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【GDC 2019】モバイルゲームの傑作「Florence」は3Dパズルのはずだった?!

プレイ時間30分でも届くものは作れる! 試行錯誤から得た経験を開発者が語る

【GDC 2019】

3月18日~3月22日(現地時間) 開催

会場:Moscone Center

 2018年にリリースされたモバイル用インタラクティブ・ストーリーブック「Florence」。日常に行き詰まる25歳の主人公、フローレンス・ヨーのある恋の物語が、コミックのようなビジュアル遷移と簡単なパズルによって進行する。特にストーリーテリングで高い評価を受けている、モバイルゲームの傑作だ。

 GDC 2019では、本作を開発したオーストラリアのデベロッパー、Mountainsの講演があった。登壇したのはクリエイティブディエレクターのKen Wong氏。Ken氏は、かつて大ヒットしたパズルゲーム「Monument Valley」(ustwo)のリードデザイナーを務めた経験を持つ。「Monument Valley」を開発後、独立したKen氏はどうやって「Florence」にたどり着いたのか。その過程が語られていった。

 なお講演の内容には、ネタバレを含む部分も登場する。「Florence」をまだプレイしていないという方は、注意していただきたい。

MountainsクリエイティブディエレクターのKen Wong氏
【FLORENCE | Launch Trailer】

3Dのパズルを作る! と決めたはずが……

 Ken氏は「Monument Valley」の経験から、モバイルゲームの難易度は高くなくてもいいし、短くてもいいと考えていたという。ただし開発は失敗の繰り返しで作られていった。

 「Florence」の開発にかかった期間は、合計で22カ月にも及んだ。2016年5月から開発に取り掛かり、リリースしたのは2018年2月。相当長い道のりだったわけだ。

「Florence」の開発期間

 というのも、そもそもKen氏の頭には「3Dオブジェクトをタッチで操作するもの」という構想が頭にあった。最初は「Monument Valley」の発展形のようなもの、次は人間の頭をパズルにしたものなどを作ってみたが、どうもしっくりこない。そこで人間関係をテーマに、ストーリー要素を盛り込んだ「3Dジグソーパズル」ができないかと検討を始める。

3Dオブジェクトを操作するパズルのプロトタイプ

 この検討期間には6カ月かけたが、3Dではストーリーを表現するアニメーションが難しかったため、泣く泣く断念することに。そこでKen氏は、「ストーリー要素を盛り込んだパズル」というコンセプトはそのままに、3Dから2Dへと方針を切り替えた。

 パズル部分はシンプルにすることを心がけたというが、アイデアを練るうちに、いわゆるジグソーパズルではないパズルのアイデアも出てきた。そこでゲームのコンセプトを「違う仕掛けのタッチ操作を通して、人間関係を語っていく」と改めて設定。大まかな完成まで9カ月、さらにリファインに7カ月かけて、ようやく「Florence」が世に出されることとなった。

ストーリーを語る、2Dジグソーパズルというコンセプトに

リアリティを感情を生む様々な仕掛け

 「Florence」では主要人物2人の造形に非常に力を入れている。中国系のフローレンス、インド系のクリシュ。2人の家族の描写はKen氏の家族や周囲の人たちからヒントを得ている。2人は肌の色も顔の作りもまったく違うが、移民を多く受け入れてきたオーストラリアではこうした風景は日常だという。本作に妙にリアリティがあるのは、Ken氏の実体験がそのまま活かされているからだろう。

「母親に彼氏の情報を言わない」などのフローレンスの行動は、実体験から来ているという

 もうひとつ、本作では言葉や声での説明がほとんどない。その代わり、音楽で「言葉を語っている」のだという。チェロの音はクリシュの声を表わし、ピアノの音はフローレンスの声を表わしている。本作をプレイする際、2人の「声」に注目すると味わいがさらに深まるのではないだろうか。

本作では音が重要な語り部となっている

 本作のパズル自体は簡単なものだが、その分感情を想起させるようなものになっている。たとえば歯磨き。インタラクションとしては歯ブラシを左右に動かすだけだが、ここで「歯磨き」という1つの話が進む。

 またフローレンスとクリシュの距離感をジグソーパズルで表現する場面もある。出会ったばかりのフローレンスは7ピースのパズルの完成で言葉をようやく発するが、会話が進むに連れてピースは減り、最後は1ピースのパズルになる。つまり、「仲良くなってコミュニケーションがスムーズになった」という関係性の変化を、ジグソーパズルの難易度で表わしているわけだ。こうしたいくつものアイデアが重なって、「Florence」はできあがっている。

「Florence」で実践されている「簡単だが感情が呼び起こされるパズル」の一例

 ちなみに賛否あるエンディングについては、プロトタイプの時点では「30年後に2人が再会する」というものを用意していたそうだ。しかしエンディングでは、フローレンスはポジティブな女性になっている。だからこそこのシーンをあえて外し、フローレンスが2人の写真を笑顔で眺める描写を入れたそうだ。

幻の「再会エンド」

 Ken氏は「Florence」のゲーム開発を通して、ゲームの仕組みは感情はアイデアを呼び起こせること、ストーリーを語るために必要な仕組みは何でも使うこと、ゲームの長さは必要なだけでいいこと(短くてもいい)を知ったという。こうした思いを貫くのに、「Papers, Please」や「Gone Home」といったインディーゲームの先人たちからも勇気をもらったとした。実際、「Florence」はプレイ時間にして30分程度だが、評価も実績も非常にいいものになっている。

 ちなみにプレイした人のパターンとしては、カップル、別れたばかりのカップル、意外にも子供などが多いという。また男性がプレイするとしばしば泣いてしまう、とも話した。

 Ken氏は「有料アプリは難しい」とするものの、短いプレイ時間でも感情を呼び起こすデザインをしっかり入れることで成功した興味深いゲームだ。「こうしたナラティブのテクニックを、好きなだけ使ってください」という言葉を添え、講演を締めくくった。

開発中に描かれたコンセプトアートワーク
中国では本作に影響を受けた「A Gay's Life」というゲームが作られた。こうした影響が1番嬉しかったという