ニュース

「大東京トイボックス」漫画家“うめ”インタビュー(前編)

「東京トイボックス」の物語で描きたかったことは、個人個人の正しさ

「東京トイボックス」の物語で描きたかったことは、個人個人の正しさ

「スタジオG3」のオリジナル作品「サムライ☆キッチン」。この作品の海外版移植に際してのトラブルや苦労が「東京トイボッックス」の物語の軸となっている

――「東京トイボックス」が、ゼロから1本新しいゲームを作る話ではなく、「サムライ☆キッチン」というゲームの海外版を作るお話にした狙いは?

小沢氏: それは、連載がいつ終わるかわからなかったからですね。ゼロから作るお話にしちゃうと時間がかかって、いわゆる「俺たちの戦いはこれからだ!」で終わらすのも嫌だったし。「1度作ったゲームをなんとかしなきゃ」という話にすれば、ゲームのイメージもバシッと読者に伝えやすいだろうと。そう思ってひねり出したのが「海外版」というアイデアでしたね。

――妹尾さんは、そのアイデアについてどう思われましたか?

妹尾氏: 私はもっと「ゲーム業界あるあるネタ」みたいなものを考えていて。私は文系の人間なんですが、理系の人のちょっと変わった習性とか好きなんですよね。そういうのと、小沢が言っていた「ゲーム業界のサラリーマン」というネタが合致していて、それはいいねって思ったんです。だからもっと「コスプレして会議に出るとか」そういうネタを入れたりとか……。

小沢氏: いや、それは理系じゃないでしょ(笑)。説明がくどかったりとか、エンジニア的な考え方とか。妹尾はもっとコメディ寄りの話をやろうとしていたんですよ。

妹尾氏: そういうものを描きたいという思いと同時に、「熱いもの」を描きたいという気持ちもあって、それって矛盾しているんですよね。もっと軽い読み味で1話完結型の話をやろうかなと思っていたんです。小沢はいろんな立場の人の視点がある、群像劇のようなものをやりたいって話していたのを覚えていますね。誰かが間違っていて、誰かが正しいとかじゃなくて。

小沢氏: そうですね、今思い出しました(笑)。どうしても漫画の世界で王道とされるのって、主人公を立てて敵を作って、そこをゴリゴリぶつけていくというものなんですよね。

 でも、何かしらの組織にある程度の期間いた人だったらわかることだと思うんですけど、例えばペーペーのバイトの頃は「ムカつくよね、あの店長~」って言ってうなずいている。でも年を取ると、そうやって下に言われてるのわかっていても、そのバイトを使わないといけない状況だったり心境だったり、なんて店長の気持ちもよくわかったりして(笑)。

 僕が昔働いていた会社の上司が「たまにはみんな、僕のいないところで飲んで、僕の悪口言わないとダメだよ」と言ってたのをよく覚えています。その立場ごとに正義ってあるし、間違いもあるし、見えている世界も違って、全員ある意味正しいんですよね。そいう「個人個人の正しさ」みたいなものを描きたいという思いはありましたね。「大東京トイボックス」になっても、その思いはありました。

――「ソリダス・ワークス」という大きな会社を登場させた理由は?

小沢氏: それは「スタジオG3」という中小のデベロッパーとの対比のためですね。

妹尾氏: 私は「ソリダス」という会社を登場させたことで、1話完結型ほのぼのギャグタッチはあきらめました(笑)。どうしても対立構造が生まれてしまうので。

――「ソリダス」にもモデルのようなメーカーはあるのでしょうか?

小沢氏: 具体的にどこということはなく、いろんな複合体ですよ(笑)。スクエニさんみたいにゲーム以外に出版をやっていたりとか、セガさんが「セガガガ」でビル建ててたので「ソリダス」もビルを建てようとか。あとはKONAMIさんにも取材に行っていて、「コナミスクール」という人材育成の体験入学をしてみたり。

“東京”の進化系だから、大東京。タイトル&キャラクター制作秘話

絶賛デスマーチ中の「スタジオG3」の面々。同じゲーム制作の現場といえど、抱えている悩みは異なるようで……

――「東京トイボックス」というタイトルは、どうやって付けられたのですか?

妹尾氏: 元々私が「トイボックス」って言葉がいいな、と急に思って。ただ、「トイボックス」だけだと何か足りないなという話になって「東京」を加えた感じですね。

小沢氏: その前は仮タイトル「ゲーム野郎」でしたからね(笑)。

妹尾氏: 編集長に「それだけはやめてくれ」って言われて(笑)。

小沢氏: でも僕は「東京トイボックス」というタイトルが嫌いだったんですよ。大体「東京◯◯」ってタイトル多いじゃないですか。「東京ラブストーリー」しかり、「東京ばな奈」しかり(笑)。ただ、続編で“大”を付けたときにやっと「アリだ!」って、このタイトルを受け入れられましたね。結構長い時間がかかりました(笑)。

――その“大”を続編のタイトルに加えた理由はなんでしょう?

小沢氏: これは「コミックバーズ」に移籍して続編をやるにあたって、編集さんから「“2”とか“続”とか“新”とかはやめましょう」ってリクエストされて。新規の読者さんも入りやすいようにしつつ、続編としても伝わるようにしたくて「どうしようどうしよう」と悩んで歩いていたとき……それがちょうど夏祭りのシーズンで、どこかから「東京~東京~大東京~」と「大東京音頭」が聞こえてきて「コレだ!」と(笑)。東京の進化系は「大東京」だろうって。よく「魔界村」が「大魔界村」になったののオマージュだといわれるのですが、違うんです、すみません(笑)。

妹尾氏: 最初は「ネオ東京?」とか言ってましたけど(笑)。

――「スタジオG3」の個性的な面々について、どんな風にキャラを考えていったんでしょうか。

妹尾氏: 最初に決まったのは、意外かもしれませんがプログラマーのゴウ・ロドリゲスですね。アクワイアさんに取材に行って、開発室に入れていただいたときに、日本語ペラペラの外国の方がいらっしゃって。「このキャラは使える!」と(笑)。

小沢氏: あとは七海さん、太陽、月山とか、メインどころですかね……。

妹尾氏: ほかには、2~3話ぐらいから「もっとスタッフちゃんと考えないとね」みたいに、キャラを徐々に立てていった感じですね。

小沢氏: 太陽は最初「天川銀河」という名前だったんですよ。あと、初期設定から変わったのは髪型ぐらいですかね。このネタの名残は10巻のラストで登場します。

妹尾氏: 最初、太陽はボウズで、月山が長い髪で企画を出していたんですが、編集長から「ボウズは……もう1パターン何かない?」と言われて、出したのが今の形ですね。

小沢氏: でもなんかしっくりこなかったので、「大東京トイボックス」でボウズにしてやりました(笑)。難しかったのは月山と七海さんで、「大東京トイボックス」から登場する百田モモ、この3人の属性がグッチャグチャで。

 初期設定では、七海さんが社長だったり、月山が新人だったこともありましたね。インターンシップで大学から「スタジオG3」に入ってきたり。とにかく女子を2人出したいと考えていて、太陽より立場的に上の人と下の人ですね。それで、今の月山と七海さんの形になって、入りきらなかった成分が「大東京トイボックス」のモモになりました。実は、ボツになった「東京トイボックス」の1話のネームと「大東京トイボックス」の1話のネームはほぼ一緒なんです。新人が転がりこんでくるという。

妹尾氏: 月山がツインテールでメガネかけていたときもありました。東北弁という設定は残りましたね。もっとバリバリしゃべっていました。

――太陽のモデルとなったクリエイターはいるのでしょうか?

小沢氏: とくにこの方がモデル、というのはないですね。

妹尾氏: アクワイアさんに取材をしていて、自分の中のディレクターという職業のイメージと、ある種ワンマンな太陽のキャラクター性がしっくりこなくて悩んだことはありましたね。ディレクターって、現場のスタッフとプロデューサーの架け橋、調整役のように考えていて。

 「大東京トイボックス」の3~4巻ぐらいで悩んだりしているんですけどね。ちょっと話がそれるのですが、「スティーブズ」というスティーブ・ジョブズをモデルにしたマンガを描くために、彼のエピソードをいろいろ調べてて「あ、こういう人もいるんだ」って驚きました。まるで太陽じゃん!って(笑) 。

 そこからは、多少ワンマンでも魅力的なディレクターがいてもいいじゃないかと開き直れて、気持ちよく太陽を描けるようになりました。

小沢氏: でも、すごく調整力と協調性の高いディレクターを主人公にしてたら、たぶんつまらなかったと思うんですよね。「マンガですから」って言ってしまうとズルいんだけど、そこはエンタメなので夢を描かなきゃいけないかなって。

――「東京トイボックス」1巻の幕間を見ると、サブキャラクターも含めて、略歴や初めてのPC、果ては恋愛関係など、細かな設定が用意されていますよね。

小沢氏: 全部僕が楽しいから考えています(笑)。僕「ファイブスター物語」の年表が好きなんですよ。そういったものへの憧れもあって、こういう設定資料集的なものを熟読するのが好きというのが根っこにありますね。

妹尾氏: 私は小沢が考えたものを見てゲラゲラ笑っていて(笑)。

小沢氏: あとはページが余ったので何で埋めようかっていうのも(笑)。加えて、いつ終わるのかわからない作品だったので、いつ描けるかわからないから、もったいないから出しちゃおうといったノリで。でも、ああいう細かなことを考えることで、月並みですけどキャラのイメージが固まっていきましたね。「スタジオG3」に入ってきた理由を散らしたりとか、なるべくかぶらないように。

――「どこの会社でもこういう人、1人はいるよね」みたいな、バランスのとれたメンバーですよね。

妹尾氏: そう言ってもらえるとうれしいですね。

(イマイチ)