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【特別企画】「Oculus RIFT DK2」で覗きこむVRゲーミングの現状と将来

1次元上の仮想世界がそこに。コンシューマーVRに必要なものが見えてきた

 この夏、ついに「Oculus Rift Development Kit 2(以下『DK2』)」が我が家にやってきた。7月中旬に出荷が開始されてからおよそ1カ月。一足早くDK2を入手した周囲の声にヤキモキする時間は終わり、実験的VRコンテンツを思うさま試しまくる1週間を経て、Oculus VRが目指すコンシューマーVRへの道筋が次第にはっきりと見えてきた。

我が家にやってきたDK2

 ヴァーチャルリアリティオタクの青年実業家パルマー・ラッキー氏がOculus VRを起業して2年が経過する。Oculus VRには伝説的ゲームプログラマーであるジョン・カーマック氏やマイケル・アブラッシュ氏をはじめ、様々な分野からレジェンド級の人材が集まり、VRヘッドセット「Oculus Rift」製品版バージョン1(Consumer Version 1:CV1)の開発を進めている。このDK2は、CV1への架け橋となる2つ目の開発者向けバージョンだ。

 彼らが夢見ているのは、一過性のブームに終わらない、本当のコンシューマーVRの実現だ。

 最初にそのコンセプトが示されたのは、2013年3月に発表された始めての開発キットDK1。解像度こそ低く、ソニーHMZシリーズなど従来のヘッドマウントディスプレイ(HMD)に比べて映像品質は劣っていたものの、水平90度の視野角、実スケールの両眼立体視、低遅延のヘッドトラッキングセンサーの搭載により、VR空間を“見せる”のではなく“没入させる”というVRヘッドセットの特徴を見事に証明してみせた。

 それから1年後の発表となった現バージョンDK2は、解像度の向上、遅延・残像の低減、そしてポジショナルトラッキング機能の追加が行なわれ、VR空間への没入度がさらに向上している。このDK2は最後の開発キットと言われており、この先はもう製品となるCV1だ。ただし、CV1の発売時期はまだわからない。早くても来年以降になる見込みだ。

 DK2を触れてみて「コンシューマーVRの夜明けは近い!」と言いたいところだが……、ブームが一般層まで広がっていくか、竜頭蛇尾に終わるか、それはCV1の仕様がどこまで理想に近づくかによる。本稿では、DK2のハード、ソフト両面の使用感をお伝えし、それをベースに将来のVRゲーミングを展望してみたい。

VRヘッドセットに基本仕様をひととおり揃えたDK2。まだ課題もあり

前部にUSB端子。今のところ使い道はない

 注文から4カ月。我が家にようやくDK2が届いたその日から1週間少々、手に入る限りのDK2対応ゲーム/アプリで使用感を試した。

 ハードウェア的にいうと、DK2の表示系はメインスクリーンに5.7インチスマートフォンSamsung Galaxy Note 3使用モデルと同じフルHD有機ELパネルを搭載し、それを左右分割した立体視差映像を2つの独立大型レンズを通して両眼立体視するというものだ(単眼あたり960×1,080ドット)。パネルのリフレッシュレートは75Hzに拡張されており、フレーム更新の間に短時間に黒画面を入れて液晶をリセットする「黒挿入モード」の実装で輝度の半減と引き換えにブラウン管テレビ並みの低残像も実現している。

レンズ部
レンズを外すと中に液晶パネルがあるのがわかる

映像観賞用HMDとの本質的なちがい

高視野角を確保するための大型レンズ。軽度近視用のBバージョンも付属

 両眼立体視が可能なHMDはソニーHMZシリーズをはじめ、従来から多数存在する。それらを差し置いてOculus Riftだけを“VRヘッドセット”と呼ぶ理由には2つのポイントがある。

 ひとつめは映像の見え方。ソニーHMZシリーズのように、映像ソフトの鑑賞用途をメインに設計されたHMDは視野角が40度程度であり、数メートル先に大画面テレビを置いているような体感を得られるよう両眼視差が調整され、映像ソフトの鑑賞に適する。

 これに対してOculus Riftは、DK2の段階で視野角90度以上(CV1ではそれ以上を目指している)。視差はユーザーの実際の両眼位置に合わせて調整可能であり、誇張なしのリアルスケール立体視を基本としている。立体映像は映像は飛び出して見えるのではなく、“そこにある”ように見える。解像度に対して視野角が広いため、映像の密度感は従来のHMDに劣る。

ポジショナルトラッキングのためのIRカメラ

 ふたつめはヘッドトラッキング機能の充実度だ。一般的なHMDはトラッキング機能を持たないか、持っていても追加オプションか、ごく限定的なものになる。それに対してDK2では内蔵ヘッドトラッキングセンサー&外部カメラによるポジショナルトラッキングにて6軸自由度のトラッキング機能を搭載し、ユーザーの頭部の運動を非常に低遅延(約30ms)で検出、映像に反映することができる。ユーザーの頭部を仮想空間と一体化させるため、トラッキング角度・位置のスケーリングはリアルスケールだ。CV1でもこの仕様は引き継がれる。

 整理すると、従来のHMDは大画面テレビで映像を視聴する状況をシミュレートする装置であり、VRヘッドセットとしては非常に局所的な機能しかもたない。一方、Oculus Riftはリアルスケールの仮想空間をリアルスケールで見るための装置である。映像の投影方法を局限すれば従来型HMDの上位互換的な使い方もできるが、設計思想は従来のHMDではどうひっくり返ってもできない使い方(仮想空間に入り込む)の実現がメインである。

カメラの台座は変形が可能でモニタ上等に固定可能。取り外しもできる
設定アプリのデモシーンより。ポジショナルトラッキングにより、机上の範囲なら自由自在に視点・視線を動かせる

実際の見え方の良い点、気になる点

「Mikulus」DK2版。Tda式Appendミクを鑑賞するだけ
レンズ越しに接写。液晶の網目感が目立つ

 「没入感がすごい」とか、「まるでその空間に入り込んだよう」といったポジティブな感想は巷に溢れかえっているので、ここではあえてちょっと気になった点を中心にお伝えしよう。

 確かに映像の存在感は素晴らしい。日本のOculusコミュニティの先駆であるGOROman氏作の「Mikulus」のような、3Dモデルを眺めるだけのコンテンツでその威力がわかる。2Dモニターの平面に画素が並んでいるのとは次元が違う。リアルスケールの両眼立体視と、高精度ヘッドトラッキングがもたらす運動視差も相まって、仮想物体がそこにあるとしか思えない感覚だ。近づけば体温や匂いまで感じられるように錯覚される。この点は現実世界と同じ見え方が実現されていると言っていい。

 それだけ真に迫った存在感があるだけに、見ればみるほど気になるのが映像の“網目感”だ。DK2では1,920×1,080ドットの有機ELパネルを2分割して、左右それぞれに960×1,080ドットの映像として出力している。これが水平視野角90度に拡大されたものを見ることになるわけだが、当然、RGBの各画素そのもの、画素間のスキマまでバッチリ見えてしまうのだ。これが映像の網目感の由来で、パネル解像度が1,280×720ドットだったDK1より断然マシになっているが、まだかなり気になる。DK2をお持ちで無い方は、目の前にデスクトップモニターがあるなら5センチくらいまで近づいて見て欲しい。それがおおむねDK2の網目感だ。

レンズ歪みを考慮したレンダリングにより視野中央付近は多くの画素が使われているが、それでも網目感は避けられない

 一般消費者はパッと見の映像品質に容赦がないため、この網目感は、コンシューマーVR時代の幕開けを腰折れさせるに充分な威力がある。製品版1号となるCV1ではこの点の改良が主眼のひとつになるだろう。現在Oculus VR公式フォーラム等でまことしやかに言われている範囲では、CV1では1440pパネルを搭載する公算が高いという。単眼で1,440×1,440程度の解像度があれば、ある程度満足はできそうだ。

 理想は4k(2160p)だが、ここ数年での投入は難しい。また、パネルの高解像度化を進めるとホストコンピューターのレンダリング能力が追いつかなくなるため、ヘッドセット側にエッジ補完に優れた超解像映像チップの搭載が必要になるだろう。SCEが開発中の「Project Morpheus」はその方式を取っているそうだが、Oculusもそうするのだろうか。

解像度による見え方の違いをシミュレートするウェブアプリ「Oculus Rift Simulator」

カードタワーのエッジに注目。レンダリング時に色収差の補正が行なわれている
レンズを通してみるとうまく色が重なるが完璧ではない

 もうひとつ気になるのは、極端に歪みの大きいレンズを通して映像を見るために生じる、色収差の問題だ。カメラの知識がある方ならおわかりだろうが、光というのはその波長(色)によって屈折率が異なり、レンズを通った映像は各波長の色がズレるため補正が必要だ。レンズの曲率が大きいほどこの影響は顕著になる。

 当然、Oculus Riftでもその対策は取っていて、映像のレンダリング時に色収差を逆算した絵を出している。しかし、色収差の逆算時に必要となるパラメーターのひとつ、“目とレンズの位置関係”には個人差や、装着状況によって微妙なズレがあるため、どうしても誤差が発生する。技術上の限界から、少なくともDK2では、色収差の問題を解決しきれていない。

 体感で言うと、視野中央付近はクリアだが、外側にはどうしても多少の色収差があり、映像がブレて見える。サブピクセルレベルのズレでも、人間の目は敏感に感じ取ってしまうのだ。設定ユーティリティで厳密に調整すれば正面を向いている限り完璧な映像となるが、そこから眼球を上下左右に動かすだけで破綻する(眼球運動によりレンズ→水晶体→虹彩の位置関係が変わる)という極めてセンシティブな問題なので、根本解決にはアイトラッキングセンサーの実装が必要かもしれない。

主に視界端に現れる色収差の影響。肉眼ではかなり気になる

装着感は重量バランスに課題

本体を側面から。ほぼ全ての重量が前部に集中

 DK2の重量は約440g。トラッキングカメラ用に大量の赤外線LEDを搭載したためか、DK1からおよそ60g重くなった。頭部に固定するためのヘッドバンドはきつく締めれば上々に固定できるが、不完全だ。装着して頭を動かす際、どうしても頭がHMD部に振り回される感じがするのと、映像に揺れが発生してしまうのだ。

 問題の原因は重量バランスにある。DK2の重量は、HMD部に全て集中しているため、前重心すぎるのだ。当然、戦闘機パイロットが敵機を追うレベルで素早く頭を動かすと、HMD部にかかる慣性が抑えきれずに揺れる、ズレる。その微妙な揺れすら検出しうる高精度・低遅延のトラッキングセンサーの働きもあって、その際、映像もブルンと揺れるのだ。こういった感覚とのズレが、乗り物酔いに似た“VR酔い”の原因のひとつとなる。

 理想は、HMD全体の重量を頭部の前後(可能なら左右にも)分散させることだろう。となると、SCEが開発中のVRヘッドセット「Project Morpheus」に近いフォルムで、肉厚のヘッドバンド部にいくらかの電子回路を分散させる設計が、CV1に求められることになる。

 この点もう少し掘り下げると、DK2のガワ部分の基本形状はおおむねDK1のものを引き継いでいるようなので、最終設計からは程遠いのではないかと思う。製造を簡略化して、とりあえず使えればいいという感じだ。だから、CV1の形状はDK2と似ても似つかないものになる可能性が高い。というより、そうならないと装着感の問題は解消されない。

ヘッドバンドは長さ調整可能で、つくりはしっかりしているが、重量バランスの悪さを打ち消すほどではない

(佐藤カフジ)