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任天堂元社長、岩田聡氏の“ことば”をまとめた本「岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。」発売決定
宮本茂氏と糸井重里氏のインタビューなどを掲載
2019年7月1日 12:29
ほぼ日刊イトイ新聞は、元任天堂元代表取締役社長の岩田聡氏のインタビューや対談、任天堂公式ページに掲載された「社長が訊く」シリーズを1冊にまとめた書籍「岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。」を一般書店にて7月30日より発売する。価格は1,700円(税別)。あわせて、ほぼ日ストアにて7月11日11時より予約の受付が開始され、TOBICHI東京、TOBICHI京都では7月23日より先行販売が行なわれる。
岩田聡氏は、任天堂の社長としてニンテンドーDSやWiiなど革新的なゲーム機をプロデュースした人物。世界中のゲームファンとゲームクリエイターに愛された岩田聡氏の、クリエイティブに対する思いや経営理念、価値観、ポリシー、または哲学などが凝縮された本となっている。
書籍では、糸井重里氏が主宰するWebサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」に掲載された、岩田聡氏を誰よりも深く知っている、任天堂の宮本茂氏と糸井重里氏の特別インタビューも収録。「岩田さん」を、盟友のふたりがたっぷりと語っており、「ゲーム人口の拡大」というテーマを掲げ、世界中のゲームファンとゲームクリエイターに愛された、岩田聡氏の“ことば”が語られている。
岩田 聡(いわた・さとる)氏プロフィール
1959年12月6日生まれ。北海道出身。東京工業大学工学部情報工学科卒業。大学卒業と同時にHAL研究所入社。1993年、HAL研究所代表取締役就任。2000年、任天堂株式会社取締役経営企画室長就任。2002年、同社代表取締役社長就任。開発者としてさまざまな傑作ゲームを世に送り出す一方、任天堂の社長に就任してからは、ニンテンドーDS、Wiiといった革新的なハードをプロデュースし、自身のテーマである「ゲーム人口の拡大」に務めた。
【目次】
[第一章 岩田さんが社長になるまで。] 高校時代。プログラムできる電卓との出会い。/大学時代。コンピュータ売り場で出会った仲間。/HAL研究所黎明期とファミコンの発売。/社長就任と15億円の借金。/半年に1回、社員全員との面談。/もし逃げたら自分は一生後悔する。◆岩田さんのことばのかけら。その1
[第二章 岩田さんのリーダーシップ。] 自分たちが得意なこととは何か。/ボトルネックがどこなのかを見つける。/成功を体験した集団が変わることの難しさ。/いい意味で人を驚かすこと。/面談でいちばん重要なこと。/安心して「バカもん!」と言える人。プロジェクトがうまくいくとき。/自分以外の人に敬意を持てるかどうか。◆岩田さんのことばのかけら。その2
[第三章 岩田さんの個性。] 「なぜそうなるのか」がわかりたい。/ご褒美を見つけられる能力。/プログラムの経験が会社の経営に活きている。/それが合理的ならさっさと覚悟を決める。/「プログラマーはノーと言ってはいけない」発言。/当事者として後悔のないように優先順位をつける。◆岩田さんのことばのかけら。その3
[第四章 岩田さんが信じる人。] アイディアとは複数の問題を一気に解決するもの。/宮本さんの肩越しの視線。/コンピュータを的確に理解する宮本さん。/『MOTHER2』を立て直すふたつの方法。/『MOTHER2』とゲーム人口の拡大。/糸井さんに語った仕事観。/山内溥さんがおっしゃったこと。◆岩田さんのことばのかけら。その4
[第五章 岩田さんの目指すゲーム。] わたしたちが目指すゲーム機。/まず構造としての遊びをつくる。/暴論からはじめる議論は無駄じゃない。/従来の延長上こそが恐怖だと思った。/もう一回時計を巻き戻しても同じものをつくる。/ふたりでつくった『スマッシュブラザーズ』。/『ワリオ』の合言葉は、任天堂ができないことをやる。/ライトユーザーとコアユーザー。◆岩田さんのことばのかけら。その5
[第六章 岩田さんを語る。] 宮本茂が語る岩田さん「上司と部下じゃないし、やっぱり友だちだったんですよ」/得意な分野が違っていたから。/新しいことに名前をつけた。/違っていても対立しない。/一緒に取り組んだ『ポケモンスナップ』。/本と会議とサービス精神。/「見える化」と全員面談。/素顔の岩田さん。糸井重里が語る岩田さん「みんながハッピーであることを実現したい人なんです」/会えば会うほど信頼するようになった。/みんなの環境をまず整えた。/どういう場にいてもちょっと弟役。/ずっとしゃべってる。それがたのしいんですよ/病気のときも、岩田さんらしかった。/「ハッピー」を増やそうとしていた。
[第七章 岩田さんという人。] わからないことを放っておけない。◆岩田さんのことばのかけら。その6$$