【特別企画】

新型スープラで見えてきたトヨタが描く“eモータースポーツ”の未来

eモータースポーツ=GR Supra GT Cupにあらず。その壮大な計画をレポート

5月17日発表

 5月17日、トヨタが放つ新型スポーツクーペ「スープラ(Supra)」の発表会に参加してきた。筆者は純粋な自動車の発表会に参加したのはこれが初めてで、進行役を務めた友山茂樹氏(トヨタ自動車株式会社 副社長 兼 GAZOO Racing Companyプレジデント)から矢継ぎ早に繰り出される「Supra is Back」をはじめとした練りに練ったフレーズの数々に酔いしれた。

【新型スープラ】
ズラリと勢揃いした新型スープラ。奥には歴代のスープラが並べられている

 「我々は(クルマではなく)スピリッツを売っている」、「クルマは五感で感じるもの」、「次の100年もクルマを徹底的におもしろくする」などなど、クルマに関心がある人間なら、心に眠っている何かを呼び覚ますようなフレーズに激しい衝撃を感じた。歴代のスープラオーナーを集めた上での、パーツ復刻プロジェクト「GR Heritage Parts」のアナウンスだったり、“ファントゥドライブ”の象徴としてのスープラに並ぶ存在が“馬”だったりなど、単なる一企業の発表会の枠を超えた成熟したカルチャーが紡ぎ出す濃厚なストーリー性にひたすら唸らされた。新型スープラにご興味のある方は、ぜひ姉妹誌Car Watchのレポートをご覧頂きたい。

【Supra is Back】
トヨタ自動車株式会社 副社長 兼 GAZOO Racing Companyプレジデント 友山茂樹氏
Supra is Back
スープラ復活に至るまでの長いストーリー。トヨタのマスタードライバーでもある豊田章男氏(トヨタ自動車代表取締役社長)の宿願だった
スポーツカーの楽しさ、存在価値を馬になぞらえる

 ところで、今回筆者は、筆者自身がレースゲームが好きだからとか、セリカと呼ばれていた時代からスープラが好きだったからなどという不純な動機で発表会に参加したわけではない(正直、ちょっとそれもあるが)。では、何しに行ったのかというと、インプレスでeスポーツを正面から扱う唯一のメディアとして、トヨタが提唱する“eモータースポーツ”を学ぶためだ。

 そもそもeモータースポーツとは何か? これがわかるようでよくわからない。普通に考えれば、レースゲームのコンペティションはeスポーツだ。たとえば、eスポーツグレードのレースゲームの代表格である「グランツーリスモSPORT(GT SPORT)」。このタイトルには、「『グランツーリスモ』のオンラインマルチプレイはもはやスポーツそのものである」という山内一典氏(「グランツーリスモ」シリーズクリエイター)の想いが込められているが、実際に使っている呼称はeスポーツだ。単純にそのほうが伝わりやすいからだ。

【eモータースポーツ】
トヨタはGAZOO Racingの公式サイトで専用ページを作ってアピールしている

 ところがトヨタは意識的にeモータースポーツという言葉を使っている。トヨタが3月に発表し、現在予選ラウンドが行なわれている「グランツーリスモSPORTS」を用いたワンメイクレース「GR Supra GT Cup」は、eスポーツではなく、eモータースポーツと呼んでいる。

 「GR Supra GT Cup」は年齢性別を問わず、誰もが気軽にスープラでレースに参加できるワンメイクレース。これによって安全にモータースポーツの楽しさを体感し、将来的に「もっといいクルマづくり」に繋げる。これがトヨタのeモータースポーツの定義だ。

 ところが「GR Supra GT Cup」だけがeモータースポーツではないのではないかと感じたのは、新型スープラに初搭載された「TOYOTA GAZOO Racing Recorder」の存在を知ってからだ。筆者が発表会に参加した目的は、ずばり“これでトヨタは何をやろうとしているのか”を知るためだ。

【GR Supra GT CUP】

 「TOYOTA GAZOO Racing Recorder」は、クルマ向けのいわゆるデータロガーだ。車載オプションの1つとしてスープラに取り付け、スピード、ブレーキ、エンジン回転数、シフト操作、重力加速度(G)などなど、実に200項目に及ぶ走行データを、GPSによる位置情報と、正確なタイムスタンプと共にSDカードに保存する。オプション価格は91,800円(取り付け費用別)。

【TOYOTA GAZOO Racing Recorder】
「TOYOTA GAZOO Racing Recoder」の構成アイテム。大きなボックスが本体で、記録用のSDカードが挿せる。その上にあるのが操作用のスイッチ。その右にあるのがGPSアンテナ。カメラは別売となっている
新型スープラに搭載した状態

 これはかつてトヨタがFRスポーツカー86で実現していたデータロガー「スポーツドライブロガー」の発展系で、「GT」ファンならこの「スポーツドライブロガー」と「グランツーリスモ6」が連携して、リアルサーキットの走行データを「GT6」のリプレイとして再生できる「GPSビジュアライザー」と呼ばれる機能が存在していたことを覚えているはずだ。

【「グランツーリスモ6」GPSビジュアライザー デモムービー】

 「TOYOTA GAZOO Racing Recorder」は、記憶媒体がUSBメモリからSDカードへと進化し、新たに車載カメラで撮った動画との同期機能や、専用アプリケーション「GAZOO Racing Data Viewer」(5月末リリース予定)などが用意される。「GAZOO Racing Data Viewer」はWindows 10アプリケーションで、5月下旬より「GAZOO Racing Data Viewer」公式ページより無料でダウンロードできる。

 その「GAZOO Racing Data Viewer」では、ソニーのアクションカムFDR-X3000/X3000Rを接続して動画撮影を行なうことで、記録した情報と自動で同期し、走行データを最大2つの動画と一緒に再生することができる。以前のように「グランツーリスモ6」のような対応アプリケーションがなくても、「TOYOTA GAZOO Racing Recorder」と「GAZOO Racing Data Viewer」だけで、クルマライフをより豊かにするエンターテインメントとして成立させているところが大きな特徴となっている。

【「TOYOTA GAZOO Racing Recorder」デモ展示の様子】
テーブルのMicrosoft Surfaceでデータを読み込み、その映像をNECの大型モニターに映し出していた

 会場で行なわれていたデモンストレーションでは、プロレーシングドライバーのフェルナンド・アロンソ選手が、富士スピードウェイをテスト走行した時のデータを繰り返し再生していた。「GAZOO Racing Data Viewer」は、「GT6」のGPSビジュアライザーと比較して、あらゆる点が進化しており、スタートして1周回る間のアロンソ選手の走行状況が文字通りすべてわかるようになっていた。

【GR Recorder viewer動画イメージ】
デモと同じ内容のトレーラー。2つの動画のフレームレートはそれほど高くないが、すべての情報がリンクしているのがわかる

 まず、走行情報とリンクした2つの動画でアロンソ選手から見たコースの風景と、アロンソ選手自身の表情がわかり、メインコンテンツである走行情報として、走行速度、アクセル、ブレーキ、シフトの情報がリアルタイムで表示されている。画面右上にはMicrosoftのBing Mapsを使ったコースの位置情報がこれまたリアルタイムで更新され、右下にはタコメーターがあり、現在のスピードと、シフト位置、ステアリングの位置、そして重力加速度などが表示されている。

 ゲームのリプレイですら、ここまで詳細な走行情報を見せてくれるゲームはないと思われるが、「TOYOTA GAZOO Racing Recorder」と「GAZOO Racing Data Viewer」は、現実世界のクルマとサーキット、ドライバーでこれを実現していることにまず驚かされた。

【GAZOO Racing Data Viewer】
「GAZOO Racing Data Viewer」の標準画面
画面の各要素の説明

 担当者に「TOYOTA GAZOO Racing Recorder」の対応アプリとして「GT SPORT」が含まれるかどうか訪ねると、「それは1つのアイデアに過ぎない」と、含みのある回答が返ってきた。どういうことかというと、トヨタでは「TOYOTA GAZOO Racing Recorder」の保存形式であるVehicle Data Visualizer(VDV)フォーマットのデータを使ったアプリケーションの開発を水面下で呼びかけているのだという。日本のデベロッパーからの手応えは非常に良好で、色んなアイデアを聞くことができたという。「スポーツドライブロガー」は、実質的に「GT6」でしか活用されなかったが、「TOYOTA GAZOO Racing Recorder」では、大きく広がる可能性があるわけだ。

【参考「グランツーリスモ6」GPSビジュアライザー】
TOYOTA 86の走行情報を「GT6」上でリプレイデータとして再現することができたGPSビジュアライザー。この「TOYOTA GAZOO Racing Recorder」対応バージョンが「GT SPORT」でリリースされるのだろうか?

 そして「スポーツドライブロガー」と「TOYOTA GAZOO Racing Recorder」が決定的に違うのは、「TOYOTA GAZOO Racing Recorder」はBluetooth通信に対応し、リアルタイムで走行データを送信する機能を備えていることだ。

 この事実が示す、“eモータースポーツの未来”とはどのような可能性が考えられるだろうか? ここからは筆者の妄想になる。ただ、単なる妄想ではなく、そういうアプリが生まれれば、確実に実現できる未来だ。

 まず、走行データをBluetoothを介してリアルタイムでアプリ側に送ることで、クルマを使った新たな位置情報ゲームが生まれる可能性があるだろう。スープラオーナーだけをマップ上に表示させて、アプリ上でコミュニケーションを取り、一緒にドライブに繰り出しても良いし、なんとなく近くのドライブインに集合したりするのも楽しいだろう。あるいはお互いの走行情報を比較し、燃費の良さ(悪さ)などを自慢し合ってもいいかもしれない。

 公道を舞台にしたまったく新感覚のレースゲームも生み出せるだろう。当然のことながら競うのはスピードやタイムではなく、燃費やいかにGを掛けずにセイフティドライブできるかなどでもいいし、北海道から沖縄までいかに短い距離で走れるか、あるいは少ない燃料で走れるかを比べてもいい。アイデア次第で幾らでも“競える”だろう。

 アプリサイドから見れば、86の走行データを「GT6」で読み込んでリプレイデータとして再生させる機能を発展させて、VDVデータを読み込んでAIカーとしてゲーム内のレースに参戦させたり、自分の実車での走行をゴーストカーとして登録して一緒に走ったりなど、こちらも実に様々なことができそうだ。

【実車の走行データがAIカーになる未来】
「GT SPORT」より、新型スープラでAIカーを相手にカジュアルレースを楽しんでいるところ。このライバルカーたちのAIが実車ベースになるのはほぼ確実な未来と言っていいと思う

 そして個人的に大本命なのが“ゲーム内のクルマと実車が混在するレース”だ。「GT SPORT」をはじめとしたeスポーツグレードのレースゲームを舞台に、ゲーム内のクルマと、現実世界にあるクルマを同一サーキットで走らせるというものだ。トヨタの“eモータースポーツ”の正しい定義はここまで含まれるのではないかというのが筆者の予測だ。

 ちなみにGPSによる走行データは、構造上どうしても位置情報に誤差が発生する。しかし、「TOYOTA GAZOO Racing Recorder」は、その誤差を補正するために特定のサーキットについてはMicrosoft Bing Mapsのデータとは別に精密なコース情報を用意しており、正しいスタート/ゴール地点とマッチングすることで走行データを補正する。これによりGPSを使いつつ、正しい位置に基づいた走行データを確保するわけだ。

【オンラインレースに実車が乗り込んでくる未来】
こちらも「GT SPORT」より、他のオンラインプレーヤーとデイリーレースを競ったところ。現在は当然ながら対戦相手は「GT SPORT」のプレーヤーばかりだが、ここに実車が入り込んでくる可能性はゼロではない。すでにそれを可能にする技術をトヨタが持っている

 気になるのはレースが可能になるレベルのレイテンシーが確保できるのかどうかだが、この点についても5Gが標準化すれば十分実用圏内だと考えているようだ。そもそも計測項目によって、どの程度の頻度でデータを計測しているのかはまちまちで、項目を取捨選択することによってそのあたりはいかようにも調整できるようだ。

 この考え方を発展させれば、FIAの全面協力が必要不可欠でもはやトヨタ単独の話ではなくなってくるが、技術的にはフォーミュラ1やル・マンの24時間耐久レースに、今度はゲーム側からオンラインで参加することも可能となる。ここまで来ると「そんなバカな」と一笑に付すレースファンも多そうだが、「TOYOTA GAZOO Racing Recorder」はそういうとてつもないポテンシャルを秘めたテクノロジーだ。

【ニュルをオンラインで実車と競える時代が来る?】
「GT SPORT」より、超難関コースとして知られるニュルブルクリンクを新型スープラでテスト走行しているところ。ニュルは様々なレースゲームで走行してきたが、現実に存在することが信じられないほど難しいやっかいなコースだ
トヨタが提唱するeモータースポーツの未来は、ゲームと現実世界のクルマ同士がリアルタイムで競えるようになるかもしれない

 ただ、現実問題として、上記のような妄想を実現させるためには、「TOYOTA GAZOO Racing Recorder」の母体であるスープラを普及させることが必要不可欠となる。しかし、スープラは、BMWと協業し、オーストリアの自動車メーカー マグナ・シュタイヤーによって生産されるため、生産台数が限られ、年間に数千台程度に留まるとされる。クリティカルマスに達するまでにはかなりの時間が必要で、これが“妄想実現”のための一番の障害になる。

【GR SUPRA RZ】
現実世界では、大人気&少数生産ということでなかなか手に入らない新型スープラだが、「GT SPORT」であれば比較的手軽に入手でき、そのドライビングやエンジン音を一足先に堪能できる
「GT SPORT」の魅力であるスケープス(フォトモード)を使って愛車を撮影。こういう楽しみ方もできるのがゲームの良いところだ

 1つ朗報なのは、スープラと同じGAZOO RacingファミリーであるTOYOTA 86、86 GR、、Vitz GRMN、MARK X GRMNといった車種でも「TOYOTA GAZOO Racing Recorder」のオプションが適用可能になるということだ。だからといって今後発売されるGAZOO Racingブランドのクルマがすべて「TOYOTA GAZOO Racing Recorder」に対応するというわけではないようだが、逆にGAZOO Racingブランド以外のトヨタ車に「TOYOTA GAZOO Racing Recorder」が搭載可能になる可能性もあり、さらに担当者の話では、データ自体の標準化を進めており、トヨタ以外の競合他社も乗り入れる形で共通フォーマットになる可能性も秘めているようだ。

 今回筆者が提示した妄想話は、まったくの絵空事で終わるかもしれないし、妄想を鼻で笑うようなもっと凄まじい、エキサイティングな未来が待ち構えているかもしれない。

 ひとつだけ間違いないのは、トヨタはeモータースポーツの未来を信じており、極めて真剣に取り組んでいるということだ。筆者は、担当者の話の中で「これは別にトヨタが初めて取り組んだものではなく、いつか誰かが必ず実現化させるテクノロジー。だったらトヨタが真っ先に取り組むしかない」という言葉が強く印象に残った。モータースポーツが、スポーツとは別軸で、独自の発展を遂げたのと同様に、eモータースポーツもeスポーツとは異なる、独自の発展を遂げる存在になるのではないか。そしてその未来は、クルマへの情熱と最先端のテクノロジーを融合させた極めてエキサイティングな“新時代のスポーツ”になるのではないかと夢想せざるを得ない。

 本稿はひとまずは“空想読み物”として楽しんでいただきつつ、まずはすでに現実のものとなっているeモータースポーツ「GR Supra GT Cup」をeスポーツファン、モータースポーツファンとして堪能しながら、新たな展開を心待ちにしたいところだ。

【「GR Supra GT Cup」絶賛開催中!】
「GT SPORT」のスポーツモードでは、様々な大会が開催されている
「GR Supra GT Cup」。「GT SPORT」ユーザーで、レーシングエチケット研修を学べば誰でも参加できる
「GR Supra GT Cup」の開催スケジュール。毎週土曜日に開催されている
次回5月25日は、先ほど紹介したニュルブルクリンク。控えめに言って地獄のようなコースだが、しっかり練習して挑みたい