インタビュー
アートディレクター梁井信之氏に聞く「二ノ国IIレヴァナントキングダム」の世界
直線を壊しシルエットを壊して創る印象的なビジュアル、普遍的な魅力への挑戦
2018年3月23日 12:00
3月23日についに発売されるレベルファイブのファンタジーRPG「二ノ国IIレヴァナントキングダム」。
スタジオジブリのテイストを汲む日本ならではのアニメーション技術と、レベルファイブが積み重ねてきたRPG制作のこだわりが融合し、世界中のゲームファンから高く評価された「二ノ国」の最新作となる。
この発売に先駆けて、レベルファイブでの数多くのタイトルや今回の「二ノ国II」でもアートディレクターを務めている梁井信之氏にインタビューを行なった。「二ノ国II」におけるグラフィックスの魅力、世界観の魅力、そしてアートディレクターとしてのこだわりなどを伺った。「二ノ国II」の世界をより深く楽しめようになるお話ばかりなので、じっくり読み解いて頂ければ幸いだ。
“日本らしさ”を第1に考え、「五感を刺激する絵作り」を目指したRPG「二ノ国」
――まずは、アートディレクターとはどのようなことをされるのか、ゲームファンの方にもわかるように教えて頂けますでしょうか。
梁井氏:“アートにおいての指針を決める”というところが第1なのですが、それがどういったことから始まるかと言いますと、ビジュアルにおいてのコンセプト立案から始まりまして、それから2Dのアートができて、それを最終的に3Dに持っていくときのアウトプットの部分まで全て監修していくなど、ビジュアルにおいてのA to Z(「最初から最後まで」や「全て」の意味)をやるという感じです。
――ビジュアルにおける、コンセプト立案から最後までの全てをみていく……ということですね。制作初期のことを想像すると、「二ノ国II」はキャラクターデザインがスタジオジブリに在籍されていたアニメーターの百瀬義行氏、楽曲は久石譲氏ということがありますので、取り組んでいく順序や流れが独特だったりするのかなと思うのですが。そのあたりはいかがでしょうか。
梁井氏:そうですね。前作からの流れがあるので、まずその影響が大きいのですが、前作ではスタジオジブリの制作部門がまだありまして。ジブリ作品にある魅力をゲームにできないだろうかという大きな目標に向かってスタートしていました。
「二ノ国II」では、そのスタジオジブリの制作部門が解体されてしまったことで、ジブリの魅力を踏襲するといいますか、ゲームの世界においてはそこを担うぐらいの気持ちでやってきました。百瀬さんや久石さんという芸術性を持つお二人のアーティストの魅力を活かした作品にしようというのがまずあって、それを重要視した流れで取り組んでいますね。
――なるほど。前作の時にはそうした取り組みがまだ手探りでチャレンジの連続だったかと思うのですが、今回は2作目ということで。そこに違いはやはりありましたか?
梁井氏:やはり、1作目の方がチャレンジングでしたね。こなれていない部分もあったりしたので、より身が入るというか、そのぶん気合いが入るところがありました。それが2作目になると前作の結果などもあるので、ある程度は形が決まってはきますよね。それは型にハマっていると言えなくもないんですけど、一方で前作での反省点や「もっとこうしたかった」というものも入ってきます。そういうところで新しいチャレンジをしていますね。
――レベルファイブといえば、多くのRPG作品を制作してきたメーカーであり、梁井さんも多くの作品に携わっていますよね。これまでのタイトルで、特にRPG作品ではどんなことを意識されてきたのでしょうか。
【梁井氏が主に手がけてきたタイトル例】
「ダーククロニクル」
「ドラゴンクエストVIII」
「白騎士物語」
「二ノ国 漆黒の魔導士」
「二ノ国 白き聖灰の女王」
「タイムトラベラーズ」
「妖怪ウォッチ」シリーズ
梁井氏:全体を通して一貫していることがあるのですが、RPG作品はストーリー性が強いですから、ストーリー展開を意識したレベルデザインだったりを行なっています。そういったストーリーを盛り上げるためのビジュアル演出というのも心がけているんです。
――ストーリーを重視されているんですね。制作の流れとして、ストーリー、キャラクター、世界観からを立ててマップに入っていくというものがあると思うのですが、世界観を立てていくという点でアートディレクションの役割は初期段階から大きいと思います。どのような流れを取っているのでしょうか。
梁井氏:弊社の場合ですと、まず日野が書くストーリーのプロットがありまして、そこから自分が世界観を示す上でのコンセプトアートを最初に起こしています。その美術イメージに向かってキャラクターをデザインしてもらい……というのが基本的な流れですね。
「二ノ国II」でもプロットからの美術を先に立て、自分の方でキャラクターデザインのコンセプトをいくつか持って百瀬さんに依頼させて頂いてという流れでした。タイトルによってはキャラクターが先立ったりすることもありますが、そこはケースバイケースですね。
――なるほど。前作の「二ノ国」はチャレンジのタイトルだったいうことですが、その当時に意識されたことで、何か特別なものあったのでしょうか。
梁井氏:前作を作っていた当時は、海外メーカーの勢いが強く、映像表現でもフォトリアルな方向のものが強かったですよね。「そういったタイトルに肩を並べるためにはどうしたらいいか?」ということも考えました。でも、そこに技術レベルの違いのようなものも感じたりしたこともありましたね。
そこで、どう勝負するかということを改めて考えて、“日本らしさ”を第1に考えた結果、いわゆるジャパニメーション、JRPGの良さで勝負するというところに主眼がまとまりました。そうして“アニメーションの世界を旅する”という「ニノ国」のコンセプトになっていったんです。
――今回の「二ノ国II」でもそこは変わらないということになりますか。
梁井氏:基本的には一緒ですね。
――前作はもう7年前ほどのことですが、あの当時は海外タイトル一色な様相で、今よりも勢いがあったという印象でしたね。昨今ですと日本のタイトルでも世界で高評価されるものが出ていますが、当時は今より元気がなかったように思います。
梁井氏:どの海外のAAAタイトルを見ても確かに凄い映像だなぁって思っていましたね。映画さながらのフォトリアル表現は、「リアルなものをリアルに作る」ということには特化していると思うのですが、そこを「二ノ国」ではあえて、絵を描いていくという方向で個性を出していました。
――現実にあるものを表現する方向よりも、創作するということを大事にした、と。
梁井氏:そうですね。視覚だけでなく「五感を刺激する絵作り」というのを目指して取り組んでいます。
計算で出す真面目で正確なグラフィックスを、細部に手を入れて“印象的に見える絵”にしていく
――実際に「二ノ国II」をプレイさせて頂くと、例えば街中の1シーンを見ても密度がすごくて。奥行き感や立体感にも驚かされました。解像度レベルの違いといったハードウェアスペックによるところもあると思うのですが、前作よりもやりたいことができるようになったところがあったのでしょうか。
梁井氏:それについては、ハードウェアスペックが上がったことによるところが大きいと思います。ビジュアルの作り方そのものも変わっているのですが、1番変わったのは“質感の表現”ですね。前作だとターゲットが全年齢だったこともあって、より多くのユーザーに響きやすいようにと意識しつつ、テクスチャも全て手描きだったんですよ。先ほどもあった絵作りの一環ですね。
それに対して今作は、ターゲットユーザーをもう少し上の年齢を考えています。前作が海外で評価されたところがあり、海外のユーザーさんには年齢が高めの人も多いというところからですね。ゲームシステムでもアクション要素が増えているところもありますし、ビジュアル面も前作より大人びたテイスト、シックな感じや硬質な感じにしていますね。
もっと言うと、テクスチャレベルでも作り方が変わっているところがあります。今回はテクスチャの作り方に“サブスタンスデザイナー”を導入しているんです。
テクスチャを1から手描きしていくのではなく、原型となる素材を編集しながら絵に近づけていくというやり方です。それによって写実的なものと絵の魅力の中間を狙っています。素材感にこだわったことで、細部にまで手が入っているのを感じてもらえるものになったのではないでしょうか。
――プレイさせて頂いたときに、アニメーションテイストの画面なのに、細かなものやちょっとしたものにまで素材感があって、これ全部手付けしているのかな、とてつもない密度だなと驚いたのですが……。テクスチャレベルからそういう工夫をしていたんですね。
梁井氏:ただ、技術の向上は良い事ばかりではなく、犠牲にしたものもあったんですよ。「二ノ国II」は前作同様に“光を描くこと”に重きを置いているのですが、そのなかで影の表現も重要になります。その影を今作では計算によって落としているんです。
――計算で生成している動的なシャドウですね。
梁井氏:はい。ちなみに前作は完全に焼き込みの頂点カラーのシャドウだったんです。
――ポリゴンに色付けして作る静的なシャドウ、いわゆる影に見える絵だったわけですね。
梁井氏:ですね。前作と今作とではその違いがあるのですが、実はどちらかというと、前作の方が影に豊かな表現ができたんですよ。なにしろ絵で書いているものですから。絵でつける影だから嘘もつけます。絵の醍醐味としての“嘘をついて見せ方を良くする”というスタイルがありますけど、今作は計算によってつく影なので正確に嘘のない影が出て、絵がどうしても真面目でいかにもCGっていう絵になっちゃうんですね。
それに計算による影なので、影の色が単色で落ちるわけなんですよ。そういったところには、影のところにポイントライトを仕込んで影に色付けをしてあげるなどの手作業で解決していたりします。
――計算で出しているから手描きするより作業としては楽なんだけど、魅せる絵にするにはやはり別の手作業が必要になったと。
梁井氏:影の精度という問題もあって、細かいところに影がちゃんと落ちてくれなかったりするんですよね。そういった箇所は、大きな影は計算で出して、小物の影は前作のように手描きの影をつけたりしているんです。
他にも今作ではアンビエントオクルージョン(シーン内の光が遮られて漏れる計算を行なうレンダリング方法)を用いたりしていて、そういうところはメリットですね。前作とは異なる、そういう違いと工夫から、今作の絵は彫りの深いものになっているのではないかと思います。
――アニメーションテイストなのに、妙に立体感や奥行き感があって、今まで見たことのない映像になっているような感覚がありました。それにしてもプログラマブルにやるにしても、梁井さんが考える絵にするには多くの手付けが結局は必要になったというのは興味深いです。
梁井氏:頂点カラーを効果的に使っていますね。広い面積の箇所だったり、色を印象的に感じさせたい場面では、あえて頂点カラーで色を置いて飽きさせない絵作りをすることが必要でした。
――なるほど。ここまでのお話に加えて、それらのビジュアルをジブリ作品の味わいで作るというコンセプトがあるわけで、かなりセンスのいるディレクションだったのではと思えます。そこに関してはやはり苦労されたのでしょうか? それともそれは梁井さんの感覚に元々合うものだったのでしょうか?
梁井氏:僕はジブリ作品が大好きで、宮崎駿さんの作品というところからなら小さい頃から慣れ親しんでいるもので、育てられたとも言えるので、染みついているのかなとは思うのですが。ただ、それを実際に作るというと別問題で。やっぱりあの高い次元にどうやってジャンプしたらいいのか、試行錯誤しました。ただ、実際に上手くできているのかは自分ではわからないですね(笑)。
2Dアートと3Dモデルの大きな境を、直線を壊し、正確なところを歪めて、埋めていく
――「二ノ国II」には、様々な種族がいて、国それぞれにも文化の違いや技術の違いを感じさせるものがあり多彩です。そうした世界をどのように構築していったのでしょうか。
梁井氏:まずは「それぞれの個性を際立たせるにはどうしたらいいのか」ということから始めていますね。似たような場面が続いてもしょうがないので、イメージを逆側へ振っていくんです。「海から山」だったり、「自然から都会」だったり。そういうものを散りばめて整理した上で、それぞれの国や街にあった個性を詰めていくような感じですね。
――現実にある国などモチーフや刺激を受けるものを普段から模索されていたりはするのでしょうか?
梁井氏:特に意識してやっているということはないですね。でもモデルにしているイメージはあって、例えば「二ノ国II」には「ゴールドパウンド」という国がありますが、そこは台湾のキュウフン(九、フンはニンベンに分)という街がモデルなんです。そういう実在する場所をモデルにすることはよくありますね。
――台湾ですか。確かにあの「ゴールドパウンド」のアジアテイストはまさにそのあたりの雰囲気ですよね。
梁井氏:実は、「二ノ国II」を作っていくにあたって最初に考えたマップが「ゴールドパウンド」なんですよ。前作には東洋のテイストがなかったので、ガラッと新しさを出したいなと考えて。そこで、東洋をテーマにした「ゴールドパウンド」をまず作っていったんです。
――なるほど。そうした国や街並を作り込む一方で、「ニルの森」のような自然の中のマップだと、草木もそうですが、宙に漂う光の粒子や胞子のような、空気感を感じさせる見せ方が印象的でした。そうしたところにもこだわられたのでしょうか。
梁井氏:空気感というのは端的には語れないのですが、空気という目に見えないものをどう表現するかというなかで、粒子などのパーティクル的なものを空気中に演出しているんですね。特にニルの森においては“森の神秘性を空気に描く”という工夫をしています。
――「二ノ国」シリーズだとジブリテイストというのもありますし、絵から伝わってくる肌感覚、空気感を表現するのが1番難しいところなのかなと思えます。空気感の表現というのは、梁井さんも長年意識されている命題のようなものなのでしょうか。
梁井氏:そうですね……それは僕だけでは表現できないことだとも思うのですが、制作スタッフはみんな、作っている間ずっと傍らにジブリ作品を流しているんです。常に目に届くところに置いて、そのテイストを浴びるようにして、そこに向かっていけるような。そういう環境作りからやった結果が、「二ノ国」シリーズに結びついているのかなと思うんですけどね。
――頭で考えるものではないのかもしれない?
梁井氏:分析みたいなことをしたりもするんですけど……、やっぱり感じることなんじゃないかなと思えますね。
――やはり、感性が必要になる領域なんですね。空気感を作るという点では、いわゆる絵の状態の2Dアートワークから3Dモデルのマップにしていくときにイメージしていたたものにできているかどうか。そこに苦労されたり「あれ、こういう感じになっちゃうの?」となることもあるのでしょうか。
梁井氏:そこが1番苦労するところですね。2Dと3Dの境目はすごく大きくて、そこをいかに埋めていくのかがアートディレクターという自分の役割だったりします。3Dのデメリットというのはやっぱり「絵が正確になり過ぎる」というところなんです。
例えば、地面を作りますというとき。水平なものや垂直なものを作るときに数値を入力していくんですよね。平らなものなら0を入れて、それを回転させるときには90度をパチパチっと数字で入れて。そうすると、それらのグラフィックスが全部数字にしか見えてこなくなるんですよ(笑)。なので、ベースはそうやってパラメーターコントロールで作るけど、その先は眼でちゃんと捉えていくことが大事だっていうことを常々話しています。
なるべく直線を壊す。人工的なものであれば効果的に直線を見せようとすることもあるのですが、自然なものに関しては、例えば、ちょっとした木のテーブルひとつにしても、真っ直ぐのように見せつつも印象的に直線を壊してあげて、有機的な自然素材に感じられるようにする。ポリゴンのシルエットをあえて壊す。正確なところを歪める。そういうことをやっていましたね。
――自然物をいかに自然らしく感じられるようにするか。そのためにシルエットを壊す。
梁井氏:正確な絵よりも、印象的な絵にしたいんですよね。なので、上手く嘘をつくというか。
――今のお話にあった、数値で作っている、パラメーターで制御しているので、いわゆるEXEL的な管理の仕方というか、作り方になるというのはいろんなところで耳にするのですが、それで作って終わりではなく、その先には肌感覚、プレーヤー目線に近い見方が必要だと。
梁井氏:ワイヤーフレームを感じさせたらダメだなって思いますね(笑)
――なるほど(笑)。
梁井氏:場合によっては“消失点”が見えちゃうんですよね(消失点とは、奥行きのある直線群が奥で集まってできる点のこと、遠近法の用語)。正確に数値で作ると線が一点集中していくところがあって、そこに消失点ができてしまいます。そこをあえて歪ませて、パースもずらして、そこを感じないようにしています。
――フォトリアルの理論では不正確だけど、人間的な肌感覚としては歪めてあげることでより届く見え方になる。消失点みたいなものはそのひとつ。
梁井氏:絵を描くときからそうなんですけど、僕は正確にパースを取らないんですよね。消失点を取らずに絵を描いていきます。完全に印象寄りですね。なので、3Dモデルを作るにしても、変わらずにそれをやっているというところです。
――僕がプレイして「ゴールドパウンド」の街をパーッと走っているときに、ちょっと奥行き感に奇妙な面白さを感じたときがあったんです。「このカメラ角度ではこう見えるけど、カメラを別の向きにすると違った見え方をする」と思って、印象が変わるような。今のお話にあった歪みが集まってできている効果なんですかね。
梁井氏:そうかもしれません。真っ直ぐな道をあんまり作ってないんですよね。なので、角度によって見え方の印象も変わりやすいのかもしれない。
――あの街はすっごくウネウネした道ですもんね(笑)。街中にいる人々もみな個性があったり表情がちゃんとあったりするので、いわゆるモブキャラ感がなくて。街のどの場面でもアニメのワンシーンみたいに収まりますね。
梁井氏:キャラクターも背景のひとつで、それはモブキャラにしてもそうですよね。なので、ちゃんと文化を表現していく。服装だったりベルトのディテールひとつにしても、こだわっていますね。
――プレイすると細かなところまでの作り込みを異常なほどに感じられたのですが、当然それは、ものすごい労力と時間が必要ですよね。
梁井氏:はい。でも、僕は細かいところを作り込むのが好きなんですよね(笑)。「妖怪ウォッチ」でもそういう“ディテール勝負!”みたいなところがあったので、あっちも細かいところまでやっているんですよ。
――なるほど。この他にも、前作、PS3世代のハードではできなかったけど、今作ではできたというものはありますか? 例えば遠景の処理の仕方などはどうなんでしょう?
梁井氏:そうですね。いいところは硬質なものの質感表現、鉄とかガラスの表現はかなり良くなりましたね。逆に遠景の話だと、データ容量が多く持てるようになったぶん、今作では遠くの山とかも実際のスケールで作ってあるんですよ。そうした方が制作しやすいという事情があったりするんですけど、前作の遠景は書き割り……つまり絵だったんです。でも実は、絵の方が遠い景色という見せ方においては強さがあったりもするんですよね。そこも正確に出るグラフィックスと、絵の違いがありますね。
――前作だと処理的なところから割り切って絵にしていたけど、今作は行かない場所も地形で作ってある。
梁井氏:遠くのものを実際にモデルを作って見せると、どうしても印象は弱くなるんですよね。できるようになって良かったこともありますが、できてしまうがゆえに足枷になることもあるというものになっていますね。
――実際に作ってある地形なら、制作途中でマップとして使うことにしたりもできますから、ゲーム的には使いやすいものになりますけど、アートディレクションとしては良いところもあれば悩むところもあるんですね。
梁井氏:そうですね。
日本文化の“境界線の曖昧さ”という魅力。マップ展開も心に作用する演出になる
――ゲームに限らず、刺激を受けていること、感性に響いているものがあればお聞かせ頂けますでしょうか。最近強く関心を持っていることなどでも。
梁井氏:普段から意識して物を見るようにというのは心がけてはきたんですけど、今は特に何かにハマっているというより、僕もこれまでいろいろなものに触れてきたので、それら自分の中にあるものを整理しようという方向に向かっている気がしますね。
なので最近は、シンプルに見せるということや、普遍的なものにするためにどうすればいいかというような、そういう方向に意識が向かっています。発想するにしても自分を一度0地点に置いて物を見るようにしていますね。既成概念をリセットする。当たり前のように物を見てしまえば、それはそのようにしか見えなくなってしまうので。
――なるほど。例えば、アートディレクターのようなお仕事を目指す若い人に向けてとすると、どんなことをしたらいいでしょうか?
梁井氏:ゲームデザインに限らず、どういう考え方をするかそのものが大事なことかなと思います。僕は流行り物にはあまり興味がなくて、過去を生き延びてきたもの、普遍的なものに刺激を受けることが多かったです。
絵についてだと、当然ジブリ作品を見てきたというお話が今回はありますが、他にも西洋絵画をたくさん見てきました。光にこだわるというところで言うと、レンブラントやフェルメールなどに刺激を受けてきましたね。ジブリで絵を作られていた方々も、何かしらから刺激を受けてきたのではと思いますしね。解釈の解釈になってしまうと像がぼやけてしまうので、ちゃんと本質に目を向けていくようにしています。
――「故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る」というか。王道の良さをちゃんと見つめていて、そこに価値や強さを感じるのですかね。
梁井氏:そうですね。新しい物は横目に見ている感じです。長く生き伸びてきた物には、その良さや強さがある。そういったものにエネルギーを感じますね。
――なるほど。無理矢理こじつけるわけではないんですけど、今日のお話だと「二ノ国」がゲームのトレンドに流されず、日本らしさと文化で勝負した話に、ひいては繋がってったものを感じますね。
梁井氏:ありがとうございます。僕はデザインでは引き算が好きなんですよね。茶人の利休の侘びさびといったものも好きですし、削ぎ落とされたものが好きなんです。茶室のにじり口というのはご存じですか?
――入り口があえて小さく狭くなっているという作りですよね。
梁井氏:そうです。入る時に一旦絞っているから、中に入ると広くなるから空間を感じられるんですよね。茶室っていう空間にはそういう場面転換、演出が詰まっているんですよね。狭い空間にいると次に大きさや広さを感じやすい。広い空間にただ居ると、ちっぽけさを感じたり考えたりする。それがRPGにおけるマップ展開やレベルデザインにも鍵になっていると思うんです。
わかりやすいところだとダンジョンですよね。細く狭い通路を進んで行くからこそ、パッと開けた場所に出ると、何かが始まる予感がする。バトルが待っていたりですね。そういう見せ方に別のものからヒントを得たりすることがありますね。
――空間の展開の仕方でも、その人の心にはいろんな作用がある。
梁井氏:ちょっとしたものから感じさせるというのが、日本は特にそういう美意識を持っている人種なのかなと思います。曖昧な良さというか。鳥居というのも「ここをくぐると向こう側の世界なんだよ」という考え方があって、独特ですよね。普段からそういうところを面白いなと意識していますね。
――日本の田舎だと、「ここから先は地元の神様の土地だよ」というものがあったりして、でもその目印が結構目立たないものだったり。海外文化ではドーンと大げさに何かを置くんですけど、日本はあえてそうせず、わかる人にはわかるぐらいのもの。
梁井氏:空間の仕切り方も日本家屋がそうですよね。日本って木と紙の文化なので、紙の戸で仕切ってはいるんだけど、声は伝わる。向こうに人が居るのを曖昧に感じられたり。そういう曖昧さっていいなと思ったりしますね。白黒つけ過ぎない良さだったり。
――かつてのジブリ作品も、例えば「となりのトトロ」は現実なのか違う世界なのか境界線の曖昧さが面白みであり魅力だったりしますね。でもそれは、ファンタジーRPGというものの世界観を作るのには必要な感性な気がしますね。
梁井氏:自分の中に曖昧な部分、所謂“余白”があるといいのかなって思います。自分の中にそういったものがあってディレクションしていくと目に見えるものに縛られないものになるのかなと思いますね。そういうお仕事を目指すという人は、曖昧さの持つ魅力を意識して頂くと、また違った世界に見えてきていいかもしれません。
「二ノ国II」で描いた“時代に流されず生き残れるスタンダード”、色褪せない普遍的な物語
――アートディレクターという観点から、ゲームの変化や世代の変化について感じているものがあれば、お聞かせ頂けますでしょうか。
梁井氏:ゲームというものが、単にゲームではなくなってきているなと感じます。昔はスタンドアロンでプレイしていたものでしたが、今は友達と一緒にとかオンラインが基本で多人数でプレイしたりと、コミュニケーションツールになっているのかなと思います。なので、生活の一部に溶け込むものになっていますよね。
――ツールになっているというのは強く感じます。ただ、その観点からすると「二ノ国II」のようにスタンドアロンでストーリーを楽しんでいく従来型の作品と言えるゲームは難しい立場になっているのかなと思うのですが。
梁井氏:そうですね。今の時代の流れからすると、ユーザーさんを選ぶというか、選んでもらうゲームになっているのかなと。映画を見たり、本を読んだりとかと同じように、それを見よう、プレイしようと能動的に求めてもらうものだと思いますね。それに応えられるだけのものにしないといけないとも思います。
――こういう時代だからこそ求められるものしていかないといけないと。今後ですが、「二ノ国II」のようなセルのビジュアル表現について、これから先にはどう進化せていくのかというところはいかがですか。
梁井氏:進化というと例えば、フィギュアがそのまま動いているような表現に行ったりとか、いろいろ方向はあるとは思うんですけど。でも、どこまで行くべきか、行っていいのかですよね。シンプルなものが1番とは思っているので、ある意味では今のスタイルが行き着いているとも思います。
個人的にはビジュアルよりもキャラクターの動きが大事だと思うので、今後はもっとそこを追求していきたいですよね。今作だと、主人公のエバンが走る時、下り坂と上り坂とでモーションは違いますし、階段の昇り降りもモーションに変化をちゃんとつけていたり、そういう細やかな表現をしています。
今後、もっとやってみたいことで言うと、キャラクターの成長や内面の変化をモデリングでも表現していきたいですね。例えば顔の造形を、ゲーム後半になるにつれてちょっと凛々しくしていったり。プレーヤーさんが気づかないぐらい少しずつ変えていって、最初と最後の顔を並べてみたら結構違っているとか。表情のアニメーションも、最初はビクビクしている表情が多いけど、経験を積んでいくと動じなくなっていったりとか。そういうものも含めてもっと表現していけたらなと思います。
――まだまだ挑戦したい表現があるということで、この先の挑戦も楽しみになります。では、最後の質問になりますが「二ノ国II」で描いたものをシンプルな言葉で表現すると、どのようなものになるでしょうか。
梁井氏:“スタンダード”ですね。スタンダードを目指してきました。時代に流されず生き残れるような作品を作るためにはと考えて、普遍性を求めてきましたね。ストーリーにおいても王道で色褪せない、エバーグリーンなものになっていると思います(エバーグリーンは時を経ても色褪せないの意味を持つ英語)。
――わかりました。では「二ノ国II」の発売を楽しみにしているゲームファンの皆様へ一言頂けますでしょうか。
梁井氏:前作同様、アニメーションの世界を旅するということをテーマにしたゲームではあるのですが、今作ではハードウェアスペックが上がったことで映像がよりクオリティが高まりました。前作とはひと味違った「二ノ国」の世界を体験して、楽しんでもらえたらと思います。よろしくお願い致します。
――ありがとうございました。
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