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「NieR:Automata」の没入感をもたらすサウンドデザイン。オーディオプログラマー木幡周治氏が作品に盛り込んだ様々な技術

3月19日~23日開催

会場:San Francisco Moscone Convention Center

 「AN INTERACTIVE SOUND DYSTOPIA: REAL-TIME AUDIO PROCESSING IN 'NieR:Automata' 」では、プラチナゲームズのオーディオプログラマーである木幡周治氏が「NieR:Automata」で行なったリアルタイムのサウンドテクノロジーを紹介した。

 「NieR:Automata」は繊細な世界観を持っている。ヨコオ氏のシナリオだけでなく、絵画のような世界、戦い続けるという残酷なテーマ、美しい旋律のBGM……音の“伝え方”でどうその繊細さを表現するか。講演では木幡氏がどのようにサウンドプログラムを作り上げていったかが語られた。理論だけでなく、実際にゲーム画面で音の表現を“見せる”ことで、そのテクニックを公開した。

プラチナゲームズのオーディオプログラマーである木幡周治氏

 「ゲームのリアルタイム性は、リアルタイムのサウンドによって相乗効果を生み出す」。それが木幡氏のサウンドへの取り組みのテーマだ。プレーヤーの操作によって動くキャラクターにきちんと音が追従することでインタラクティブ性が高まる。そのインタラクティブ性をもたらすために、木幡氏は様々なシステムを活用している。そしてこういった手法は今後ゲームにおいてますます需要になっていくだろうと語った。

 そしてそういったサウンドへの注力と共に、求められるのが「処理の軽さ」である。ゲームとは各分野でのメモリの取り合いであり、何をするにも常に足りない。そして軽くなければリアルタイム性は損なわれる。

 サウンドデザイナーが思い描く音の表現を実現させつつ、よりリアルに、現実と同じようにラグなく流し、それでいて軽くする。非常に難しい要求を実現しなくてはいけない役割だ。サウンドプログラムはグラフィックスにおけるシェーディング(光と色の変化)に近い、より自然に、そしてしっかりと“なじませる”役割だと木幡氏は語った。

 サウンドは現実と同じようにプレーヤーの耳に届くのが望ましい。このためサウンドの収録に対して人間の頭と耳の形を模した収録機器などが使われるのだが、木幡氏は音をアレンジすることで普通のステレオ音声で立体的に聞こえるような処理を考えた。原曲を損なわず、8チャンネルの音を立体的に聞こえるようにアレンジし、正面からのバランスを考えて調整した。音を処理することで立体感を出すことで機器への負荷を減らし立体感を感じさせるプログラムを組み上げた。

正面からのバランスを考え、音を処理することで立体感を出す

 次に紹介されたのが「インタラクティブ リバーブ」。リバーブとは音に残響音や反射音を加えることで、空間的な深みや広がり感を出すエフェクト。部屋の中での足音の反響などで空間を表現する。この効果を出すのに「NieR:Automata」では「レイキャスト」という技術を使っているという。主人公からプレーヤーの目には見えない光の弾を放射状に発射し、障害物に当たったときの反響を音に反映する。これに「K-verb」という反射を音に反映するプログラムを通じてアレンジを加え立体感を感じさせる。ちなみに「K-verb」のKは木幡のKとのことだ。

 今回の講演では基地内を移動する2Bの足音でこの反響音を確認できた。長い通路からエアロックのような結合ブロックを経て。広い司令室に入る。このとき2Bの足音の反響がはっきり異なる。この音が空間の視覚的な広がりをより強く強調していることが確認できた。このレイキャストを使った技術は他の開発者も大きく興味を示し、質問ではレイキャストに関するものが多かった。

不可視の光で反射を測定、「K-verb」による反響音で、空間を演出する

 今回の講演でもう1つの大きな要素がハッキングモードでの音楽。「NieR:Automata」では機械生命体をハッキングし、肉体ではなく“精神”を攻撃することができる。その精神での戦いは2Dシューティングゲーム風であり、初期のパソコンゲームやアーケードゲーム、ファミコン風でもある。音楽もビープ音のようなレトロゲーム風のBGMとなる演出がなされる。

 8ビット風のアレンジBGMはあらかじめ用意されているものもあるが、フィルタをかけることで原曲の雰囲気を変える場合もある。木幡氏は今回フィルタをかけた場合を紹介した。原曲がビープ音風になり、さらに一部の音がはっきりと変わるのが確認できた。これは元の音型を変形させることで実現していると木幡氏は語った。

原曲をビープ音風にアレンジ

 もう1つが「ローファイ」。ローファイとは古いスピーカーから出る音のようにしたり、ノイズを混ぜるなど意図的に音質を変えるアンダーグラウンドミュージックの手法だ。「NieR:Automata」ではこういった演出をキャラクターの状態の悪化や、時を経た機械生命体の声など、様々なところで取り入れているが、木幡氏は「不快になりすぎない処理」を実現するためのプログラムを作成したという。

 この処理の例として木幡氏が出したのが2Bが傷ついた体を引きずりながら歩むシーン。周りの音や自身の体が出すノイズ、さらには低下する内部処理のためか、視界にもノイズが混ざり、音声もどんどん聞き取りにくくなっていく。このシーンはプレーヤーでもあるったであろう受講者の心を強くつかんだようで、シーンの終わりに大きな拍手が上がった。感動的なシーン、傷つきながらも進む2Bの行動、その命が消えていく様を、木幡氏のサウンドが見事に表現したのが確認できた。

 この他様々な音声処理の例として木幡氏は「ボイスチェンジャー」、「エミールの演出」、「カミニナルのBGM」を紹介した。いずれも「NieR:Automata」のユニークな世界を音声演出で表現したところであり、受講者はその面白さに大きな拍手を上げた。

命が消えていく様子を、ローファイの演出で表現
他にもファンのツボを抑えたサウンド例を紹介

 「NieR:Automata」でのサウンドデザインは、次世代機だから可能だったリアルタイムオーディオの長所を活かすための挑戦だったと木幡氏は語った。オーディオチームは本作への“没入感”を深めるようなツールを作ることができた。サウンドデザイナー、プログラマーがお互いの領域に踏み込むことで、オーディオの表現力が実現できたという。最後に木幡氏はサウンドスタッフが並んだ写真を皆に見せ、受講者、そしてファンに向かい「本当にありがとうございました」と言葉を結んだ。

 講義は専門的であり、筆者の理解は浅いものであるが、改めてゲームにおける様々な技術と、求められる“没入感”への技術に圧倒されてしまった。最新の技術を盛り込みながらも、根底にあるのは現実を模倣するためのアイディアのひらめきであり、デザイナー達のセンスであるところも面白い。こういった開発者のテクニックを聞き、改めてゲーム制作の奥深さ、現在の技術の高度さが実感できるのは、非常に楽しい経験だ。