広東動漫城特別授業「格闘ゲームを作ろう!」レポート

ゴキブリやネズミ、スマホ、酔っ払いが戦うゲーム!?


6月20日~21日開催(現地時間)



 広東省従化市の広東動漫城は、アニメーション、漫画、ゲームなどのデジタルコンテンツ産業の拠点として活動していく。今回、6月21日に行なわれた広東動漫城のオープニングセレモニーはそのスタートを告げる式典だ。

 このオープニングセレモニーに合わせて、式典とは別に、広東省の学生や現役のコンテンツ開発者向けに、人材育成を目的とした特別授業も行なわれていた。今回の授業はあくまで試験的なものだが、今後は定期的に行なわれる予定だ。

 今回、この特別授業の中に、ソニー・コンピュータエンタテインメント アジア(SCE Asia)による授業もあった。学生向けに行なわれた、SCE Asia中国事業企画部事業企画課課長の大和田健人氏による、“ゲーム開発とはどういうことか”という最も初期の“心構え”を学ぶ「ゲーム制作ワークショップ」だ。本稿はこの授業を取り上げ、「ゲームとは、どう作っていくのか」を考え、発表した学生達の姿をお伝えしたい。





■ 「ゲームを創る」という初めてのテーマに挑み、議論を重ねる事で学んでいく“心構え”

SCEA中国事業企画部事業企画課課長の大和田健人氏
登壇者は元気よく発表し、質問もまた積極的だった
大和田氏が最優秀とした「モバイル大作戦」

 「ゲーム制作ワークショップ」は、「ゲームを創るという経験が無く、そのノウハウもない」という環境の人達向けに、大和田氏が作成したカリキュラムである。大和田氏は以前にも、台湾高雄のインキュベーションセンターで同じような講座を実施しており、今回は2日間というスケジュールで、段階を踏みながら実際にゲームのアイデアを出し、発表させるという授業を行なった。

 この講座を受講したのは、広東省の大学2~3年生の学生だ。広東省では現在10以上の大学で広東動漫城の開発者育成プログラムへの参加を決めている。今後、広東動漫城でのプログラムの参加が、学校での単位になるような仕組みも作り、開発者育成に取り組んでいくという。今回は42人の希望者が大和田氏の授業を受講した。学生達は7つの班に分かれ、大和田氏の提示するテーマに合わせ様々な議論を重ねた後、大きな紙に班としての意見をまとめ、発表を行なっていった。

 6月20日には10時から18時まで、「ゲームを作る」ということを初歩から段階を踏んで議論と発表を重ねていき、6月21日に授業の集大成として、「どのようなゲームを作るか」という発表を行なう事になった。今回取材したのは、この最後の発表だ。

 大和田氏は、この「自分たちが作るゲーム」という発表に向け、6月20日の最初の授業であえてゲームではなく、“フラフープ”を使って、「1人で回すだけではない、遊び方を考えてみよう」という議題で、各班にアイデアを出させた。その上で、ゲームには「ルール」と「ゴール」が必要であることを教え、「矛盾」というゴールまでの障害を設定することで、ゲームがより面白くなることを教えた。

 その後、大和田氏はアンケートをとり、受講者にとって最もポピュラーなゲームは何かであることを調べた。結果、中国の学生達は、レースゲームやアクションゲームはあまり知らず、「格闘ゲーム」の知名度が高い事がわかった。「ストリートファイター」シリーズ、「ザ.キング.オブ.ファイターズ」シリーズ、「鉄拳」シリーズといった作品の人気が高く、このため大和田氏は「格闘ゲーム」にフォーカスした分析を生徒達に行なわせた。

 格闘ゲームは“敵を倒す”という目的は同じながら、どこが違うのか。“暴力的な世界観”、“刺激的なゲーム要素”、“キャラクター性”といったいくつかの作品ならではの特徴を生徒達に提出させた上で、「延長線上にあるゲームを作っても、現在の開発者には太刀打ちできない、では、自分たちが出せるゲームはどんなものだろうか?」。大和田氏はこう問いかけ、学生達は班ごとに考えをまとめていった。そして6月21日に、「彼らが作りたい格闘ゲーム」を発表させたのだ。

 「格闘ゲーム」というジャンルを特定したが、生徒達の答えは様々だった。最も多かったのは、ユニークなキャラクターを登場させるというものだったが、ある班は「ナイトクラブ」をテーマに、FPS視点でのゲームを発表した。主人公は酔っ払いで、常にアルコールゲージが上昇し続ける。アルコールゲージがいっぱいになると倒れてしまうので、プレーヤーは、その前に複雑な路地を通り抜け、ゴールまでたどり着かなくてはならない。途中でアルコールを減らすアイテムなどもあるが、酔っ払いが絡んでくることも多く、プレーヤーは、彼らを打ち倒しながらゴールを目指していく。

 また、ネズミ、ゴキブリ、蚊、ハエが4つどもえのバトルを繰り広げる、“害獣”をテーマにしたゲームの発表は、最も受講者達が反応が良かった。彼らは人間には追われる存在だが、隠れ家を巡って、戦い合う。「蚊は相手の血を吸うとパワーアップする」といった要素も発表された。受講者達は発表者に、「蚊とネズミでは、全然サイズが違うじゃないか」、「ゴキブリの必殺技って何だ」、「害獣ってもっとたくさんいるのに、何で4種類だけなんだ」など、いくつもの質問を浴びせた。

 今回の授業で面白かったのは、この質問の出方だ。質疑応答になったときに、学生達は手も上げずにいきなり質問を投げかけ、他の人がそこに被せるように声を掛ける。それらが重なり、さらに受講者同士も話を始める。登壇者が答えてるときも、その他の生徒がさらに浮かんだ質問をぶつけたりで、かなり騒然とした感じになる。この「害獣ゲーム」に関しては、特に意見を言う人が多かった。発表者達はその場で考えながら答えていった。

 「キャラクターを増やす、キャラクターとゲーム性を結びつける事を、今後さらに考えていく」というのは、今回の登壇者が答えた最も多い回答だった。限られた時間でのアイデアでは、やはり細かい要素での練り込みが足りない事もあり、質問に答えながら、キャラクターのアイデアを出していく、という場面が多く見られた。それでも発表者はそれぞれ自分たちが考えたゲームを元気よく語り、質問に答えていた。「普段は温厚なシスターが、教会に侵入する悪者と戦うゲーム」では、リーダーの女性がそのキャラクターを思い入れたっぷりに語ったりした。

 大和田氏は、登壇者の発表と、質問の後、「より踏み込んだゲーム性」を提示するというスタンスでアドバイスを加えていた。ナイトクラブでは、アルコールゲージが高まったときに、「ピンチだが特別強くなる様な要素を入れてみればどうか」、といってみたり、「突然ダンスタイムが始まるなど、ナイトクラブならではのイベントはどうか」といった提案をした。害獣ゲームでは、敵は群れをなして襲いかかってくる「真・三國無双」や、もしくは大挙して攻めてくる敵を迎え撃つ「タワー・ディフェンス」のようなゲーム性はどうか、といった助言も行なっていた。

 大和田氏のアドバイスに対する受講者の反応を見ていて気がつくのは、「ゲームに対する知識の少なさ」である。「タワー・ディフェンス」という単語に反応する生徒はほとんどいなかったし、大和田氏の助言で筆者は「ああ、あのゲームの要素の話をしてるな」と感じる場合も多いのだが、学生達はその大和田氏がアイデアのベースとしているゲームが思い浮かべられないようなのだ。

 受講者は大和田氏や筆者に比べ、ゲームに触れていないか、もしくは触れているゲームが違うのだと感じた。コンシューマーゲームももちろん、オンラインゲームや、ソーシャルゲームも、触れているゲームが日本と、中国のユーザーでは大きく異なる。今後日本の開発者が広東動漫城で講義をする場合このギャップは課題になると感じた。ギャップをお互いが埋めつつ、お互いが楽しいと思える新しいゲームを作っていく、というのが広東動漫城で育成されるクリエイター達の大きなテーマになるだろう。

 もう1つ、「スマートフォンを使っているか」という大和田氏の質問に対して、半数の人が手を上げたが、残り半数の受講者は「今後スマートフォンを使いたいか?」という質問に手を上げなかっただけでなく、「私達には優れた国産の携帯電話がある!」と挑むように答えた姿が印象的だった。中国ではSIMカードが2枚差せる携帯電話が人気だという。1台の携帯電話で2回線使え、遠距離と近距離通話用で使い分ける。地方出身者は、2つの回線でそれぞれのプランを変えることで、通常より安価に2つの地域での通話を行なう。こういった事情も携帯電話にこだわる背景になっているとのことだ。

 そして大和田氏がこの特別授業で最優秀作品に選んだのが「モバイル大作戦」。携帯電話、スマートフォンが戦うゲームで、携帯電話が手足を持ち、自由に動ける機能を持った未来が舞台。戦いに勝ち抜いたデバイスはさらに先の形に進化できるという。「ノキアは電波が強いから、技が強いけどバッテリーの消費が激しい」といった、各社ごとの違いがある。

 また、技を出すにはバッテリーを消費しなくてはならず、バッテリーが尽きると倒れてしまう。このバランスの兼ね合いが駆け引きを面白くし、さらにバッテリーを急激に消費することで瞬間的に強力になれるが、その後はバッテリーが切れてしまうという諸刃の刃の要素も紹介された。

 この作品を最優秀賞に選んだ理由として、大和田氏はスマートフォン、携帯電話の戦いという、現在の時代に合致したテーマであること、キャラクターとしても個性が出しやすいことを挙げた。また、自分の持っている携帯がキャラクターとして登場するところに思い入れが深まる点を評価できる点も優れていた、と語った。そして、電話番号によって能力値が違うといったランダム制や、育成要素を入れてみるのはどうか、という提案も行なった。

 大和田氏は、受講者のアイデアにアドバイスや提案を行ないながら、PS Vitaの背面タッチパッドを含めた機能と、それを使うことでゲーム性に面白い幅が加えられることなど、SCEの製品や開発キットを使うことのアピールも積極的に行なっていた。優秀作品とした「モバイル大作戦」は、初代プレイステーションタイトルのほか、2012年後半以降PlayStation Mobileの開発キットを使って開発したコンテンツをAndroid端末で動かすことができるため、PS Mobileで開発してはどうかと具体的な提案も行なっていた。

 最後に大和田氏は、「今回、自分たちでゲームを作ることをイメージするのは楽しかったですか?」と受講生に質問すると生徒達は大きな声で「はい」と答えた。その生徒達に向かって、「ゲーム開発をすることで、皆さんがせっかく出したアイデアを、コピーされたり、中古で開発者達に還元されない形で出回ってしまうのが、開発者として悲しいと言うことをわかってもらえると思います。所得や、ソフトの値段での問題はまだありますが、それでも開発者を悲しませる状況がある、ということをこの2日間で学んで欲しかったです」と受講生に語りかけた。

 今回の授業そのものは、「このカリキュラムを受けたら直ぐに開発者として働ける」という実践的なものではなく、クリエイターとしての心構えを持つ、という極めて初期段階のものだ。しかし、今まさにこれからクリエイターを育成しようという広東動漫城にはぴったりの特別授業だと思う。また、正規品が出回らず、海賊版が横行している現状を改善するためにも、ゲーム開発者が必要だ、という視点も頷かされるところがあった。今後の展開にも注目していきたい。


受講者は男性が多かったが、女性も積極的に発表を行なっていた。自分のコンテンツを思い入れたっぷりに語る人も多かった
前日に作成した発表資料。各発表者の“味”が面白い。左から、フルーツが戦う格闘ゲーム、教会のシスターが主人公のゲーム、酔っぱらいながらゴールを目指すゲーム
こちらは前日のディスカッションでの資料。ゲームの分析と、格闘ゲームの要素の抽出、フラフープを使った新しい遊びの提案
当日行なわれていたその他の授業。SCE第1事業部ソフト開発部5課1グループの高橋律視氏は、開発者向けに「PS Mobile」の機能説明や実際の使用方法を語った。この他にも、3Dグラフィックスや、アニメーションのカリキュラムも用意されていた

(2012年 6月 22日)

[Reported by 勝田哲也]