【特別企画】

「サラダの国のトマト姫」40周年!擬人化アドベンチャーゲームの元祖ともいえる作品、そのオリジナルであるPC版を振り返る

【サラダの国のトマト姫】

1984年 発売

 今でこそ、サウンドノベルやビジュアルノベルなども含めた一大ジャンルとして確立されている“アドベンチャーゲーム”だが、日本で話題になり始めたのは1980年代前半からだ。

 当時のパソコンゲームは、ゲームセンターのゲームをシンプルに移植したタイプのアクションゲームやシューティングゲーム、またはオセロや将棋といったテーブルゲームなどが主に遊ばれていたのだが、1982年にアスキーからフルテキストの「表参道アドベンチャー」が登場したほか、上部4/5が画像で残りにテキストが表示されるというマイクロキャビンの「ミステリーハウス」などがリリースされたことで、日本でもアドベンチャーゲームのブームが幕を開けていく。

日本で、アドベンチャーゲームの名前を一躍有名にした「ミステリーハウス」と、その後に発売された「ミステリーハウスII」。どちらも、一軒家を舞台に財宝を探す内容となっている

 翌年には数々の作品が発売されていくが、そんな1983年にハドソンソフトからデビューした作品が、名作「デゼニランド」だ。それまでは、多い時で月産30種類ものソフトを発売するなど質より量で攻勢をかけていたハドソンソフトだが、1983年末くらいから“厳選した自信作を月1本発売する方針に転換(アスキー刊月刊「ログイン」1984年11月号より)”し、1983年5月にリリースされた「デゼニランド」は、結果として10万本を超える大ヒットを記録する。これを手がけたのは、当時の雑誌などに登場していた竹・中コンビ(竹部隆司氏と中本伸一氏)だ。

「デゼニランド」は当時、さまざまなパソコン雑誌で取り上げられた。1983年を代表するアドベンチャーゲームの1本だろう

 一躍有名人となった2人が次に取りかかったのが、原案を竹部氏・脚本を中本氏が担当した「サラダの国のトマト姫」となる。本作は1984年に発売された、野菜を擬人化したアドベンチャーゲーム。今年2024年で40周年を迎えることを記念し、本稿で本作を振り返っていきたい。

当時のムック「チャレンジ!!パソコンアドベンチャーゲーム(電波新聞社・刊)」によれば、開発に着手したのは1984年4月で、完成したのは5月とあった。また、月刊「ログイン」1984年11月号にも5月発売との記述があるので、基本的には5月発売で間違いないものと思われる。これは、そのときの記事。ゲーム中に登場するロボット・ウォーメロンとダイコーンにちなんで、スイカとダイコンを食べている写真というのが、いかにも「ログイン」らしい

キュウリ戦士として、トマト姫を助け出す!

 本作をプレイしたことがある人は多いかもしれないが、ストーリーをしっかりと読んだ人はあまりいないと思われるので、ここで紹介しておこう。

「サラダの国のトマト姫」あらすじ

 銀河系を挟んで地球の反対側にある惑星では、いろいろな種類の野菜が集まって国を作っています。名前をサラダ王国と言い、オニオン王のもと平和な暮らしをしていました。しかし、それが面白くないのが、側近の一人であるカボチャ族の族長パンプキング。スタイルの悪いカボチャ族は国民から嫌われていたため不満を募らせていましたが、ついに怒りが爆発してクーデターを決行、成功させます。族長パンプキングはカボチャ大王を名乗り、オニオン王をスープ・ド・オニオンの刑に処すと、娘のトマト姫を追放しました。そして、これまでの仕返しとして、国民に重い税金を課します。

 国は疲弊していき、野菜たちの苦しい生活が続く中、カボチャ大王に反発するグループ・反乱軍があちこちに生まれ、ついにサラダ王国で内戦が勃発する事態に。反乱軍は追放されたトマト姫をリーダーに迎えて戦いますが、戦争は一進一退のまま。この状況を打開するため、カボチャ大王はトマト姫を誘拐し、城に幽閉してしまいます。「反乱軍は、すぐさま無条件降伏せよ! さもないとトマト姫は……」カボチャ大王の通告が反乱軍司令部に届き、もはや全面降伏は時間の問題と思われた時、諸国を漫遊するキュウリ戦士がサラダ王国に立ち寄ったのでした。

 プレイヤーは、サラダ王国に立ち寄ったキュウリ戦士として、トマト姫を助け出すのが目的となる。

パッケージに登場するキュウリ戦士は少々頼りなく見えるが、ゲーム中のCGではかなり格好良く描かれている。上部には“完全マシン語”という文言が見えるが、これは当時としては“BASICを使っていない凄いソフトですよ”という暗黙の主張。その下にはゲーム中に使用されている画面の枚数が書かれているが、この時代は場面数が多いほどボリュームのある作品という意味合いがあった。ちなみに前作に当たる「デゼニランド」の総画面数は114枚
マニュアルにはイラスト共に、6ページにわたってストーリーが詳しく記載されていた。マニュアル表紙のカラーCGなど一部のものは、ゲーム中では使われていない。当時のアドベンチャーゲームは、ほとんどの場面に何らかの仕掛が施されていたため、「どこかで特定のコマンドを入力するとこれらのCGが見られるのでは?」といった質問が同時期に発売されたパソコン雑誌に掲載された。最終的には「広告用に作ったCG」と開発元から発表があったことで一件落着に

 今やほとんど使われなくなったフロッピーディスクだが、「サラダの国のトマト姫」が発売された1984年は、パソコン雑誌で「フロッピーディスクなんて怖くない!」といった特集が組まれるほど普及してない時代。そのため、大多数のソフトはカセットテープで発売されていた。

 また、この当時は数多くのパソコンが売られていたため、ソフトもそれら多数のコンピュータ向けに移植・リリースされている。といっても必ずしも発売されるわけではなく、発売元のさまざまな意向などが絡んでくるため、今と同じく“あのハードにはあのゲームが出てるけど、自分が所有する機種にはあのゲームが出ていない……”ということもよくあった。

これは「サラダの国のトマト姫」の広告だが、ここに記載されている機種には発売されていた。しかし、当時はパソコン群雄割拠の時代だったこともあり、載っていない(=遊べない)ハードも。そのため「自分が持っているパソコンでは遊べないから、友達のうちに行ってプレイした」という人もいたのではないだろうか

 今回使用したのは、筆者が1983年当時に購入したNECのパーソナルコンピュータ「PC-8001mkII」向けに発売されたバージョン。今時のコンソール機やパソコンであれば、画面解像度は2k、もしかすれば4kというのも珍しくない。BGMに関しても、どんな音が鳴っても不思議はないが、このパソコンの解像度は320×200ドットで、使えるカラーは固定3色+選択1色。

 「サラダの国のトマト姫」では、黒・赤・緑3色と青色というカラーリングだ。音源も、いわゆるブザー(ビープ音)を鳴らせるだけという、とにかく貧弱なハード。この時代のアドベンチャーゲームは、ゲーム中にBGMが流れるといった贅沢な仕様はないので音楽に関しては気にならなかったが、画面は同時代の他機種と比べて少々見劣りして悲しかったものだ。

今回使用したパソコン・PC-8001mkIIと、ソフトをロードするために使ったカセットデッキ(データレコーダ)。当時のパソコンを今も使いたい人への情報となるが、画面出力に関してはDIN8ピンと呼ばれる形状を、変換コネクタでVGA3列15ピンに変換後、水平周波数15Khzをサポートするモニタに接続すれば映し出すことが可能だ。マイコンソフト社製の「XRGB-3」のようなハードを使用すれば、HDMIでの出力もOK。HDMIキャプチャハードも合わせれば、画面の録画も意のままに

 今ならば、遊びたいゲームをメニューから選んだり、アイコンをダブルクリックすれば即起動だが、当時はカセットテープで供給されていたので、まずはOSからそのプログラムを読み込まなければならない。幸いにして、1980年代のパソコンはスイッチオンで即OSが起動するので、今のように電源ボタンを押してHDDやSSDからのロードを待つとOSがやっと起動、などという待ち時間がないのは良い点だ(笑)。

 この時代を少々知ってる人の中には「カセットテープからのロードは長くて、ゲーム開始まで30分くらい待って……」と言う人もいるが、ほとんどのゲームは一回のロード時間はそこまで長くない。おおよそ、5~6分程度待てば遊ぶことができた。

 ただし、「サラダの国のトマト姫」はスケールが大きかったため、他のゲームと違い12分ほどかかってしまう。しかも、大作ゆえにカセットテープ1本では収まらず、PC-8001mkII版の場合はテープ3本組となっていた。そのため、1本目の内容をクリアしたあとは別の空テープ(生テープ)に現在の状況をセーブし、改めて2本目のテープを読み込んだ後に先ほどセーブしたデータをロードするという方法を採らなければならないのだ。

フロッピーディスクなら1枚で済むのだが、カセットテープ版は複数のテープが必要だった。もちろん、120分テープのような長時間ものを使えば1本で収めることもできたが、分数が長いとテープが伸びて信頼性が落ちるといったデメリットも出る。それであればということで、分数の短い(10分から46分程度)カセットテープ複数本にする選択を取っていた。ちなみに当時のお約束として、表面と裏面には同じ内容が記録されている場合がほとんど。中には、裏面に謎の音楽が録音されているというソフトハウスもあったが……

 ロードが終わるとタイトル画面が表示され、いよいよ冒険が始まる。

 「サラダの国のトマト姫」が発売された1984年は、さまざまな会社がオリジナルのパソコンをリリースしていたが、中でもNECとシャープ、富士通は御三家と呼ばれる代表格だった。そのうちシャープと富士通のパソコンは、音楽を鳴らす機能を最初から備えていたのだが、NECのパソコンはその多くが買った状態では楽曲を奏でることはできず、前述したようにブザー(ビープ音)しか扱えなかった。

 そのため、大概のゲームはロードが終了するとタイトル画面が静かに表示され、コマンド入力を待つ状態になるという物寂しい始まり方をしたものだが、本作はタイトル画面描画終了と同時にいきなりBGMが演奏されたのだ。これにはとにかく驚かされ、そして「デゼニランド」に引き続き「やっぱり竹中コンビの作るゲームはすげー!」と興奮したのを良く覚えている。

 今回、富士通のパソコンFM-7と今回取り上げているPC-8001mkIIの、オープニングミュージックシーンを撮影してみた。FM-7はPSGと呼ばれる音源を搭載しており、8オクターブ3重和音での出力が可能。片やPC-8001mkIIはビープ音のみだが、それでもこの出来映え。初めてオープニングを体験したときは、あまりのインパクトに竹中コンビが神様のように感じたもの(笑)。

【FM-7版「サラダの国のトマト姫」オープニングミュージックシーン】
【PC-8001mkII版「サラダの国のトマト姫」オープニングミュージックシーン】

 ゲームは、当時としてはお馴染みのコマンド入力式を採用していた。特筆すべきだったのは、英語だけでなくカタカナ入力にも対応していた点だろう。例えば、目の前に紙切れがあった場合に入力するコマンドが「LOOK PAPER」であれば、カタカナで「カミ ミル」と打ち込んでも問題がなかったのだ。コマンド入力式のアドベンチャーゲームといえば、制作者が考えたマイナーな英単語をプレイヤーが探す知恵比べという要素も一部分にあり、それこそ英和辞典を片手に片っ端から該当する単語を入力しては「チガイマス」といわれるのを繰り返すのがパターンだったが、カタカナであればそういった苦労からかなり解放されるというのが大きかった。

 しかも、マニュアルには「英語と日本語を混ぜ合わせて使ってはいけません。例えば、「OPEN BOX カギ」とか「KEY デ ハコ ヲ アケル」といったような使い方はできないので注意してください」と書かれていたにもかかわらず、ゲームを開始してすぐの場面で「GET WATER スイトウ」と入力して問題なくできてしまったのにも驚かされた。もちろんここだけでなく、あらゆるシーンで混在させることができるのだが、おそらくはどこかでバグってしまう場面が出たので、マニュアルには混同させるなという注意書きが付いたのではないかと想像される。

 とはいえ、カタカナ入力をサポートしたおかげで単語探しで悩むことが減り、よりストーリーを堪能することができるようになったのは間違いない。

カタカナ入力をサポートしたものの、移動に関しては省略入力(FORWARDならF、RIGHTならRなど)ができる英語のほうが楽だった。それでも選択肢が多いに越したことはないので、カタカナが使えるのもありがたかった
このような感じで、英語とカタカナを混在させて入力することもできる。正しい反応も返ってくるので、英単語に悩む場面では重宝した

 そんな「サラダの国のトマト姫」だが、前作の「デゼニランド」では序盤から考え込むシーンが多かったものの、本作はそれほど意地悪な仕掛は設定されておらず、中盤まではそれなりにサクサクと進めたのが良かったところ。各場面で“LOOK(ミル)”すれば対象となる物体の単語も表示されるので、いちいち辞書で調べる必要がないのも良いところ。

 この時代、ゲームは1人で遊ぶことが多く、特にアドベンチャーゲームの場合は1カ所で悩み始めると先に進むことができなくなり、クリアできるまで延々と考え込むことになるのは良くある話だ。当時のパソコンは、空冷のためのファンを積んでいないものも珍しくなかったので、静かな部屋の中でモニタとにらめっこしながら、1人でうんうん唸って考えている時間を過ごした人も多いだろう。

 当然ながらインターネットなどない時代なので、どんなに困っても自らの脳で答えを思いつくしかなかった。そのため、当時発売されていたパソコン雑誌の攻略ページや攻略本などは非常にありがたく、そこに書かれたヒントを見て回答を思いついたことは数多い。雑誌や書籍も1冊だけだとわからないことがあったりするので、5冊6冊と買いあさっていた人もいたのではないだろうか。

キュウリ戦士が立ち寄った最初の場所には、いくつかのお店がある。お金ではなく物々交換で買い物ができるので、必要なものを揃えておかなければならない。購入し忘れたものがあると、先に進んだ時にハマってしまうのは80年代前半のアドベンチャーゲームならでは
悩む場面として挙げられる1つが、ピーナッツ一家が楽しそうに話しているシーンでやるべきこと。「HIT PEANUT」ではダメで、具体的に「HIT CHILD」としなければならないのには悩まされた
巨大ロボ・ダイコーンの電源は、なんと乾電池。操縦席に「SIT」し、一番大きな乾電池をセットしたらメインスイッチをポチッと。そして、ロボットアニメよろしくレバーを引くと、視点がキュウリ戦士からダイコーンへと変わる。ここからはダイコーンとしてのコマンド入力だと気づけば、電源が入ったロボットがすべきことは……?
ここで悩んだという人の話は、とにかく良く聞いた。筆者はアッサリとクリアしたのだが、何とかして目の前で見張りをしている衛兵をどうにかしないと先に進めない。今は、夜のパーティが開かれている時間帯。衛兵もそのうち眠くなるはず……ということで、ここでは「WAIT」を何度も入力すると、時間が経過して寝てしまうという仕掛けになっていた。これまでに、登場人物に対して「TALK」を何度も入力してきたというのが前振りになっていたと思われる
1984年7月10日に発売された「マイコンBASICマガジン(電波新聞社・刊)」付録の「スーパーソフトマガジン」に掲載された攻略記事。執筆者は、この記事を読んでいる人にはお馴染みの山下章氏。こういった情報は、行き詰まっている時には非常にありがたかった。ちなみに、1980年代半ばに発行されていたパソコン雑誌のうち、主立ったモノを並べてみた。この記事を読んでいる人であれば、このどれかにはお世話になっていることだろう

 アドベンチャーゲームの醍醐味と言えば、何といっても難所を自力で突破した時に得られるカタルシス的な快感。散々悩んだ末に思いついた単語や、ふとしたことから発想を得て入力したコマンドで難関をクリアできた時の気持ちよさといったら、それはもう言葉では表せないほど。

 それは「サラダの国のトマト姫」でも同じで、終盤での難所となるカボチャ大王との一騎打ちのシーンなどが良い例だろう。何度繰り返しプレイしても戦いの果てに勝利を掴めないため、“もしかして道中に何かあるのでは?”と考え、そして必殺のアイテムを見つけて勝利した時には、思わずガッツポーズが出たものだ。

キュウリ戦士とカボチャ大王が剣を交えるシーンが描画された時は、非常に興奮したもの。最初は「ここで格好良く戦って勝つ展開だろう」と思っていたのだが、こうなってしまったらキュウリ戦士はおしまい。次の瞬間には剣を折られて、カボチャ大王に屈服することに。ここを自力で突破できた時の嬉しさは、ひとしおだった

 こうしてカボチャ大王は宇宙の果てまで逃げてしまい、無事にサラダ王国の危機を救ったキュウリ戦士の物語は終わる。当時クリアした時は、しばらくはえもいわれぬ充実感で心が満たされたものだ。特に、ゲームの少なかったPC-8001mkIIにおいては、このような大作で名作なアドベンチャーゲームは少なかったこともあり、本作は質・ボリューム共に大きな満足感を与えてくれた。

こうして、サラダ王国には平和が訪れる。難易度を考えると、結構な数の人がこのエンディングを見たのではないだろうか。ちなみに、カボチャ大王の次の出番となるのは、竹中コンビの次回作「デゼニワールド」だ

 そんな「サラダの国のトマト姫」は、時代を超えて愛されるタイトルになっていったのだが、筆者世代にとっては後に発売されたファミコン版よりも、いわゆるガラケー向けとして登場したバージョンよりも、ロードに時間がかかりコマンドを入力しなければならないパソコン版で遊ぶのが一番面白いと、今回改めて確認した。

 さまざまな趣向が凝らされている今時のアドベンチャーゲームやサウンドノベル、ビジュアルノベルも良いものだが、昔懐かしいゲームもまだまだ捨てたものではないもの。今はプロジェクトEGGなどで気軽に遊ぶことができるので、機会を見つけてぜひプレイしてみてほしい。