インタビュー

「サイバーパンク2077」ヘッドセットデザイナー造形作家IKEUCHI氏インタビュー

IKEUCHI氏「サイバーパンクには郷愁を感じる」

【Phantom Liberty Tour】

9月2日開催

会場:R3 Club Lounge

 CD PROJEKT REDは9月2日、オープンワールドRPG「サイバーパンク2077」のオフラインイベント「Phantom Liberty Tour」を東京・六本木のR3 Club Loungeで開催した。このイベントは9月26日に配信される有料DLC「仮初めの自由(Phantom Liberty)」の発売を記念してのものだ。

 「Phantom Liberty Tour」の大きな目玉の1つがリズィー・ウィズィーが着用するオリジナルヘッドギア「アミキリ・サウンドカッター」の製作物公開だ。このヘッドギアは造形作家のIKEUCHI氏がCD PROJEKT REDから依頼を受けて製作したもので、「仮初めの自由」の中で人気女優リズィー・ウィズィーが装着して登場する。

 IKEUCHI氏はプラモデルも組み込んだ造形物で注目を集め、第17回文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門優秀賞の受賞、メディアアートイベント「アルスエレクトロニカ」に招待され、ランボルギーニ60周年モデル製作を手がけるなど国内外で注目される造形作家だ。その作風からはサイバーパンク的なアプローチも感じられる。

 今回、会場でIKEUCHI氏にインタビューをすることができた。IKEUCHI氏が持つサイバーパンク、そして「サイバーパンク2077」への思い。ヘッドセッド「アミキリ・サウンドカッター」に込めたこだわりなどを聞いた。

アミキリ・サウンドカッターを装着したリズィー・ウィズィー。会場で公式コスプレーヤーによるリズィーが、IKEUCHI氏が製作した「アミキリ・サウンドカッター」を身につけたフォトとなる

彩色と変形ギミックに特に力を入れて製作した「アミキリ・サウンドカッター」

――IKEUCHIさんはプラモデルも組み合わせた独自の世界観を持つ造形作家として日本のみならず世界からも高い評価を受ける造形作家ですが、改めて簡単な略歴をお話しください。サイバーパンクをテーマにしたのはいつ頃からなんでしょうか?

IKEUCHI氏:私は1990年生まれです。美術大学を出てそこでデザインを学び、卒業制作で注目されました。「私の作品がサイバーパンクをテーマにしている」とのことですが、自分自身は「サイバーパンク」というものを意識して作品を作ってはいません。私の作品にサイバーパンク作品が特に影響を与えている、というのはないと思っています。

 ただ、1990年生まれの人間ですから、1980年代に流行した「サイバーパンク」の後の世代。「攻殻機動隊」が代表的な作品となるでしょうか? ウィリアム・ギブスンの意思を継ぐアーティスト達の影響は受けていると思います。私の作品の表現として「サイバーパンク」といわれることもあるのですが、意識はしていません。ただ、私の作品を「サイバーパンク」と見ていただくと言うことには、全く問題はないです。

 作風のきっかけは卒業制作がきっかけですね。コンピュータグラフィックスなどはあまりせず、趣味の模型製作などはしていて、卒業制作で4年間の集大成として模型と学校で学んだデジタルを混ぜてそこが最初となります。好きな作品はスター・ウォーズですね。大学時代には友人からウィリアム・ギブスンの作品なども教えてもらいました。

【アミキリ・サウンドカッター】
会場で展示されていた「アミキリ・サウンドカッター」。CD PROJEKT REDから依頼を受けて製作した作品だ

――ウィリアム・ギブスンの名前が出ましたが、彼が提示した「サイバーパンク」の世界にどんな印象をお持ちですか?

IKEUCHI氏:ギブスンの小説ではスプロール(sprawl)、都市そのものではなく、その都市が地方に広がっていることを作品として取り上げているのが面白いと感じました。中心では無く郊外、「ニューロマンサー」では千葉が最初の舞台ですし。

 サイバーパンクって「未来世界」という取り上げ方をされているんですが、私にとっては「望郷」や「郷愁」が感じられるんですよね。懐かしいもの、懐かしいものへの憧れ、というのがあると思っています。都市では無くスプロール、田舎に感じるもの。「昔自分が想像していた未来世界はこうだったな」という懐かしさを感じました。「実家に想いをはせる」というような感覚が、私がサイバーパンクに関して魅力を感じているところです。

――ゲーム「サイバーパンク2077」の印象はどうですか?

IKEUCHI氏:「これが21世紀のサイバーパンクか」という驚きがありました。色味やガジェットの形状、そういったものに昔のサイバーパンクにはない、"今風"の味がある。武器は現実の方で「P90」や「クリスベクター」のように近未来的なデザインがあって、ここに影響を受けて「サイバーパンク2077」の世界がデザインされている。

 現実の影響を受けているからこそ、「21世紀のサイバーパンク」になっている、と感じました。それでいながらちゃんとサイバーパンクが持つ懐かしさもある。ウィリアム・ギブスン原作の映画「JM」の要素もちゃんと残っているのが良かったです。「1970年代の人が想像した未来世界」のテイストですね。

――サイバーパンクというと「未来世界」、「最先端」というイメージがありますが、IKEUCHIさんにとってサイバーパンクは懐かしさ、1970年代の価値観への郷愁、といった感触があると言うことでしょうか?

IKEUCHI氏:自分にとってサイバーパンクには古さ、懐かしさというイメージが切り離せません。リアルな現実世界は「サイバーパンク2077」が描く未来にはならない。「昔想像されていた世界」というイメージがあります。

――「サイバーパンク2077」から依頼を受けての今回のデザインですが、「サイバーパンク2077」や、元となるTRPG「サイバーパンク2.0.2.0」といったゲームの存在はご存じでしたか?

IKEUCHI氏:TRPGに関しては名前は知っていましたが、TRPGは経験がなく「謎めいた存在」という気持ちもあります。ただ今回の依頼に関して、私自身がサイバーパンクというものを完全に理解しているとは言えない、「わからないもの」という想いも抱えています。こういったよくわからないものに首を突っ込む、というこの作品製作そのものはサイバーパンク的な面白さだと思っていますし、今回のヘッドギア製作に関しては「サイバーパンクの懐の深さ」を信じて作っていきました。

――では、改めて今回のリズィーのヘッドギア「アミキリ・サウンドカッター」製作の経緯と、この製作でのイメージや、こだわりのポイントなどをお聞かせください。

IKEUCHI氏:オファーはおよそ3年前でしたね。そこから2カ月くらいで作品を製作、お渡しし、今回の発表になりました。

 製作に関してはCD PROJEKT RED側からかなりしっかりしたデザインのヘッドギアがあって、こちらとしてはそれに寄るようなアイテムを集めながら、自分のこだわりを入れていき、作品を提出しました。先方のモデルが3Dモデルでできているくらいにはしっかりとしていました。自分はプロトタイプを作って先方の要望を受けて修正するという製作スタイルではないので、現在展示され、ゲーム内で実装されるのが私が提出した作品になります。

 作品に関しては提示されたイメージに対して「色とシルエットは寄せて欲しい」という要望がありました。一番時間を掛けたのは「色を塗る」というところです。ヘッドギアの内側以外は全部塗装しています。「ゲームではこのくらいの画質で表現できる」というイメージは提示していただけていたので、塗れば塗るほど、手を掛けるほど反映してもらえるという事がわかりました。だからこそ塗り分けには力を込めました。

 こだわりのポイントですが、この「アミキリ・サウンドカッター」には"変形ギミック"を盛り込んでいます。コンパクトに折畳むことができ、箱にしまうことができるデザインになっているんです。コンパクトに折りたためつつも、装着時にはシルエットが大きく広がる。ここは頑張りました。ゲーム内で変形するかはわかりませんが、収納状態のカッコ良さにも非常にこだわりました。拡げたときと、収納時、両方に力を入れています。

 「塗装、先方のデザインに寄せる、変形し両シルエットのカッコ良さの追求」というのが、「アミキリ・サウンドカッター」製作でこだわったポイントです。

――IKEUCHIさんはこれまでも様々な企業とコラボレーションした製品をデザインしていますが、「サイバーパンク2077」の「アミキリ・サウンドカッター」ではこれまでと違った部分はあったでしょうか?

IKEUCHI氏:元のイメージスケッチを提示されたというところがこれまでとは大きく違いますね。そして個人的にですが、「ゲーム内に登場する」というところも初めての経験です。私の作品をCGにしていただけることで、変形システムや、3Dなので360度様々な角度から見てもらえると言うことで、デザインでも意識しました。

 変形システムに関しては、こちらからのアイディアなので、できればゲーム内で再現して欲しいですね(笑)。

 今回面白かったのは明確に「サイバーパンク」の世界に自分の作品が登場することです。これまで私はサイバーパンクというジャンルを意識せず作品を作ってきましたが、色々な方から「サイバーパンク的だ」という認知をいただいてきました。今回改めて「サイバーパンク2077」というゲームの中で私の作品が登場する。サイバーパンクは様々なものを取り込むことができる懐の深いものだと思っています。だからこそ私もなんでもありで良いのではないか? 「サイバーパンクというゆりかご」の中で作品を製作できたのは新鮮な体験でした。

 デザインに関してはいつもよりも自由度が高かったと思います。これまでの作品ではパーツ1つ1つまで意味を考えてデザインし製作しています。しかしサイバーパンクって、これは僕の見方ですけど、「一見実用性がわからないけど、ここに意味を持たせられるのがサイバーパンク」という一面があると思っています。首筋に穴があったり、腕にメカが埋め込まれていたりしても、ここに意味があるように見える。

 サイバーパンクって、見る側の人のリテラシーが高い。デザインの意味や機能を想像してもらえる。こちら側が想像を促さなくても、想像してくれる。ここが良いなと思っています。

――IKEUCHIさんのこれまでの作品の中で「目を隠す」という表現が気になりました。ここにどのような意味を持たせているんでしょうか?

IKEUCHI氏:目に限らず、「覆い隠す」というところに意味があると考えています。隠すことに意味を持たせていますし、そのことで見る人の想像を刺激したいという想いも持っています。「作品に注目してもらうためのテクニック」というわけではなく、隠すことに意味は持たせています。ただそこからいかに想像してもらって、どのように解釈してもらってもいいと思います。

【IKEUCHI氏の作品】
X(Twitter)で公開されているIKEUCHI氏の作品の一部

――今後挑戦したいものはありますか?

IKEUCHI氏:現在クライアントワークではない、個人的なものを作っています。どこにも寄らない、クライアントを意識しない作品です。これをやることでどうなるか? 自分でも未知の世界なので、完成させてから考えたいですね。自分自身で「これがやりたい」と考えて作っているので、逆に見てくれる方が面白いかもわからない。自分が作ってきたものの延長なのですが、作る動機、アウトプットの方法が全然違う。実験と言えるものを作っています。

 今回、私がデザインしたヘッドセッドを付けたゲーム内のリズィー・ウィズィーを見せてもらいました。「サイバーパンク2077」の背景とも似合っていて、「すごく良いな」と思いました。こういうこともやっていきたいです。背景と合わせる、単体の作品ではなくその世界と合わせるというところですね。世界観の方も作っていきたい、そういうアプローチもありだなあと。

【ランボルギーニとのコラボ】
ランボルギーニの創立60周年を記念し、製作されたIKEUCHI氏とのコラボレーションコラボレーションモデル「ランボルギーニ・ウラカンSTOタイムチェイサー_111100」

――IKEUCHIさんはテクノロジーをテーマとしたアートを続けていますが、現在や近未来のテクノロジーがもたらす社会の変化などはどう考えていますか

IKEUCHI氏:サイバーパンクの劇中で「新しいテクノロジーとして登場したもの」は予測とは別な使い方をされる。違法だったり、危険な使われ方をされてしまう。現実でもテクノロジーは意図通りには使われないんじゃないかと思っています。だから「サイバーパンク2077」の世界のように、「技術が実際に使われている世界」をやっていきたいと思っています。

 テクノロジーの展望に関しては、良いイメージも、悪いイメージもありません。「折り合いがついたところ」というのがテクノロジーが使われている世界なんだと思っています。新しいテクノロジー、とがった技術なども、急には普及しない。良いようにも悪いようにも使われ、予想された形では定着しない。

 私はスマホやApple Watchが出たときにこれはすごいなと思ったんですが、普及速度や使われ方は、私が最初に驚いたときの予想とは違いました。ゆっくり落としどころを探りながら普及していくのが技術なんだと思います。

 私の作品はフィクションとして扱われることが多いです。本物としてありたいと思って製作していますが、例えばヘッドギアを全人類が付ければ良いとは思っていません。現在のヘッドホンはどんどん軽量、縮小化していますが、今回の私の「アミキリ・サウンドカッター」は真逆の方向になっている。サイバーパンクのアイロニカルな部分はあるかもしれません。

――サイバーパンクの世界では現在ではまだ実現していない高度なサイバーウェアが実用化されています。IKEUCHIさんはサイバーウェアをその身に宿したいと考えますか?

IKEUCHI氏:ないですね。サイバーパンクの予想した世界は昔の予想なので、現在の私が付ける理由がない。仮に近い技術が生まれたとしても、普及して、その技術がどのように使われているかはっきりしてから導入を考えます。率先して導入してメリットが得られるのか、そこには疑問があります。なので自分の作品を身につけて使いたい、というところはないです。作品に取り入れるために最新技術には興味を持っています。指に付けるVRとか新しいものへの関心は高いですが、日常で使いたいか、というのは別なものだと思います。

――最後にゲームのファンへのメッセージをお願いします。

IKEUCHI氏:ゲームの中に私がデザインしたヘッドギア「アミキリ・サウンドカッター」が登場します。見ていただいて何かを感じていただければうれしいと思います。

――ありがとうございました。

 「サイバーパンクに郷愁を感じる」というIKEUCHI氏の感覚は新鮮だった。しかし言われてみると「レトロフューチャー」といわれる世界と共通する"異世界観"、サイバーパンク作品の未来予測による今とは違う世界、という意味ではとても腑に落ちるところがある。

 独特のテクノロジー感とセンスを持つIKEUCHI氏の作品は魅力的で、今回のコラボレーションは興味深い。「サイバーパンク2077」のゲーム内で「アミキリ・サウンドカッター」を見てみたいと思った。「仮初めの自由」の発売が楽しみだ。