インタビュー

【特別企画】1周回って“乾電池ゲーミング”に回帰したロジクールの新戦略

PMW3366比で10倍の電力効率を誇る「HERO」センサーとは一体何者なのか?

【G603】

9月21日発売予定

価格:8,750円(税別)

 ロジクールのゲーミングブランド「Logicool G」の今期の新ラインナップが9月21日に一斉発売となる。今期ラインナップの特徴は、ゲーミングでは必要不可欠とされる“性能”の向上ではなく、“使い勝手”の向上に注力していることだ。

「POWERPLAY」ことワイヤレス充電システム「G-PMP-001」。北米では品切れが続いているという
ハイエンドモデル「G900」の「G-PMP-001」対応モデルとなる「G903」
こちらは「G403」ベースの「G-PMP-001」対応モデル「G703」
初のワイヤレスゲーミングキーボード「G613」。本稿の主役「G603」とセットで使いたいニューギアだ

 6月のE3では、テクノロジーの名称を取って「POWERPLAY」と呼んでいたゲーミングマウス向けワイヤレス充電システム「G-PMP-001」は、同時発売される「G903」、「G703」と組み合わせて使用することで、ワイヤレスゲーミングマウスの唯一の弱点だった“バッテリー切れ”から永久に解放してくれる。

 この「G-PMP-001」は、ワイヤレス充電のベースのみならず、マウスパッドとしての機能も兼ねており、G240相当のクロスタイプ、G440相当のハードタイプの2枚のマウスパッドを同梱し、好みのパッドを上に敷いて使用することができる。「Logicool G」自慢のRGBライトにも対応しており、ゲーミングマウス、ゲーミングキーボード、ゲーミングヘッドセットと色やライトパターンを同期させ、セットでライトアップすることができる。初の“4デバイスによるRGBイルミネーション”を実現する究極のセットアイテムという楽しさもある製品だ。

 この「G-PMP-001」に合わせて登場する「G903」と「G703」は、ハイエンドモデル「G900」および、価格を抑えつつ「G900」と同等のトラッキング性能を実現したハイコストパフォーマンスモデル「G403」の「G-PMP-001」対応版となる。基本性能は前モデルと同一で、価格も据え置きとなっている。背面に「G-PMP-001」で充電を可能にするためのPOWERCOREモジュールを取り付けるスロットが用意されているところが大きな違いとなる。

 そしてゲーミンググレードデバイスの総ワイヤレス化を推し進めるロジクールの当然の帰結としてのワイヤレスゲーミングキーボード「G613」。その構想は以前から伝えられており、ようやく商品化までこぎ着けた。「Logicool G」の代名詞であるRGBイルミネーションをあえて廃し、反射塗料を採用するなど徹底的に省電力化を推し進めた結果、電池駆動で18カ月連続駆動を実現。さらにお馴染みのLIGHTSPEEDテクノロジーを採用し、有線よりも速い応答速度を実現している。

 「G-PMP-001」、「G903」(もしくは「G703」)、「G613」の3製品を組み合わせて使うことで、究極のワイヤレスゲーミングソリューションを提供する。その代わり価格も3製品で55,890円と、こちらも究極と言って良いが、ともあれ「Logicool G」が実現するPCゲーミング環境が、快適性をさらに向上させる方向に大きく舵を切ったことがおわかりいただけると思う。

 前置きが大変長くなってしまったが、今回発表された5製品の中で、唯一まったくノーマーク、未知の存在だったのが、「HEROセンサー」を搭載した新型ゲーミングマウス「G603」だ。そしてこの「G603」こそが、「Logicool G」ゲーミングの未来を予測する上で、非常に重要な製品となっている。

 この「G603」、とにかくユニークだ。PMW3366の登場以来、久々の新型センサーとなる「HEROセンサー」初搭載しながら、価格は「G900」の半額以下となる8,750円(税別)。「Logicool G」ワイヤレスゲーミングマウスのキーテクノロジーであるLIGHTSPEEDと、Bluetoothの2種類のワイヤレス接続に対応するほか、クリック感に優れた金属バネを採用。とにかく異例ずくめなのだ。

 そしてもっともユニークなポイントは、“乾電池駆動”であるところだ。乾電池といえば、ゲーミングマウスのワイヤレス化に際し、“重さの元凶”として忌むべき存在として扱われ、小型軽量で再充電可能なリチウムイオンバッテリーに取って代われたレガシーな存在だ。2013年に登場した最後の乾電池駆動のワイヤレスゲーミングマウスとなった「G602」はすでに日本では発売終了となっている。その乾電池モデルを、ゲーミングマウスの最新モデルで復活させるというのだ。

 ロジクール自身が全廃させたレガシーなテクノロジーを、ロジクール自身が最新モデルで復活させる。そのあまりの驚きにリリースに初めて目を通したとき「えっ?」と二度見してしまったほどだが、その新戦略について「Logitech G」ポートフォリオマネージャーのChris Pate氏に話を聞く機会に恵まれた。

新開発の「HEROセンサー」を搭載した新型ゲーミングマウス「G603」

「Logitech G」ポートフォリオマネージャーのChris Pate氏
これが「G603」。形状は「G403」、「G703」と同じ
LIGHTSPEED、POWERPLAYに続く、第3のワイヤレス向けテクノロジーとなるHERO
これがHEROセンサー
現行のトラッキングセンサーの性能と電力効率から見た位置づけ。HEROは突出した電力効率を誇ることがわかる

 コアなロジクールファンはご存じかも知れないが、「Logicool G」の製品名は、一定の規則が存在する。3桁目がグレード、2桁目が製品種別、1桁目が世代。その命名規則に基づいて「G603」を解読すると、ミドルレンジのゲーミングマウスの3世代目となる。すなわち、この「G603」は、新型センサーを初搭載したモデルでありながらハイエンドモデルではないのだ。なぜハイエンドではなくミドルレンジなのかというと、「それをユーザーが求めているからだ」とPate氏は語る。

 ロジクールが実現したワイヤレスゲーミングの世界は、光学式センサーPMW3366を採用し、業界最高性能を実現しながら、ワイヤードよりも応答速度が速く、バリエーションも豊富で、バッテリー寿命も長く、「G-PMP-001」によって無限のバッテリー寿命まで実現した。一見無敵に見えるが、唯一にして最大の弱点は“高い”ことだ。

 Pate氏は、「POWERPLAYベースで約19,000円、G903で約21,000円。ロジクールの製品が良いものだという強い信念がない人にとって、ゲーミングデバイスに40,000円投資するのは難しい。よって、これらは全ゲーマー向きのギアとは言えない」と率直に語る。

 なぜワイヤレスゲーミングマウスが安くできないかというと、それらを実現するための個々のコンポーネントが高いからだ。PIXARTと共同開発したセンサーPMW3366は、業界最高水準の性能を実現している反面、価格も高いとされる。また、軽量化のキーコンポーネントとして導入されたリチウムイオンバッテリーも高い。

 こうした“高さ”をひとつひとつ見直した結果、ワイヤレスゲーミングマウスの価格を大胆に下げるためには、性能と電力効率の両方を兼ね備えた新型センサーが必要不可欠との結論に至った。そうして企画されたのが「HEROセンサー」となる。

 「HEROセンサー」の企画の着手そのものは、PMW3366の代表作であるG900の登場より少し前の約2年前からだという。というのは、「HEROセンサー」は、現行のPMW3366の延長線上のテクノロジーではなく、ワイヤレスゲーミングマウスの元祖である「G602」で採用されていたM010の延長線上にあり、同時平行して開発が進められていたのだ。

 M010は新型センサーのPMW3366に性能で大きく劣り、役目を譲り渡すことになってしまったが、M010の強みは電力効率の高さだったという。この電力効率の高さという点においては、現行のどの光学式センサーよりも優れており、M010をベースに、アーキテクチャの効率化、最適化を図った上で完成したのが「HEROセンサー」となる。

 ネーミングの由来は“High Efficiency Rating Optical”の頭文字から来ており、文字通り高効率の光学式センサーとなる。その電力効率は、PMW3366比で8~10倍、電力効率に優れるM010比で2~3倍。それでいて性能はM010の3~4倍を確保し、後継センサーとなったPMW3366と同等の性能を実現したという。

乾電池に回帰した理由は「それをユーザーが求めたから」

乾電池を採用した最後のワイヤレスゲーミングマウス「G602」(2013年9月発売、生産終了)。実は歴代2位の人気を誇る大ヒット商品だ
「G900」に搭載されているリチウムイオンバッテリー。750mAh、3.7Vの性能を備えある
ゲーミングマウスとして史上最軽量を目指した「G900」だったが、軽すぎてしまったようだ
中を開けると乾電池が。懐かしさすら感じる風景
背面には、HI、LO、OFFを切り替えるスイッチと、PC向けのLIGHTSPEEDと、スマートデバイス向けのBluetoothを切り替えるボタンが付いている

 次にリチウムイオンバッテリーについては、内蔵バッテリーを外す選択をした場合、残る選択肢は、「G700」のような交換型バッテリーに戻すか、「G602」のような乾電池駆動にするかの2択となる。

 交換型バッテリーの選択肢は最初からなかった。なぜなら価格の面でも、電力効率の面でも明らかな後退になるからだ。残るは乾電池だが、これには実はユーザーの支持があったという。「G900」や「G403」は、「軽すぎる!」というフィードバックが多かったことだ。

 「G900」は、スイス本社レポートでもお伝えしたように、1g単位で軽量化が追求され、Logicool Gシリーズ史上最高性能と最軽量が同時に追求された。しかし、PCゲーマーは必ずしも「G900」が実現した軽さを“ベスト”とは評価しなかったのだ。そこで「G603」では大胆にも乾電池への原点回帰を果たす。ロジクールが推進するワイヤレスゲーミングにこだわり続けるために、日本では全廃された乾電池を復活させたのだ。

 こうしたドラスティックな方向転換の結果、「G603」はワイヤレスゲーミングマウスでありながら8,750円(税別)という、ワイヤード並の突出した安さを実現しつつ、「HEROセンサー」採用によるPMW3366と同等の12000dpiのトラッキング性能と、10倍のバッテリー駆動時間を得ることに成功した。

 バッテリー駆動時間については、具体的にはアルカリ乾電池2本で500時間の連続駆動が可能。ロジクールでは1日20分程度使用したと仮定して6カ月持つ、としている。しかも電池1本でも駆動する。1本でも乾電池にパワーが残っていれば動かすことができるわけだ。

 さらに、背面のスイッチをローモードに切り替えることで、その3倍となる1,500時間の駆動が可能で、同様の計算式だと18カ月も持つ計算になる。乾電池駆動の最後のモデルとなった「G602」は通常時で250時間、スタミナモード時で1,440時間という長時間駆動がウリだったが、その長時間駆動が再びワイヤレスゲーミングの世界に帰って来たことになる。

 この「HEROセンサー」が楽しみなのは、「G603」以外、すなわちミドルレンジ以外への採用だ。ハイエンドモデルである「G90x」シリーズに採用されたり、コアゲーマーに愛用者が多い「PRO」で採用されれば欲しいという人も多いだろうし、32時間という長いようで短いリチウムイオンバッテリーの連続駆動時間から解放され、ついついバッテリー切れを起こしてしまう機会も減るはずだ。

 「HEROセンサー」の今後の展開について尋ねると、「未来の話はできないが、『HEROセンサー』は大変優れた性能のセンサーなのでミドルレンジに限定するつもりはない。引き続き『HEROセンサー』を使ったマウスを市場に投入していきたい」ということだ。

 その一方で、乾電池に全面回帰するかというと、さすがにそういうわけでもないようだ。「ハイエンドモデルに乾電池は考えにくい。乾電池を採用したのは安価であるということと、アルカリ乾電池で動作するワイヤレスゲーミングマウスを作りたかったこと。ハイエンドモデルは、今後もリチャージャブルであり、電力供給の信頼性も高いリチウムイオンになると思う」と述べてくれた。

 最後に聞きにくい質問をしてみた。スペック上はPMW3366と同等を謳う「HEROセンサー」だが、その設計思想もベースも異なる両センサーがまったく同じ性能と言うことは考えられない。何が違うのか、劣っている部分は本当にないのか?

 この質問にPate氏は、少し沈思した後「確かに最大スピードはPMW3366よりわずかに劣る。ただ、450ipsか440ipsかというレベルの違いで、普通の人間が200ipsを超える速度でマウスを動かすことはないため、“ほぼ同等”と言えると思う」と答えてくれた。

 今回、「HEROセンサー」の採用で、高性能化から省電力化へと大きく舵を切ったロジクールだが、もはやゲーミングマウスの性能向上はないのだろうか? この質問に対するPate氏の考えは明快だった。

 「ここまで来ると性能の高いセンサーは意味がない。意味があるとすれば効率化、省電力化の方向性で、仮にPMW3366を時間とコストを掛けて性能向上を図ることはできると思うが、それは賢い判断ではないと思っている。それは言い換えれば、PCのオーバクロックの世界で、液体窒素による冷却で7GHzを達成したといっているのと同じ事で、普通に使える5GHzと、液体窒素で可能になる7GHzだったら、私は5GHzを選ぶだろう。そして何よりゲーマーも、明確に違いの分かる効率化の方向を求めていると思う。将来のことは話せないが、4年前にPMW3366が登場して市場を開拓し、そして今「HEROセンサー」が生まれた。今後4年先の予測は難しいが、「HEROセンサー」が新たな市場を開拓していくことは間違いないと思う」。

 PMW3366でゲーミングマウスとして史上最高性能を実現し、「G900」でワイヤレスゲーミングマウスの市場を切り開いた。次の一手が、“乾電池ゲーミング”になるとは、長年同社を取材している筆者もまったく予測が付かなかったが、実際に取材してみて、非常に合理的な判断で、乾電池を復活したことが理解できた。Pate氏の日本のPCゲームファンに対するメッセージで本稿の締めくくりとしたい。

 「日本には2000年から17年来ているが、来る度にPCゲーミングの関心が高まっていて素晴らしいことだと思っている。国際的な競争力も高まっているし、我々に対する厚い支援にも感謝したい。我々のミッションは、すべてのゲーマーにとってのワイヤレスゲーミング体験を強化し、常に最高のパフォーマンスを提供することだ。我々の製品で皆さんのゲーミング体験がより豊かになることを願っている」。

【USBリチウム乾電池】
個人的に乾電池使う機会がなくなっているため、どの乾電池が最適なのか尋ねたところ、Pate氏はニヤッと笑ってUSBタイプのリチウム単三電池を見せてくれた。1200mAhの容量を持ち、2,000回充電できる