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【特別企画】ベストセラーを続ける「MSVジェネレーション」の真実とは?
「MSVという類稀なるムーヴメント」をゼロから紐解く歴史解説書
2018年8月31日 11:00
もう3カ月以上前の話になるが、5月17日に「MSVジェネレーション ぼくたちのぼくたちによるぼくたちのための「ガンプラ革命」」なる書籍を太田出版より発行させていただいた。GAME Watchでは同書籍の出版記念トークショーの告知記事を紹介したが、編集部から「書籍そのものをもう1度きちんと掘り下げてみないか」という好機をいただくことができたので、筆者自ら、なるだけ俯瞰視点にて「MSVジェネレーション」について綴ってみようと思う。
モビルスーツバリエーション、その頭文字を取って「MSV(エムエスブイ)」と命名されたバンダイ ホビー事業部(現:BANDAI SPIRITS ホビー事業部)によるこのプラスチックモデルシリーズ=ガンプラは、1983年3月にシリーズNo.1である「1/144 MS-06R ザクII(黒い三連星仕様機、俗称ゼロロクアール)」がリリースされた瞬間から大ヒットを記録。
1981年3月の劇場版「機動戦士ガンダム」公開をきっかけに生じた、当時社会現象レベル状態にあったリアルロボットアニメーションとそのプラスチックモデルの一大ブーム内において、1983年3月から同ブームが終焉を迎える1984年中盤までの約2年間、シーン全体における牽引役としての重大な任務を担っていくこととなった。
ただし、その後も連綿と続いていくことになる他のガンプラシリーズとMSVが大きく異なっていたのは、そのバックボーンに映像媒体が一切存在しないという特殊性と、ザクやグフ、ドムといった既存モビルスーツのバリエーション機しか設定(デザイン)してはいけないという足枷的な規約、さらにガンダムシリーズのアニメーション制作会社であるサンライズが企画を主導していたわけではないという点にあった。書籍「MSVジェネレーション」は「MSV」がいかに生まれ、この「ガンプラ革命」がいかに展開していったかを語っている。
MSV現象とはいったいなんだったのか? それを29年後に紐解く行為
劇場版「機動戦士ガンダム」3部作の完結編たる「めぐりあい宇宙編」の公開が1982年4月に終了しても、ガンダム&ガンプラの人気は天井知らずの状態が続いていた。しかしそのころすでにバンダイは、ガンダム劇中に登場する人気の高いモビルスーツやモビルアーマーをほぼすべて製品化し切ってしまっており、結果、地球連邦軍側のサラミスやマゼランといった軍艦はもとより、ジオン軍側のアッザムなどというニッチを通り越した泡沫アイテムまでをも製品化せざるを得ない状況へと達していたのである。
もっとも、劇場版「機動戦士ガンダム」関連の出版に対しファーストプライオリティーを有していた講談社は、劇場版「機動戦士ガンダム」3部作第1作目公開直後に「劇場版 機動戦士ガンダム アニメグラフブック」なる重要な書籍を発売していた。その巻頭ピンナップには、ガンダムのメカニカルデザイナーである大河原邦男が同書籍用に描き下ろした、MSVの前身となる“ザクバリエーション”4種が掲載されていたのだ。そしてこの仕掛け人こそが、当時出版業界内では「天才編集者」と呼ばれ、つとに有名な人物であった安井尚志であった。
その後も安井は講談社の書籍を使い、大河原の手によるモビルスーツのバリエーションを多数描き下ろさせていくのだが、まさに「シンクロニシティ」と称すしかない現象が生ずる。1981年8月、ガンダムワールドを本格的なサイエンスフィクション視点にて分解~再構築した歴史的名著「宇宙駆ける戦士達 GUNDAM CENTURY」(俗称ガンダムセンチュリー)が、みのり書房より発売されたのだ。
同書籍はガンダム本編の脚本とSF考証を担当していた松崎健一や、その後「超時空要塞マクロス」で時代の寵児と化す“スタジオぬえ”の宮武一貴や河森正治などが企画を手がけたある意味での「トンデモ本」で、活字のみではあるが同書籍内でザクのバリエーション機が詳細に設定された。安井(とその関連スタッフ)はこの設定をフル活用し、講談社の書籍にて発表した大河原のザクバリエーションをガンダムセンチュリーの世界観に当てはめていくこととなった。
こうしてサンライズ制作による劇場版「機動戦士ガンダム」3部作本編やバンダイのガンプラとは完全な別チャプターとして、書籍の世界を通じ、MSVの始祖的存在は膨大なエネルギーを放ちながら黙々と育まれていった。そしてガンプラの「弾切れ(=人気の高いモビルスーツやモビルアーマーがすでに製品化されてしまった)」が近付きはじめたことに伴い、ガンプラファンたちの熱視線は至極自然とMSVの始祖的存在に対し向けられていくのだ。
「……こんなに格好よいザクバリエーション、その中でも抜群にイカした黒い三連星のゼロロクアールまでもがすでにデザイン化されているのだから、バンダイはそれを製品化すればいいじゃないか!」という具合に──。そして前述したように、(実際には、その後多大な紆余曲折や高次元に基づく政治的戦略を経て)MSVはその製品化をスタートさせるに至ったのである。
当時高校1年生という年齢、つまり、キャラクタービジネスにおけるマーチャンダイジングの仕組みが一定以上理解できる年齢にあった自分の瞳には、こうした一連の流れがとにかくエキサイティングに映った。いま現在のようにキャラクタービジネスに関する道筋がきちんと整備され舗装路となっているような状況ではなく、誰がどう見ても獣道にしか見えなかった藪の中へ割って入っていった猛者たちが偶然にもその途中で邂逅を果たし、アニメーション制作会社やプラスチックモデルメーカーの外部に属した人々がムーヴメントを構築していくというその革新性。
さらに言えば、大河原がメカニカルデザインを担当し、バンダイのライバルたるタカラ(現タカラトミー)が製品化を担当した「太陽の牙ダグラム」(1981年10月~)をはじめ、イマイとアリイというライバルメーカーが呉越同舟状態でバンダイ&タカラに勝負を挑んできた「超時空要塞マクロス」(1982年10月~)、「機動戦士ガンダム」と同じ富野由悠季監督による「戦闘メカ ザブングル」(1982年2月~)や「聖戦士ダンバイン」(1983年2月~)という強力なライバルたちをもってしても、すでに劇場版3部作が完結した「機動戦士ガンダム」とガンプラの人気はトップの座を譲ろうとしないその圧倒的なまでの力関係の差!
つまり、「ネクストガンダムはガンダム以外の新たなリアルロボットアニメーションではなく、仮にバックボーンとなる映像媒体を持たなくとも『機動戦士ガンダム』のスピンオフ作に位置するMSVしかあり得ない」という超現実主義をまじまじとリアルタイムで見せつけてくれた存在、それこそがMSVであったのだ。
が、それだけ革新的かつ画期的な存在であったMSVだが、MSVの設定画イラストやボックスアート(パッケージイラストレーション)、プラスチックモデルの完成品写真や機体解説などが収録されたビジュアル資料集こそこれまでに何冊も出版されてきたものの、「MSVという世にも稀な一大事件」をジャーナリズム視点に基づくドキュメントとしてまとめ上げたルポルタージュはこれまでに1度として発売されたことがなかったのだ。
筆者からすればそれは非常に奇異なことに思えたのだが、どうやらプラスチックモデルの世界はそれに対しとくに何も感じていないらしい──それって、どう考えてもおかしくないだろうか? あのとき生じたムーヴメントの意味合いをゼロからきちんと紐解き活字としてまとめておかないと、やがてそれは、うろ覚え状態のまま悪い意味で都市伝説化(風化)し終わってしまうのではないか?
こうしたある種の危機感がいよいよ募りに募ってしまった結果、「ほかの誰かがきちんとドキュメントとしてまとめてくれるのであれば別にそれでも構わないや」と考えていたMSVという対象に対し、自ら襟を正し真正面から向き合うことに繋がっていったのである。某所へこの書籍化企画を最初に持ち込んだのは2013年8月だったので、いまからすでに5年前、MSVシリーズの製品化終了から29年後の話ということになる。
「……そういうことだったのか!」 原稿執筆を通じ得た衝撃の数々
本書を執筆するにあたりまず最初に取り掛かったのは、自分の頭の中に存在している曖昧な記憶を1度消去する意味も込め、当時出版されたMSV関連の雑誌や書籍をすべて収集し直し、それらを時系列でExcel文書に打ち込んでいくというひたすら地味な作業であった。そしてそこに、当時生じた社会的なトピックや事件、ヒットした映画やレコード、MSV以外のリアルロボットアニメーションとそのプラスチックモデルの放映年月や製品発売日などをガイドラインとして打ち込んでみたところ、「……なるほど、あのときのアレはそういう意味だったのか!」という感じで当時は気付くことができなかった、散り散りに感じていたMSVの真実が数珠繋ぎ状態ではっきりと見えてきたのである。
たとえばMSVが製品化へ至ったムーブメントを支えていたのは、当時高1だった筆者はバンダイが発行していたバンダイ製品情報誌「模型情報」だと完全に信じ込んでいたのだが、実際には、ガンプラに超特化した児童漫画雑誌「コミックボンボン」(講談社刊。ちなみに当時の発行部数はなんと50万部!)であった。もちろん模型情報の果たした役割も大きかったのだが(何せ、模型店流通と通販のみで10万部も売り上げていたのだから)、しかしコミックボンボンにのめり込んでいた小学生がMSVに対し入れ食い状態でハマってくれたことと、コミックボンボンと模型情報その双方におけるMSVの仕掛け人が同一人物=安井であったことがとにかく大きかった。
さらに、当時まだ大学生であった小田雅弘、現バンダイ社員の川口克己、高橋昌也らを擁した敏腕モデラーユニット“ストリームベース”や、模型情報の編集長であった加藤 智(故人)らがそれぞれ有機的な活動を展開し(サッカーにたとえるならば「皆が暗黙のうちに“第3の動き”を積み重ねることで続々とゴールが量産されていく」感覚か?)、MSVは「バックボーンに存在するのは戦史や機体解説のみで、映像媒体が存在しない」というある意味とてつもないウィークポイントを埋めてなお余る人気を博したのである。
そして、それらをなるだけ過大評価することなく、同時になるだけ矮小化することなく俯瞰視点にてまとめ上げたのが「MSVジェネレーション」というA5判型書籍の「正体」だ。結果、巻頭と巻末にはMSV史を可視化するためのカラーページを29ページほど設けたものの、ビジュアルが最低限しか掲載されていない白黒印刷の本文ページが約230ページにも及ぶ完全な「読み物」と化し、もちろん最初からそれが狙いであったものの、「プラスチックモデル企画が成り立った背景を紐解いたジャーナリズム視点に基づくドキュメント」に初めて触れた人からは当然のように拒否反応を示され、Amazonのブックレビューなどは賛否両論が吹き荒れる完全なカオス状態と化している(ただし幸いなことに売り上げは絶好調で、本体価格2,700円(税別)という高額書籍ながらすでに3刷りにまで突入している)。
もっとも、じつはそうした賛否両論を吹き起こすことも同書籍を発刊しようと思った目論見のひとつでもあり、「MSVジェネレーション」には「とある商品企画が成り立った背景を紐解いたジャーナリズム視点に基づくドキュメント系書籍をホビーの世界にも根付かせたい」という思いが込められていると解釈していただければ幸いに思う。もしもこの方法論が成立する世の中が訪れれば、筆者にはまだまだ書きたい……いや、「書かなくてはいけないこと」がまだいくつも残されていると自分的には思うのだ。