Taipei Game Show 2011レポート

SCE Asiaと高雄市の共同事業「PlayStation育成中心台湾」訪問レポート
経済発展を遂げる台湾高雄で開発者の卵たちを積極支援!



2月21日訪問

台湾高雄市 PlayStation育成中心台湾


 昨年のTapei Game Showレポートの中で、台北の大同大学で台湾政府とソニー・コンピュータエンターテインメント台湾(SCET)が産学協同事業として行なっている、ゲーム開発者育成事業「デジタルコンテンツ・クリエイティブ・キャンプ」を紹介した(記事はこちら)。この記事中でも触れているが、卒業生たちのキャリアパスとして2010年6月に発表されたのが、高雄にある「PlayStation育成中心台湾(プレイステーション インキュベーションセンター 台湾)」だ。

 このセンターはSCETが台湾経済部とかわしたデジタルコンテンツ産業育成のための協力体制を作るという事業の一環として、台湾南部のコンテンツ育成産業の支援を目的として設立された。2010年10月20日にオープンして、2010年11月から書類審査と面接で選ばれた5つのチームが入居。ラインナップは大学生から現役のゲーム開発者まで様々だ。現在は支援を受けながらプレイステーション 3(PS3)やプレイステーション・ポータブル(PSP)向けのゲームを開発している。

 将来的には、先日発表されたAndroid用の開発プラットホーム「PlayStation Suite」や、ネクスト・ジェネレーション・ポータブル(NGP)用のゲーム開発も視野に入れている。今回は高雄にあるインキュベーションセンターを訪問して、SCETがどのようにゲーム作りを支援しているのかを見ることができた。担当者によれば、日本人でも入居可能ということなので興味がある人はレポートをじっくり読んでみて欲しい。



■ 台湾第2の都市高雄の芸術特区にプレイステーション用の開発支援施設をオープン

プレイステーション インキュベーションセンター 台湾。古い倉庫をリノベーションして作られた。隣は建設中の別の施設
入口にはSCEと「ピア2芸術特区」のシンボルマークが並んでいる

 高雄市は、台湾の中心地である台北市から台湾高速鉄道(台湾新幹線)で1時間半ほどの場所にある台湾第2の都市。2010年に高雄県と合併した。人口は約280万人で、ここ数年は新規のマンション建設ラッシュが相次ぎ、郊外が開発されてどんどん新しい街へと生まれ替わりつつある。

 インキュベーションセンターがあるのは高雄市の観光埠頭にある「ピア2芸術特区」。アートをテーマに古い倉庫街を再開発した地区で、ノスタルジックな倉庫の外観を活かした美術館やクリエイターのためのアトリエなどが集まっている。訪問した日は平日だったが、すぐ側にあるトリックアート美術展には行列ができて賑わっていた。

 インキュベーションセンターの設立計画は、2年前にSCETが台湾経済局とコンテンツ産業育成の契約を交わした時点で構想として存在していた。発表が昨年6月になったのは、前述した「デジタルコンテンツ・クリエイティブ・キャンプ」の生徒たちが「受け皿が用意されていると安易に思って欲しくない」(担当者談)ため、1期生が卒業を迎える6月まで発表を伏せていたためなのだそうだ。

 建設地に高雄を選んだ理由はいくつかあるが、生活費の安さは大きな要因だ。インキュベーションセンターは施設や機材は提供するが、生活費はすべて開発者持ちになる。この点、高雄は家賃の平均が台北の半額程度と安く、物価も全体的に安いのでゲーム開発中の生活コストを安く抑えられるのだ。

 他にも高雄は昔から工場が多く、理工系の学校や専門学校が集まっているという地の利もある。発表した6月から募集を開始して、高雄を中心に約50チーム200人の応募があった中から企画書の書類審査と面接で5チームに絞りこまれ、2010年11月から入居が始まった。

 前述の大学との産学協同事業も引き続き行なっていく予定だが、これまでとは少し形が変わり、今後は大学生向けのカリキュラムとして授業に組み込む形も考えているとのこと。そしてこれまではPS3用の開発のみだったが、今後はPSPやNGP用の開発機材も提供していく方向だ。


センターは古い倉庫街を再開発した「ピア2芸術特区」の中にある。この季節でも日中は歩くと汗がにじむほど暖かい。ガジュマルやバナナの木が南国情緒を醸している
周辺には美術館やアトリエ、散歩にちょうどいいサイクリングロードもある
高雄の街を案内してもらった。街中には台北では見かけない大きなゲームセンターがある。ゲームショウで発表されたばかりの「初音ミク Project DIVA Arcade」も設置されていた




■ アートの香り漂う広々開発ルームは羨ましい豪華空間

センターの入口

 センターは2階建ての建物の1階部分。入口はオートロックになっていて入れるのは参加者のみ。入ると受付の横に、入居者向けに設置されたゲームの試遊コーナーがある。大型の液晶テレビとPS3が置かれていて、SCETが研究用のソフトを定期的に提供している。センターではPS Moveの開発も可能なので、もちろんPS Moveも置かれていた。

 センターの中央部分にある開発ルームは人の増減に合わせて自由にレイアウトを変えられる構造になっている。現在はボックス型の棚で各チームのスペースを囲う形になっている。私物は机のロッカーや可動式のボックスにいれて管理している。開放的な空間で見通しが良い半面、入居チームからは他のチームの視線が気になるという意見も上がっているそうだ。だが、まずはこの開放的な空間で若いクリエイター同士、チームの壁を越えた意見交換や交流も期待しているという。全体にオープンな作りだが、サーバールームとして使用できるしっかりしたセキュリティがかかった部屋もある。

 開発ルームの横には会議室が3つ並んでいる。会議室は港で使われていたコンテナを改造したものだそうで、よく見ると確かにコンテナのでこぼこした外観が残っていた。3つの会議室それぞれに少しずつデザインが違う。もう片側には休憩室と、クッションに寝転がりながらリラックスして話ができるコーナー、そして食堂がある。食事は弁当を買ってきたり、外食で済ませる人が多いそうだ。夏になると湿度が高くなるのでトイレの横にはシャワールームも併設されている。

 会議室の奥にあるリビングのような部屋も休憩に使われている。部屋には高雄在住のストーリーペインターが描いた高雄とプレイステーションのボタンを組み合わせた絵が描かれている。広々とした施設は、芸術特区にある施設らしくそこかしこにアートの香りがする。日本でもこれほど恵まれた環境で開発しているクリエイターはほとんどいないのではないだろうか。


ボックス型のブロックで仕切られた開発空間には必要な機材がすべて揃っている高雄のストリートペインターが壁の絵を描いた応接室。壁には高雄の名物で台湾で2番目に高いタワー「高雄85ビル」の姿も
古いコンテナを改造して作った会議室。コンテナの外観がそのまま生かされている会議室内部。ちょうど企画会議中だった入り口横にある研究用の試遊コーナー。最新のゲームが遊び放題だ
カフェのような休憩室絨毯の上にゴロ寝して話ができる空間食堂




■ 選考の基準は「本人のやる気」。今は企画書づくりに悪戦苦闘中

Taipei Game Showの会場ではインキュベーションセンターを紹介するプロモーションビデオが常時流れていた

 昨年6月からの募集に応募してきたのは、コンソールのゲームを作りたいという個人やチームなど約200人。「デジタルコンテンツ・クリエイティブ・キャンプ」の卒業生や、現役の大学生、会社に所属したまま家庭用タイトルの製作のための法人を設立したチームなど顔ぶれはかなり多彩だ。

 どういった基準で選んだのかを尋ねたところ「企画書の内容と、本人のやる気、特にやる気が重要です」(担当者)とのこと。インキュベーションセンターは設備投資や家賃など開業に伴う資金的なリスクをSCETと台湾政府が肩代わりして支援するという施設なので、給料が出るわけではない。SCETは、あくまでもクリエイターの自主性に任せてゲームを作っていってもらうというスタンスを取っているため、開発者個人のモチベーションが重要になるわけだ。

 台湾ではコンソールの市場はPCゲームに比べるとまだ小さく、開発経験のある人は極めて少ない。それでも家庭用を志してくるのは、MMORPGが多いPCゲームでは開発規模が大きく、個人がクリエイティブを発揮する機会が少ないことが不満であるためだ。また、オンラインゲームで開発費だけでなくサーバー構築などスタートアップに必要な費用が多いので、小さな会社では参入しづらいという事情もある。インキュベーションセンターに入居してくるチームの中から今後、携帯機のアプリを作りたいというチームも出てくると予想できるため、NGPによるオリジナルコンテンツの開発サポートも視野に入れているそうだ。

 現在インキュベーションセンターの開発体制はPS3用のダウンロードコンテンツがメインになっている。「最初の1本はなるべく早く消費者から評価をもらって、それをフィードバックしていって欲しい」(担当者)という意図のもと、約1年半から2年程度の開発期間を考えている。この期間中にも各作品ごとにマイルストーンが設定されていて、到達できないと入居の権利を失う。厳しいようにも思えるが、「センターに入りたいという人はいくらでもいるのです。入れた人は入れなかった人に対する責任として、しっかりものを作らなければだめだと思います」(担当者)。この3月にも新しいチームを募集する予定で、今後も定期的に増員や入れ替えを行なっていく予定だそうだ。

 支援の方法はPS3の開発環境を提供し、企画の精査からスタートして、試作品を作り販売を目指すところまでの全体的な製作をサポートすることとなる。人材サポートに関しては、まずは中にいる人同士でチームを組むことを勧めている。なぜなら」ここにいる人こそが、審査を突破してきたポテンシャルを秘めた人材だから」だそうだ。

 こんなスタッフが欲しいという具体的な声が上がった時には適宜追加募集を行なう。また、周辺の芸術特区で活動しているアーティストとのコラボレーションもしてみたいと考えていると話してくれた。

 日本からは月に1度程度、SCEAsiaから製作者を呼んで、各チームと個別に時間を設けて企画や制作に関するディスカッションを定期的に行なっている。またそれ以外にも、企画書の書き方やゲームコンセプトについてのワークショップ、技術開発セミナーなど開発全般の支援を行なっている。SCEオリジナルの「Phyre Engine(ファイヤー・エンジン)」は日本語と英語の説明書しかないためプログラマーはみな辞書片手に悪戦苦闘中だそうで、今後、技術者を招いての個別指導やセミナーなども計画されている。

 各チームの自主性に重点を置きながら、企画や開発までの製作支援を行なうことに関しては、スタッフも試行錯誤しながら進めているそうだ。若い台湾のクリエイターは最初からPS2やPS3のゲームを見て育っているので、ゲームといえば派手でゴージャスなグラフィックスというイメージがある。またSCETとしては台湾ならではというコンテンツを作って欲しいのだが、ユーザー側の視点から既存ゲームに影響を受けたものを作ってしまう。

 「日本なら、もう20年以上コンソールのマーケットがあって、企業があって人材が育っていてその中でOJTで学んでいくことができますが、台湾にはまだそういったバックグラウンドがないのです。だから日本のクリエイターさんが20年前に試行錯誤していたようなことを、今やっているところです」(担当者)。

 ゲームを作ったことがある人なら、まずは1本ゲームを作り上げるということがいかに大変かを知っているだろう。センターでも、最初から商品として売れるものを求めているわけではない。「ゲームは千3つといって、1,000作の中で3作儲かればいいくらいの打率なのです。それに企画書を見ただけで、これは絶対売れるとはわかりませんから。ただ最終的には商品として販売していきたい。やはり商品が生まれたらいいねというのは、皆が同じ思いですから」(担当者)と中長期的な視野で支援を考えている。

 プレイステーション用の台湾産タイトルを生み出すという目標はもちろんだが、それ以上に広い意味での人材育成を第1の目標にしており「ここで勉強したことを活かして他のゲームメーカーに就職できました」ということであっても構わないと話してくれた。台湾のゲーム業界も、この試みには注目している。「我々としても初めての試みなので試行錯誤しながらやっていますが、ぜひ成功させたいです。台湾のメーカーさんにもどんどん真似してもらって、PS3のタイトルが増えていって欲しいですね」(担当者)。




■ 共通の目標は、台湾ならではの強みを生かした家庭用ゲーム

大学に通いながら、ゲーム開発をしているチーム。女の子はゲームを作るのはこれが初めて
いち早く法人化したチーム。中にはコンソールの開発経験があるスタッフもいる

 インキュベーションセンターを使っている5チームの中には、昼間は別の会社や大学に通い、主に夜間や休日に開発を勧めているメンバーも多数いる。筆者が訪問した時にも、午前中にいたのはすでに法人化しているチームを含めた3チームで、学生組は午後から現れるなど自分たちの生活ペースに合わせた開発を進めているようだ。

 まだほとんどのチームが企画書やデモを作っている段階で、実際の開発には入っておらず、グラフィッカーはプレゼンテーション用の動画を作ったりキャラクターデザインをしたりしている。前職で家庭用のゲーム開発経験があるというチームは「早く企画書を完成させて、このインキュベーションセンターの整った施設や設備を使ってガンガン開発をやりたい」と話していた。彼らは元々コンソールに興味があり、高雄にインキュベーションセンターができるというニュースを聞いて応募した。「台湾ではコンソールを開発できる機会が少ないため、チャンスを大切にしたい」と意気込みを語ってくれた。

 どんなゲームを作りたいのか聞いたところ、「台湾は歴史の中でも多くの文化を受け入れて非常に多様な文化を持っている。それが台湾の強みなので、そこを生かしたゲームを作っていきたい」と非常に熱く語ってくれた。台湾らしいオリジナリティを持つゲーム、これはSCETの希望でもある。担当者は「ここからアジアの星が生まれて欲しいですね。開発者がみんなの憧れになって、ゲーム業界の裾野が広がっていったのが日本のマーケットだったわけです。産業に対する恩返しですね。また、そういった取り組みを通じて、俺はクリエイターだから違法ソフトは使わないという著作権意識を醸成していくのがもう1つの大きな目標です」と語っていた。

 台湾ではここ数年、映画や音楽でも台湾の文化を扱ったものや、台湾語で歌うヒップホップなど地元に根差したオリジナルコンテンツが若者の間で人気を博しつつある。日本のものならなんでも受け入れるという時期もあったが、「台湾だけでは市場はそれほど大きくありませんから、彼らは当然中華圏でのビジネスを考えています。その場合既存のものとの差別化がなければ成功が難しいことを彼らもわかっています。今は自分たちのオリジナリティは何なのかを模索している段階ではないでしょうか」(担当者)と、現場のスタッフも意識の変化を感じている。

 筆者も今回クリエイターたちと話をした時、アメリカではFPS、日本ではRPGのように得意分野があるけれど、台湾人はどんな分野が得意だと思うかと聞いてみた。するとそれまで緊張気味だった彼らが急に饒舌になり、台湾のゲームを熱く語り始めた。台湾ならではのゲームを生み出したいという熱い思いは、言葉の壁を超えてしっかりと伝わってきた。

 センターで開発されているゲームが形になるのはまだしばらく先で、まだまだここから楽しくも苦しい開発が続くだろうが、あの思いがどんな形でゲームの中に生かされるのかを楽しみに待ちたい。

(2011年 2月 23日)

[Reported by 石井聡]