなった。具体的には「肉食キューブ」を主軸としたコントロールウォーロックが最強デッキとして君臨し、そのカウンターとしてプリースト、ドルイド、ローグが取り囲む。この4クラスが実に全体の90%(64デッキ中58デッキ)を占め、同クラス対決が目立つ大会となった。

【HCT World Championship各種データ】
予選リーグの地域別勝敗表。アジアが圧倒的に強い
地域別の出場選手数と決勝トーナメント進出数。ヨーロッパ勢は惨敗、アジア勢は躍進の年となった
勝率はプリーストが圧倒的に高い。逆に定番のテンポローグ、翡翠ドルイドは勝率50%を切っている
バンリスト。見ての通りウォーロックばかりがバンされている

 必然的にそれ以外のクラスを投入する選手は、大会の台風の目となった。予選ラウンドで注目が集まったのが、今回唯一のハンターを使っていたOrange選手。速攻を得意とするアグロハンターを投入し、大器晩成型が多いライバル達に対して有効に機能していた。

 また、数少ないメイジデッキを使うFR0ZEN選手(米国)と、SINTOLOL選手(ドイツ)にも注目が集まった。奇しくもこの2人は準々決勝で対決し、お互いにメイジをバンせず、デスナイトを主軸に据えたコントロールメイジの強さを見せつけていた。

 個人的に「ハースストーン」ファン冥利に尽きる試合だと思ったのは、その2人の最終戦だ。FR0ZEN選手はメイジ、先にメイジで勝利しているSINTOLOL選手はプリースト。先に盤面にミニオンを展開したのはSINTOLOL選手だったが、FR0ZEN選手の「ドラゴンの憤怒」からの7点全体ダメージで一掃される。この時点でFR0ZEN選手のコントロールメイジに対して攻め手を欠き、追い詰められたSINTOLOL選手は、ランダムで敵のカードをコピーする「ドラコニッド諜報員」にすべてを賭けた。そう、SINTOLOL選手のプリーストデッキは、本大会では珍しいドラゴンプリーストだったのだ。

 結果は、メイジデッキで一番欲しいデスナイトカード「凍血の魔王妃ジェイナ」を引き当てる。SINTOLOL選手はさっそくデスナイト化し、まさかの最終戦でのメイジ対メイジの対決に会場は大盛り上がりに。誰もが敗北を確信した状態から、SINTOLOL選手は、巧みなダメージコントロールでウォーター・エレメンタルを召喚しまくり、粘りに粘った。最後はお互いにカードを使い切り、ウォーター・エレメンタルによる殴り合いになり、HP差でFR0ZEN選手の勝利となったが、SINTOLOL選手の勝利への執念に会場からは惜しみない拍手が送られた。

 全体として強く印象に残ったのはやはりプリーストの強さだ。本大会でのバンの対象は、ウォーロックが多く、必然的にプリーストが大暴れする結果となった。準決勝直前に公開されたクラス毎の勝率でも、プリーストが59%を占め、圧倒的な強さを見せていた。強力なポーションを生み出せる「カザカス」、ヒーローパワーが常に0マナになる「縛鎖のラザ」、無限に呪文を使える「太陽の破片ライラ」、低コストの全除去スペルとして無敵の強さを誇る「ドラゴンファイア・ポーション」、そして全除去確定の「心霊絶叫」と、1枚で局面を変えられるパワーを備えたカードが多く、明らかに頭ひとつ飛び抜けた存在だった。

 ただ、見ての通り、プリーストの強さの根源となっているこれらのカードのほとんどは2018年4月にスタンダード落ちする。プリースト全盛時代の終焉となるのか、また新たな形で継続となるのかはわからないが、今の形のハイランダープリーストが幕を閉じるのは間違いない。

 決勝戦は、コントロールメイジを主力に接戦を勝ち上がってきたFR0ZEN選手(米国)と、アジア最強のtom60229選手(台湾)の戦いとなった。この決勝戦で学んだのは、軽々しく前言を翻すようだが「ハースストーン」は実力のゲームだということだ。それは3つの要素で感じることができた。1つは試合中、優勝決定時に降り注ぐ紙吹雪の一部が落ちてきてしまったが、FR0ZEN選手は神経質に振り払っていたのに対し、tom60229選手はニヤリとしただけで後はポーカーフェイスを続けていたこと。もう1つは、ローグデッキに「エドウィン・ヴァンクリーフ」を採用していたこと。そして3つ目は、第5戦目、ドルイド同士の対決において、最初のマリガンでマナコスト10の「究極の侵蝕」をキープしたことだ。

【決勝戦】

優勝インタビューを受けるtom60229選手
インタビュー終了後、ディレクターのBen Brode氏と記念撮影するtom60229選手。ポーカーフェイスのtom60229選手も嬉しそうだ

 カード選択についてはいずれの要素も非常にリスキーであり、一歩間違えれば大惨事を巻き起こす。結果としてはそれらがすべてプラスに作用し、tom60229選手の望み通りの結末となった。とりわけ「究極の侵蝕」のキープは、場内からもどよめきが起こった。マリガンでは共に「究極の侵蝕」を引き、FR0ZEN選手は交換したのに対して、tom60229選手は“それだけ”を残したからだ。10マナのカードだけ残す戦術など聞いたことがないが、tom60229選手は、この戦術について、「ミラーマッチ(同クラス対決)ではそれが重要だと考えた。『究極の侵蝕』を除いたのは彼のミス」とまで語り、ミスやバクチではなく彼の確信的な戦術だったことを明かした。

 tom60229選手は今後の目標について、史上初の2連覇を期待するメディア陣に対して、「アムステルダムに行くためにすべての時間を犠牲にしてきた。来年度2連覇を目指すかどうかは重要な決断になるので少し休んでから考えたい」と少し疲れた様子で語っていたのが印象的だった。

 tom60229選手は、「HCT World Championship」の歴史において初のアジア勢からの覇者となった。今回、決勝トーナメントに勝ち進んだ8名中4人がアジア勢、準決勝に勝ち進んだ4人中3人がアジア勢で、「ハースストーン」おいて“アジアの時代”が到来しつつある。そうした中で、本大会が日本人選手がゼロだったというのは返す返すも残念なところで、ぜひ2018年こそは日本人選手が出場し、大活躍してくれることを期待したい。

【HCT World Championship名シーン(一部抜粋)】
優勝候補筆頭のKolento選手(ウクライナ)は予選敗退。プリーストと言えば「カザカス」というぐらい使用率が高かった
Orange選手(スウェーデン)のアグロハンターはほれぼれするほど強かった
使用している人が多かった翡翠ドルイド。ただし、勝率は5割を切っていた
デスナイトも使用する人が多かった。今年も引き続き使用されそうだ
珍しいメイジ使いのSINTOLOL選手
ウォーロックがバンされないと、たちまち盤が悪魔で埋まる
ドルイドの最終兵器「究極の侵蝕」
もうひとりのメイジ使いFR0ZEN選手。デスナイト化からの盤面支配がうまかった
準々決勝は、奇しくも台湾同士の対決に
予選リーグを唯一全勝で勝ち上がったSurrender選手。どや顔が可愛い
準々決勝の決定的な場面で「ドラコニッド諜報員」でデスナイトカード「凍血の魔王妃ジェイナ」を引き当てるSINTOLOL選手
準決勝第1試合、勝ちが目前に見えていたJasonZhou選手だったが、「冒涜」による全除去で万事休す。FR0ZEN選手の引きの強さは本当に神がかり的だ
韓国の星Surrender選手に立ち塞がったのは同じアジアのtom60229選手。夏のシーズンファイナル以来の公式戦敗北を喫した
決勝戦ではFR0ZEN選手は得意のメイジで幸先の良いスタートを切ったが……
最終戦のドルイド対決で、tom60229選手の「究極の侵蝕」に呑み込まれてしまった