Game Developers Conference 2009現地レポート

アワード4部門を獲得した「リトルビッグプラネット」のビジュアルアーツのコンセプトとは!?
「The Art of LittleBigPlanet: From Conception Through to Finishing」

3月23~27日開催(現地時間)

会場:サンフランシスコ Moscone Center


 GDCに参加した開発者が必ず出席したい関連イベントのひとつがGame Developers Choice Awardsだ。世界中に無数にあるゲームアワードの中でも開発者自身が選ぶという点に大きな特異性があり、特に欧米では最高級のアワードとして認知されている。今年もその第9回目が盛大に執り行なわれたが、Best Game Design、Best Technology、Innovation Award、Best Debut Gameと4つの部門賞を獲得し、今年のアワードの顔となったのが英Media Moleculeの「LittleBigPlanet(リトルビッグプラネット)」だ。

 「LittleBigPlanet」は、2007年のGDCで発表され、SCEが提唱する「GAME 3.0」の旗頭として大きな注目を集めた。プレイステーション 3のポテンシャルをフルに活かしたインターフェイス、グラフィックス、そしてオンラインサービス。2008年10月末から11月にかけて全世界で発売されたが、メインキャラクターである“リビッツ”くんは今やすっかりSCEグループの顔になっている。

 「The Art of LittleBigPlanet: From Conception Through to Finishing」と題されたセッションでは、Media MoleculeのアーティストKareem Ettouney氏らから「LittleBigPlanet」のビジュアルアーツコンセプトが紹介された。Game Developers Choice AwardsではBest Visual Artこそ逃したものの、そのビジュアルアーツの独創性は誰しも認めるところであり、その独創性は今もユーザーのクリエイティビティを刺激し続けている。「LittleBigPlanet」のビジュアルコンセプトはどのようなものなのか紹介したい。



■ 実在のマテリアルを多用し、多様性と汎用性のある世界観を実現

メジャータイトルの割には参加者の入りは6割ほどといった感じで、日本人の数も少ない穴場セッションだった
ピンクのVAIOが目を引くMedia MoleculeのアーティストKareem Ettouney氏(左)。講演中に隣のMark Healey氏の発言を「それは良いアイデアだ」とその場で評価して会場を沸かせるなど、独特の空気感を持ったクリエイターだった
「LittleBigPlanet」のコンセプトのひとつ「Familiarity(親しみやすさ)」。もちろん欧米の価値観における親しみやすさなので、日本人との感覚のズレはあるが、それにしても、具体例として取り上げるサンプルのことごとくが独創的なものばかりなのが驚かされた

 「LittleBigPlanet」は、ユーザー自身がコンテンツを発信できるUGC機能が非常に充実したタイトルだ。現在も無数の新しいレベルが世界中で作られつつあり、様々な衣服に身を包んだ個性的なリビッツ達が所狭しとステージを飛び回っている。

 いわゆるFPSのようなタイプのアクションゲームなら、レベルエディターに求められるのは、扱いやすさと自由度の高さだ。しかし、「LittleBigPlanet」は、グラフィックスは3Dだが、書き割りのような背景の2次元風のレベルを横に進んでいくという、オーソドックスなベルトスクロールアクションのアプローチを採用している。

 つまり、ゲームデザインの設計上、ただ単純にレベルエディターを公開してしまうと、どうしてもシンプルかつ似たようなレベルになってしまい、ユーザーとしてはクリエイティビティを発揮しにくいということになる。そこで彼らが重視したのがビジュアルアーツであり、その内容についても最初からUGCで利用されることを前提に、「汎用性の高い、再利用性の高いビジュアル」を基点にしたという。

 具体的には、木や段ボールといったベーシックかつ親しみのある素材をオブジェクト用のテクスチャとしてどんどん採用していっただけでなく、日本の浮世絵や新宿、秋葉原の風景、和服、寺社仏閣、ロンドンの建築物や教会のステンドグラス、文化遺産、キルトの文様、電子機器の基盤などなど、ありとあらゆる素材をゲーム内に取り入れ、ゲームの中に、現実世界と同様の“多様性”を取り入れることに成功した。

 セッションでは「LittleBigPlanet」の企画当初のコンセプトアートとプロトタイプのゲーム映像が公開されたが、両者のギャップが大きくておもしろかった。コンセプトアートは、現代美術館に展示されていてもおかしくないような高い芸術性を感じさせるポスターアートそのままであり、すでにこの時点でEttouney氏の脳内に「LittleBigPlanet」のビジュアルアーツのコンセプトが相当部分固まっていたことを伺わせる。

 その一方でムービーとして公開されたプロトタイプは、クレイアニメ(粘土の造形物を少しずつ動かして1コマずつ撮影していくアニメーションの手法)の延長のような内容で、シンプルな背景に、のっぺりした単色のオブジェクトの組み合わせによるレベルを進んでいくというもので、レベルの内容的には坂からボールを動かしたり、ボールの上を転がっていったりなど、「LittleBigPlanet」のレベルデザインに通じる内容だったが、非常に無味乾燥な代物に映った。子供向けの番組用ならまだしも、万人向けのエンターテインメントとしては到底水準に達しているとは言い難い。

 そこで「LittleBigPlanet」では、レベルの土台となる地表のテクスチャにも一工夫も二工夫も加えている。アプローチとしては2種類あり、ひとつは縫い目のある布地のテクスチャを採用することで手作り感を演出し、もうひとつは実在の地面の写真をテクスチャ化し、庭や草原など、ミニチュア化された実在の風景感を演出している。

 このアプローチは背景にも採用されており、段ボールに描かれた子供の絵の街並みが背景だったかと思えば、次のステージでは実在の庭の風景が広がっているなど、それらをケースバイケースで組み合わせることで絵的とも写実的とも言い難い独創的な世界観を生み出すことに成功しているのだ。


【素材のテーマ】
素材テーマの一例。もはや何でもありという感じである。プレイしている時はそれほど実感しなかったが、日本固有の文化もかなりモチーフとして利用されているようだ

【コンセプトアート】
あたかもポスターアートのようなコンセプトアート。高い芸術性を感じさせる

【プロトタイプ】
プロトタイプの映像。すでにゲームコンセプトは完成しているが、ビジュアルがないだけでこれほど無味乾燥になるものなのか。意外な発見としては初期のレベルには、奥行きがあった形跡が伺えたことだ

【手作りとリアルロケーションの融合】
オブジェクトには手作り感のあるマテリアルを使用し、地面と背景には実在の風景を採用することで、不思議なリアリティを実現している



■ 初期の“袋人間”から現在のリビッツまで。メインキャラクターの設計哲学

「LittleBigPlanet」のメインキャラクタであり、今やSCEのイメージキャラクタにまで格上げされたリビッツたち
初期のリビッツ。麻袋人間状態で、ちょっと気持ち悪い

 次に紹介されたのがキャラクタについて。「LittleBigPlanet」のメインキャラクター“リビッツ”は、余った切れ端に手足と目鼻を付けて人形化したような親しみのある風貌をしている。実は英語版ではもっと直接的にSackboy/Girlと呼ばれている。ここで重要なのはネーミングではなく、なぜこのようなデザインになったかだ。

 キャラクタのコンセプトについても、やはりユーザーによるカスタマイズ性のことを第1に考え、マルチプレイの際にしっかり個性的なキャラクタにカスタマイズできるように、できるだけシンプルにしなければならないと考えたという。

 実際にリビッツのプロトタイプが数パターン紹介されたが、初期バージョンはSackboy/Girlという本来のネーミングが示すように、目の粗い麻袋に目鼻を付けたような“袋人間”だったことがわかった。現在のリビッツと比較すると、顔に表情がなく、わら人形を想起させるものがあり、ややというかかなり気持ち悪い。

 その後、手足をしっかり伸ばしたものや、口をたっぷり割ったセサミストリート系などを経て、現在のリビッツの原形となるものへとたどり着く。しかし、この時点でもやはり図体が大きく、やや野暮ったい。やはり顔、胴体、手足の6パーツをつなぎ合わせた現在のリビッツがもっともスマートだ。

 「LittleBigPlanet」では、先述した独自の世界設計の上に、現在のキャラクタデザインを採用したことによって、リビッツは非常に汎用性の高いインゲームアバターとして、ゲーム世界のメインキャラクターとして重要な役割を果たしただけでなく、「LittleBigPlanet」のイメージ、ひいてはSCEグループのアイコンとしても機能することになった。「LittleBigPlanet」はビジュアルアーツが、ゲームのイメージおよびブランディングに決定的な影響をもたらした希有な例と言えそうだ。

【リビッツの変遷】
リビッツのプロトタイプ各種。ギリギリの段階まで寸胴状態だったことがわかる。これらが採用されていたらどうなっていたかとヒヤッとするところがある

【プロトタイプリビッツのダンス】
あまりかわいくないプロトタイプリビッツのダンスムービー。ここで伝えたいメッセージは、キャラクタの肌そのものに自由にテクスチャを貼り付けられる仕様を開発初期の段階から想定していたことだ。このコンセプトは最終版のリビッツでもフェイシャルペイント等で活かされている


(2009年 3月 29日)

[Reported by 中村聖司 ]