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日本の国富を育てる「遊び部屋」とは? 登大遊氏基調講演レポート【CEDEC2026】

【CEDEC2026】
開催期間:7月22日〜7月24日
会場:パシフィコ横浜 ノース/オンライン

 日本の国富のためには、「遊び部屋(ガレージ)」が必要だ。

 ゲームに関する技術や知識を共有する国内最大級のカンファレンス「CEDEC2026」において、登大遊(のぼりだいゆう)氏による基調講演、「世界に普及可能なコンピュータやネットワーク技術の生産手段の確立」で終始主張されたのは、要約するとこの一言だ。

 登氏は、自ら起業したソフトイーサ株式会社のソフトウェア技術研究経営者であり、独立行政法人情報処理推進機構 (IPA)の サイバー技術研究室長、筑波大学客員教授、NTT 東日本本社特殊局員など数多くの肩書を持つ。

 本講演はゲーム開発に直接の関わりはないものの、「将来の日本のGDPを上げるには、今何をすべきか」という日本に住む我々すべてが直面している課題について、ある解答を提示するものだった。

 本稿では講演の内容を一部抜粋して紹介する。なお、「CEDEC2026」での講演はオンライン配信も実施されている。リアルタイムで視聴ができなかった人でも、受講登録を済ませている人であればタイムシフト配信を利用可能(利用可能パス:レギュラーパス、オンラインパス)。タイムシフト配信はセッション終了後に公開され、会期終了後でも8月3日10時まで視聴できるので、ぜひ利用していただきたい。

□「CEDEC2026」タイムテーブル / セッション一覧のページ

【講演者プロフィール】

日本の企業や行政機関等のテレワークシステムや、世界中で1,000万ユーザーに利用されているSoftEther VPNなどのセキュリティソフトを開発しているソフトウェア技術研究経営者。2004年に筑波大学在学中にソフトイーサ株式会社を起業 (現役)。2017年に博士(工学)を取得。2017年から筑波大学産学連携准教授、2022年から客員教授 (現役)。2018年から 独立行政法人 情報処理推進機構 (IPA) サイバー技術研究室長、2024 年からシニアエキスパート (現役)。2020年から NTT東日本本社特殊局員 (現役)。

日本の課題、IT人材は多いのに基盤技術を構築できる人材や環境が不足している

 話の起点となるのは「年間社会的便益(ASV)」という考え方だ。これはオープンソースのような無償で提供される技術でも、それがあることで社会全体が受ける便益を利益として計算した金額で、例えば登氏の会社が筑波大学と共同開発した「SoftEther VPN」というオープンソース型のVPNソフトウェアのASVは411億円~610億円と算出されている。

 また、まつもとゆきひろ氏が開発したプログラム言語「Ruby」や、坂村健氏をプロジェクトリーダーとして開発されたOS「TRON」や、古橋貞行氏によって開発されたオープンソースのデータコレクタ「Fluentd」など、IT技術の重要なインフラとして機能しているソフトウェアは、それぞれのASVを「Ruby」が1.3兆円から2.7兆円、「TRON」が1,086億円から1,100億円、「Fluentd」が500億円から2,160億円と算出されている。

アメリカ、中国、ヨーロッパ、日本の国富系勢力の差。どんどん差が広がっている

 1人から少人数のチームが開発するソフトウェアでも、兆というケタ違いの価値を生み出すことができるのは、その価値が無限大にスケールする性質のものだからだと登氏は語った。だが、海外に目を向けるとPython(11.4兆円~21.0兆円)、Linux(カーネル部分のみ、8.7兆円~9.7兆円)などまさにケタ違いの価値を生み出している。

 日本の問題の出発点は、これらデジタル基盤の製品やサービスを生み出せる人材が少ないこと、そのためにこうした価値を無限にスケールできるような基盤技術が生まれないことだ。

アメリカ、中国、ヨーロッパ、日本の企業人材の比率。日本はコンサルタントなどデジタル支援サービスに偏っている

今後発生が確実視されている技術者不足。日本人技術者の育成は急務

 自国に技術がない場合、自国で技術者を育成して技術を開発する必要があるが、日本では基盤技術を他国から購入して、その上で動くサービスを作る場合が多く、クラウドサーバーのようなより基礎的なインフラを構築する人材が育っていない。これは、データの保管場所や管理運営の権限を自国内に置く「ソブリンクラウド」など、安全保障に関わる事項に支障をきたすことになる。

 政府は以前から危機感を抱いて、関連した政策を進めているが、まだ十分な結果は出ていない。

 アメリカでは2005年ごろにコンピュータ系の博士(PhD)を取得する人が急増し、その人材が現在の技術を支えている。しかし、2014年頃から人材がAI分野に流出する傾向が顕著になり、現在はインフラの維持が困難なほどに人材が不足しつつあるという。

アメリカの人材はAI業界に流れていることが博士(PhD)の取得状況からも伺える

 逆にそんなアメリカの傾向を見た中国は2016年以降、国策としてIT人材の育成に力を入れている。現在アメリカのインフラに頼っている日本も、今後到来する技術者不足を国内で補える人材の育成が急務となっている。

なんでも許される研究と試行の空間「ガレージ」が必要

 だが、日本では「順番を間違っている」と登氏は指摘する。本来はまず小さなサービスを作ることができる人材を増やす、その人材が集まって巨大な価値を生み出すサービスを開発する、そのサービスがスケールして会社に利益を還元する、という段階を踏むべきであるのだが、日本では人材の育成環境がないままに最後の会社利益だけを求めている。

 ではどうすればいいのか? 必要なのは、フルスタックで自分で作ってみることができる、気軽で楽しい環境を用意することだという。登氏はそれを「遊び部屋」、または「ガレージ」と呼んでいる。ガレージには、小規模な技術開発が可能な物理的なスペース、支援体制が必要だ。

人材を育成するための「ガレージ」とは?

 「Yahoo!」はスタンフォード大学のサブドメインを使って構築したサーバー「akebono(曙)」から生まれた。「Google」は同じスタンフォード大学でIntel社からもらってきたPCと、大学のサブドメインを使って大学院生が作った検索エンジンサーバーから生まれた。

 うんざりするほどセキュリティが厳しい現在は、大学でも企業でも勝手にサブドメインを作ってサーバーを構築することが到底許容されるはずがない。それなら、学内や社内とは切り離した何をやってもいい環境を用意すればいい。「電子メール」や「GitHub」、「WordPress」など現在のIT環境の基盤を支えている技術の多くは、こうした「ガレージ的環境」から生まれてきている。

関東平野は広すぎる、筑波大学から慶應SFCへUSBを運行!

 シリコンバレーでは狭い範囲に有名企業が集中している。この距離が交流を生み出し、その中から新しいものが生まれる。 関東平野はこの交流を生み出すには広すぎると登氏は言う。そこで、筑波大学では慶應SFCと交流するためのUSB(University Serial Bus)を運行した。名前はもちろん「Universal Serial Bus」をもじったものだ。

 19人の学生がサーバーや荷物、お土産や特産品をバスに積み込んで片道2時間半の慶應SFCに行き、そこで17人の慶應生たちとバーベキュー、技術討論会、ゲーム大会(これが極めて重要だそうだ)、そして学内の宿泊スペースに一緒に泊まり、深夜まで論議するという得難い体験をしたのだという。

筑波大学と慶應SFCとのUSB交流

 話を聞いているだけでも楽しそうで、いかにもそこから何かが生まれそうな気配がする。登氏は、大学間はもちろん、公共や民間企業も協力して、組織の壁を曖昧にして、連携の名目で楽しく遊んで交流するとともに、現有資産を活用して共同技術研究を行なうことで、関東地方でもシリコンバレーのように産業を形成し、それが国富へとつながるのではないかと提案した。

 質疑応答では、このようなガレージ環境をどうすれば構築できるかという質問に対して、「これを正当化することが大事、正当化とは『化』という文字が付いている通り、そうじゃないものをそういうことにしてしまうということ。そのためのテクニックはアリストテレスの著作にだいたい書いてある」とジョークを交えつつ回答していた。

 現状に対する辛口な批判からは、日本が世界に対して立ち遅れてしまっていることへの悔しさが滲んでいるように感じられた。個々では正解を持っていても、なかなかそれが社会全体に波及しないのが日本の特徴でもある。そんな中でもゲーム業界は、比較的「ガレージ」的な空間を構築しやすい業界ではないかと登氏は何度も言及していた。

 今回語られたのは、基幹のソフトウェアについてだが、ゲーム業界でいえばゲEpic GamesのUnreal Engineのような汎用のゲームエンジンを自ら生み出そうとする試みのようなものだ。そうした探究心をどこまで会社や社会が支援していけるかに、今後のゲーム業界、そして日本の命運がかかっているのではないかと強く感じた講演だった。