【特別企画】
【特別企画】「あの秋山徹郎」が企画を手掛ける革新的なプラスチックモデル
3D技術を最大限導入した「プリプラ」とはいかなる製品なのか?
2019年3月1日 12:00
「じつはすでに密かなブームが生じはじめいている」とまで言ってしまうとさすがに大げさな表現になってしまうが、昨年11月に発売された、ちょっと不思議なプラスチックモデルが一部で注目を集めている(実際に、すでにそれなりの数が売れているという)。
ホビー専門店「あみあみ」にて先行販売されはじめた、「フィギュアのごはん Vol.1」価格1,500円(税別)という塗装済み1/12スケールキットが「それ」だ。
これは、エムアイシーという企業が発売した「プリプラ」なるシリーズ企画の第1弾商品「フィギュアのごはんVol.1」。このプリプラがどのように「ちょっと不思議」なのか、そして、同商品がじつは驚くべき革新性を有しているという事実をきちんとお伝えしたいため、今回、エムアイシーがプリプラ事業を立ち上げるにあたり設けた製造部へ足を運び、最重要機密以外のすべてを徹底的に潜入取材させていただくことにした。
プリプラとは、いったいどういうプロダクトなのか?
それでは以下に、プリプラの革新性について詳細に説明してみよう。
近年における通常のプラスチックモデルを成型する金型は、3D CAD/CAM(3Dデータを活用したコンピュータ援用設計/製造)を用い、マシニングセンタという、目的に合わせフライス削り、中ぐり、穴あけ、ねじ立てなどの異種加工を1台で行なうことができるコンピュータ数値制御工作機械にて製造する。簡単に言えば、3D CAD/CAMとマシニングセンタをリンクさせ、3Dデータを鉄製の四角い金型に「彫り込んでいく」わけだ。
対して「プリプラ」の金型製造方法はこれとはまったく異なり、ソディック製OPM250Lという精密金属3Dプリンターを使って金型を「3Dプリントしていく」のである。「鉄の金型を彫り込んで凹凸を形成する」のではなく、「ステンレス粉にレーザー加工&高速ミーリング加工を同時に施し0.05mmピッチで硬化させていくことにより、凹凸のある3Dデータ形状どおりにステンレスを積層していくことでいきなり金型に仕立て上げてしまう」というのだ。
「……お~い!? 何を言っているんだかさっぱりわからないぞ!」という方もいらっしゃるかと思うので、プリプラの概要を以下に再度にまとめてみたい。
※※※※
1: まずは3Dソフトを駆使し、PCにてフィギュアをモデリングする
2: 3Dデータとしてモデリングされたフィギュアを金属3Dプリンターで成型できるようにパーツ分割し、ランナー内にパーツを配置し3Dデータをデザインし直す
3: ランナー配置されたフィギュアの3Dデータを、金属3Dプリンターを使い金型製造する(ちなみにOPM250Lは相当な高性能機で、プリント時に等高線=ギザギザな成型線がほぼ生じないため、金型として仕上がったあとに金型の表面を改めて磨く必要がないという)
4: 3Dプリントでできあがった金型を成型機にセットし、プラスチック樹脂を射出成型する(これは通常のプラスチックモデルとまったく同様の工程である)
5: 射出成型されたプラスチックモデルのランナーをインクジェットプリンターのジグ(固定枠)にセットし、インクジェットプリンターにて、プラスチックパーツに直接フルカラー印刷する
※※※※
と、まあ、こんな工程を用いて製品化されているのだ。
プリプラの可能性と、「進むべき道」はどこに存在するのか?
……というわけで超駆け足でプリプラの説明をしてきたが、肝心なのは、最新の3D技術が駆使されているという点だけではない。
まず着目すべきは、企画→原型製作→設計→金型製造→射出成型→印刷→アッセンブルというそのすべての行程を、エムアイシーの完全内製のみで完結させることができるコンパクトなシステムだろう。それゆえに、そこにかかる経費は通常のプラスチックモデルとは比較にならぬほど安価で、「大金を注いで金型を起こし、数万個の製品を10年近くの年月をかけ販売し続けていくことにより投資額の償却を図る」という、通常のプラスチックモデルとは根本的なところでビジネススタイルがまったく異なっているのだ。
つまりプリプラならば、数百~数千個というごく少量の単位による製品化で勝負を仕掛けることが可能であり、また、企画~製品化~発売までの日程も驚くほど短期間でこなすことができる(ちなみに84mm×84mmのランナーを配した金型の3Dデータは、わずか50時間にてプリントすることができるという)。
簡潔に言えば、「プリプラ」は「プラスチックモデルでありながらプラスチックモデルにあらず」とでも称すべき存在で、通常のプラスチックモデルとはマーケットもビジネススタイルもバッティングしないところにその斬新さを見い出すこともできるのである。
もっとも──実を言うと、筆者が読者に対しお伝えしたいのは、「プリプラ」というプロダクトの革新性だけではない。
いま現在、エムアイシーにおいて「プリプラ」という新規事業を企画し推し進めているキーパーソンが、「とある伝説の人物」という点にある。
秋山徹郎。この名前を見てピン! と来た人はほぼ皆無かもしれないが、我が国におけるアニメ系美少女フィギュアの歴史をゼロから切り開いた「伝説の人物」なのだ。
1980年台初頭にフルスクラッチビルド=ゼロからの完全新規造形によるアニメ系美少女フィギュア製作を日本で初めて「仕事」として依頼され、それを複数の商業雑誌(主に講談社「コミックボンボン」やバンダイ模型/現BANDAI SPIRITS「模型情報」)にて発信し続けた、言うなれば「それまで獣道すら存在していなかったジャンルをたったひとりで切り開いていったイノベイター」なのである。
もっとも、いま見直すと当時における氏の作品のクオリティーは「ううう~ん……」なレベルではあるのだが、ただし、彼がそうした作品を商業雑誌にて立て続けに発表したおかげで、「オレにだってそれぐらいは作れる!」という人間がその後続出。結果、それまでは主に怪獣などの特撮系アイテムが主流であったガレージキット(=主にワンダーフェスティバルなどのイベントでアマチュアが発表し販売する、レジンキャストという樹脂にて成型~量産化された家内制手工業的組み立てキット)の世界におけるアニメ系美少女フィギュアの比率が鰻登りで上昇していくことになった。
そしていま現在、アニメ系美少女フィギュアのガレージキットは、2,000近くのアマチュアディーラーが会場を埋め尽くすワンダーフェスティバル内における最大勢力と化し、さらに、中国工場を駆使しPVC樹脂にて成型された異常なまでにハイクオリティーな塗装済み完成品アニメ系美少女フィギュア(価格は2万円弱)が、関連ショップや通販にて手軽に購入することができる時代が到来した……というわけだ。
「かつてのイノベイター」、秋山徹郎のその後といま現在
そのようなかたちで1980年台前半におけるアニメ系美少女フィギュアシーンをほぼひとりで牽引した秋山氏だが、1990年台に入ると1度フィギュア業界から距離を置き、ボードゲームやコンシューマーゲームの企画開発に従事。
そして1996年には、バンダイから発売された携帯育成ゲームの元祖「たまごっち」をウィズと共同開発し、社会現象レベルのヒット作を生み出すに至った。
が、それと並行しフィギュア造形の腕を(こっそりと)磨き続け、造形用ワックスを使った食玩トイ用などの小型フィギュアの原型製作においては、その道における一線級レベルにまで達することに。
そうしてフリーランスの原型師として活躍していた2007年、現在では常務取締役を務めるまでに至ったエムアイシーへスカウトされるようなかたちで、原型師としてではなく企画制作担当&管理職的なスタンスにて入社を果たす。
同社は言うなればフィギュア原型製作会社であり、フィギュアを開発~商品化し販売するメーカーではなく、フィギュアの原型をメーカーへ納品することのみに特化したデベロッパー(開発業者)だ。
要するに、そうした「過去に何度もの革命を引き起こしたイノベイター」である秋山氏がいま企画を任されている新規事業が、今回紹介するプリプラなのである。
「いや、でもね……」。
墨田区のプリプラ製造部取材からエムアイシーの本社に戻って来た筆者に対し、秋山氏は以下のように語る。
「これって自分で言うのもアレだけどユニークな試みだと思うし、これまでに例のないおもしろいプロダクトを開発するできる可能性も多々あると考えているわけ。たとえばアニメ系美少女フィギュアのガレージキット製作で皆が口を揃えて言うのが“目が上手く描けない(塗れない)”ということなんだけれど、『プリプラ』ならばインクジェットプリンターで目を印刷しちゃえばいいんだから、そういう問題などは簡単にクリアできてしまう。
ただし、あさの君ならばさすがにもう気付いていると思うけれど、実際にはさまざまな制約がいくつも存在していて、どんなものでも簡単に『プリプラ』にできるというほど現実は甘くない。“フィギュアのごはん”みたいなものはいくらでも考えつくしいくつでも製品化することが可能だけれど、でもそれだけでは全然おもしろくない。それに弱点も存在していて、フィギュアのごはんの金型ではバリエーションモデルの展開が不可能なため、わずか1アイテムにて商品企画を完結せざるを得ない。つまり、1アイテムのみで必ず利益を上げないといけないわけ。
だから“……あっ、なるほど、その手があったか!”みたいなブレイクスルー的アイテムをいくつも考え出さないと、『プリプラ』は本当の意味での成功に到達しないと考えているんだよね」
なるほど、確かに“フィギュアのごはん”的な製品は典型的なニッチ商法アイテムであり、いま現在におけるマーケットのニーズは滅法高いはずだが、ただし、仮にここでそのまま立ち止まっていたら、「イノベイター」秋山徹郎が自分自身に対し納得がいかないであろうことも想像に難くない。
「つまりそれで言うと“フィギュアのごはん”みたいな製品は『プリプラ』の存在を世に知ってもらうためのきっかけ作り的なアイテムであって、“本丸”的存在は、じつはこっちの『ZOMPEACE』なんだよね。これならばひとつの金型で成型したランナーに数種のデザインのプリントを施すことでバリエーションモデルを展開できるから、そうすれば投資への償却の敷居も低くなるし、それに正比例して利益率も高くなる。
まあもちろん、きちんと売れてくれることが前提ではあるんだけどさ(苦笑)」
こうしてその第1歩を踏み出しはじめたプリプラだが、じつの話、本丸的なアイテムはいまのところ「ZOMPEACE」以外まだ思い付けていないのだという。
「もうね、“……おっ、こうすればこんなものが製品化できるんじゃない!?”的に新たなアイディアを思い付いても、その30秒後には“……あ、ダメだ、やはり例の制約に引っかかる(泣)”みたいなことの繰り返し。当初自分が想像していた以上に商品化企画が難しくて、たぶん、普段は一切使っていない部分の脳味噌内からアイディアを引き出してくるぐらいの感覚で行かないとブレイクスルー作は生み出せないとすら思っているわけ。
……でも、そういうのって、考え方によってはすごくおもしろいと思わない? ここまでゼロから自分が試される企画って、そうそうないじゃない。もし本当にブレイクスルー作を生み出せたときには、まちがいなく相当な快感が伴うはずだし。
というわけで、あさの君も何か企画を考えて。“お、いいじゃん、それ!”と思えたら、即商品化するからさ(笑)」
……ええええ?! マジっすか!?
というわけで筆者もいま、「……おっ、こうすればこんなものが製品化できるんじゃない!?」、「……あ、ダメだ、やはり例の制約に引っかかる(泣)」のスパイラルに陥り、ちょっとしたノイローゼ気味なのである。
「プリプラ」、確かに革新的だけれど、……罪深い子っ!
(C)2018 M.I.C. Corp