西川善司の3Dゲームファンのための「ラブプラス」グラフィックス講座
DSの3D能力を超えた5,000ポリゴンキャラクターをレンダリングする技術に迫る


会場:KONAMI本社





 本連載は、センセーションを与えた3Dゲームグラフィックスにスポットをあてていく連載である。

 本連載ではこれまではどちらかと言えばハイエンド技術ばかりに目が向けてきたわけだが、PS3やXbox 360といったハイエンド現行機が普及期/熟成期に突入した今は、そうしたホットトピックに巡りあう機会が減ってきたように思える。これは、全体的な技術の底上げが行なわれてきたと言うことであり、喜ばしい反面寂しい気もする。

 そんなわけで、これからは、アーティスティックな方向性で一工夫ある斬新な表現や、ユニークなアプローチの技術にも目を向けなければ、と思っていた矢先に、注目せざるを得ないタイトルと遭遇した。

 それが今回取り上げる「ラブプラス」だ。「なぜニンテンドーDS用のタイトルを?」という突っ込みが入りそうだが、最後まで読んでいただければ、なぜ本連載で取り上げたのか、その理由がわかっていただけるはずだ。4月5日には電撃的にiPhone版もリリースされ、6月24日には最新作「ラブプラス+(ラブプラスプラス)」もリリースされる。今、日本で非常に勢いのあるプロダクトだ。

 なお、本記事では、全国の「ラブプラス」ファンの方には一部ショッキングな映像が含まれている。具体的には、KONAMIさんのご厚意で、3人のヒロインたちの生ポリゴンデータやワイヤーフレーム、ボーンデータなどを掲載している。また技術情報を開示する過程で、間接的にネタバレになっているところもあるので、どうかそれらのことを理解した上で読み進めて頂きたい。


【ラブプラスのヒロインたち】
「ラブプラス」に登場する3人のヒロイン達。このミノ☆タロー氏のキャラクターデザインをなるべくこのままのイメージで3Dグラフィックス表示することが求められた



■ 「ラブプラス」のヒロイン達は9体合体?

コナミデジタルエンタテインメント・ウイニングイレブンプロダクション・田之倉稔氏。ゲームエンジンの設計開発、及び「ラブプラス」のメインプログラムの開発を担当

 「ラブプラス」はジャンルとしては恋愛シミュレーションゲームに属し、(KONAMIとしては「恋愛コミュニケーションゲーム」とカテゴライズしている)、ターゲットユーザーが男性と言うことで、可愛らしい、あるいは魅力的な女性キャラクターを表示させることが重要になってくる。「ラブプラス」では、この表示様式に3Dグラフィックスを採択した。

 従来のように女性キャラクターをアーティストが描いたイラストとして登場させたり、または2Dアニメーションによるキャラクター表現で行なわせる手法もあったはずだが、「ラブプラス」は、プレーヤーとのインタラクション、コミュニケーションを楽しむことに主眼を置いており、プレーヤーのアクションに対するレスポンス・バリエーションが膨大でなければ飽きられやすくなる。多彩な表現が行える3Dグラフィックス表現の採択は半ば必然だったのだろう。

 と、次に問題となるのが、ニンテンドーDS(DS)の3Dグラフィックス能力。DSの3D処理能力はそれほど高くない。

 しかし、「ラブプラス」に登場しているヒロイン・キャラクター達は、「リアル系」とは言わないまでも、デフォルメされたアイコン調ではなく、ちゃんと存在感のある3Dモデルとして動いている。たとえが適切かどうかはわからないが、それこそプレイステーション 2のゲームに相当するような品質の3Dモデルとなっているのだ。

 ヒロイン・キャラクターの一体あたり、全身のポリゴン数は約5,000。これに53本のボーン(骨組)が仕込まれていて、これが駆動されてアニメーションによる演技をすることになる。テクスチャはキャラクター表現、衣服、その時点で3Dモデルを表示するためのテクスチャを随時ROMからテクスチャメモリに読み込んでから適用する設計となっている。


【ヒロイン・キャラクターの3Dモデル】
「ラブプラス」のヒロイン・キャラクターの3Dモデル(左)。一体につき約5,000ポリゴン。「ラブプラス」のヒロイン・キャラクターに仕込まれたボーン(右)。3人のヒロインで共通。スカートと胸にもボーンがある

「MGS3」のワイヤーフレーム
コナミデジタルエンタテインメント・第2ゲームソフトコンテンツプロダクション・プログラマー、松本一也氏。3Dグラフィックスエンジンの設計開発を担当。アーティストとグラフィックス仕様を検討していくテクニカルアーティスト的な立場も兼任されたとのこと

 「ラブプラス」では背景は2Dの描き割りで処理しているため、背景に取られるポリゴン数はない。また、同時に表示されるのは必ず一体のヒロイン・キャラクターに制限されている。とはいえ、5,000ポリゴンの3DモデルキャラクターをDSの画面に表示させているというのは衝撃だ。これは丁度、前述したようにPS2ゲーム相当のキャラクターポリゴン数だ。同じKONAMIのゲームで言えば「メタルギア ソリッド3 スネークイーター」のスネークが4,400ポリゴンだった。

 ここまでの3Dグラフィックス能力はDSにはないはずだ。そもそもDSのGPUスペックでは、ここまでボーン数の多い、規模の大きい3Dモデルの表示には対応していないのだ。

田之倉氏「ええ、一体の3Dモデルとして表示するのはDSの仕様では不可能です。ですので、この制限を回避するために涙ぐましい工夫を取り入れています(笑)。画面上では一体の女の子キャラクターに見えますが……実は、DSのシステムの管理としては9体の3Dキャラクターとして表示しているんですよ」

 言われてみれば「なるほど、そうか」という、実に「コロンブスの卵」的発想である。つまり、一体5,000ポリゴン、ボーン数53本のキャラクターを複数の3Dキャラクターモデルとして分割してレンダリングしているのだ。

 分割数は9。内訳は、1:頭(頭髪)、2:顔、3:胴体、4:左腕、5:左手、6:右腕、7:右手、8:左脚、9:右脚となっている。一体に見える「姉ヶ崎寧々」も、実は9体の姉ヶ崎寧々パーツによって表現されているわけだ。

 ただ、見る限りでは一体の女の子3Dモデルが動いているようにしか見えない。3Dキャラクター達の様々なアクションやモーションの演技はモーションキャプチャによるものだが、これは当然のことながら“1人”の人間の演技をモーションキャプチャしたものだ。そのモーションデータで9体の“小”3Dキャラクターを駆動する際に、座標系の親子関係とかが複雑になりそうだが、大丈夫なのだろうか。

松本氏「開発に用いたDCCツールのMAYA上のデータでは一体の3Dモデルとして扱っていますし、モーションキャプチャによって取得したモーションデータも、この一体の3Dモデルに適用しています。これを今回の9体分割駆動システムで動かすためのエクスポータ(コンバータ)を開発していまして、DSに載ったときには9体の小モデル達を個別に駆動するモーションデータとなりますから、そのあたりの心配はないんです」

 分割数は動的に変化する仕様ではなく固定の9分割仕様としたのは、このキャプチャしたモーションデータを9体の3Dモデルにシンプルに固定的に割り当てられるようにするための配慮という理由もある。


【ヒロイン・キャラクターの3Dモデル】
左がヒロインの左手の“小”3Dモデル。この左手が、ある意味、イメージ的には1体の3Dキャラクターモデル。一体のヒロイン・キャラクターは実は9体のミニ3Dモデルが合体して表示されているイメージなのだ。右が衣服テクスチャの一例。このような、その時点でヒロインが着ている衣服テクスチャはROMから随時テクスチャメモリへ読み込まれる



■ 独自の4分割レンダリングでDSの制限を超えた多ポリゴン描画を実現

 レンダリング解像度はDSの画面解像度である256×192ドット。カラーフォーマットもDSの仕様からRGB各6ビットの26万色という仕様になっている。そして、フレームレートは毎秒15フレーム(15fps)となっている。

 基本的な3Dゲームは30fps~60fpsが基準となっているため、15fpsという値は数値的には多くない。しかしDSの3D能力に配慮すると十分立派な値と言えるのだ。

田之倉氏「実は5,000ポリゴンのモデルを9分割したとしても、DSではこれを1度のレンダリングで全画面に描画できないんです。なので、1フレームの描画を4回に分けて描画する工夫を入れました。『ラブプラス』ではモーションを適用するボーン数も多いため、座標変換の演算コストも高かったというのも理由の1つに挙げられます」

 実際の描画エンジンでは、以下のようなプロセスを経て描画を完遂させている。

    ・1パス目:次パス以降での描画に必要なモーションなどの計算
    ・2パス目:次パス以降での描画に必要なモーションなどの計算 & 200ポリゴン程の描画
    ・3&4パス目:残りのモーション計算 & 性能をフルに使用した(2,000ポリゴン程)描画

  1パスあたり1フレーム分の時間を消費して(16.7ms分の時間をかけて)いるため、60fps÷4パス=15fps…というわけだ。3D描画プロセス自体は2回行なっているわけだが、1回目の3D描画プロセスによって生成されるフレームは半完成フレームという点がポイントになる。

【1~2回目の描画結果のみを可視化したショット】
左が1回目、右が2回目の描画結果のみをそれぞれ可視化したショット。1回目の描画は200~300ポリゴンほどで、2回目は2,000ポリゴンほど。不可視なポリゴンは描画されないので可視範囲内では描画ポリゴン数では2,000~2,300ほどになる

コナミデジタルエンタテインメント・第2ゲームソフトコンテンツプロダクション・テクニカルマネージャー鈴木淳氏。開発チームへの技術サポートを担当。単一でなく、複数のプロジェクトへの技術面のサポートを行なっている

 開発初期段階では3パスレンダリングの20fps実装も試みたそうだが、最終的には今の仕様に落ち着いたとのこと。

鈴木氏「複数フレーム時間に、またがって1フレームをマルチパスレンダリングしていく実験プログラムを開発し、これのテストを重ねて、今の描画エンジンの開発の見通しを立てました。丁度、このテクニックが他社でも使われはじめたので、我々も実装を試みたということでもあります。」

 かつて初代ファミコン時代、表示数制限の厳しかったスプライトを、時分割表示をすることで倍化して表示させるテクニックが生み出されて、ファミコンの映像表現力が一気に向上したことがあったが、まさに、あれの21世紀版3D編といった風情である。

 DSのGPUは、レンダーターゲットを複数持つような近代GPUの仕様を持ち合わせていない。むしろDSのGPUは、2Dベースのゲーム機時代のスプライトエンジンに近い構造をしており、VRAM(ビデオメモリ)に書きだしたものが表示されるという基本構造になっている。

 DSのGPUの3Dエンジン部はジオメトリエンジンとレンダリングエンジンで構成されていて、近代GPUでいえば前者が頂点シェーダ、後者がピクセルシェーダに相当する。3D描画を行なうためには、これから描画する3Dオブジェクトの頂点情報とポリゴンリスト(どのポリゴンがどの頂点で構成されているかのリスト構造データ)をジオメトリエンジン側のRAMに転送する。ジオメトリエンジンはこれを座標変換してラスタライズして後段のレンダリングエンジンに受け渡し、レンダリングエンジンがピクセル描画を行なうことになる。

 ただし、DSのGPUでは、レンダーターゲットに相当するカラーバッファは1フレーム分しかなく、全画面の1/4に相当する256×48ドット分しかない。いわゆるラインバッファという感じの実装となっており、1回のレンダリングパスで描画できるのは48ライン分の256×48ドットの範囲までで、これが随時、規定された表示タイミングの割り込み間隔で表示用のVRAM側へ転送されていく。描画するポリゴン数が多かったりすると、48ライン分のレンダリングが終わらないうちにラインバッファの内容がVRAMへ転送されてしまい、描画が崩れるエラーが起こりうるのだ。

 なお、カラーバッファが256×48ドット分あるのに対し、深度バッファは256×2ドット分しか持っておらず、その内容は使い捨てとなっていて、さらにソフトウェア的にこれを参照する術が用意されていない。こうしたDSのGPUアーキテクチャでは1フレームを複数回の重ね描きでレンダリングするのは不可能に思える。

松本氏「これには涙ぐましい努力がありまして(笑)。DSでは深度情報が使い捨てですし、複数のレンダーターゲットも持てません。また、ラインバッファという概念なので重ね描きレンダリングも本来はできないんですが、VRAMの内容をキャプチャすることはできるんです。そこで、「ラブプラス」のレンダリングエンジンでは、半完成フレームをキャプチャして、これに対して再度レンダリングすることになります」

 レンダリング自体は表示しているバッファとは別のVRAM領域に対して行なっており、前述したように4パスレンダリングが行なわれる。1回目の半完成フレームの描画結果をキャプチャしてVRAMに取り込み、これを1枚絵の2D背景画像として、これに対して2回目の描画を行なうのだ。

 1体の3Dモデルの描画ならば、後ろ向きの見えないポリゴンを描かないカリング処理をした上で、視点から見て奥側のポリゴンから描画していく手法を取れば、この方法でうまくいける。しかし、「ラブプラス」では前述したように、5,000ポリゴンからなる女の子3Dモデルは、9分割した“小”3Dモデルの合体技からなっている。複数の3Dモデルの描画の重ね描きには深度テストをしっかりしないと、前後関係が破綻する可能性が出てくるはずだ。

 深度テストができない繰り返し描画がなぜ可能なのか。これについては、描画前に事前に描画順序を並べ替える処理を挟むことで対処している。

松本氏「9体の“小”3Dモデルとはいえ、それぞれが人体のパーツですから、人体が動く範囲でしか“小”3Dモデルの位置関係が動きません。手や腕が頭や胴体に入り込んだりはしませんから、事前ソートだけで対処できるんです」

 これは丁度、半透明描画の際に、前後関係に矛盾が見えないように、3Dモデルの奥行き座標に応じて奥から手前へ並び替えて描画するZソートの要領によく似ているといえる。

 また、「ラブプラス」の場合、プレーヤー側の視点操作に範囲制限があり、人体を構成する“小”3Dモデル達が想定しない前後関係にならないように調整していることも、重ね描きの描画破綻を見させない工夫の1つになっているようだ。

 ところで、「ラブプラス」のヒロイン・キャラクター達のアクションを見ていると、それほど15fpsだから動きが粗いということを感じない。

 これは、一般的なアクションゲームなどと違い、女の子キャラクター達自体が画面の中を動き回ることがなく、手足の動き、頭や身体などの姿勢変化が主体の比較的ゆっくりとしたアクションだからだと思われる。全てのDSゲームで使えるテクニックではないが、「ラブプラス」のレンダリングエンジンは非常にクレバーな手法だといえよう。



■ ライティング処理はトゥーンシェーディングを調整したカスタム仕様

コナミデジタルエンタテインメント・第2ゲームソフトコンテンツプロダクション・マネージャー、薗部浩明氏。ゲーム内に登場させる3Dモデルの開発とその管理、及びゲーム内イベントの指揮などを担当

 「ラブプラス」のヒロイン達は、リアル系ではないが、かといって単純なセルアニメ調でもない、独特のビジュアル感覚の表現で描画されている。

 ライティング自体はDSのGPUの仕様制限から光源は平行光源のみで、頂点単位でのライティング結果を補間したカラーがピクセルカラーとして採択される。つまり、シェーディングメソッド的にはグロー・シェーディング相当と言うことになる。もちろん、テクスチャも適用されることになるのだが、近代GPUのようなマルチテクスチャリングには対応していないため、適応できるテクスチャは1レイヤーのみとなる。

薗部氏「実際のライティングエンジンは、ハードウェア側に用意されたトゥーンシェーディングの機能を活用しています。インデックス化されたカラーテーブルをシェーディング結果で参照するようなシンプルなトゥーンシェーディングです。ただ、一般的なトゥーンシェーディングに見られるような、陰影の明暗がドラスティックに出る二値結果とはせず、微妙な味わいのグラデーションが出るようにカラーテーブルをデザインしています」

 あらかじめ「このシェーディングでいこう」といった仕様決定を行なったのではなく、コンセプトデザインを担当したミノ☆タロー氏のイラストのテイストに近い3Dグラフィックスにしようという目標を掲げ、これを実現するために試行錯誤と調整を重ねた結果、製品版のテイストになっているということなのだ。

【トゥーンシェーディング】
ライティングは平行光源による拡散反射系。ライティング単位は頂点単位で、ピクセルカラーは線形補間されて決定される。ライティングメソッドとしてはいわゆるグローシェーディングに近い
これにテクスチャを適用したショット
これに輪郭線を付加してイラストテイストな味わいを出す
完成画面
そのワイヤーフレーム表示



■ 実は胸も揺れていた! 「ラブプラス」の演技モーション

コナミデジタルエンタテインメント・第2ゲームソフトコンテンツプロダクション・ディレクター、石原明広氏。ゲームデザインのディレクションを担当し、この他、進捗の管理も担当

 「ラブプラス」のヒロイン達の演技のモーション数は総計約600個。圧縮しても16MBの容量があるという。このモーション数はもはやDSのゲームの規模ではない。モーションキャプチャは実際の人間のアクターを起用してその演技の動きをデータ化して取得している。

 イベント総数は約4,000個あり、これを600個のモーションと44個の表情(後述)を使ってヒロインに演技を設定していったのだという。しかも、それは、NOTEPAD(メモ帳)で記述するやや前時代的な手作業となり、その手間の大変さは想像を絶するモノになったのだとか。

薗部氏「我々デザインチームは、収録された声優さんの声の演技を聞いたり、台詞を読み込んで、頭の中でヒロインの仕草や表情を想像し、それに1番イメージに合う600モーションと44表情を当てはめていったわけです。600モーションの中には、なんのためのモーションかよくわからないモノもあったりして(笑)。NOTEPADでの作業はとてつもなく大変でした。実機で動くモノを見るためのコンバート作業とかに最初は5分かかってましたからね。まぁ、このプロジェクトは環境整備にそれほど時間が取れなかったので文句を言っても仕方がなかったですから。でも、ちょっとだけ、文句を言ったらコンバートから実機確認までの所要時間は1分に改善されました(笑)」

 600個のモーションは、そのまま再生して使用したものもあれば、最後まで再生せずに途中からリアルタイムの線形補間の繋ぎモーションを入れつつ別のモーションを差し込んで切り換えるというような工夫を入れて、急激な感情変化、あるいは起伏のある感情変化までを表現できるようにしたものもあるという。ランタイムで複数のモーション同士を加算して別のモーションを作り上げるようなモーション・ブレンディングは実装していない。これは9体分割駆動システムの相性が悪いためだ。具体的にいうと、“小”3Dモデルをまたぐような頂点ブレンディングの実現が困難なためだ。

 衣服、髪の毛などの付随する小物の挙動は当初はランタイム側の物理シミュレーションを適用する予定もあったが、負荷的に厳しい事がわかったため、手付けのアニメーションを採用している。

松本氏「自分はWii向けの『Elebits』で物理シミュレーションエンジンの設計開発を担当したのですが、その経験もあってDSに物理シミュレーションを実装する実験を試みました。まず最初に挑戦したのは、髪の毛のポリゴン数と同じだけの頂点数を用意して、頂点バッファを作り、これをジオメトリエンジンに流すテストプログラムでしたが無理でした(笑)」

石原氏「私と松本と薗部、鈴木は『Elebits』チームでした(笑)」

 話がやや脱線するが「Elebits」は、Wiiのローンチ時にKONAMIが発売したアクションゲーム。ビームガンをWiiリモコンで操り、Elebitsという“いたずらモンスター”達を捕獲していくゲームで、シーン内のあらゆる大道具や小道具がぶつかり合ったり破壊したりという物理シミュレーションをゲームに取り込んだ意欲作だった。現在はベスト盤が2,940円で発売されているので興味がある人とはそちらもチェックしてみるといいだろう。

 基本的には身体のボーンは1体分で、どのヒロインを駆動しても破綻がないようにモーションデザイナーが設計している。冒頭に示した画面を再度見てもらうとわかるが、スカートの揺れを駆動するボーン、胸回りのボーンも身体のボーンの一部として設定されていることがわかる。なお、髪の毛については大別して3タイプの髪型があり、それらは個別のボーンが設定されているという。

 身体の動きはモーションキャプチャによって得られたモーションデータによって身体のボーンが駆動されるが、スカート、胸、髪の毛、その他のアクセサリなどのボーンについては手付けのアニメーションによって駆動されている。

【モーション】
制服の前リボンはもちろん、高嶺愛花の髪を結んでいるリボンも手付けアニメーション
姉ヶ崎寧々の胸にもボーンが仕込まれており、実は胸も揺れている!
小早川凛子がいつも首から下げているポータブルオーディオプレーヤーの動きは手付けアニメーションということになる
モーションキャプチャ撮影シーン
有限会社スターダス・21 奥田優美子

石原氏「あまり気がつかれないんですが、彼女達の胸、実は揺れているんですよ。実際、ボーンを仕込んで手付けで手付けの揺れを付けています。私とプロデューサーの内田明理が下品な揺れはイヤなので極めて上品な揺れに留めていますが。気がつかなかった人は、ぜひとも気にして見てください(笑)」

 髪、衣服、アクセサリー、胸などの付随物の動きを物理シミュレーションではなく、手付けアニメーションでやるのは、なんとなく大変そうなイメージがある。リアルタイムで実行するのが負荷的にきついならば、オフラインで物理シミュレーションを行なって、その結果モーションを付随物の動きとして適用する案もあったと思うのだが、「ラブプラス」の女の子キャラクターの場合、1つ1つのアクションはそれほど長くないため、物理シミュレーションを絡めず直接手でつけてしまう方が作業効率が良かったとのこと。

 また、短いアクションの後、すぐに待機モーション(通常姿勢)に戻るので、1つ1つのモーションが待機モーションに帰還するまでに動き終えるような「丁度良い長さの動き」として生成するのには色々と手調整が効く手付けアニメーションの方が都合がよかったというのもあるらしい。

 くるりと姿勢の向きを変えたりすると髪や衣服が、アクションに翻弄されたり、慣性でやや遅れて動いたりする様は非常に自然に見えるが、それらは全て手付けアニメーションなのだ。



■ ヒロイン達の顔演技の秘密

眼球パーツ。眼球パーツは表情生成以外に、視線の動きを作り出すことにも利用されている

 「ラブプラス」のヒロイン達は顔が歪んだり、輪郭が変形するほどのダイナミックではないものの、情緒豊かな表情演技をする。声優の卓越した演技力によって吹き込まれた音声台詞に対し、わかりやすい表情演技をスムーズに紡ぐことで、プレーヤーにヒロインの感情変化を見事に伝えている。

 DSタイトルとしては、かなりオーバーキルともいえる豊かな表情演技が実装されており、ここが「ラブプラス」のヒロイン達の大きな魅力にもなっている。ヒロイン達の表情表現は基本はテクスチャアニメーションによって実現されており、表情パーツとしては眉、目、頬、口の4種類から成っている。それぞれのパーツを組み合わせて表情データベースを構築し、ランタイムでは、スクリプトで感情表現に適した表情アニメーションを呼び出すようなシステムになっているのだ。

 最終的に作成された表情データベース上の表情の種類は44種類。これらを連続的に紡いでいくことで、多彩な表情変化を実現しているのである。

 瞳のアニメーションすなわち、視線については特例の措置がしてあるものもあるという。特定のモーション演技では、そのモーションデータの中に視線の移動の動き情報を埋め込んであり、そのモーションが再生されたときには必ず一連の目線移動が行なわれる。

 例えばだが、「うつむくようなアクションの時には、うつむいたあと上目遣いの視線となる」といった具合の視線移動が、そのうつむくアクションのモーションデータの中に付随して設定してあると言うことだ。

 視線表現の目のアニメーションパーツは結構多く、最初から全てテクスチャメモリに載せられないため、ROMからテクスチャメモリへ随時転送を掛けるようにして視線のアニメーションを実現している。

 一般的な3Dゲームだと、目玉だけは、向けたい視線の方向に座標変換/回転させて別レンダリングしたり、あるいは向けたい視線の方向に瞳テクスチャのみを合成するといった手法が取られるが、「ラブプラス」ではそうはしていない。これは、DSのGPUの制限で複数レイヤーの合成が使えないためだ。なので、テクスチャパーツとして事前に用意しておくしかなかったというわけだ。

 なお、待機モーション中に眼がキョロキョロ動くのは、プログラム側でリアルタイムの挙動として制御しているとのこと。これと、演技の一環として動く事前に作り込んだ目線の動きと組み合わせているために、単なるアニメーションの再生とは違う、リアルタイムに視線が動いているかのような挙動の雰囲気を出せているのだ。

【眉、頬、口】
左が眉と頬パーツ。右が口パーツ

【豊かな表情】
DSのゲームの3D人物表現としては、かなり贅沢な表情演技をする「ラブプラス」のヒロイン

田之倉氏「プレーヤーと横に並んで歩いているときに、プレーヤーに対して視線を向けたりするのとかがプログラム制御の視線の動きですね。プレーヤーの操作やヒロインと表示画面との位置関係に応じたリアルタイム制御をしています。ここを固定のモーションでやってしまうと規則性が露呈してしまいますので」

 髪型のバリエーションについては、その数分のカツラモデルが用意されており、適宜、これを頭部モデルに合成することで、ヒロイン達の髪型チェンジが実現されている。前述したように、頭髪ボーンを含むボーン設定は全キャラ共通だということは、用意されているカツラモデルは3人のヒロイン達全てに適合できると言うことなのだろうか。

石原氏「仕様的には問題なくできますが、世界観的にと言うか、ポリシーとしてヒロイン達のそれぞれの髪型は専用としました。ちなみに衣服も仕様的には全てのヒロインで共有できるんですが、同様に各ヒロイン専用に設定しています」



■ ハードウェアスペックを技術力とアイディアで超えた「ラブプラス」

シリーズ最新作「ラブプラス+」は6月24日発売予定

 「ラブプラス」のROMカートリッジは約256MBで、発売当時のDS用ソフトとしては想定される最大容量のものが選択されている。

 このうち、最も容量が大きかったのが音声データで、ROM容量全体の60%超を占めるという。ヒロイン達の音声データは各ヒロイン達の声を担当した声優陣を約3カ月間ほぼ占有する形で収録に臨んだとのこと。ゲーム中、各ヒロインはプレーヤーの名前を音声で呼んでくれるが、あれは音声合成ではなく実際の吹き込み音声だという。1人の声優さんにつき約1,400個の姓名の読み上げを依頼したというから凄まじい。ちなみに、ROMに収録されている音声の総収録時間はなんと約21時間。1人のヒロインあたり約7時間の音声データが収録されているという。声優陣はプロジェクト終了後、「どんな大作アニメよりも大変な仕事だった」との感想を漏らしたという。

 グラフィックスに関しては、3Dモデル、ボーン、テクスチャが一体化されたパックファイルになっており、これが、1体のヒロインあたり6MB~7MB程度だという。音声と比較するとグラフィックスは相対的にはかなりコンパクトとなっているイメージがある。

 実際の開発でも、ボイスの容量を見積もり、そこから全体の見通しを立てた…とディレクターの石原氏は振り返っている。空き容量は背景用の2D画像を詰め込むことで調整し、約256MBのROM容量はほぼ限界まで使い切ったという。

 開発期間は、パイロット版の開発や基礎技術の研究期間を含めると2年間で、実際の製品開発のみでいうと約1年間だとのこと。DS向けタイトルとしては異例の巨大プロジェクトとなった「ラブプラス」だが、これだけのリソースを注ぎ込んだコンテンツを、他のゲーム機に持って行く予定はないのだろうか。

石原氏「今後の展開はわかりませんが、ハードウェアスペック的にはPSPでは余裕でいけるでしょうね。ゲームとしてのインターフェースをどうするのかという問題はありますが。iPhoneでもいけると思います。iPhoneは2点間タッチに対応していますからね。マーケティング的にもiPhoneアプリとして提供できれば有望そうですし。ただ、音声関連が重要なゲームなので、多言語へのローカライズは困難を極めそうです(笑)」(編注:iPhone版発表前に収録しているため曖昧な表現になっている)

 「ラブプラス」というプロジェクトは、「ゲーム機内のヒロインと仮想恋愛を楽しむゲーム」として立ち上がり、「インタラクティブにヒロイン達と接することができる」、「いつでも会いたい時にヒロイン達と会える」というコンセプトが掲げられ、これと最大限にマッチしたハードウェアがDSだった。しかし、ゲームとしての仕様がはるかにDSのスペックを超えてしまっていた。本来ならば、ハードウェアスペックに適合するようにゲーム仕様を調整していくのがセオリーなのだろうが、しかし「ラブプラス」のプロジェクトの場合、そうはせず、技術力とアイディアで切り抜ける方法を模索し、自分達の納得のいくレベルのゲーム仕様の実現、コンテンツの実装を目指してしまったところが凄い。

 ゲーム開発において「ハードウェアスペックを使い切ること」は開発者として「格好いい」ことであるが、そのさらに上にある「ハードウェアスペックを超えること」というのは、昔から「さらに格好いい」こととされる。「ラブプラス」は、その意味で、近年まれに見る“格好いい”タイトルである。


(C)2009 Konami Digital Entertainment

(2010年 4月 30日)

[Reported by トライゼット西川善司]