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「大東京トイボックス」漫画家“うめ”インタビュー(後編)
ターニングポイントは「ゼビウス」シーン。半田花子、卜部の誕生経緯も
(2013/10/4 00:00)
ターニングポイントは「ゼビウス」シーン。半田花子、卜部の誕生経緯も
――「大東京トイボックス」4巻ぐらいから「おもしろさに対するゆらぎ」のようなものを太陽が抱えていって、ちょっと重い話が続いていった印象があるのですが。
小沢氏: あまり自分では重いとは思ってはいないですね。
妹尾氏: 私の中では5巻で1回、話が区切られているんです。そこから先は太陽が一切迷っていないと思うんですよ。
小沢氏: 5巻のラストの「ゼビウス」のシーンですよね。あの後から太陽はぶれていないんです。1巻はモモの紹介の話、2~5巻は太陽の話、それ以降は彼を取り巻くいろいろな人やものの話ですね。
妹尾氏: やっぱり5巻は主人公である太陽が悩み、葛藤を乗り越えるお話なので、描いていてつらかったです。連載を唯一落としそうになったのも、この辺りですね。1度、太陽があっさりと悩みを乗り越える原稿を描いてしまって。でも締切当日に「これ、絶対におもしろくない」と我慢できなくなって、編集さんに「すいません、落とさせてください」って相談して。
小沢氏: そうしたら編集さんが「締め切りギリギリまで伸ばしますので頑張りましょう」と。
妹尾氏: 太陽が巣鴨キャロットに行って「ゼビウス」を遊ぶ場面はなかったんですよ。元は、普通に「スタジオG3」で「ゼビウス」を遊んで気づいちゃうというもので、それじゃ全然深みがない、と。でも、ここで悩みを乗り越える話を描けたことで、6巻からは太陽を描くのが楽になりましたね。
小沢氏: 作品の1つのターニングポイントになりました。
――「大東京トイボックス」では百田モモ以外にも、同人業界から商業に転身した「電算花組」の半田花子(はんだはなこ)や、「ソリダス」内で暗躍する卜部(うらべ)・ジークフリート・アデナウアーといった新キャラが登場しました。
小沢氏: 半田については、現代の創作の現場を描く上で同人の世界というのを無視してはいけないなと思うことがあって。「東京トイボックス」ではグラフィッカーの阿部茉莉(あべまり)にその要素を背負ってもらっていたのですが、もう少しそこを掘り下げたいと思って登場させたキャラです。
当時のウチのアシスタントさんで同人でも活動している子がいて、僕ら自身はあまり同人の世界に詳しくなかったのですが、その子の話を根掘り葉掘り聞いていたらおもしろいなと。
最初は同人誌を描いている人は、全員がプロを目指していると思っていたんです。でも、そうじゃない何かを求めて描いている人もいるなと。それで「プロとアマの違いってなんなの?」と考えていたときに「ひぐらしのなく頃に」の竜騎士07さんの講演を聞きました。
それでわかったのは、これは「質の違いではなく流通の違いでしかない」ということでした。その講演の後に竜騎士07さんに「どうして商業に行かないんですか?」って質問したら、「なんのメリットがあるんですか?」と返されて、これはいい答えだなと思ったんです。半田はサークルから株式会社化しているという設定なんですが、同人とか商業のどうでもいい壁を壊したいというモチベーションから生まれたキャラですね。
――卜部についてはいかがでしょう? 自社による独自のレーティング体制を作り上げるなど、太陽たちのみならず同じ社内の仙水とも敵対するキャラでしたが。
小沢氏: 彼はいつの間にか出ちゃったキャラですね。
妹尾氏: 元々、小沢はとにかく世界を広げたいらしいんです(苦笑)。前作「ちゃぶだいケンタ」の頃もなんですけど、「どっかと戦争させたい」とか「米軍を出したい」とかぶつぶつ言っていて。
小沢氏: 別に物騒なことを描きたいわけじゃないんですが、ゲーム開発の話でどこまで風呂敷を広げられるかという点に挑戦したかったというのはあります。ちなみに「東京トイボックス」で初めて「ソリダス」が出てくるときに、「軍用機シミュレーターまで開発する」って書いたのも、僕が最後に「サーバールームに立てこもって米軍と戦う」というシーンを描きたかったから入れたんです。
よくわからないんですけど、それが描きたいシーンの1つとしてあって(笑)。結局そこにはたどり着かなかったんですが、「大東京トイボックス」の9巻でそれに近いシーンは入れられました。
妹尾氏: 卜部については、打ち合わせが終わって、小沢がシナリオを書いているはずが知らないキャラがいる……と(笑)。
小沢氏: 打ち合わせのときにはいなかったんですよ。午前中に打ち合わせをして、午後にシナリオを書いて、15時ぐらいに妹尾に見せたら「いた」んです。表現規制とか児童ポルノ禁止法改正の話を盛り込もうというのは、取材を進めている早い段階で考えていて。
実際のクリエイターのみなさんって、そこをクリエイティブな逃げ道で避けられるんですよね。そこに感心して。だからエピソードとして盛り込むのは予定通りだったんですが、卜部という具体的なキャラクターとして彼が出てきたのは偶然でしたね。
――やはり「ゲーム=悪」のような意見に反論したいという気持ちはあったのでしょうか。
小沢氏: それはありますね。子供のときから、さんざん言われてきたし(笑)、ゲームから学んだこともたくさんあるので、いいかげんそのレベルの低いバッシングはやめてよ、という思いは強いです。
ただ「非実在青少年」という言葉が出てきたときは、偶然すぎて少し笑いました。そのあと笑い事じゃない事態になったのですが。「非実在青少年」の話題が出たので、「大東京トイボックス」で表現規制の話題に触れたと思われている方もいるかもしれませんが、実は時系列的には逆です。
妹尾氏: 当時小沢が焦ってました。現実のほうが恐いなと。その考え方はなかった、と(笑)。
――9巻では、卜部がゲームが原因と言われる銃乱射事件の加害者の親であることが明かされて驚いたのですが、それは登場させたときから決まっていたのでしょうか?
小沢氏: それは決めていましたね。そこが10巻でどうなるのか……というのは、読んだ人だけのお楽しみということで。
――全12巻という長い作品になりましたが、印象に残っている回やセリフはありますか? また、それとは逆に描けなかったエピソードなどは?
小沢氏: 僕は「大東京トイボックス」の「ゼビウス」の場面が好きです。自分で書いて、「おお!」と思いました。今読み返しても、バカみたいですが、自分でちょっとウルッと来ます(笑)。
妹尾氏: 私は「今回筆がノッてるなぁ」だとか、「ちょっと気に入ってないのかなぁ」だとか、そういうのが自分の絵でどうしてもわかっちゃうんですよ。それを思い出すと、4巻の月山と仙水がボートで会話するシーンが好きですね。
小沢氏: 描けなかったということで思い返すと、半田が無自覚なまま太陽のことが好き、というシーンは描きたかったんですけどね。自覚していないうちに失恋をするという。好きだと気づいた瞬間に失恋している、どうにも整理ができないという気持ちですね。
妹尾氏: あと、ファンの男性で仙水が好きという方が多いのが意外でした。女性のみなさんにも読んでもらいたいなと思って、太陽と仙水の関係もいろいろ考えたんです。
さっきの話に挙がった、同人に詳しいスタッフに「なんでこれ、女子にウケないんだろう?」って聞いたら「肉体的接触が足りない」と。だから、3巻の後半で胸ぐらをつかむシーンとか入れたんですけど……全然ダメでしたね(苦笑)。その後にやったサイン会では、さらに女子率が減るという。どうして「萌え」ではなく、「燃え」になっちゃうんですかね。
小沢氏: いわゆる腐女子の方のブログで、「東京トイボックス」の感想を書いていただいたことがあって。てっきり「そういう方面」の話を書いてくれてるのかと思いきや、「私が書くと説得力がないかもしれませんが、これは本当に友情なの!」って(苦笑)。それを読んで「もうわかった!付け焼き刃はやめよう!」とあきらめましたね……。