インタビュー
Wargaming.net CEO Victor Kislyi氏が明かす「World of Tanks」誕生秘話
ユーザーとの距離の近さ、“ソフトマネタイゼーション”が成功の鍵
2017年9月25日 17:54
「World of Tanks」や「World of Warships」を展開するWargaming.netのCEO Victor Kislyi氏は、大の日本好きで知られ、東京ゲームショウには必ず参加し、プレスカンファレンスを主催したり、対抗戦に参加したり、メディアのインタビューを受けたりするだけでなく、夜はユーザーイベントも実施し、ユーザーと直に話す機会を設ける。今年は4タイトルから200名以上のユーザーを招待し、1時間にわたって精力的にユーザーからの質問に答えた。筆者が知る限り、ユーザーファーストを語るゲームメーカーのトップは多いが、実際に行動を移している人はそれほど多くない。Kislyi氏は数少ないその1人だ。
GAME Watchの読者ならご存じのように、Kislyi氏には大型イベントの度にインタビューをしているため、ちょっとやそっとのインタビューでは、読者を納得させる話を引き出せなくなっている。そこで今回はがらりと趣向を変え、東京ゲームショウの話はプロデューサーインタビューに任せて、Kislyi氏自身が生み出した「World of Tanks」の誕生秘話のみを聞くことにしてみた。ほかでは出ていない貴重な話が多いので、ぜひ最後までご一読いただきたい。
長い下積み時代。“ファンタジー”を“戦車”への転換が大ヒットの契機へ
――ビクターさんには、今年頻繁にインタビューさせていただいているので、今回は特別企画として「World of Tanks」の誕生秘話を聞かせていただきたいと思って、今回やってきました。
Victor Kislyi氏: 私は1996年に兄弟や友達と一緒にゲームを作り始めました。会社としてはもう少し後になりますが、ゲーム作りそのものは1991年くらいから作り始めていたので、実際はもう20数年作っています。なぜ作り始めたかというと、自分自身もゲームが大好きで、ほかの会社のスタッフもゲームが大好きだからです。あるゲームを全部遊び尽くすくらいゲームのファンだったんです。
我々は多くのゲームを生み出しました。どれも私としては素晴らしく可愛い作品ではありますが、どれも現在の「World of Tanks」のようなビッグヒットにはならず、小さく終わるような形でした。新しいタイトルを出す度にだんだんと成長して、そこそこの数が出るようになりましたが、今のようなフリー・トゥ・プレイのタイトルではなく、パッケージとしてリテールで販売されているようなタイトルでした。代表的なものとしては「オーダー オブ ウォー」というゲームがありまして、こちらはスクウェア・エニックスによってパブリッシュされました。ただ、大きなパブリッシャーがついて、そこそこ売れたとえば売れたのですが、大きなパブリッシャーに取り上げてもらったからといって、ビッグヒットになるということもありませんでした。
そういった過去もありましたので、社内でオンラインゲームという新しい路線に進むことを決意して開発を進めました。その時ミンスクには、結構良いチームが社内にいて、だいたい70人ほどのメンバーが集まったチームになっていました。そしてその新しいゲームの開発に向けて「Big World」というゲームエンジンを導入することになりました。最初はオークなどが登場するファンタジーゲームを想定していました。「Big World」という新しいゲームエンジンを熟知するために様々なものを作りながらテストをして、経験を積んでいきました。
そしてある日、チーム内のスラバーという者が、私の所にやってきて、「今作っているゲームの内容を戦車に置き換えてやったらどうか?」という発言がありました。その意見を聞いた時、普通だったら取り下げていた可能性もあるのですが、その時には素晴らしいアイデアだと思い、ではそれをやってみようということになりました。スラバーとは別にもう1人セルゲイというスタートアップのメンバーもいました。彼らは主にブラウザゲームなどを担当している人たちでした。
なぜ彼らが戦車を持ってきたかというと、彼ら自身戦車が大好きで、またそういった歴史にすごく興味をもっていたので、今までとは全く関係のない分野であったにも関わらずファンタジーから敢えてシステム的に戦車にした方がいいんじゃないかと考えたようです。そういった話を受けて、私の方でもいろいろ計画を練ってある程度固まったところで会社に行き、そしてスタッフ全員にまず「良いニュースがある。これから私たちはMMOを作ります。メインの題材は『戦車』です」という発表をさせていただきました。
――まさにそれが「WoT」の始まりなんですね。それがいつ頃ですか?
Kislyi氏:2008年です。各チームのみんなが非常に積極的に協力してくれたので、ゲームの開発は順調に進みました。2008年にプロジェクトを開始したにも関わらず、2010年の頭ごろにはもうCBTに入れるくらいゲームが出来上がっていました。このゲームが出来上がった時に、パブリッシャーをいつものように探していました。その時には、私とほかの何名かのスタッフとともに世界中いろいろなところに行きました、もちろん日本も含まれています。でも、どの国でも門前払いされてしまい、結局このタイトルに興味を持ってくれるところがなかったので、自分たちでパブリッシュするしかないという結論に至り、2010年の8月ごろにCBTという形で自社パブリッシュしました。
――なぜグローバルのパブリッシャーは興味をもってくれなかったのだと思いますか?
Kislyi氏:当時のトレンドとして、私たちがこのゲームを出そうとしていた時に主流だったのはMMOといえばMMORPG。そしてMMORPGといえばだいたいはファンタジー世界だったので、私たちが持って行った、「WoT」という戦車を題材としたMMOはどこでも理解されませんでした。
――世界中のパブリッシャーが関心を示さないにも関わらず、グローバルで展開しようと思った理由はなんですか?
Kislyi氏:当時リテールをされているパブリッシャーは、まだこういったオンラインであるとかF2Pとかではなく、実際にディスクを作成して箱に入れて店で売ることを前提とした思想を持っていました。ただ、そういったものを見てきた中で、私たちが作ったこの「WoT」というタイトルはそういったプランや戦略が一切通用しないと私たちは考えました。
ではどういったものが通用するのか、またはどういったものを適用させればいいのかということを考えた結果、こういったタイトルではパッケージでの販売ではなく、よりプレーヤーと近い位置で、お互い話し合いながらしっかりと進めていかなければならないという結論になりました。そしてコミュニティを成長させるということが非常に重要になってきますので、私たちの方でもカスタマーサポートのメンバーが直接プレーヤーに会って意見を聞いたり、コミュニティマネージャーなどを作って、コミュニティの管理であったりサポートを、よりプレーヤーと親密な形でできるように取り組みました。
――私が初めて触ったのは2011年か12年くらいだと思うのですが、ここまで手軽に戦車の対戦ができるゲームは今までになったので、非常に大きな衝撃を受けたことを覚えています。ビクターさんがこのゲームがヒットすると確信したのはいつ、それはどういった理由からでしょうか?
Kislyi氏:いつ頃ヒットを確信したかというのは難しいのですが、ただこのゲームを出した後に中国とも契約をして、中国に独自のサーバーをたてて「WoT」を出したのですが、その際に非常にコミュニティに受け入れられ、中国のゲームランキングの中でも上位10に入るくらい急成長していました。こういう反応を受けて、このゲームのポテンシャルは非常に高いものだということがわかりました。
――ちなみにビクターさんは戦車が好きなんでしょうか?
Kislyi氏:大好きです!
――このゲームを作ったから戦車が好きになったのではなくて、もともと好きなんでしょうか?
Kislyi氏:たぶん世界中どの国のどんな方でも、男の子であれば、子どもでも大人でも本能的に戦車というものがかっこいいものだと理解していると思います。ですからもともと戦車は好きでした。
――どの戦車が好きですか?
Kislyi氏:マウスが好きなので、マウスにたくさん乗っています。日本に追加された五式重戦車なども非常にお気に入りの車輛です。
――話が少し遡りますが、1996年からゲームを作り始めて、「WoT」をスタートさせるまで実に10年以上あるわけですが、ヒット作に恵まれなかったにも関わらず、なぜゲーム開発をやめようとは思わなかったのですか?
Kislyi氏:私自身ゲームが好きだし、ゲームを作るのも好きなので、特にヒットがなかったとしても今後もどんどん作り続けていたと思います。
――ビクターさんが「Master of Orion」を大好きなことは存じていますが、それ以外にどういったゲームが好きだったのでしょうか?
Kislyi氏:「シヴィライゼーション」が大好きです。現在は「WoT」のPC版や「Blitz」、「WoWS」などももちろんプレイしていますが、それ以外のゲームをやりたいときには今デモ「シヴィライゼーション」をプレイすることが多いです。
――例えば「Age of Empires」や「Starcraft」のようなリアルタイムストラテジーはあまり好きではなかったのですか?
Kislyi氏:もちろんRTSも幅広いタイトルを遊んでいます。昔ですと、「コマンド&コンカー」、「レッドアラート」やそういったRTS系は、私としてはそれがゴールデンタイトルだったので、そういったものをたくさんプレイしました。
――しかし、そのRTSやストラテジーゲームはF2Pではなく、パッケージタイトルです。「WoT」ではなぜF2Pを最初から目指したのですか?
Kislyi氏:まず第一に無料で困る人はあまりいないと思います。特に私たちとしては多くの方にゲームを遊んでいただいたいのですが、当時まだゲームがリテールばかりだったころに、例えば小学生や子どもが6,000円くらいするゲームをポンと買えるかというとそうではないと思います。どちらかというと、多くの方に楽しんでいただきたいので、無料で出してより多くの方に楽しんでいただき、もしかするとその中に年齢層が若干高い方が入って、そういった方々が月々1,000円とか2,000円とか、少額でもいいので落としてくれるのではないかなという考えがありました。
――その狙いは最初から当たったのですか? それとも最初は苦戦したのでしょうか?
Kislyi氏:最初のころからF2Pは有効で、そして大きな成功をもたらしました。私たちとしては「WoT」がなぜ成功したかというと、マネタイゼーションとゲームのシステムバランスがとてもよく調整されていたからだと思います。例えば私たちのゲームではお金を払えば勝てるというような要素はありません。どちらかというと少し便利になったり、追加要素があったりという感じなので、これは私としては普通のマネタイゼーションとは違い、“ソフトマネタイゼーション”と呼んでいます。通常のものとは違い、本当に必要なものだと判断してくれる方がお金を入れてくれるというものなので。今までほかのタイトルがやっていたような、強制的に課金を促すというものとはまったく違うコンセプトになっています。
――まさに「WoT」がソフトマネタイゼーションは、大きな成功の要因のひとつだと思いますが、これはどなたが考えたのでしょうか?
Kislyi氏:「WoT」のもともとのアイデアを持ち込んできた人がこういったことを考えてきました。スラバー・マカームという人ですが、この人がもともといわゆる「WoT」の生みの親で、こういった様々なシステムを考えました。またスラバーとともに、先ほどお伝えしたセルゲイもこちらのシステムを組むのに協力しています。
――そのスラバーさんとかセルゲイさんは、もう今はウォーゲーミングを離れてしまったのですか? それとも今でも関わっているのでしょうか?
Kislyi氏:スラバーに関してはいま「WoT」のプロダクトディレクターをしています。ですので、いわゆる「WoT」のトップですね。セルゲイに関しては「WoT」を離れて、別のプロジェクトを指揮しています。
――それはどんなプロジェクトですか?
Kislyi氏:それはまだ、全くお伝えできないものです。
――マネタイズについては、もう1つ、いわゆる“課金弾”の存在があります。この課金弾のアイデアはすごく優れていて、まさにほかに前例がないアイデアだと思いますが、これはどういったアイデアからきたものなのでしょうか?
Kislyi氏:課金弾に関してですが、こちらのプレミアム砲弾に関しては、もともとソフトマネタイゼーションの案の1つとして入っていました。いわゆるゲームが若干便利になる、またはちょっとだけ有利になるようなもので、試合に絶対に影響が出るかと言われたら、状況次第ではあるのですが、こちらもソフトマネタイゼーションのプランには入っていました。
――ロシア圏で大成功を収めた「WoT」ですが、グローバル展開においてはパブリッシャーを頼らず、自力で展開されたわけですが、その時の苦労があれば教えてください。
Kislyi氏:苦労というよりは、どちらかというと非常に恵まれていた部分が多いです。まずすでに世界中で戦車が好きな方はたくさんいました。私たちのゲームもロシアで成功させたことでだんだん知名度が上がっていっていましたし、マーケティングに関してはそれほど難しくなかったのは非常に助かりました。
――今年ボービントン戦車博物館のイベントに参加し、Wargaming.netとの太いパートナーシップに驚きました。今では世界中の戦車博物館が協力していますが、このパートナシップはどの段階から始まったのでしょうか?
Kislyi氏:ベラルーシやロシアの博物館に関しては、「WoT」の前からずっと協力関係にありました。なぜかというと、「WoT」が出る前から戦争物のボードゲームのゲームなど、かなり前からそのカテゴリのゲームを作っていたので、その時から多くのベラルーシやロシアの博物館に協力していただき、資料をもらったりしていたので、実際にいつからというとすごく昔からになってしまいます。「WoT」がヒットしてからは、より多くの様々な世界中の博物館とパートナーシップを組むことができるようになりましたので、素晴らしいことだと思います。
――なるほど、「WoT」初期の頃は、やはりソ連の戦車が非常に多かったですが、それはやはりベラルーシとロシアで協力関係があり、データを集めやすかったからという理由なんですね。
Kislyi氏:はい。あと、歴史的にロシアやソ連は戦車をたくさん作っていたので、資料もたくさんあったということも理由の1つであります。
――今回特に聞きたかったのは、1つは日本市場に対する印象です。日本は戦争に負け、戦争を放棄した国なので、ウォーゲームに対する拒否感があって展開するのが他の国や地域より難しかったのではないかと思うのですが、実際はどうでしたか?
Kislyi氏:私たちは、そういった国にも「WoT」をしっかり説明しています。このゲームは戦争を題材にしているというよりは、戦車を題材にしていますので、誰かが死んだりとか血を流したりということは一切ありませんし、あくまでも同数の戦士たちが戦車に乗って競い合うというだけなので、そこをしっかり理解してもらったうえでご提供しております。ですので、特に違いはありませんでした。
――Wargaming.netは、「WoT」をグローバルでメガヒットさせました。今後ビクターさんが実現したい夢はなんでしょうか?
Kislyi氏:「WoT」をよりよくすることです。たとえば、現在開発しているHDマップは、夢というよりは、まずは現状を少しずつ良くしていきたいという目標の1つです。
――このHD化にはビクターさんの意向がかなり反映されているのでしょうか?
Kislyi氏:私から特に口出ししたことはないのですが、私が強いて言ったとすれば、「よりリアルに作りたい!」。そういったことを言ったことで、プログラマーやアーティストたちがこれを実現してくれました。
――HDマップは、私も非常に実装が楽しみですが、ビクターさんが最初に見た時の感想を教えてください。
Kislyi氏:ウォー!! という感じで、頭が爆発するくらい素晴らしかったです(笑)。
――「World of」シリーズ、そしてWargaming.netという会社を今後どうしていきたいか教えて下さい。
Kislyi氏:私としては、Wargaming.netを今後さらに成長させていきたいと考えています。日本を含めた世界中、アメリカやロシア、ヨーロッパなど多くの地域でもっとプレーヤーを増やしていきたいと思っていますし、既存のタイトルについてもどんどん良くしていきたいと考えております。発表会でもお伝えしたように、アップデートを継続的に行ない、時代に取り残されないよう、多くの方々がずっと遊べるタイトルとして作っていきたいと思っています。また、個人的な希望としては、1年に1回は完全新作を皆さんにお届けもしていきたいと思っています。
――これからも期待しています。ありがとうございました。