2017年9月27日 12:00
PS Plusのフリープレイで配信中のアクションゲーム「バウンド:王国の欠片」はゲームの新たな可能性を感じさせる作品である。この作品を一言で表すなら、「芸術性が爆発したモダンアート」。どこか歪んだ世界観、さらにキャラクターや設定にいたるまで、全てが抽象的で、様々な意味を暗示させる要素で構成されている。歪つだけど美しい不思議な世界に浸れる、“唯一無二”といえるゲームである。
本作の魅力である、抽象的で掴みどころのない不思議な世界観はどこからきているのか……。これはひとりの女性が生み出した空想世界なのだ。女王の命により、怪物から王国を救うため姫が活躍する大冒険。そんな子供の頃誰もが妄想するぼんやりとした世界をゲーム内でうまく表現されている。本作の魅力を語っていこう。
自分の王国を築くため、幼少期のトラウマと向き合う
「バウンド:王国の欠片」の舞台は現代。海辺の海岸沿いに赤い車が停車し、そこから1人の妊婦が降りてくるところからゲームは始まる。運転しているのはおそらく旦那であろう。女性を降ろすと車はどこかへと走り去っていく。この妊婦の女性こそが本作の主人公。名前や年齢などの設定は特に無いが、20代後半から30代くらいのようだ。
彼女は、砂浜へと歩き、そこに座り込むと1冊の手帳を取り出しパラパラとめくり始める。その手帳は主人公が幼少期に描いた絵で埋め尽くされていた。どのページにも宝石のような顔をしている子供2人と大人。そして、凶暴そうな怪物が描かれていた。そこに描かれたいた登場人物は、子供の頃に主人公が投影していた自分の家族の姿だった。
この作品は、過去に主人公が体験した家族のトラウマを追体験し、それらを清算する物語なのだ。主人公は“姫”として、女王の願いで王国を襲う怪物に立ち向かっていく。姫というのは自分。怪物を止めろと姫に命令する女王は母親、王国を破壊しようとする恐怖の怪物は父親。女王に救世主と呼ばれているのは主人公の兄。そして王国というのは家庭のことだ。
昔に描いた家族の絵を見返すことで過去の記憶が鮮明となり、主人公は意識世界へと入り込んでいく。ここからゲーム本編の始まりだ。ゲームはステージクリア方式で進行する。襲いかかる障害を払いのけ、ゴールを目指すというオーソドックスなアクションゲームだ。
足止めをしてくる邪魔者などは存在するが、本作は基本、こちらを攻撃してくる“敵”は登場しない。アクションゲームには珍しく、戦うという概念がないゲームなのだ。アクションの面で求められるのは、ジャンプを駆使して落下するポイントを飛び越えて進む程度。高度な操作は全く要求されない。ゲームオーバーの概念もなく、コース外に落下してもノーペナルティでその場からの再開となる。アクションが苦手でもスイスイ進める難易度になっている。
意識世界は辺り一面原色で包まれていて、どこか不気味な遺跡のような景色が広がっている。この現代アートをそのままゲームステージに取り込んだような世界観だけでも目を見張るものがあるが、本作の独創性はそれだけにとどまらない。
主人公は幼い頃バレエを習っていたらしく、ゲーム内での主人公の動きの1つ1つがバレリーナのそれで、とにかく優雅で美しい。ジャンプでは両足を前後に綺麗に開脚させ、足場の細い道を進む際には見事なまでの爪先立ちのアクションなのである。
ステージでは怪物(父親)を始め、さまざまな恐怖が主人公に襲いかかってくる。怪物の元へ向かう道中では、触手が主人公の手足を絡めて進行を阻止してくる。この触手は恐怖の象徴である父の元へ行きたくないという、主人公の心の防衛本能の様にも捉えられる。
恐怖を打ち払う唯一の手段、それは「踊る」ことなのだ。踊ることで主人公の周りに光が宿り、恐怖を払い除けることができる。嫌な事、不安な事があっても、自分の好きな事をしている瞬間だけは全てを忘れることができる。そんな子供ならではの無邪気さがこの踊りのアクションであり、主人公の最大の武器なのだ。
初めのステージでは怪物を説得するため、怪物が待つ塔の上を目指していく。穴や触手などの行く手を阻むものをジャンプと踊りを駆使して進んでいくと、最上階の怪物の根城にたどり着いた。対面するやいな、怪物の咆吼が主人公を襲った。怪物の叫びを浴びた主人公はその場に崩れ、意識を失ってしまう。
意識が戻ると、目の前には女王がいた。女王は、怪物を倒すには救世主の力が必要だと告げる。こんどは救世主――すなわち兄の元へと向かう。ステージが進むにつれて、動く足場をジャンプで飛び乗って進んでいく場面などもあり、少しづつだが難易度が上がってきている。
救世主の元へたどり着き、主人公はすぐさま救世主に協力を仰ぐ。しかし救世主は、もう王国はとっくに崩壊していると言い、協力する意思が無いことを告げてくる。それでも食い下がると、こうなったのもお前が原因だろうと怒りをあらわにさせ、救世主は去っていった。結局、協力を得られることは出来なかったが、崩壊の原因が主人公にあるとは一体どういう事なのだろうか。
ステージをクリアすると意識世界から現実世界に戻り、ページの1枚を破り捨てる。過去に触れ、それを乗り越えることで、少しずつトラウマから解放されていくのだ。
砂浜から腰を上げ、歩みを進めるその先にはコテージが見える。主人公がここに来たのはコテージが目的のようだ。しかし、その足取りは重く、少し進んでは座り込み、また意識世界へと潜っていく主人公。この状況は、まるで怪物の元へ向かう姫の姿を見ているようだった。
トラウマを乗り越えた先に待つ結末とは…
抽象画のような不思議な世界観や、主人公のアクションにバレエの要素を盛り込んでいたり、センスが光る本作だが、そのなかでも筆者がもっとも本作に引き込まれた要素は、本作のキーとなる「トラウマ」だ。主人公が大人になっても忘れることができない出来事……幼少期に主人公の家庭では何が起こったのか? そんな部分に少し触れていこう。
王国、すなわち家庭を壊そうとしている父親。暴れている父親を自分で止めるのではなく、子供を使って事を収めようとする母親。これだけで複雑な家庭環境が容易に想像できる。
ステージ進めているなかで、恐怖の対象である怪物と接触することで過去のトラウマが蘇り、回想シーンが見られる場面がいくつもある。初めのステージの回想シーンでは、幸せそうな風景とは言い難いが、難しい顔をした父が子供達とチェスをしているシーンが流れた。
恐らく、これが主人公にとって1番平和だった頃の記憶なのだろう。それ以降の回想のほとんどが激怒している父親や、夫婦喧嘩のシーンばかり。その回想ではどれも、物陰に隠れて怖がりながらその様子を覗き見ている主人公がいた。
暴れる父親、両親の不仲、そんな環境で主人公には安息の地は無かったのであろう。大人になってみれば大したことのないことかもしれないが、子供の世界ではその逃げ場のない状況は生き地獄だったのだろう。ゲーム内で説明が無い分、場面の1つ1つが自分の中でどんどん想像が膨らみ、気がついたらバウンドの世界にどっぷりハマっていた。
主人公が持つ父親への恐怖心は相当なるものだ。あるステージでは怪物が襲ってくる場面があるのだが、その姿や叫び声を聞くだけで、頭を抱えてしゃがみこんでしまい操作不能状態になってしまう。恐怖で一歩も動くことが出来なくなってしまうのだ。
そんな追い詰められた状況を打破できるのは、やはり踊りだ。踊っている最中は、いくら怪物が目の前に現れようが叫ぼうが、主人公の中には一切入ってこない。まさに無の境地だ。現実世界でも、父が暴れた日には、踊りに没頭して嫌なことを全部忘れていたのかもしれない。怪物が叫び続ける中、踊り狂う姫の姿を見てそんなことを考えてしまう。
物語の後半の回想シーンで、主人公がトラウマを負う決定的な出来事が明らかになる。一体どんな出来事が子供の頃の主人公を襲ったのか? そして、過去のトラウマを清算して主人公が向かう先には何が待っているのか? おとずれるのはハッピーエンドかバッドエンドか…結末は本作をプレイして見届けて欲しい。
本作をプレイしてみて、現実にも普通にあるであろう、親への恐怖心や家庭でのトラブルをただそのまま見せるのではなく、子供の頃に描いたファンタジーな世界に日常を落とし込むことで、身近なテーマにもかかわらず非日常感を生み出すという見せ方は、素直に素晴らしいと感心させられた。
筆者は未体験なのだが、実は本作はPSVRにも対応している。モダンアートな世界観に入り込んで楽しむことができるのだ。PSVRでプレイすれば襲いかかるトラウマの重圧も数割増で重くのしかかってくることだろう。
本作のとっつきやすさはアクションが簡単なだけではなく、サクッと遊べるボリューム感にもある。エンディングまではじっくり遊んでも6~7時間程なので、ガッツリ長時間プレイする時間が無い人にも安心しておすすめできる。手軽に遊べるボリュームのおかげで、マルチエンディングであるものの周回プレイの面倒さもあまり感じない作りになっている。
ゲームの新たな時代を感じさせる、現代美術とダンスを融合させた新感覚のアクションゲーム「バウンド:王国の欠片」はPS plusに加入していれば無料でプレイ可能だ。10月3日まで無料配信中。期間内に加入してDLしておけばいつでも無料で遊ぶことができる。全く新しいゲームに触れてみたい人や、子供の頃のモヤモヤした気持ちを感じたい人はぜひこの機会に遊んでみてもらいたい。
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