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インディコミュニティを取り込み勢力拡大を続ける「Unreal Engine 4」の“今”

インディ勉強会「3DCG Meetup #06」における3Dアーティストへのメッセージ

2月14日開催



会場:mixi会議室

 2月14日、ゲームや映像の3DCG製作者を対象とした勉強会「3DCG Meetup #06」が、東京渋谷にて開催された。本イベントはDESIGN SATELLITESの新井克哉氏を主催として、特定の企業に依らないゲームクリエイターコミュニティを対象とした勉強会。

 本稿では、Epic Games Japanの今井翔太氏によって紹介されたゲームエンジン「Unreal Engine4」(以下「UE4」)にフォーカスして、「UE4」で何ができるのか、「UE4」は誰に向かっていくのか、「UE4 」はどこに向かっていくのか、筆者が率直に感じたことをお伝えしたい。

【3DCG Meetup #06の主催者】
本勉強会を主催する新井克哉氏(@kickbase)氏と天野智晶(@lion_man44)氏。3DCGを軸にした異業種交流に尽力している

【3DCG Meetup #06の登壇者】
本日の登壇者。左からスカルプトツール「3D-Coat」を紹介するクロサワ氏、3DCGツールでフィギュア原型を製作するdokon氏、オープンソースの3DCG統合環境「Blender」を伝道するハヤシヒカル氏

アーティスト1人でも開発可能。「Unreal Engine4」はコンプリートスイート

Epic Games Japanでコミュニティ・マネージャーを務める今井翔太氏

 「UE4」の紹介のために登壇した今井氏は、「UE4」の生い立ちに始まり、具体的な採用事例として、自社開発の「Gears of War」シリーズ、「Unreal」シリーズ、「Infinity Blade」、「Fortnite」などのほか、他社の採用事例として「ストリートファイターV」、「キングダムハーツIII」の2タイトルを挙げて紹介した。

 「UE4」の強みは、FPS「Unreal」シリーズを初めとしたEpic Gamesの実際のゲーム要求に基づいてエンジン開発を行なっていることだ。CEOのTim Sweeney氏が初代「Unreal」のコードのすべて約10万行を書いており、今でもネットワークとジオメトリ演算の部分のコードを自身で書いているという。

 「UE4」を単なる描画エンジンではなく、“ゲーム統合統合環境”だと説明する今井氏は、「UE4」に含まれるレベルエディタ、ビジュアル的にゲームロジックの実装を行なうことができるBlueprintスクリプト、UIデザインシステム、カットシーンエディタ等、一連のツール群の存在とその機能の概要を説明していった。

 今井氏は一連のツール群の紹介に続いて、「UE4」導入の容易さと優位性について説いた。「UE4」環境は、Windows 7/8のほか、Mac OS X(Mavericks以降)やLinux(現時点ではランチャーのみ未対応)でも動作する。極端な話、ゲームデザイナーはWindows、プログラマはLinux、アーティストはMacと、職種によって異なるOSを導入している開発室でも導入は可能だ。一方、「UE4」のターゲットプラットフォームも、iOS、Android、WebGL、Xbox One、PS4、Steam、Windowsネイティブ、Mac OSと多岐に渡る。

 「UE4」はゲームバランスのチューニングやビジュアルの改良プロセスの迅速化を意味する“ラピッド・イタレーション”を意識した作りになっており、開発中のゲームを簡単に実機に転送してゲームフィールの変化をすぐに確認できる。一般的に、試行錯誤を繰り返せば繰り返すほど、ゲームの最終品質は向上する。そこで「UE4」を始め多くのゲームエンジンでは、この機能の強化がひとつのトレンドとなっている。

 ゲーム開発において、より良い作品に仕上げようとするあまり、つい自分だけで完結する作業に没頭することは少なくない。そもそも、まだ見ぬものを異なる頭脳を結集して開発している限り、個々の開発者の持つ情報にギャップが生じるのは当然で、ゼロにすることは不可能だ。たとえコミュニケーションが不足したとしても、「UE4」のような全開発者に共通な統合環境であれば、不整合も起きにくい。

 さらに「UE4」環境には、マーケットプレイスと呼ばれるアセットストアが存在する。マーケットプレイスでは、Epic Gamesより無料のアセットが提供されている。ライセンス契約をすれば、たとえ個人であっても自分で作成したアセットを販売できる。ゲームを丸々一本開発する力はなくても、アセット1つからゲーム開発を始めることもできるというわけだ。ちなみに現在のマーケットプレイスには、日本やアジア圏でウケる可愛らしいキャラクターが販売されていない。そこで今井氏は、本イベントの参加者に対してマーケットプレイスへの参加を猛プッシュしていた。

 「UE4」のライセンスモデルでは、月額19ドルのサブスクリプションに加えて、ゲームの収益が四半期毎に3,000ドルを超えたとき5%のロイヤルティを支払う必要がある。従来のライセンスモデルにおいては、個人のレベルではライセンス契約を結ぶことすらできなかった。ところが現世代のモデルでは、契約者が誰であろうとライセンス料さえ支払えば、完全な「UE4」環境が手に入る。しかもゲームをパブリッシングして規定以上の収益が上がらない限り、5%のロイヤルティを支払う必要はない。

 このためゲームではないビデオグラムや、住宅の完成イメージ製作等の場合には、19ドルのサブスクリプション料金の支払いで無制限に「UE4」を利用できる。実際、異業種からの引き合いは増えているとのことで、完成前の住宅をCGでウォークスルーしたり、自動車オプション品の装着イメージを確認できるアプリケーションでの採用事例が紹介された。

【Unreal Engine 4.0】
マーケットでのユーザー同士のアセット販売のみならず、ゲームの枠を超えて、映像、建築の分野で活用が広がる「UE4」

 「プログラマでなければゲームを作れない時代は終わった」と今井氏は言う。これは、「UE4」にはパワフルなツール群とすぐに動かせるサンプルゲームが含まれており、導入や習得のハードルが低くなったことを意味している。

 ごく標準的な開発スタイルでは、アーティストの役割はアートリソースを準備するところまでだ。3DCG製作経験者であれば、サンプルゲームのキャラクターやアセットを自前のものと差し替えてルックを見るといったことを繰り返すうちに、独学でも相応のレベルのゲームに対応できるだけの技能が身につくだろう。最初から動作するサンプルゲームがあるということは偉大だ。この環境があれば、教育機関において、まったくの入門者を育成する場合でも、プログラマ志望者が書いたコードの制約を受けるより、はるかにハイレベルな技能が身につくと考えられる。

 一方、ゲームデザイナーやプログラマ志望者にとっても、自前の仕様内容、自前のコードにこだわらず、ゲームエンジンを活用してゲーム製作を学ぶことは決して悪くない。言語やエンジン、開発環境は、あくまでゲームを完成させるための手段であり、特定のエンジンに特化した言語を用いたとしても、身についたロジックは後のゲーム開発で役に立つはずだ。

 完成させる責任を伴わない習作はモチベーションの維持が困難で、ともすれば未完に終わってしまう。ゲームを完成させた経験は、その後のステップアップに大いにプラスになるだろう。早くからトレーニングを受け、高いクオリティ基準を持った人材が育成されれば、ゲーム品質の底上げに繋がる。その結果、エンドユーザーがプレイするゲームの完成度も、より向上する期待が高まる。「UE4」の教育機関での利用は無料で、先述した月額19ドルのサブスクリプションすら支払う必要はない。実にうらやましい話だ。

【Unreal Engine 4.0の開発環境】
「UE4」の開発環境。ビジュアル的にも洗練されており、やる気になる

競争激化するゲームエンジンビジネス。Epic Gamesはゲームにとどまらない

 ところで、なぜEpic Gamesは、ゲーム開発者に提供するライセンス体系の変更にとどまらず、異業種に対してさらに有利な許諾条件を提示し、教育機関に対しては無料提供を決めたのだろうか。

 前提としては現状のゲーム会社からのロイヤルティ収入があり、新たなマーケットの創造のために種をまく余力があることが挙げられる。昨今、ゲームビジネスのボリュームマーケットがPCやコンソールからスマートフォンに急速に移行してしまった。ところが、まだまだバッテリーや描画性能の制約が大きいスマートフォンでは、高い描画性能はなかなかアピールしにくい。そこでライセンス料を大幅に安くし、小規模スタートアップやインディ開発者をも取り込む方針に転換したと考えられる。開発者コミュニティを育成し、広く浅く収益を得ようというわけだ。より開発しやすい環境に進化させているというのも、このことに合致している。

 異業種に対してはどうだろうか。建築、映像の世界においては、引き続きPCプラットフォームが利用されていくと考えられる。据え置き前提のPCであれば、従来から「UE」が得意とする方向性に影響はない。現時点では、映像品質の面でCGムービーのレンダラーとしては力不足のケースもあるとはいえ、ハードウェアの進化と共に、カバーできる範囲は広がって行くだろう。より高品質な結果を出すためにトライ&エラーを繰り返すのは、何もゲームに限ったことではない。プリレンダリング用レンダラーに対する速度向上のニーズは大きく、ゲームエンジンをルーツに持つレンダラーが置き換わる可能性は十分にあり得る。

 教育機関に対する狙いは、ずっと容易に想像できる。プログラミングの統合環境や3DCGツールを含むグラフィック製作ツールのアカデミックライセンスと趣旨は同じだ。人は道具に対して「慣れ」を優先する傾向がある。ごく初期の段階から慣れ親しんでもらえれば、その後も必要がない限り他のツールに移行しない。逆に言うと、競合他製品に精通してしまった後では、なかなか自社製品に振り向いてもらえないのだ。修学中に「UE」を習得した生粋のUEっ子が増え、彼らが社会人となってゲーム開発者の一定数を占めるようになれば、インディ開発シーンのみならず、ゲーム会社でも採用は増えシェアは拡大していくだろう。

 これらは、あくまで私見ではあるが、いかに歴史ある「UE」だとしても、全方位的に動いていかなければ、エンジンビジネスで永続的な成功を収めるのは困難だという危機感があるのだろう。競合に目を向けてみると、ブラウザ用3Dプラグインを原点に持ち、今やスマートフォン向けのゲームエンジンとして名高い「Unity」の通常版は無料で、Pro版でも162,000円だ。加えて、ゲームをリリースしてもロイヤルティを支払う必要はない。「UE4」同様、PC向けFPS開発の過程で誕生した「CryENGINE」も、制約はあるものの9.90ドルと「UE4」の約半額のサブスクリプション料金で、ロイヤルティの支払いなしで利用できる。各ゲームエンジンごとに特性も違えば利用条件も異なり、製作するゲームの仕様要求やプラットフォームによっても有利不利があるので、一概にどれがベストとは言えないが、どのゲームエンジンも商品として成熟してきている。こういった状況下で、「UE」がさらにどの方向に進んでいくのか、今後の動向に注目したい。

(谷川ハジメ)