【特別企画】

パキスタンの奇跡再び! 「EVO JAPAN 2023」鉄拳7部門レポート

2019年に同大会で鮮烈なデビューを飾ったArslan Ash選手が見事優勝に輝く

【EVO JAPAN 2023】

3月31日~4月2日開催

会場:東京ビッグサイト

 新型コロナウイルスの流行による諸制限のため長らく開催が遠のいていた格闘ゲームの世界大会「EVO JAPAN」が今年、3年のブランクを経て東京の地に戻ってきた。コミュニティが待ち望んでいたオープンエントリーのオフライン国際大会ということで、世界各地からやってきた大勢の格闘ゲームファンたちによって、会場は埋め尽くされた。

 本大会には7つのゲームタイトルがメイン種目として採用されていたが、中でも本稿で取り上げたいのは「鉄拳7」だ。「EVO JAPAN」の「鉄拳7」部門といえば、2019年大会を想起する人が多いだろう。2019年大会といえば、未だ無名に近かったパキスタンのArslan Ash選手が鮮烈な強さで優勝を決め、さらに「パキスタンには自分と同じくらい強い選手が沢山いる」とのコメントを残したことで、インターネット上で大きな話題となった大会だ。今でこそパキスタンの選手たちは「鉄拳7」シーンにおける一大勢力として知られるようになっているが、当時はパキスタンに鉄拳コミュニティがあること自体があまり知られていなかったため、コミュニティにとって大きな衝撃だったのだ。

 久しぶりの開催となった「EVO JAPAN 2023」の「鉄拳7」部門には、韓国やタイなどのアジア地域だけでなく、ヨーロッパやアメリカ地域からもプレイヤーが参戦し、その総数は800名を超えた。そしてパキスタンからは先述のArslan Ash選手をはじめ、Atif選手やBilal選手など、ここ数年で頭角を現した強豪選手が凱旋するかのようにずらりと参戦した。本稿では、そんな彼らの活躍を中心に、「EVO JAPAN 2023」の熱狂をレポートしたい。

【EVO JAPAN 2023 Presented by ROHTO】

優勝候補筆頭Atif Butt選手、健闘もTOP8入りならず

 今大会「鉄拳7」部門の優勝候補は誰かと尋ねられれば、多くのプレイヤーはパキスタンのAtif Butt選手の名を挙げただろう。Atif選手は2019年、無名の状態から日韓の強豪選手を次々と倒し「Tokyo Tekken Masters」にて優勝を飾ったことでArslan Ash選手に続くようにして世界に名を挙げた選手だ。その後も彼は精力的に国際大会に出場しており、今年2月にアムステルダムで開催された「TWT Finals 2022」ではグループステージを無敗で勝ち上がり、韓国のJeonDDing選手相手に戦った決勝戦は3-0のストレート勝ちを決めると、圧倒的な強さで世界王者の座に輝いた。

Atif選手

 Atif選手は攻撃的なプレイスタイルと展開の速い試合作りが持ち味で、多くのキャラクターを使いこなすが、その中でも最も強力なのは豪鬼だろう。彼の操る豪鬼は、持ち前の速い展開から接近戦を作り出し、中足払いから高難度の大ダメージコンボを安定して決めてくるアグレッシブさと、かと思えば距離を離して相手の技を空振りさせ、後隙に的確に反撃を決めてくる冷静さを併せ持つ。その圧倒的な掌握力を前にして、これまでに多くのプレイヤーが敗れてきた。

Atif選手の豪鬼

 Atif選手は今大会、プール序盤を着実に勝ち上がっていくと、TOP96を目前にして韓国の古豪Saint選手と相まみえた。Saint選手は「EVO 2016」優勝をはじめ、長年国際大会で安定した成績を残し続けるベテランプレイヤーで、堅牢な防御が持ち味のプレイヤーだ。

Saint選手

 Saint選手の操るジャックというキャラクターは体躯が大きいのが特徴だが、それ故に豪鬼のコンボ火力が伸びてしまうため、Atif選手相手に厳しい戦いを強いられるかと思われた。しかしいざ試合が始まると、Saint選手は絶妙な距離調整でAtif選手の中足払いがクリーンヒットになるのを避け、また中距離から飛び込んでくる豪鬼のジャンプ攻撃に対しても上手く対応し、まず第1ゲームを先取した。

最後はジャンプ攻撃に対してレイジアーツがヒット

 続く第2ゲーム、Atif選手は一気に攻めのペースを上げ、序盤はダッシュからの竜刃脚や岩裂斬を多用してSaint選手に接近し、体力リードを確保してからは距離を取って相手をいなす戦法に切り替え、これを勝利。試合は1-1で最終ゲームまでもつれこんだ。ここで負けてしまうとTOP96からの試合をルーザーズ側で戦わなくてはならなくなってしまうため、両者負けるわけにはいかない局面だ。

 この重要な局面でステージ選択権のあるSaint選手は神殿を選択、スレッジハマーでフロアブレイクを狙えるためジャックの得意とするステージだ。試合が始まるとSaint選手はステージ有利によって生まれたプレッシャーを上手く活かして序盤から積極的に技を振っていき、床破壊や壁を活かしたコンボで大ダメージを奪っていく。徐々に後がなくなってきたAtif選手は性急な差し込み攻撃が増えていくが、ここにジャックのスレッジハマーが上手く噛み合っていた印象だ。最終ゲームはSaint選手の勝利となり、Atif選手はここでルーザーズブラケットに落ちてしまうことになった。

最後はスレッジハマーが二連続でヒット

 もう一敗もできない状況に追い込まれてしまったAtif選手だが、そんなプレッシャーの中でも彼は日本のタケ選手やフランスのSuper Akouma選手、韓国のKkokkoma選手ら強豪選手に対して次々とストレート勝利を収め、見事TOP24入りを果たした。TOP24初戦は日本を代表する鉄拳プレイヤーのノビ選手との一戦となり、お互いに速い攻めを展開する殴り合いのような試合となるが、Atif選手が要所でフェンウェイの跌釵を上手くガードしていた印象があり、これも2-0でAtif選手が勝利した。あと2試合勝利できればTOP8入りだ。

ノビ選手(左)Atif選手(右)

 ここでAtif選手の相手となったのが韓国のLowHigh選手だ。彼は比較的若い選手ながらこれまでに「EVO 2018」優勝などの成績を残しており、次世代を担う選手のひとりとして認識されている。LowHigh選手はハイスタンダードなキャラであるシャヒーンを扱い、細かいファジー行動や鋭い横移動によって相手の攻撃を的確に捌いていくディフェンシブなスタイルを特徴としている。ランダムで選ばれた第1ゲームのステージは無限ステージ、壁によるコンボ火力の増強が封じられるため、立ち回りの上手さが勝敗に直結するステージだ。

LowHigh選手

 試合が始まるとAtif選手は、LowHigh選手の手堅い立ち回りに合わせて手数を減らしながらも、要所で中足払いを差し込んだり、シャヒーンのスネークインに対してしゃがみパンチを置いたりして大ダメージを取っていく。また、LowHigh選手の状況重視のコンボ選択からくる強力な起き攻めに対してもAtif選手は冷静にリスクの少ない行動を取っていた印象で、細かなアドバンテージの差から第1ゲームはAtif選手が勝利する。

 続く第2ゲームでも両者は実力伯仲の戦いを繰り広げ、勝負は第5ラウンドまでもつれこむ。試合終盤、LowHigh選手が中距離で置いた右アッパーの空振りに対し、Atif選手が卓越した反射神経でこれに確定反撃をとり、コンボで壁際まで持っていく。LowHigh選手の体力は残り僅かとなり、絶体絶命かと思われたが、ここでAtif選手が起き攻めで放った下段攻撃をガードし、返す刀で派生出し切りのラピッドバッシュで反撃すると、なんとこれがしゃがんでいたAtif選手にクリーンヒットする展開に。ガードされていれば反撃をもらってしまう危ない選択肢だったが、肝の据わった選択肢を見事通して第2ゲームはLowHigh選手が勝利した。

強気のラピッドバッシュがヒット

 この一戦により試合の潮目が変わったか、最終第3ゲームに入るとAtif選手の防御が崩れ始め、LowHigh選手の強気なスライディングやアルタイルもヒットするようになり、みるみるうちに豪鬼の体力が減っていく展開となる。そして最後はAtif選手の大足払いに対してLowHigh選手がレイジアーツを放ち、見事これがヒット。Atif選手の動きを読み切ったと言わんばかりの強気な行動だ。優勝候補筆頭と目されていたAtif選手だったが、鉄拳強豪国である韓国の猛者たちに勝ち切れず、大方の予想を反して「EVO JAPAN 2023」は13位での敗退となってしまった。

最後は大足払いに対してレイジアーツがヒット

 試合後、Atif選手はTwitterにて「今大会で自分の予選プールには強いプレイヤーが多く、とても難しい戦いだった。しかし多くの強豪プレイヤーと対戦したことは非常に良い経験ともなった。これを活かして将来の大会に向けてさらに練習していきたい」とツイートした。世界王者の称号を背負って臨んだ「EVO JAPAN 2023」、惜しくもTOP8を前にして敗退してしまったAtif選手だが、今後の活躍にも活躍したい。

Arslan Ash選手の快進撃、思い出のEVO JAPANに返り咲きなるか

 「EVO JAPAN 2023」、「鉄拳7」部門のTOP8入りを果たしたのはウィナーズ側にgken選手、Rangchu選手、Meo-IL選手、Arslan Ash選手、ルーザーズ側にSaint選手、LowHigh選手、渡辺選手、Mulgold選手の8名となった。韓国人の選手が5名と多く、反対にパキスタン勢でTOP8入りを果たしたのはArslan Ash選手ひとりだけだ。

 Arslan Ash選手は先述の通り「EVO JAPAN 2019」で鮮烈なデビューを果たした後、多くの国際大会を優勝し結果を残し続けてきたが、2月の「TWT Finals 2022」では予選グループ敗退という屈辱を味わった。この屈辱を晴らすためにも、途中で負けていった仲間たちのためにも、自身がかつて優勝した「EVO JAPAN」の舞台で情けない戦いは見せられないところだ。

Arslan Ash選手

 Arslan Ash選手の使うキャラクターはザフィーナ、ダッシュや横移動の性能が非常に高く、ディフェンシブな戦法を好むAsh選手の手にかかれば、あらゆる技をするすると避けてしまう機敏なキャラクターだ。そんなAsh選手TOP8初戦の相手は韓国のMeo-IL選手となった。彼は2020年ごろからオンラインで頭角を現してきたプレイヤーで、ゲーム中随一のコンボ火力を誇るキャラであるギースの使い手だ。

Meo-IL選手

 この試合、Ash選手は第1ゲームこそ落としてしまったものの、続く第2ゲームから持ち前の防御力を遺憾なく発揮し、ギースの主力技である草なびき蹴りや稲妻蹴りを喰らわないどころか、しゃがみパンチやジャブに対する対策も周到で、Meo-IL選手はギースのコンボ火力の高さを中々活かせないでいた。またAsh選手は攻撃面でも手堅く、ザフィーナの多彩な構えを上手く使いながらMeo-IL選手に纏わりつき、細かい下段攻撃を重ねてダメージを奪っていた。Ash選手が大きなコンボを決めた場面は数えるほどしかないが、それでもAsh選手が体力リードを奪っている時間の方が長く、彼の立ち回りがどれだけ堅牢であるかを物語っていた。

最後はジャンプ攻撃に横移動を決め手KO

 Ash選手は順調にウィナーズファイナルまで駒を進めると、今度は韓国のRangchu選手と相まみえた。Rangchu選手は「TWT Finals 2018」をパンダというレアキャラで制した異色の強豪プレイヤーだ。体躯の大きなパンダはあらゆる状況で限定コンボを喰らってしまうためにザフィーナに対して不利と言われており、さすがのRangchu選手もジュリアなど他のキャラクターを選択するかと思われたが、そんな状況でもRangchu選手はメインキャラクターのパンダを選択、会場はどよめいた。後のインタビューで語ったところによると、Ash選手もこの選択には驚いたらしい。

Rangchu選手

 しかしRangchu選手のパンダ選択は伊達ではなく、中距離でパワークラッシュ技を上手く置いてAsh選手の差し込みを捉えたり、ジャンプステータス技で下段技をかわしたりすることによってAsh選手のペースを乱し、着実にダメージを奪っていた。またザフィーナ対策も入念で、例えばAsh選手がカリバーンからモードスケアクロウに移行する時、ジャブを一発挟むことによって相手の小技を牽制しつつ、パワークラッシュのナーガラージャを打っていた場合はガードできるように立ち回るなどし、ザフィーナの多彩な技派生に対してもリスクの少ない動きで対抗していた。対するAsh選手はパンダとの対戦経験が少ないことが如実に動きに反映されていて、当たり判定の特殊なパンダに対してコンボをミスしてしまう場面も多く見られ、苦しい戦いとなった。

Rangchu選手のパンダ

 試合は2-2までもつれ、最終ゲームでステージ選択権を有していたAsh選手は無限ステージを選択した。これはRangchu選手の攻めに付き合わないよう、ザフィーナのバックダッシュ性能を活かして相手と距離を取る戦法に切り替えるためだ。するとこれまでパンダ側が強気に振っていた技が空振りになる場面が増え、そこにAsh選手は的確に反撃を入れていた。また、試合が進むにつれてAsh選手がコンボをミスしてしまう場面が減っており、試合の中でパンダに合わせてコンボ選択を変更するAsh選手の柔軟さも見られた。Rangchu選手も惜しいところまで健闘したが、この試合は3-2でAsh選手の勝利となり、Ash選手はウィーナーズのままグランドファイナルへ駒を進めた。

最後は横移動からのKO

 Ash選手のグランドファイナルの相手となったのは、準々決勝の相手Meo-IL選手となった。Meo-IL選手はルーザーズに落ちた後、LowHigh選手、渡辺選手、Rangchu選手を次々と倒し、先ほどのリベンジを果たしにグランドファイナルまで勝ち抜いてきた。先ほどはAsh選手が立ち回りで圧倒した印象があったが、今度はどうか。

Arslan Ash選手(左)Meo-IL選手(右)

 試合が始まると両者ゆっくりとした立ちあがりで牽制技を交換し、堅実な立ち回りを見せるが、ひとたび接近戦の間合いに入るとMeo-IL選手は草なびき蹴りやジャンプ攻撃、さらには当身技までもを使って強気な攻めを展開し、リスクを承知でAsh選手のペースを乱しにかかる。Ash選手はこれに対してバックダッシュや横移動で対応しようとするが、要所で大きなコンボ始動技を喰らってしまい、ギースの高いコンボ火力に一気に体力を奪われていた。

そんな展開がしばらく続き、両者2ラウンドずつ取り合った第5ラウンド、Meo-IL選手がガードの上からキャンセルで放った天道砕きがAsh選手にヒットしてしまい、これがMAXキャンセルを使った大ダメージコンボとなる。さらには投げまで通されてしまい、Ash選手のザフィーナは虫の息に。大幅有利な展開を作りだしたMeo-IL選手にとっては、リスクを負う必要もなくAsh選手のミスを待っていれば勝てそうな局面だ。しかしここでAsh選手が苦し紛れに放ったレイジドライブが運よく後ジャンプで距離を取ろうとしたMeo-IL選手にヒット、そこからのコンボを決めてAsh選手が劇的な逆転で第1ゲームを先取した。

ザフィーナのレイジドライブがヒット
これにはAsh選手もガッツポーズだ

 この逆転が試合の流れを決定づけてしまったか、ここからはAsh選手の独壇場となった。Ash選手の置き技が面白いようにMeo-IL選手に当たるようになり、反対にMeo-IL選手は、烈風拳、朧炎道、蹂躙二連、何を打ってもことごとく横移動でかわされ、手痛い反撃を受けていた。まるで相手の動きが分かっているかのような鋭い動きで、Ash選手がみるみるうちにラウンドを奪っていき、なんと最終ゲームに至っては3ラウンドストレート勝ちだ。こうしてAsh選手は圧倒的な強さでMeo-IL選手を3-0で下し、ウィナーズのままグランドファイナルを勝利した。この試合をもって「EVO JAPAN 2023」の「鉄拳7」部門優勝はArslan Ash選手となり、自身がかつて鮮烈なデビューを飾った同じ舞台で、またしてもその圧倒的な強さを世界に見せつけた。

プロデューサーの原田勝弘氏から賞金100万円を贈呈されるAsh選手

 試合後のインタビューでAsh選手は「自分を有名にしてくれた大会でもう一度勝てたことを嬉しく思う」と語り、また「今回の大会に向けて自分をサポートしてくれた家族や友達、そしてパキスタンの鉄拳コミュニティに感謝したい」と話した。今大会「鉄拳7」部門は鉄拳強豪国として長年君臨し続ける韓国が大きな存在感を見せていたが、何人もの強豪選手を押しのけて優勝に輝いたのはArslan Ash選手だった。しかし今回は2019年と違って、彼の優勝に驚いた者はひとりとしていなかったことだろう。心なしか彼の面持ちも2019年にに比べて貫禄が増し、シーンを率いていく者としての覚悟が感じられるようだった。この勝利はパキスタンのみならず、これまでeスポーツの分野であまり活躍できていない国のプレイヤーたちにとって、大きな希望となったことだろう。これからも「鉄拳」シーンにおけるパキスタン勢の活躍に注目するとともに、今後第2のArslan Ashが世界のどこからか台頭してくることに期待したい。