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【特別企画】Kingがゲームエンジン「DEFOLD」を無償公開するワケ

2Dにフォーカスしたゲームエンジンを開発者向けにブリーフィング

4月11日開催

会場:King Japan社内(東京:恵比寿)

本日のプレゼンテーションを行なったDefoldチームのデベロッパーリレーションズ/ディレクター Benjamin Glaser氏

 4月11日、大ヒットパズルゲーム「キャンディークラッシュ」をリリースするKing Digital Entertainment(以下、「King」)は、同社が開発するゲームエンジン「DEFOLD」の開発者向けブリーフィングを開催した。Kingが日本の開発者に向けて「DEFOLD」の情報を発信するのは初めての試みだ。

 本ブリーフィングに登壇したGlaserは、アーティスト/ゲームデザイナー出身の開発者らしく、わかりやすい説明で、2Dゲームにフォーカスしているという「DEFOLD」エンジンの特徴を解説してくれた。

 ブリーフィングということで、テーマは概要にとどまったが、それでも話題は盛りだくさんで多岐に渡っていた。筆者にとっても「DEFOLD」エンジンの情報に触れるのは初めてのことだったが、他のエンジンと差別化できている、ユニークなコンセプトを持つゲームエンジンだと思われた。早速、本ブリーフィングの模様を紹介していきたい。

2Dにフォーカスしたゲームエンジン「DEFOLD」とは

登壇者の二人が「DEFOLD」採用タイトル「Blossom Blast Saga」を囲む

 「DEFOLD」エンジンは、GDC2016で一般に公開され、無料化された、2Dにフォーカスしたゲームエンジンだ。Kingの自社タイトル「Blossom Blast Saga」に採用されてるほか、直近では、Activisionによって、モバイル版の「Call of Duty」シリーズゲームへの採用が発表されている。

 軽量で高パフォーマンスといった特徴を持つ、この「DEFOLD」エンジンは、モバイルネイティブとHTML5ベースのウェブゲームのクロスプラットフォーム開発も可能だ。2週間に1度の定期的なアップデートが継続して実施されており、100%の後方互換性を保持している。また、King社内用と外部公開用といった差を設けてはおらず、常にひとつのバージョンが等しく提供されているというのも特徴的だ。

 「DEFOLD」エンジンの素性はというと、そもそもはDEFOLDというメーカーを立ち上げたRagnar Svensson氏とChristian Murray氏の2人だけで、7年間開発してきたゲームエンジンだった。それを約3年前にKingが買収してから、2人のほかにKingから開発スタッフを増員して、現在の開発体制に刷新してきた。Kingというビッグカンパニーに買収されてからは開発予算に困窮することもなく、エンジンそのもので収益を生む必要がなくなったため、ゲームエンジンを開発する目的を変更している。具体的には、社外からの技術供与に依存しないこと、エンジンを活用して多数のKingブランドのゲームをリリースすること、「Candy Crush Saga」の一発屋を脱却すること、広く一般のゲームクオリティの向上に貢献することの4点を掲げている。

【DEFOLD採用ゲーム(開発中を含む)】

 こうした流れを受けて、インディゲームを中心に2016年3月以降、現在開発中のものを組めて、実に3万人以上の開発者が100以上のゲームで「DEFOLD」エンジンを採用して開発しているという。後発のゲームエンジンで、無料公開から1年強という期間を考えると、なかなかの盛り上がりだと言えるだろう。すでににリリースされているゲームは、前述したKingの自社タイトル「Blossom Blast Saga」だけだが、開発中のインディゲームとして、モバイルゲームの「Bring Me Cakes」「Robo Settlers」「Pet Petters」、ウェブゲームの「SMASH BASH: Date with the Desert」、多人数マルチプレイヤーゲームの「Bunker」が、本ブリーフィングで紹介された。

【DEFOLD採用ゲーム(開発中を含む)】

「DEFOLD」エンジンを取り巻くそれぞれのメリット

現在、「DEFOLD」を使用したアプリで、一定の条件を満たせばKingのアプリ内に広告を表示する権利が与えられるキャンペーンが実施されている

 さて、この「DEFOLD」エンジンを、ゲーム開発者はどう捉えるべきか。なにより大きなメリットは、「DEFOLD」エンジンが完全に無料で提供されるという点だ。現在のゲームエンジンに「Cocos2d-x」を採用しており、モバイルゲームエンジンは無料が当然と考える層や、「Unity」を採用しており、今後のライセンスモデルの変化に対応を検討している層に対しては、大きく訴求する。

 次に大きいメリットは、「DEFOLD」を使用して開発されたゲームのサイズが軽量である点だ。Glaser氏によると、アプリ内のエンジン自体のサイズは、わずか80KBしかないという。「Cocos2d-x」でさえ3MB程度、「Unity」では12MB程度あるから、これは驚異的な数字であるといえる。もっとも、実際のアプリのサイズは、どのゲームエンジンであっても、パッケージ内に収められたリソースのサイズの影響のほうがはるかに大きいだろうから、ゲームによってはそこまで大きな差にはならないかもしれないが、リソースも少ないカジュアルで軽量なアプリの場合はアプリのサイズに大きく影響することになる。

 ゲームエンジン自体は2Dゲームにフォーカスしており、エンジンの提供する機能がシンプルであるため、ランタイムのゲーム動作が軽快であるばかりでなく、開発中においても、クラウドビルドにもかかわらず、ゲームのビルドもかなり高速に実行される。ビルドの速度は、リソースやゲームコードの量や、ビルドを実行するハードのスペックにも依存するため、なんとも言えない部分ではあるが、Glaser氏のプレゼン用ノートPCでの実演では、サンプルプロジェクトのフルビルドをするのに約30秒という結果であった。差分ビルドの場合もっと高速になるから、ビルドの速度にはストレスと無縁の期待が持てそうな印象を受けた。

 ゲームロジックを記述する開発言語には、Luaが採用されている。Pascalライクな記法ではあるが、ゲーム組み込み用途に採用されている例もあって、すでに習得している開発者なら何の問題もないだろう。またLuaに馴染みがなくても、何らかの言語の習得者なら、そう苦もなく習得できるはずだ。

「DEFOLD」の開発環境の次期バージョン「DEFOLD Editor2」の画面と「DEFOLD Editor2」のキーフィーチャー

 一方のデメリットはというと、最も大きいものには情報量の不足が挙げられるだろう。他のゲームエンジンを使用しての開発では、先行しているだけにネットや書籍から情報を入手することもできるし、すでに開発を経験している開発者も多い。比較的納期に余裕がないモバイルゲーム開発の場合、この情報量の差は大きい。

 次に大きいのは、いくつかの機能不足が挙げられる。現在の正式版「DEFOLD」では、アセットをアプリのパッケージと分割しておいて、ゲーム実行時にダイナミックに取得することができない。また、買収前は「DEFOLD」単体で商用化する計画であったため、クラウド上にコードを保持する前提の設計がなされており、インターネット接続なしにローカルで開発することができない。

 SDKを用いてゲームエンジンをゲーム独自に拡張する「Extention」機能も、現在はまだベータ版だ。拡張のためには、C/C++/Objective C/Javaといった言語でSDKを用いて開発を行なわなければならない。エンジンの基本機能を超える拡張を行ないたい場合、すべてをLuaで済ますことはできないわけだが、それでもエンジンそのものが記述されているC++でなくても「Extention」開発ができるというのはプラス材料だろう。

 加えて、アセットストアや「DEFOLD」を使用したゲームのポータルのようなものも提供されていない。ただし、これらの機能不足は、今夏にリリースされる「DEFOLD Editor2」バージョンですべて解決する。

「DEFOLD Editor2」バージョンで正式に導入されるライブアップデートの設定画面。ライブアップデートの機能を活用すれば、ゲーム実行中でも追加のリソースをネットワーク越しに取得できる

Kingが掲げる「DEFOLD」による自社のメリット

 では、開発者にとってこれだけメリットの大きい「DEFOLD」を、なぜKingはライセンス料なしでゲーム開発者に提供するのだろうか。前述した「DEFOLD」を開発する目的以上に、本ブリーフィング中、特に言及されることはなかったが、Kingのメリットは、以下の点にもあるように推測される。

 ひとつは、Kingが「DEFOLD」への機能追加のリクエストを受け付けることで、モバイルゲームのトレンド情報を収集、分析できることにある。Kingが絶対にゲームのソースコードやリソースにアクセスしない、不要な情報提供を求めないというポリシーを採っていても、エンジンの機能要望を集約していけば、自ずと統計的なトレンド情報を入手できてしまうだろう。この情報が、競合ゲーム会社としてのKingに対して、どれほど有利に影響するかはわからないが、他者が入手できないアドバンテージを持つことは確かだ。

 ふたつ目は、不特定多数から、エンジンに対する機能リクエストやフィードバックが得られることだ。King社内では、プロジェクトチームごとに自由にゲームエンジンを決定することができる。Glaser氏によると、現在8つのチームに選ばれ、実際の開発に使用されているとのことだが、全チームが採用を強制されているわけではないため、自社内で枯れたエンジンに仕上げるのには限界があるのだろう。多くのプロジェクトで揉まれることが、実用的なゲームエンジンの成長に役立つことは、他のゲームエンジンの例をみても明らかだ。

 3つ目は、「DEFOLD」のデバッグコストを他のゲーム会社に転嫁できることだ。誰しも無料であることとトレードオフに、たとえエンジンにバグが残ったままアップデートされたとしても寛容になるだろう。また、自己のプロジェクトのゲームが「DEFOLD」に依存する関係上、「DEFOLD」に残ったバグの修正に協力的にならざるを得ない。

 これらの構造的なメリットは、どれもお金の形では現れることはないが、ゲームエンジンを無料で提供する見返りに、Kingが受け取る目に見えない対価ということができるだろう。

【今夏リリースが予定されているその他の機能】


 最後に、ゲーマーはこの「DEFOLD」エンジンをどう捉えるべきだろうか。ゲーマーにとっては、実際にゲームの裏側でどんなゲームエンジンが動いていようが、ゲーム体験そのものには関係がないから、特にこの「DEFOLD」エンジンに注目する必要はないだろう。

 ただし、ゲーム開発会社が積極的に「DEFOLD」エンジンを採用することで、シンプルなモバイルゲームやウェブゲームの実行速度が向上したり、ゲームの安定度が向上する可能性はあるだろう。ゲーマーは、採用ゲームを通じて、間接的に「DEFOLD」エンジンの恩恵にあずかることになる。Glaser氏からも、ゲーマー諸氏にとって良いことずくめだから、期待してほしいとのコメントを得ることができた。

【DEFOLD採用ゲーム(開発中を含む)】

モバイルゲームエンジンの最適解となるか!?まずは評価を

Glaser氏のプレゼンテーションを通訳してくれた大塚純氏。King Japanが準備中のゲームタイトルで、プロダクトディレクターを務めている

 本ブリーフィングを通じて、「DEFOLD」には、ライトカジュアル寄りのモバイルゲームや、Facebook Gameroomといったウェブゲームに対する最適解となり得るポテンシャルを感じることができた。

 2週間ごとに継続的にアップデートされることに加え、King社内のプロジェクトでの採用実績があるというのがなにより安心できる材料だ。比較的、開発期間の短いモバイルゲームにおいて、すでにリリースされたゲームや現在進行中のプロジェクトでは、現状維持の方がメリットが大きいと思うが、これから開発に着手するプロジェクトなら、採用するゲームエンジンの候補に、この「DEFOLD」を加え、積極的に評価してみることに何ら問題はないだろう。

「DEFOLD」は、コミュニティでの盛り上がりはじめており、活発に情報交換がなされている。ツールやExtensionのサポートも公式に確認されているもののほか、コミュニティで見つけることもできるだろう

 もちろん、新しいゲームエンジンということで学習コストや、自社のワークフローに加えるために不足するツールやコンバータの新規作成や改修といった事項は発生するだろうが、これらは新しいモノを導入する際に、多かれ少なかれ必ず発生することではあるため、充分にプロジェクト内で吸収できるはずだ。

 それよりも最大のリスクとして捉えなければならないのは、エンジンそのもののソースコードが開示されていない点だ。Kingの業況や、King社内での採用の事実を考えると、突然開発終了といった事態になることはないだろうが、King社内での「DEFOLD」プロジェクトのポジショニングが、Kingの意思によって左右されることは避けられない。もっとも、ソースコードにアクセスできないこと自体は「Unity」であっても同じことで、ソースコードが開示されている「UE」でもライセンス上の問題で同様のリスクは残る。こういったリスクのない有力な選択肢は、「Cocos2d-x」(とその派生の3D Extention)だけだ。

 このリスクファクターをどう捉えるかは、開発社の事情によって異なるだろう。すでに採用しているゲームエンジンに不満や問題点がないなら、あえて新ゲームエンジンを採用する必要はない。ただ、「Unity」がハイエンドをカバーしようとポジションをシフトしつつあり、ビジネスモデルの変更が計画されている中、モバイルゲームにおけるポスト「Unity」を模索しているゲーム開発社なら、迷わず「DEFOLD」の採用を検討してみるべきだ。