【特別企画】

格ゲー暗黒時代を乗り切り新時代へ。「鉄拳」原田氏が語る格闘ゲームの変遷と未来【CEDEC2024】

eスポーツ普及の裏側に迫る

【CEDEC 2024】

会期:8月21日〜8月23日まで

会場:パシフィコ横浜ノース

 30周年を迎え、これまで数々のゲームアワード受賞するなど多くの実績があるバンダイナムコエンターテインメントの3D対戦型格闘ゲーム「鉄拳」シリーズ。プロジェクトリーダーとして開発に30年間携わってきたエグゼクティブゲームディレクター/チーフプロデューサーの原田勝弘氏による講演「『鉄拳』シリーズを通してみた格闘ゲームの変遷とその未来」がイベント「CEDEC 2024」にて実施された。

 原田氏は諸事情により海外へ出向いており残念ながら会場での登壇は叶わず、今回は録画された動画による講演となったが、貴重なデータや資料、画像や動画などが多数用意され、見応えたっぷりな内容が届けられた。本稿では要点をまとめた内容をお届けしていく。

 なお、「CEDEC 2024」での講演はオンライン配信も実施されている。リアルタイムで視聴ができなかった人でも、受講登録を済ませている人であればタイムシフト配信を利用可能。タイムシフト配信はセッション終了の翌日に公開され、会期終了後でも9月2日10時まで視聴できるのでぜひ利用していただきたい。

□「CEDEC 2024」セッション一覧のページ

バンダイナムコエンターテインメント エグゼクティブゲームディレクター/チーフプロデューサー 原田勝弘氏

コミュニティを育てていく地道なサポートがシーンを大きく成長

 「鉄拳」シリーズは30年続く長期プロジェクト。目まぐるしく環境が変化するゲーム業界においてこれだけ長く続くものは決して多くない。過去の主要タイトルの売上実績を見てみるとそれぞれの時代で増減はあるものの、いずれも成功と言える販売本数を叩き出しており、ゲーム機ハード毎で分けられた“世代”の節目では右肩上がりの成長ぶりを伺える。

 原田氏によると、この成長は「鉄拳」プロジェクトの戦略が功を奏しているという。戦略については大きく5つにわけて説明が行なわれたが、中でも「コミュニティを育てる、コミュニティの変化を常に意識する」という点に注目していきたい。

 昨今では大きな注目を集めているeスポーツの大会シーンだが、20年前はというと、1タイトルにつき参加者が数十人に来れば良いほうというコミュニティトーナメントが各地域で開催されていただけ。大会をサポートするメーカーも少なく、現場に開発者が2、3名いるだけで凄いと言われるレベルだったとのこと。そんな中で、原田氏含む「鉄拳」プロジェクトメンバーは積極的に会場へ足を運び、筐体の持ち込み、基盤の貸出など、コミュニティへの直接サポートを地道に行なってきたという。

 今でこそ大型の大会が開催されるようになってきており、企業や国がサポートを行なう例も多くなってきたが、格闘ゲームファンであれば1度は目にしたことがあるような有名な大会の8、9割はコミュニティトーナメントが大きく成長してきたものだそう。その成長を影で支えてきたのが実は古くから直接現場入りしてきた開発者たちというわけだ。

アジアと欧米ではそれぞれ特色が異なるが、それぞれ小規模な格闘ゲームコミュニティが形成されていた
数十人の参加者から20年で数千人規模に
大会をサポートする開発者、メーカーは少数。その中で「鉄拳」プロジェクトメンバーは現場に足を運んで地道なサポートを継続したという
現存の有名な大会のほとんどはコミュニティイベントが大きく発展したものだそう

 ちなみに、今では当たり前のように行なわれている大きな大会やイベントなどでのゲーム新情報お披露目だが、実は「鉄拳」プロジェクトがコミュニティイベントで新作の発表を行なったのが先駆けだったという話も興味深かった。

 こうした地道な努力を続けていきながら、コミュニティの盛り上がりなどを細かく分析してゲームに新たな要素を取り入れたり、実況・解説の導入、コメンテーターのタレント化など様々なアップデートを繰り返していくことで、今や数千人規模がエントリーする「EVO」のような大会が行なわれる大きなシーンへと発展していったとのこと。

 格闘ゲームの大会などではプレーヤーたちにスポットライトが当たりがちだが、実は裏方のサポートによる力が非常に大きいことがわかる。結果としてeスポーツシーンが盛り上がったことが「鉄拳」プロジェクトの成功・成長に繋がっているわけだが、「コミュニティイベント黎明期の90年代から開発者自らが大きく育てようとしてきたが、この部分に関しては社内外でなかなか評価・理解してもらえなかった」という原田氏のコメントがとても印象深かった。

大きなゲーム大会やイベントでは恒例のゲーム新情報お披露目。実は「鉄拳」プロジェクトが先駆け

アーケードの急激な衰退とオンラインインフラの普及。格ゲー暗黒時代から新時代へ

 格闘ゲーム=アーケードというイメージは今では薄れつつあるが、初代「鉄拳」が誕生した90年代といえば、ゲームファンの間ではアーケードゲームがまだ日常的にプレイされていた時代。しかし、家庭用ゲーム機の普及などに伴い、90年代後半からゲームセンターが急速に消え始めていた。

 格闘ゲームは基本的に対戦相手が居て成り立つものだが、2000年初頭に普及し始めた家庭用ゲーム機にオンライン機能はない。他プレーヤーと対戦するためのゲームセンターの存在は非常に貴重だったが、店舗の減少により気軽に格闘ゲームを楽しめる環境が少なくなり、シーンそのものが衰退。この期間は名だたる格闘ゲームのシリーズが途絶えたり、新作が発売されないといったことも多く、原田氏はこの時期を「暗黒時代」と呼んでいたそうだ。

90年代後半からゲームセンターが急速に消え始める。特に欧州・北米でその動きは顕著に
一方でオンラインインフラの同時期より徐々に普及。2000年〜2010年はゲームセンターも少なくなり、オンライン対戦もままらない状況で格ゲーがプレイしづらい環境に
アーケード全盛期、暗黒時代、新時代という3つの世代にわけて説明が行なわれた

 「鉄拳」プロジェクトはこの環境の移り変わりの時期に格闘ゲームのビジネスモデルについて分析。格闘ゲームは元々アーケードビジネスにフィットする形で生まれたため、3分〜5分で100円というシステム・デザインになっていたとし、この1プレイの価値を家庭用ゲーム機に持ち込むのは無理だと判断したそうだ。家庭用ゲーム市場での拡大を早期から画策し、対戦以外の様々な要素、例えばストーリーの充実やミニゲームなどを取り入れることで、この「暗黒時代」での生き残りを図ったという。

 アーケード店舗数の年代別推移と「鉄拳」シリーズ主要タイトルの売上実績を比較してみると、環境の変化に合わせたビジネスモデルの変更によって目立ったマイナスの影響を受けていないことが確認できる。2011年頃からはオンラインインフラが普及し、家庭用ゲーム機でも気軽に全国他プレーヤーと対戦が可能になり、格闘ゲーム業界にとっての「新時代」が到来。「暗黒時代」を乗り切り、コミュニティに寄り添いファン層を拡大し続けてきた「鉄拳」シリーズが、ここにきてしっかり右肩上がりで成長し続けている理由の一部が今回の講演でわかった気がする。

アーケードでの展開が基の格闘ゲームのビジネスモデルをどう家庭用ゲームに落とし込んでいくかを分析
対戦以外の要素を取り入れるなど画策
最新作「鉄拳8」でも遊べるビーチボールなどのミニゲームはシリーズお馴染み
アーケード店舗のグラフ主要タイトルの売上比較。格闘ゲームというジャンルが衰退していくなか「鉄拳」プロジェクトは右肩上がりに成長

 「鉄拳」シリーズを通して格闘ゲーム業界の変遷について熱く語ってくれた原田氏。今後については開発者としてあまり長くはないかもしれないが、まだまだ頑張っていきたいという。これから格闘ゲームを開発する若者へは、格闘ゲームというジャンルにとらわれた“呪縛”を解き放ち、根本的な作り方から変える完全新作を作ってほしいとコメント。さらに、ますます進化を遂げるAI技術の活用などにも期待したいとのこと。「鉄拳」シリーズ含め、これからの格闘ゲームの進化、在り方、そして原田氏の今後の活動に注目していきたい。