西川善司の3Dゲームファンのための「Child of Eden」講座(後編)
「BISHAMON」とのマリアージュで加速した“限界超え”のエフェクト表現



水口哲也氏(キューエンタテインメント株式会社COO)

 前編に引き続き、「スペースチャンネル5」シリーズや「REZ」、「ルミネス」シリーズなど、映像と音楽のシンクロニシティをテーマにした斬新な名作ゲームを数多く手がけてきた水口哲也氏率いるキューエンターテインメントの最新作「Child of Eden」のグラフィックス技術を解説していく。

 なお、あまり知られていないが、「Child of Eden」は、今年度の本連載初回で取り上げた3Dエフェクトミドルウェア「BISHAMON」を精力的に活用した作品だ。本連載の今年のテーマは「ゲーム開発とミドルウェア」を掲げているので、今回は、「実際のゲーム開発現場におけるミドルウェアとの関わり合い」という視点の話題にも踏み込んでいくことにした。


【著者近影】
「Child of Eden」はエフェクトミドルウェアの「BISHAMON」を徹底活用したタイトルと言うことで今回は、そちらのお話も伺った。写真は、「Child of Eden」の取材時、水口哲也氏の仕事場の豪華椅子にちゃっかり座らせて頂いて撮影したもの(笑)。ブログはこちら




■ 「Child of Eden」特有のグラフィックス表現の秘密(1)~MIDI制御で動くグラフィックス!?

高梨真氏(キューエンタテインメント株式会社、グラフィックデザインセクションリーダー)

 「Child of Eden」のグラフィックスで、とてもユニークなのが、各オブジェクト、格的キャラクターの動きだけでなく、ゲーム世界や、素材の陰影の変化に至るまでが、ゲーム中に流れる楽曲(BGM)やサウンドエフェクトにシンクロするという部分だ。こうした表現は一部のミュージックビジュアライザやメガデモ作品で、目にしたことが何度かあるが、商用のゲームタイトルでは極めて珍しい表現手法である。

 コンピュータゲームは、音と映像と、そしてユーザーからの入力による相互インタラクションが織りなすマリアージュが大きなテーマであるはずなので、「Child of Eden」のこうした表現手法は、ある種、「コンピュータゲームとしての1つの正解の形なのではないか」という気すらしてくる。この辺りは技術的にはどのような仕組みで実装されているのだろうか。

高梨真氏(キューエンタテインメント株式会社、グラフィックデザインセクションリーダー)「こうした映像、音、ユーザーの入力が創出する共感覚は、水口が追い求める『シナスタジア理論』に基づくものです。こうした表現は、我々特有のフレームワークで実現されていますね」

 ゲーム中に採用されている楽曲は、水口哲也氏自身も参画している音楽ユニット「元気ロケッツ」によるものだが、音楽製作段階の楽曲のMIDIデータに、ゲーム内に登場する背景オブジェクトや敵キャラのアニメーションに影響を与えるイベントデータを埋め込んでいるのだ。

 筆者を古くから知る人はご承知のとおり(笑)、MIDI(Musical Instrument Digital Interface)は実は筆者の専門分野でもあるので細かく聞いてみたところ、グラフィックスに影響を与えるイベントデータはMIDIのコントロールチェンジ(Control Change)を使用しているという。

 MIDIのコントロールチェンジは全部で0~127の128個があり(コントロール番号)、これに0~127(ないしは0~16383)のデータバイトで指定する方式なので、MIDI規格でリザーブされている用途を無視した使い方を想定すれば、128種類のイベントデータと0~127(ないしは0~16383)の範囲の数値パラメータを楽曲の中に潜り込ませることができる仕様と言うことになる。

 つまり、あらかじめ設計段階でどのコントロール番号がグラフィックスのどういう表現パラメータに採用されるかの仕様決めが行なわれ、グラフィックスチームとサウンドチームが相互に連携して楽曲やグラフィックスを作り込んでいく流れとなる。

 デザインチーム側は、楽曲側のコントロールチェンジによる各イベントをグラフィックスのどの表現に入力するかを、社内の専用開発ツールにて行なっている。もっとも基本的なのはコントロールチェンジ経由のパラメータは、ジオメトリのアニメーション制御に応用する活用だ。これは背景全体が楽曲の特定の楽器やビートにシンクロして回転したりウェービングするような動きを見せるような効果に利用されている。

 凄いのは、コントールチェンジ経由のパラメータを、直接ピクセルシェーダーのパラメータに入力させてしまう活用だ。この応用では、陰影自体の変化を楽曲に合わせたり、テクスチャのアニメーションまでをビートや特定楽器にシンクロさせたりすることができる。

【MIDIパラメータをシェーダーパラメータに割り当てられるツール画面(動画)】
楽曲の進行に完全にシンクロしたアニメーションや陰影表現が可能な「Child of Eden」のグラフィックスシステム

高梨氏「なので、うちの場合、アニメーションを修正するのにMIDIデータを直すなんていう、他のスタジオさんでは『意味がよく分からない』状況もあったりするわけですよ(笑)」

 なお、ゲーム中での楽曲再生そのものはMIDIで行なわれてはいない。さすがにMIDIベースのソフトウェアシンセサイザをランタイムでドライブしているのではなく、最終的なマスタリング段階で、サウンドチームが楽曲をPCMストリームデータにミックスダウンしている。ただし、前述したアニメーション制御用コントロールチェンジのMIDIデータはランタイム側で、楽曲のPCMストリームと同期した形でリアルタイム再生が行なわれている。ランタイムでもMIDIドライバは規模を縮小されつつも「Child of Eden」のグラフィックスを縁の下で支えているのだ。

 なお、ランタイムでは、再生しているPCM音声ストリームに対してFFT(高速フーリエ変換)を適用し、複数バンドのスペクトラムデータを取得する仕組みも組み込まれている。なので、「ある周波数の音が鳴ったときに、このグラフィックスを動かす」というような、ミュージック・ビジュアライザ的な機能も備わっているのだ。

高梨氏「スペクトラム抽出はちょっと重めの機能なのでプログラムチームからあまり積極的に使うな、と釘を刺されましたが(笑)。こうした機能を使ったミュージックビジュアライズ・アプリなんかを作ってビジネスに繋げられたら面白いんですけどね(笑)」

 なお、「Child of Eden」の絶対的な時間軸は楽曲が支配している。例えば、敵の出現なども、「ステージ開始後から何秒後」とか「プレーヤーがどの地点に来たら」という管理手法ではなく、「曲の何拍目に来たら」というような管理システムになっている。また、連射可能なバルカン砲(トレーサー)の発射タイミングは楽曲の16分音符単位となっており、ロックオンレーザーは、ビートとシンクロするように敵への着弾のタイミングがシステム側で自動調整される。ただし、ゲームスコアに影響するプレイ評価は、敵への着弾のタイミングではなく、レーザーの発射タイミングがビートと合致していればいるほど高く評価される仕組みとなっている。

【「Child of Eden」における絶対的な時間軸は楽曲(動画)】
上下に広がる水面のような背景の陰影色がバスドラムのヒットに同期して変化している。「Child of Eden」にとって楽曲こそが絶対的な時間軸なのである



■ 「Child of Eden」特有のグラフィックス表現の秘密(2)~“逆”プロジェクションマッピング的な表現

 「Child of Eden」のグラフィックスでとても象徴的な表現に「プロジェクションマッピング」的な表現がある。プロジェクションマッピングとは、CGをプロジェクタなどを用いて、人工建造物などの現実世界の立体物に投射するデジタルアートの新しい表現手法で、デジタルサイネージ分野への応用も期待されている今、ホットな技術だ。

【Lumi】
「Child of Eden」のヒロインとして元気ロケッツのボーカル&フロントアクトであるLumiが登場している

 ゲーム中では、ゲーム進行や演出の一環で、ゲームシーン内に生成された様々な仮想立体物に、ゲーム上のヒロインキャラであるLumiの演技を撮影した実写ムービーが投射テクスチャマッピングされるのだ。仮想物のCGを現実の立体物へと投射する一般的なプロジェクションマッピングとは逆で、実写映像を仮想物のCGオブジェクトに投射しているのだ。

 現実世界のプロジェクションマッピングでは、投射先の立体物は動かず、動くのはCGの方だけだが、「Child of Eden」の“逆”プロジェクションマッピングともいうべき表現手段では、映像(ムービー)も投射先の立体物も動くため、非常に幻想的で有機的な表現として見える。

【プロジェクションマッピング的な表現(動画)】
無数のパーティクルにビデオテクスチャを投射マッピングする斬新な表現

 「Child of Eden」におけるビデオテクスチャとも言うべき素材は、約170ファイルもあり、総収録時間は45分、約500MB以上もある。これまでのゲームでも、イベントシーン向けに長時間のムービーを収録したタイトルはあったが、ビデオテクスチャをここまでふんだんに使用したゲームはあまり見たことがない。

 なお、貼り付けている映像テクスチャは基本的にはXbox 360はWMV、PS3はdivxとなっており、貼り付けにあたっては、シンプルに視点から投射テクスチャマッピングするだけのシーンもあるが、シーンによっては貼り付ける映像を歪ませたりといったような工夫が盛り込まれている場合もある。WMV素材は、オンメモリ状態のものもあれば、バッファリングしつつのディスクメディアからの直接ストリーム再生させている場面もある。

高梨氏「もう、なんというか、ミュージシャンのプロモーションビデオを作るような感覚もちょっとありましたね(笑)。実際問題、『Child of Eden』のシステムで、そうしたこともできると思いますけどね」

【ビデオテクスチャを活用したミュージックビデオ風の表現(動画)】



■ 「Child of Eden」特有のグラフィックス表現の秘密(3)~ジオメトリシェーダーなしで大量パーティクル生成描画をGPU内だけで完結させる方法

 「Child of Eden」のグラフィックスと言えば、これまで見たことがないほどの大量のパーティクルが画面内を立体的に動き回る表現が特徴的だ。あるときは整然と、あるときは雑然とそしてまたあるときは一定の力学に従いながら同時多発的に無数のパーティクル群が動き回る。この「モーションリッチ」とも言うべきグラフィックススタイルは、特に3D立体視モードで強い感動を与えてくれる。それにしても、この膨大なパーティクルは、PS3やXbox 360のGPUのパフォーマンスを少し超えてはいないだろうか。

【GPUパーティクル表現 その1】
ハードウェアスペックを超えていそうな大局的なパーティクル表現

高梨氏「CPUをほとんど介さずにほぼGPU内で完結できるパーティクルシステムを開発していて、これで駆動されています。この技術を一般的に『GPUパーティクル』と呼んでいて、これをツールでも作成できるようにBISHAMONに追加して貰った機能が『マスパーティクル』です」

 GPUパーティクルは、DirectX 10世代プログラマブルシェーダー4.0(ShaderModel4.0:SM4.0)以降のGPUでは実用化が進んでいるテクニックで、これには自在にジオメトリ情報を生成/消失させることができる第3のプログラマブルシェーダーである「ジオメトリシェーダー」を活用する。PS3やXbox 360のGPUは、DirectX 9のSM3.0世代なのでジオメトリシェーダーを持たない。では、一体どのように実践しているのか。

 DirectX 9/SM3.0世代で実践するGPUパーティクルには2つの手法がある。1つは頂点シェーダーとVertex Texture Fetching(VTF)を駆使した実現様式だ。VTFはDirectX 9/SM3.0世代にオプション機能として搭載された技術で、頂点シェーダーからテクスチャを参照(読み出しのみ)ができる機能だ。DirectX 9/SM3.0リリース当時は、NVIDIA系GPUでしか利用出来ない機能だったが、AMD(旧ATI)系でも、DirectX 10/SM4.0世代以降のGPUでは対応がなされ、Xbox 360 GPUに限ってはATI系DirectX 9/SM3.0世代GPUにもかかわらずサポートがなされている。

 まず用意しておくのは、位置座標x、y、z、カラー、速度vx、vy、vz、テクスチャuvなどの、生成したい大量のパーティクル群を司るパラメータ群だ。これを1種類のパーティクル群あたり、最大4枚のテクスチャの各テクセルの各RGBα要素に記録しておく。DirectX 9/SM3.0世代GPUでは、ピクセルシェーダーは16枚までのテクスチャが参照できるのだが、頂点シェーダーのVTFは4枚までのテクスチャ参照しか出来なかったために、この最大“4枚”という制約が与えられている。

 なお、パーティクルはクワッドないしはポリゴンの板ジオメトリであり、同一形状だ。なので、DirectX 9/SM3.0世代以降のGPUに搭載されているジオメトリインスタンシング(Geometry Instancing)を用いて、大量のパーティクル描画に備えておく。ジオメトリインスタンシングは「3Dオブジェクトが同形状のとき、3Dモデルの形状情報などを先にGPU側に転送しておき、あとは座標、向き、テクスチャアドレスなどといった付帯情報を表示したい数だけ転送すれば,実際の描画プロセスを実行できる」という高効率描画技術になる。

 あとは頂点シェーダーが、VTF機能を使ってこのパーティクル群パラメータとなっているテクスチャを読み出して、ジオメトリインスタンシングを応用しながら、そのフレーム描画で必要分のパーティクル描画用のジオメトリをセットアップしていく。

 パーティクル群を個別に動かしたり回転させたり、色を変えたり、テクスチャアニメーションをさせたりといった各パラメータの更新はDirectX 9/SM3.0世代GPUではメモリ書き込みがピクセルシェーダーでしか行なえないために、必然的にピクセルシェーダーを使用することになる。

 もうひとつのGPUパーティクル手法は、CPUを助っ人に駆り出す方法だ。CPUが介入する時点で「GPUパーティクル」と言っていいのかはわからないが、これはややゲーム機特有のハードコーディングテクニックになる。

 PS3のGPUであるRSXはNVIDIA系なので、このVTF活用のGPUパーティクルテクニックは利用できるのだが、RSXはそもそも頂点シェーダーが遅いため、PS3版の「Child of Eden」では、PS3のCPUであるCELLプロセッサ内のSPE(Synergistic Processor Element:128ビットのSIMD型ベクトルRISCプロセッサ)を駆り出して、「頂点シェーダー×VTF機能活用」フェーズの部分と「パーティクルパラメータの更新」フェーズを代行させている。

 Xbox 360の場合も、一部のエフェクトは、3コア6スレッドのCPUとGPUが共通する物理メモリ空間を共有しているハードウェアの特性を活用し、CPUスレッドで、GPUが描画することになるパーティクル生成と、そのパラメータ更新の支援を行なう仕組みを実装しているという。モーションリッチな「Child of Eden」特有のグラフィックス表現は、こうしたハイテクによって実現されていたのだ。

【GPUパーティクル表現 その2】
CPUの支援なしにGPU内でパーティクル描画を完結させることができる「GPUパーティクル」機能は「Child of Eden」のパーティクル主体のグラフィックスを支える根幹技術ともいえる



■ 「Child of Eden」特有のグラフィックス表現の秘密(4)~ブロウパーティクル表現を見逃すな!

 「Child of Eden」特有の膨大な量のパーティクルが舞い踊るブロウパーティクル表現はGPUパーティクル技術で実現されていることが分かったが、パーティクルによっては板ポリではなく、なんだか立体的なジオメトリ構造を持ったようなものも散見される。

【無数の直方体は2Dか3Dか(動画)】
二重リングの起動で舞い踊る青い無数の立方体パーティクルは実は板ポリベース

高梨氏「いや、板ポリなんですよ、実際(笑)。ジオメトリ構造を持つ立体的に見えるのはうちのアートチームのワザというか(笑)。グラフィックスのタッチに救われている部分もあるんですが、ただのテクスチャアニメーションです」

立方体の回転表現は実は16枚のテクスチャによるアニメーション表現

 まず、ジオメトリ構造があるように見えるテクスチャアニメーションは、3Dオブジェクトを動かしてレンダリングした結果をテクスチャにフレームとしてレンダリングしたものを、単一のクワッド、あるいはポリゴンにテクスチャとして貼り付けているだけだ。例えば、メニュー画面で出現している無数の青い立方体は、このテクニックによる表現だが、この青い立方体は16枚のテクスチャアニメーションからなっている。このテクスチャアニメーションは、ある一定視点からプリレンダーされたイメージであり、ここに描かれている形状は、プレーヤー視点から見た正しい形状ではないはずなのだが、これらのパーティクルが遠方にあるためそれほど不自然には見えない。

高梨氏「ごく希に、このテクスチャアニメーション付きパーティクルが視点から凄く近いところに出現することがありまして、こういったときはさすがに16枚アニメーションのカクカク感と形状の不自然さに気づけますね」

 「Child of Eden」では、こうしたマスパーティクル表現の軌道そのものが、一定の物理法則だけに支配されない、なんらかの形状を構成しようとする意志を感じる。例えば、前出のメニュー画面でいえば、無数の(テクスチャアニメーション付きパーティクルの)立方体が二重リングのような軌道で公転しているのだが、ここにカーソルをあてると、斥力が発生して立方体群はふわっと飛び散ってしまうも、しばらくすると再び元の公転軌道に回復する。

【二重リングの軌道で回転する無数の直方体パーティクル群】
カーソルをあてると、斥力が発生して立方体群はふわっと飛び散ってしまうも、しばらくすると再び元の二重リングの公転軌道に回復する

高梨氏「GPUパーティクル自身の軌道自体をジオメトリ形状でデザインしているんです。このメニュー画面で言えば、二重のドーナツの形状で3Dモデルをデザインしていて、この二重ドーナツの各頂点がGPUパーティクルの発生源になっています。各頂点パラメータにはそこから発生させるパーティクルの数や色、などのパラメータを持たせています」

 つまり、ブロウパーティクルの公転は、この公転3Dモデル自身の回転やアニメーションで表現されていて、斥力などが発生した場合も、元の発生源に戻るような軌道制御をやっているだけなのだ。種明かしをされれば「な~んだ」という感じだが、映像としての見た目は強力だ。まさにアイディアが生んだマジック表現といったところか。

【ブロウパーティクルの配置形状は3Dモデルとして作成】
パーティクルの配置情報は3dsmaxで3Dモデルとして作成。パーティクルはこの3Dモデルの各頂点に配置され、各頂点のカラーはパーティクルカラーとして反映される仕組み(左)。各パーティクルの基本挙動アルゴリズムはQEToolboxと呼ばれる社内専用ツールにて設定(右)



■ 「Child of Eden」の開発を支えた「BISHAMON」。「もっと、オーガニックに!」(笑)

 こうしてみてきてわかるように、「Child of Eden」のグラフィックスにおいて、パーティクルを主体としたエフェクトが大きな役割を担っている。ゲームシステムに密着したエフェクト群は、デザインチームのアイディアとアートセンスのあるプログラマの相互連携で生み出されていったが、それ以外の膨大な数のエフェクト群は、本連載でも取り上げたエフェクトデザインツール/ミドルウェアの「BISHAMON」が利用された。

高梨氏「『Child of Eden』のグラフィックスは、エフェクトが主体なワケですから、エフェクトの開発効率を上げることが急務となりました。ただ、用意された開発期間の間に、ゼロから自分達の専用ツールを開発するのは難しかったんです。そうした流れから、『BISHAMON』を採用することになったんです」

藤本文彦氏(マッチロック代表取締役社長)「『Child of Eden』の開発と共に、『BISHAMON』は劇的に進化しましたね。もはやお互いが相互共同開発という関係といってもいいほどの(笑)。例えば、BISHAMON側に新搭載されたマスパーティクル機能などは、『Child of Eden』の開発でお互いを高めあうことで生み出された新機能の代表例と言えます」

藤本文彦氏(マッチロック代表取締役社長)

 最初から両社が円満だったかというと実はそうでもなかったようだ。確かに「BISHAMON」は楽にエフェクトが作れるのだが、キューエンタテインメント側として開発初期には「動きが堅い」という厳しい評価をくだしていたという。視点(カメラ)もエフェクトの発動位置までが固定であれば、そこそこ見栄えのするエフェクトでも、視点もエフェクトもアグレッシブに動く「Child of Eden」では浮いてしまっていたのだ。具体的には、当初の「BISHAMON」で作ったエフェクト群はどうも動きが算術的で、ゲームシステム側で直で実装しているエフェクト群との一体感が乏しかったようだ。

藤本氏「たびたびいわれたのが『もっと、オーガニックに!』でした(笑)。そこで、エフェクトパーツの動きに引力や斥力などの物理パラメータを付加できるようにしたり、パラメータにfカーブ(Functional Curve)が与えられるだけでなく、そこにノイズを付加できるようにしたりしました。これにより、同一エフェクトでも毎回動きが異なるようなものが作れるようになりました」

高梨氏「我々の方でも、時を重ねるごとに、BISHAMONの使い方が上達したので、だんだんとイメージ通りのものを作れるようになりましたね。同一エフェクトでも、親子階層関係にして、親側の動きや回転にランダムを加えたりするだけで、だいぶ見栄えが複雑になるんです」

 実際の完成版の「Child of Eden」を見る限り、どれが「BISHAMON」で作られた「BISHAMON」ランタイムで駆動されているエフェクトなのか、どれがゲームロジック側からの直駆動エフェクトなのかはもはや区別は困難だ。実際、キューエンタテインメント側でも、一部のコア開発スタッフを除けば、判別は難しいという。

 ただ、基本方針として、物量エフェクトは基本的にはゲームプログラムによる直駆動の実装とし、量はそこそこだが動きはリッチで見栄えの美しいエフェクトは「BISHAMON」ベースで製作したとしている。マスパーティクルの機能は、量に対する期待に応えるために途中から追加された機能だ。

 実際に、製品版のゲームシーンをプレイしてもらい、このエフェクトがゲームプログラム直駆動、このエフェクトがBISHAMON製作のBISHAMON駆動という形で解説してもらったが、前述の基本方針も、実際には各要素の開発担当の気分で守られたり守られなかったりしたそうで、筆者も、この限られた誌面で「どれがどれ」と例を挙げて解説していくことは無理だと判断した。

 敵の破壊アニメーションがBISHAMONベースだったり、中ボス、大ボスが発する放射状の巨大なエフェクトがプログラムベースのこともあれば、BISHAMONベースのこともある。エフェクトどころか、出現する敵自体がBISHAMONベースで開発されて動いているという場合もある。「長く画面に居座るのがプログラム直駆動」で、「同一シーン内で繰り返し再生されるエフェクト群はBISHAMONベース」というのが、筆者なりに何となく感じた傾向だ。


【BISHAMONで製作されたエフェクトと実際にそれが活用されたゲームシーン1】
BISHAMONのツール画面
BISHAMON上でのプレビュー(動画)
実際のゲームシーン(動画)

【BISHAMONで製作されたエフェクトと実際にそれが活用されたゲームシーン2】
BISHAMONのツール画面
BISHAMON上でのプレビュー(動画)
実際のゲームシーン(動画)

【BISHAMONで製作されたエフェクトと実際にそれが活用されたゲームシーン3】
BISHAMONのツール画面
BISHAMON上でのプレビュー(動画)
実際のゲームシーン(動画)

【BISHAMONで製作されたエフェクトと実際にそれが活用されたゲームシーン4】
BISHAMONのツール画面
BISHAMON上でのプレビュー(動画)
実際のゲームシーン(動画)

【BISHAMONで製作されたエフェクトと実際にそれが活用されたゲームシーン4】
BISHAMONのツール画面
BISHAMON上でのプレビュー(動画)
実際のゲームシーン(動画)




■ おわりに

 筆者は、水口哲也氏が率いるキューエンタテインメントの作品には、毎作ぶれない方向性が2つあることを感じている。その1つは「プレイして気持ちがいいこと」だ。「Child of Eden」では「狙って撃つ」というシューティングゲームがもたらす「破壊のカタルシス」に、映像と音楽、さらにプレーヤーのモーションまでをもシンクロさせることで、新感覚の気持ちよさを体現してくれた。

 そしてもうひとつは新しい技術には臆することなく挑戦していくスピリッツ。今回の「Child of Eden」の開発では、短い開発期間の中で、Kinect対応、PS Move対応、3D立体視対応、そしてミドルウェア「BISHAMON」の採用などに取り組んでおり、本作の開発チームはアート集団であると同時に、先鋭的なテクノロジストであることを感じさせる。

 最後に高梨氏に、今後のキューエンタテインメントが目指すゲームの方向性というものを聞いてみた。

高梨氏「『Child of Eden』では、音声入力に対応しなかったので、今後こういった技術要素を取り入れたいという漠然とした思いはあります。プレーヤーに歌わせるのも面白そうですし、Kinectのマイクアレイで音場の定位を取得してこれを何かに応用するのも楽しそうです。きっとKinectやPS Moveの先には、我々が使いたくなる技術が控えているに違いありません。『映像を見る。音を聞く。』のビデオゲームの2大要素の先には匂いや触感などの五感に訴えるものだってあるかも知れません。立体視だって見えるだけじゃなくて凹凸が触れたら楽しそうですよね」

(C) 2010 Ubisoft Entertainment. All rights Reserved. Child Of Eden, Ubisoft and the Ubisoft logo are trademarks of Ubisoft Entertainment in the US and/or other countries.

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(2012年 3月 2日)

[Reported by トライゼット西川善司]