佐藤カフジのVR GAMING TODAY!
「サマーレッスン」は“VRの未来”のための試金石
バンナム原田勝弘氏、玉置絢氏が目指す「一般化」の真意とは?
(2015/7/28 00:00)
界隈ではPS4向けVRシステム「Project Morpheus」の象徴的な存在と化している「サマーレッスン」。バンダイナムコエンターテインメント・鉄拳プロジェクトチームの精鋭部隊が研究開発を行なう、VRキャラクターとのコミュニケーションデモだ。
その出来ばえたるものや、前回の連載でもお伝えしたように、VRに慣れきった筆者にある種の敗北感を与えるほどのレベルにあった。そこにいたキャラクター「アリソン」は、筆者にとってすら、決してポリゴン製の木偶人形ではなかったのだ。
それと同時にいくつかの課題も見つけることができた「サマーレッスン」体験。これがいかにして作られたのか、そしてどこを目指していくのか。生まれたばかりのVRゲーム業界への影響は。本作の製作を統括・総合プロデュースする原田勝弘氏および、製作プロデューサー・ディレクターを務める玉置絢氏に話を聞いた。
新バージョンでの狙い。海外勢にも好評となったコンセプトの背景
まず、原田氏はE3 2015での出展を振り返り、「前回のほうが受けがいいかなと思っていたら、意外にも、今回は幅広い層に受けた」と切り出した。
社内でもなかなか理解を得られなかったはじめてのVRプロジェクト。鉄拳プロジェクトの中で小さく検証するところからスタートした「サマーレッスン」の研究開発は、まず鉄拳キャラを出し、次にアイドルマスターのキャラを出し、実験につぐ実験で進められてきたという。
「最初は鉄拳のキャラを出してみるとか、アイドルマスターのキャラを出してみるとか、自社のキャラを順番に試してみたなかで、バーチャルコミュニケーションのソフトをやってみようというのが最初でした」(原田氏)
それを幅広い層にウケる、絶妙ともいえるバランスに落としこむことができたのは、40代の大ベテランクリエイターでコアゲーム好きの原田氏と、20代の新進クリエイターでアニメ・ネット文化に生まれた時から浸ってきた玉置氏という、世代も嗜好も違う2人が、幸運にもタッグを組んでこのVRプロジェクトに取り組んだ、その偶然性にある。
「よかったのは、原田と私という完全に異質な人間が、たまたま良いタイミングで同じ部署にいて、上司と部下という関係の中で同じビジョンを見て、タッグを組んで取り組むことができたということですね。これって普通の会社じゃなかなかないことなんですよ。この2人でやることができたから、コアに寄り過ぎず、だからといってよくわからないものにもならず、というところに落としこんで、かつ実現できたのかなと思います。」(玉置氏)
そして、2014年東京ゲームショウに合わせてのお披露目。そのときは日本人の女の子キャラをフィーチャーしていたが、写実にもならず、とはいえアニメにもならずという、非常にニュートラルな絵作りがこのコンテンツの“毒気”を薄らげていた。そしてE3 2015版。今度はうってかわって、金髪美人「アリソン」のご登場とあいなった。
「これについては、かなり以前から設計していました。違う言語、違う見た目。ロケーションに関しては、僕らはずっと狭い部屋のほうが臨場感が出ると言いはっていたんですけども、本当にそうなのかという検証も含めて、今回は半分ドカンとオープンにしているんですよね。それでちゃんと臨場感が得られるのか、という検証ポイントを全部逆算して、仮説を立て取り組みました」(原田氏)
言語が違えば、表情の作り方も違う。文化によってしぐさも違う。それによって受け手の印象も大きく変わってくる。そこの表現に最大限の注力をした結果、開発チームとしては日本でも北米でも、必ず良い評価が帰ってくるだろうという仮説は立てていたという。それが期待以上の形で証明されたわけだ。
「前回があったから今回、新しい表現を試すことができたというのはあります。前回はどこにどれくらい労力があるか不明でしたが、作るコストと処理負荷についてノウハウが貯まってきました。VR的には処理負荷対策がすごく大事でフレームレートを従来のゲーム以上に厳密に守らないといけないんです。前回は狭い部屋にして割り切ったところですが、今回は逆に、半分部屋で半分海という半オープンな構成をとったのは、室内、屋外の両方の効果を試してみたかったからです。」(玉置氏)
結果としては上々で、日常感と開放感という2つの要素をうまく演出することにつながった。これについては開発当初、「部屋のほうが臨場感が高まる」と言い張っていた原田氏も、ある意味で仮説が外れたことを認めている。
「サマーレッスン」はあくまで研究開発プロジェクトだ。そのロケーション、そのキャラクター、その構成、それぞれにVRコンテンツのノウハウを高めていくための工夫、実証のための要素が含まれていると見なければならない。
60fps厳守の中、与えたい体験を実現するための勘所
様々な表現を試していく上で、絶対的な縛りとなっているのが高いパフォーマンスの確保だ。具体的には、Morpheusにおいては最低60fpsの絶対確保。格闘ゲームでそれが求められる意味と、今回の開発で求められた60fpsの意味はまったく意味が違っていたという。
「ことVRに関しては、駆け引きとかフェアかどうかとかいう以前に、予測とずれて酔ってしまったり、それで没入感が落ちてしまったりします。ゲームの面白さ云々以前の問題なんですよね。60fpsをここまで厳密にキープしなければならないタイトルは珍しいですよ。既存のハードと違うのはそこなんです。どんな場面であろうが厳密に60fpsで安定しなくちゃならない。それを満たせないと、気持ち悪くなってしまったりで、その人はVRで2度と遊ばなくなりますから。この60は最低限のラインです」(原田氏)
その点において、原田氏はPS4を前提としたMorpheusのメリットを強く感じているという。PCではハードウェアの性能幅が広いために一定のフレームレートを提供することが非常に難しく、ハイエンド機をさらに要求する方向に行きがちだ。これは消費者にとって大きな負担となる。これに対してPS4はスペックが固定していることもあり、コンテンツ内容をチューニングすることで一定の体験を必ず提供できる。これがPS4のVRにおける非常に有利な点だと、原田氏と玉置氏は語っている。
そのうえで、VR世界にふさわしい説得力をキャラクターに与えるため、どのような作り込みが行なわれたのだろうか。3Dモデルのディティールの高さであるとか、モーションの説得性であるとか、門外漢が思いつくのは表面的なところにとどまりがちだが、原田氏のチームはもっと深いところで落とし所を探ってきている。
「スペックにかけるところが違いますね。格闘ゲームでは大量のモーションの制御をどうやるかが一番大変です。骨構造やモデリングも、横から見たときに格好良く見えるよう作られているので、他のジャンルとは力を注ぐポイントが違うんです。これに対して、『サマーレッスン』では見て分かる通り動きが繊細なんです。あれだけ多彩な表情を見せてプレーヤーにきっちり目線をあわせてしゃべる。まゆの傾き、口の開き方、ちょっと違うだけで気持ち悪かったり、大げさに感じられてしまう。逆に表情が硬いと人形のように見えてしまいます。動きも、人間らしくノイズが乗ってないといけないんです。でもほんとにノイズだといけないので、データの丸め方を工夫したりとか。また、ライティングも、常に良い見え方がするように、いい嘘のつきかたをしなければなりません。かなり意図的にいじっています」(原田氏)
そういう意味で、3Dモデルのスペックだけでは語りきれないノウハウが、サマーレッスンには込められている。こういったノウハウは、一朝一夕には身につかないものばかりだと言えるだろう。実際にVR空間内で検証、また検証という試みを通じてのみ、本当に体験を向上させるための、有効なバランスを見出すことができる。その意味で、原田氏のチームがここまで蓄積してきたノウハウは、大半がこれからVR向けのコンテンツ製作を開始するであろうゲーム業界全体にとって大きな宝となる可能性を秘めているのだ。
そこまでの方法論を確立してきた上で、今後の発展の方向性はどうなるのだろうか。さらなる検証は? 例えば複数人のキャラを同時に出しことは考えられるのか? という質問をぶつけたところ、その回答は想像以上に慎重なものだった。
「パフォーマンス的には、このレベルのモデルを維持しようとした場合、最初はキャラが視界に入るだけでカクカクだったんですよ。それをエンジニアなどいろんな関係各所と協力しながら最適化してきているので、複数人を出すことも将来的にはないとは言えません。しかし、その代わりにキャラクターの魅力が無くなるんだったら意味が無いんですよね。『サマーレッスン』では、全てにおいてキャラクターの魅力が一番なんです。その上で何を試すかというのがいちばんの縛りになっているんですよね。」(玉置氏)
これについて、「結局、与えたい体験が何かによって合わせて作るだけなんです」とフォローアップする原田氏。たとえば鉄拳では、画面にキャラクターを2体登場させ60fpsで安定描画するよう設計されている。しかし2on2のタッグゲームとしての体験をユーザーが求めたとき、画面にキャラクターを4体登場させる必要に迫られた。つまり、与える体験に合わせて、通常設計の2倍近い負荷をクリアしなければならなかったのだが、それはタッグゲームという遊びを提供するために実現したこと。「サマーレッスン」も同じことなのだ。
今回のE3 2015バージョンにしても、「アリソン」という1体のキャラクターを最大限に魅力的に描くため、ギリギリまでPS4のパフォーマンスを使いきっているという。数を出せと言われれば、いろいろな部分を削って最適化して、10体、20体でも出すことができる。だが、それがプレーヤーの体験に結びつかなければ意味が無い。それが原田氏、玉置氏の根本的なルールだ。
理想的なVR体験を実現するため、これから必要となるピースとは?
こういった哲学に基づいて研究開発が進められている「サマーレッスン」のプロジェクトにおいては、数よりも質が重要視されている。いかにVR世界としての説得力、存在感を挙げていくか。いかにキャラクターの魅力をプレーヤーに伝えていくか。
「まだまだ満足してはいません。登場キャラクターとして女性を最初に選んだ理由は、そのほうが難易度が高いというのが理由のひとつです。例えば長い髪の毛の表現に挑戦してみたかった。でも実際はポニーテールだったり、ショートヘアになっています。あるいは服装、例えばガウンのようなものとかが、歩いた時にブワッとなびくようなことができたら、もっと“おっ”と思えるところが出てくるわけです。そういう足りないことって、山のようにあります。際限がない中で、与えたい体験の最低ラインをクリアしたのが今回のバージョンなんです。」(原田氏)
そういったビジュアルの説得力に並んで、あるいはそれ以上に重視されているのが、プレーヤーのインタラクションに応じてキャラクターのふるまいをどう制御するかという部分。つまりAIだ。
「ポンッ!と入れれば人間らしくなるAIがあればいいのですが、そんなものはまだないので、1個1個の表情をチェックして細かく直してきています。ただ、接するキャラクターとしては、キャラクターの意思を感じられるものができていれば、ビジュアルの完成度以上に与えるインパクトがでかくなるんですよ。プレーヤーがぶつかりそうになると、避けたりとかですね。だから、見た目がこのままでも、もっと反応が面白くなってくると、キャラクターとしての存在をより多く感じるだろうと。人間と錯覚するような感覚の決め手は、やはりそういったインタラクションの部分ですね。」(原田氏)
「そうなんです。やっぱりキャラクターに意識があって、社会的に対応すべき存在なんだとプレーヤーに思わせることがすごく大事です。今回のデモでいうと、握手をしかけるシーンがありますが、E3の会場で、現地の方が『サマーレッスン』を体験されている様子を観察すると、握手をしようとする人も多いですし、しない人でも、右手がぴくりと動く人が多いんですよ。わかってるんだけど、体が勝手に反応するという瞬間ですよね。そこを実現するのは、リソースではなくてアイディアの比重が高いんですよ。」(玉置氏)
つまり、人間対人間のナチュラルな振る舞いのあれこれを、ゲームプレイのコンテクストの中に自然な形で導入していくこと。そこにどういったアイディアを持ち込むかが、キャラクターの説得力を高める上でのカギとなっているのだ。これを突き詰めれば、本当に哲学的な話にもなりかねないと、原田氏も語っている。
「こういうときは、こういう反応が帰ってくるだろうなとか、こういうときは自主的にこういうことをするのが人間らしいよね、という部分です。そこは時間をかければどんどんアイディアが出て来ます。その中からどれを選ぶか、そこのノウハウが今後、一番伸びしろがあるところだと思っています。さらに人間らしくするアイディアはまだまだ見つかると思います。」(原田氏)
さらに原田氏は、同じセリフと2度、3度と観察しても彼女「アリソン」を人間らしく思えるかというと、まだそこまでは行っていないと認めている。そこをさらに高めていくには、ただ反応のパターンを増やすだけでなく、それをうまく引き出せるようにプレーヤー自身を誘導していく技術が必要で、そこを能動的に作りこんでいかなくてはならないという。
インタラクションという点において考えてみると、これまで披露されてきた2つのデモではコントローラーを使った要素が全くなかったことに気がつく。原田氏が格闘ゲーム畑のクリエイターであることを考えれば、これは意外なことだ。
「実は最初、コントローラーがないほうがいいと考えていたんですよ。そこまで細かくきっちり検知できないはずだと思っていたんです。それが、最近特に吉田修平さん率いるSCEWWさんがPlayStation MoveだったりDUALSHOCK 4だったりを上手に使っているのを見てきまして。ファームウェア等のアップデートで性能が向上して、自分らが思っていたより全然いいことがわかったんです。なので、最近ではコントローラーを使っても全然いいんじゃないかと思っています」(原田氏)
試しに、PlayStation Moveを使った「サマーレッスン」を想像してみよう。VRキャラクターと手をつなぐなどのスキンシップや、物理オブジェクトを介した何らかの遊び(ぱっと思いつくだけでもキャッチボール、枕投げ、あっち向いてホイなどなど)。プレーヤーからアクションを起こせるという自由度を活かし、様々な行為を通じてインタラクションを多彩化。それを通じてプレーヤーにとってのキャラクターの存在感を、ぐっと高めることが考えられる。
「可能性は広がります。ただ、ガジェットを見た時に“こんなこともできるんじゃないか”というフラッシュアイディアが湧くものですが、実際には別にリアルでもそれをやりたいわけじゃないみたいな事があるんです。例えばPlayStation Moveを使ってテニスができそうだ、となったときに、実際にやったら腕を振るから絶対に疲れるし、『サマーレッスン』のターゲットユーザーはキャラクターと対話はしたいと思うでしょうけど、腕をぶんぶん振ってテニスがしたいというニーズを持っているかどうかはかなり微妙なはずです。結局、思いついたことと与えるべき体験というのは、結構ズレていることが多いんです。そこに注意しながら作っています」(原田氏)
「結局、VRというのは現実の写しなんですよ。現実でアレができるんだからVRでもできるし、やったらなんとなく面白そうというアイディアはカンブリア紀みたいに爆発的に出てきます。でもそこで生き残ろうと思ったら、どういうふうにコンセプトを絞るかというのがすごく大事です。その点、『サマーレッスン』は最初の段階から究極的にコンセプトを絞っているんですよね。それはキャラクターとの距離感や、そこに居るという魅力。そこ1点に絞った上で考えているんですよ。VRでできることと、サマーレッスンだからこそやらないといけないことは、しっかり分けて考えています。」(玉置氏)
なんでもできるVRだからこそ、ブレやすい。ブレないためにはコンテンツの魅力をどこに置くか、そのコンセプトを明確に持つことが必要だという2人。開発者にはついついありがちなことだが、「技術的に面白いことをどんどん入れて行ったら、体験としては訳の分からないものになっていた」という現象。それは黎明期ならではの失敗としては面白く、学べることも多いが、「サマーレッスン」の開発チームにおいて、そのようなフェイズはとっくに過ぎ去っている。
「従来のゲームであれば、たとえば一カ所に数千人を集めたり、ネット上で、美麗なCGや楽しげなプロモーション映像を見せれば、それで理解は得られることも覆い、だけど、HMD VRはそうはいかない。時間当たりで考えれば体験してもらえる数や環境が少なすぎてなかなか大勢を巻き込めないですよね。で、現在既にVRでいろいろと試している人は、もうVRの魅力というのをわかっている人なんですよね。わかった上で、その魅力をさらに考えるため、試すため、共有するために様々なことをされているんだと思います。けども、サマーレッスンのミッションは、VRって本当に良いかわからない、VRって大したことないんでしょと思っている人に、わかりやすく“スゴイね!”と口コミ言ってもらうことなんです」(玉置氏)
至上命題は「VRの一般化」へ。次世代VRゲーム開発者のための試金石
こういったコンテンツデザイン面の質疑応答が続いた今回の取材の中で、原田氏が特に口を酸っぱくして主張していたのが「理解されない、理解されたい、VRの魅力を幅広く伝えたい」ということ、その1点だ。
誰にでもわかるモチーフ、誰にでも理解可能な世界観、そして誰にでも伝わるVR体験。「サマーレッスン」はそこを目指して開発が進められ、2014年TGS、2015年E3という2つのバージョンで、和洋の業界関係者やアンテナの高めなユーザー層に対して、強い印象を残すことには成功している。だが、VRゲームの事業化を目指し、原田氏が見ているのはその先だ。
「そもそも事業化することに苦労しています。なぜかというと、ようやくVRを社内の人たちに理解してもらえるまで、僕らからするともう3年越しですよ。身の回りでこれですから、これは一般に広めるのは大変だぞと。アンテナの高い人達は比較的すぐ反応してくれたのですが、当然ながら世の中的にはまだ事業化が見えない。こんなに話題が先行してコアな人達が大騒ぎしているのに、こんなに商売として成り立たなさそうなガジェットって珍しいですよ。そこが従来と全く違うところなんです。」(原田氏)
なぜか。従来のハードでは当たり前だった誰にでもリーチする大本命のタイトルというのが、VRには存在しないのだ。ノンコアな受け手側が、VRによって自分が何をしたいのかということをまだ想像できていないのである。そんな状態でVR用のHMDだけが広まり、なんとなくネットでダウンロードしたVRアプリを試したら、酔いまくる、面白くないなどの地雷を踏んでしまって、VRそのものが嫌いになる可能性も大いにある。そこで必要となるのが「Morpheusならコレ!」というコンテンツだ。
「それがたまたま『サマーレッスン』だったと。これは、誰でもわかりますよね。ゲームに疎いおじいちゃんでも、“おお、人がいる!”って。ただ、それを見たことのない世界で、見たことのない武器があって、というふうにやると、そもそも“ここはどこだ”ってなっちゃうんですよね。だから『サマーレッスン』は、ある意味僕が本当にやりたいコンテンツかというとそうでもなくて、VRを一般化するためにやっている思いが非常に強いんです。だからこそ計算してやっています。それが皆さんに響いて、“Morpheusといえばサマーレッスン”だと思ってもらえる、VRに紐付いたタイトルになってくれればと」(原田氏)
正直な感想として、原田氏は、同種のコンテンツはすぐ社内外から別の例も出てくるだろうと考えていたそうだ。だが、そのアテは外れた。だから、ますます原田氏と玉置氏に課せられた「一般化」への課題は重要な役割を担いつつある。それはユーザー層を広げるためでもあるが、彼らに続くゲーム開発者のためでもあるのだ。
原田氏曰く、玉置氏のような20代の若いクリエイターは、アニメやインターネットの文化にどっぷりと浸かって育ってきて、VRに対する理解が速い、同世代のユーザーはVRゲームのアーリーアダプターになることも間違いない。作り手としてアイディアも膨大にある。だが、特に今の日本のゲーム業界では、彼ら若手にチャンスが与えられにくい性質がある。少なくともVRが一般層にまで広まり、大きな市場が立ち上がるまでは。
「調査してみたら、VRに対する投資額が、アメリカとの差が何倍もあって愕然としたんですよ。何の利益も産んでない、研究だけの会社に何十億も突っ込んでいる。彼らは10年後20年後に産業化したときの先行者利益だとか新しい技術に繋がると信じてやっている。それに対して、日本だとゲーム業界はもはや1990年代の頃のように新しい技術に飛びつくようなベンチャー気質は無くなって業界全体も大きく成長急いて、既存事業の一部になっている。つまり手堅い収益手段が良くも悪くも確立されている分、新しい挑戦に対するリスクをなかなか取りにくくなっている、というか真っ先に賭けに出る、新しいものに張る必要が無い。リスクという言葉がよぎってしまうんです。そうなるとただでさえ新しいデバイスで新しいアイデアにお金を積むってことを、実績も信頼もない20代のクリエイターが経営陣から簡単に引き出せるわけないですよね。だからこそ、その溝を埋めていくために、僕が率先してTEKKENプロジェクトの片隅でVR研究を始めたという側面もあります。つまりVRの一般化をすることに最大の興味が行ってるんですね。そういう意味では自分が本当にやりたいところからは、一般論的なところに若干ズレてきてはいるんですが(苦笑)」(原田氏)
原田氏と玉置氏の例は、ある意味奇跡的なめぐり合わせだった。VRへの適応が圧倒的に早く、新しいアイディアを次々に生み出せるはずの若手クリエイターは業界全体に大勢いる。彼らがもっともっとVRゲームプロジェクトを手がけていくチャンスを得るには、お金を動かせる側のマインドを変えていかなくてはならない。そのためには絶対に「一般化」が必要、というわけだ。
全く未知のVR体験というものの小さな実験から始まった「サマーレッスン」。ほんの5分間程度の体験が、業界とコア層に大きなインパクトを与えうることは既に証明された。それがもし製品となって出てくるとしたら、まだVRを知らない層までリーチするか否か。その出来ばえや方向性の如何が、あるいはVRゲーム業界の将来を大きく左右するキーファクターとなっていくのかもしれない。