【連載第83回】韓国最新オンラインゲームレポート

「青少年夜間ゲームシャットダウン制」に揺れる韓国オンラインゲーム業界
少年少女の深夜プレイを強制的に禁止! その実態に迫る!!






 韓国国会は4月29日、「青少年夜間ゲームシャットダウン制(以下、シャットダウン制)」という法案を通過させた。

 「シャットダウン制」とは、16歳未満のユーザーは午前0時から午前6時の間、オンラインゲームのプレイを禁じるという法案。韓国では通称“シンデレラ法”とも呼ばれる。この後、韓国大統領がこの法案を承認すれば、今年の10月以降に実施されることになる。仮に施行された場合、すべてのオンラインゲーム提供会社は、韓国内で展開しているすべてのオンラインゲームに、プレイさせないために必要な措置を講じなければならない。

 本法案は子供と青少年たちのゲーム中毒を予防、治療するという目的で設けられたものだが、娯楽を強制的に禁止するという現代の禁酒法と思えるような強引すぎる手法や、数ある娯楽の中でオンラインゲームだけが適用となるなど、現時点で法案の内容に様々な問題が指摘されている。韓国オンラインゲーム業界やユーザーたちは勿論、他の団体や政治家たちから反対の声も大きい。今回はこの「シャットダウン制」について取り上げたい。



■ 「ゲーム疲労度システム」に続き「シャットダウン制」が通過

女性家族部のロゴ
女性家族部の長官(日本の大臣に相当)ペック・ヒヨン氏は「青少年関係者懇談会」を開催し、「シャットダウン制」に関する内容を関係者たちに説明した

 事の発端は韓国政府機関である“女性家族部”(韓国政府機関の部は日本の省に値する位置)が2010年4月に「シャットダウン制」の法案を発議してからだ。実際には2004年に一部の市民団体によって作られ、2005年と2006年に立法が失敗した案だが、2010年になって女性家族部が改めて全面的に推進したのである。

 女性家族部は、韓国における女性の人権問題を代弁し、家庭の安定のために政策を立案する機関。ゲーム中毒と診断される子供を持つ親たちからオンラインゲームに対する苦情が多く寄せられ、深刻な社会問題になっているという理由から、「シャットダウン制」を立案。韓国情報化振興院の調査によると、ゲームやインターネット中毒と見られる16歳未満の子供は2010年に約87万人いるという。

 「シャットダウン制」の内容は、ネットワークを介してリアルタイムでプレイするゲームと定義される“インターネットゲーム”を提供する者は、16歳未満のユーザーに対して、午前0時から午前6時までの間、一切サービスを提供してはならない”というもの。16歳未満のユーザーに対してではなく、ゲームメーカーに対して適用される法律である。

 さらに具体的に説明すると、インターネットゲームを提供するメーカーは、ゲーム自体に午前0時から午前6時までの間16歳未満のユーザーの接続を強制的に遮断させる機能を取り入れることを義務付けられる。サービス元から提供されなければ、16歳未満はゲームをしなくて済むという理屈である。なお、この法律を違反したメーカーは2年以下の懲役、又は1千万ウォン(約75万円)以下の罰金の処罰が下される。

 ちなみに、ゲームや映画といったエンターテイメントに関連する文化観光部は、過去に「シャットダウン制」が提出される前に、「ゲーム疲労度システム」(プレイ時間に比例して獲得経験値が少なくなっていくシステム)を立案。目的が一致する2つの法案が同時に上げられたことにより、このときの「シャットダウン制」は否決されたという経緯がある。

 しかし、2010年9月に女性家族部はまた「シャットダウン制」の立法を発議した。様々な団体やユーザーたちからの反対と内容の問題で2011年4月まで案件が続いていたが、2011年4月29日に国会を通過して大統領の承認を待っている状態である。



■ 「シャットダウン制」は現代の禁酒法にしかならないという多数の反対の声

E3を主催するアメリカのESA(entertainment Software Association)も反対の意見書を韓国国会に送った
ncsoftは4月12日「シャットダウン制」を回避するために、16歳未満でもプレイできるゲームは住民登録番号を必要せず、eメールだけで登録できるようにした

 一方、韓国のゲームメーカーやユーザーたちは「シャットダウン制」の意図には同意するものの、そのやり方や実効性に疑問を呈する声が多い。さらに、ゲーム以外の様々な団体も「シャットダウン制」に反対している。特に懸念されているのは以下のようなものだ。

・住民登録番号(韓国国民の識別番号)の盗用の拡大化の恐れ

 韓国では住民登録番号という制度が設けられており、韓国国民は固有の識別番号を持っている。インターネット上ではこの番号を用いることで実年齢を把握し、様々なサービスで年齢制限ができるようになっている。オンラインゲームのサービスにおいても、年齢制限を行なうために、アカウント登録の際には住民登録番号を使用している。

 この番号は基本的に他人の使用は法律的に禁止されているが、実際には18歳以上向けのゲームをプレイするために親の住民登録番号を盗用する子供も多数いる。携帯のSNSによる確認や政府のサイトによる認証などで、他人の住民登録番号の盗用はある程度防げるようになっているが、身近にいる親の住民登録番号は簡単に盗用できるし、親も知ってて黙認するケースも多い。

 通常、盗用が発覚されたら盗用した者は告訴されるが、盗用された者が親の場合は、親が許せば現在の法律上告訴はできなくなる仕組みになっている。親自ら許してしまうケースも多い上に、「シャットダウン制」では盗用した住民登録番号で偽ってプレイしたユーザーに対する罰則は無いため、実効性が疑われている。さらには、「シャットダウン制」は住民登録番号の盗用を加速させるだけという声も多い。

 一方、ncsoftやNHNなど一部の大手オンラインゲームメーカーは“アカウント登録の簡略化”という名目で、早くも「シャットダウン制」の対抗措置を打ち出している。具体的には、16歳以下でもプレイできるオンラインゲームは、アカウント登録時に住民登録番号の入力を不要にし、eメールだけで登録できるようにするというもの。16歳以上、18歳以上といった年齢制限のあるゲームは、今後も変わらず住民登録番号の入力が必要となっている。

 「シャットダウン制」の内容では、こういった迂回策を罰する規定はないものの、女性家族部はこうした業界の動きに対して、ゲームサービスの登録には全年齢対象のゲームでも住民登録番号の確認を義務付けるように法案を改訂するなど全面対決の姿勢を打ち出している。

・オフラインゲームは遊び放題! 海外ゲームや海外メーカーには効果なし

 「シャットダウン制」の対象となるのは、韓国でPCやコンソールゲームを問わずネットワークサービスを提供するすべてのメーカーだ。韓国のオンラインゲームはもちろん、Xbox LiveやPlayStation Networkもその対象となる。

 しかし、オフラインでも遊べるパッケージゲームや、海外にサーバーをおいているSteamといったサービスは一切影響を受けない。さらには韓国と自由貿易協定FTAが結ばれている国家の企業は、対象外となるという。

 これらの要素はいまだ調整中の部分が多く、実際にどうなるかは予断を許さないが、少なくとも現状は、“韓国産のオンラインゲームだけが遊べない”という極めて不平等な内容になっており、韓国のオンラインゲームメーカーだけが打撃を受けることになる。

 さらに「シャットダウン制」に対象となるのは、ジャンルを問わずゲームと分類されているすべてのゲームである。囲碁やチェス、将棋のオンライン対戦はもちろん、教育を目的とするゲームもその対象となる。

 反対の意見を総合すると、「シャットダウン制」を立案した女性家族部はゲームに対する認識が圧倒的に不足しており、「シャットダウン制」は住民登録番号の盗用問題やゲームに対する悪印象をより大きくしてしまう法案になるのではないかと言われている。「シャットダウン制」は現代の禁酒法にしなならず、むしろ子供たちの認識を変えていく根本的な対策が必要だろう。


【韓国App Store】
韓国のApp Storeは、韓国政府がすべてのゲームに対して事前に審査を通さなければならないとAppleに通告したことから、「ゲーム」のカテゴリ自体がないという状態になっている。ゲームは「エンターテイメント」のカテゴリにアップされている状況だ。同じく「シャットダウン制」が実施されれば、別の手段で提供されるだけだろう。関連記事はこちら



■ 「シャットダウン制」の実施まであとわずか。反対のデモも実施

「シャットダウン制」の反対運動をしているコミュニティーサイト

 冒頭の繰り返しになるが、国会を通過した「シャットダウン制」は、大統領の承認が下りれば今年の10月から施行される。施行後は16歳未満の少年少女は、0時から6時までオンラインゲームをプレイすることが法律的に禁止される。ただ、大統領が拒否するか、憲法裁判所が違憲と判断した場合は白紙に戻ることになる。

 現在韓国では施行を前に様々な団体が反対の意見を上げており、インターネット上では反対のデモまで行なわれている。デモでは「シャットダウン制」に参加した国会議員の落選運動や、弁護士を通じた法律対応を準備している。なお、今回、大手ゲームメーカーにコメントを求めたが、政府との直接的な軋轢が発生するのを避けるためか、どこもノーコメントだった。

 一方、女性家族部は前述した様々な問題に対しては未だに何の対策も立ててない状況で“実際に87万人の青少年たちがゲーム中毒で苦しんでいる”、“せめて子供たちの睡眠は確保してあげたい”という理屈で強引に進行している。手遅れになる前に今一度見直してほしいところである。

 ゲーム、インターネット中毒は韓国のみならず、世界各国でも深刻な社会問題とされている。そのため、この「シャットダウン制」による強引なやり方がどのような結末を迎えるのか、いずれも同じような問題を抱えているアジア各国は、その動向を注視している。ここまで強引な方法はとらないにせよ、実際に韓国で施行された「ゲーム疲労度システム」は、後に日本や他の国でも実施されたこともあり、何らかの形で影響を与えることは間違いないだろう。「シャットダウン制」については、今後も引き続き、その動向を注意深く見守りたいところだ。


(2011年 5月 18日)

[Reported by DongSoo“Luie”Han]