Game Developers Conference 2009現地レポート

カプコン平林氏が「バイオハザード5」のCG制作の手法を披露
「Designing Terror: Inside the RESIDENT EVIL 5 Production Process」

3月23~27日開催(現地時間)

会場:サンフランシスコ Moscone Center

 

 日本で3月3日、欧米で3月13日に発売された「バイオハザード5」(英題:「RESIDENT EVIL 5」)は、初期出荷で400万本を達成し、日本を代表する人気シリーズの最新作として好調な滑り出しを見せている。同作をプレイして気づかされるのは、これは確かに「バイオ」であるという日本固有のゲームデザイン的な手応えに加えて、「ロストプラネット」にも増して、ワールドワイドを意識した世界最高水準の3Dグラフィックスである。「バイオハザード5」では、それらが高度なレベルで融合することにより、「バイオ」を求めるユーザーにも、先端のグラフィックスを求めるユーザーにも高いのカタルシスを与えられる作品に仕上がっている。

 3月26日の午後に行なわれたセッション「Designing Terror: Inside the RESIDENT EVIL 5 Production Process」では、「バイオハザード5」のリアルタイムムービーに関する制作手法が公開された。講師を務めたのは、同作でスーパーバイザーを務め2005年のGDCでも「バイオハザード4」の講演を行なった平林良章氏。「GDCのパンフレットの方には“恐怖について何か語る”とかいうタイトルになってますが、僕の仕事のパートであるリアルタイムムービーについて、制作フローから最終的なアウトプットまで、ビジュアルによったお話しをしようと思います」と挨拶して講演をスタートさせた。

 会場は、PS3/Xbox 360双方のキラータイトルのセッションということもあり、立ち見が出るほどの人気となった。セッションのほうも、現在日本で購入者特典として配布されている「バイオハザード5」メイキングムービーの素材を交えながら、初出の情報をふんだんに盛り込んだボリューム満点の内容だった。

【バイオハザード5】
主人公のクリス・レッドフィールドと、相方となるシェバ・アローマが出会うプロローグのカットシーン。全編リアルタイム処理によるハイクオリティのCGムービーは、「バイオハザード5」の大きな魅力のひとつだ



■ 「バイオハザード5」のCG制作はカプコン初の海外中心の体制を採用

北米では発売直後ということもあり、満席のセッションとなった
「バイオハザード5」のCG部門のスーパーバイザーを務めた平林良章氏
3つのチームの作業配分。モーションキャプチャとCGのほとんどをロスのチームに委託している
CC制作に関するワークフロー。モーションキャプチャのフェイズが多いところが特徴として挙げられる

 今回のセッションでは大別して3つの内容が語られた。1つ目は、ロサンゼルススタジオとの共同作業の方法について。2つ目はリアルタイムムービーの制作に関する新しい技術の導入について。そして3つ目が伝家の宝刀である「MT-Framework」の活用法について。

 1つ目の海外スタジオとの共同作業の紹介から、思わず身を乗り出すほどの驚きの連続だった。というのも、単純にCG部分をアウトソーシングしたという話ではなく、全体のCG制作フローそのものがロサンゼルスのCGチームを主体とした、海外中心の制作手法が採用されていたからだ。また、それに付随して、プリビジュアライゼーション(プリプロダクションレベルにおいて各シーンをあらかじめ視覚化する手法)を多用したことも明らかにされた。

 「バイオハザード5」のCG制作は、3つのチームが分担して行なっていた。ひとつは、カプコンのインハウスのCGチーム。ここに平林氏がスーパーバイザーとして所属している。残り2つは日本とロスにある社外のCG制作チームで、社外が占める割合が非常に高いというだけでなく、ロスのスタジオへの依存度が非常に高いのが特徴だ。ロスにメインのCGディレクターを配置し、CGについては70%、モーションキャプチャに至っては実に95%までが海外制作となっている。カプコンがここまで海外によった制作手法を採用したのは今回が初のケースだという。

 制作フローの図も非常に特徴的だ。3つの制作チームが、それぞれモーションビルダー、XSI、MT-Frameworkを扱ってCGを制作しているが、モーションキャプチャを扱うモーションビルダーのプロセスが、ボディ、カメラ、フェイスの3つに細分化されている。「今回、モーションキャプチャには相当力を入れました」ということだ。

 ここで平林氏は、「バイオハザード4」と「バイオハザード5」のCG制作の違いを図で紹介した。「4」ではほとんどが日本で制作されていたが、「5」では先ほどのパーセンテージからもわかるようにほとんどが海外での制作になっている。言語や文化の異なるスタッフによる作業が過半数を占めるということで、この制作環境で円滑に仕事をするために新たに新設されたのが「Middleman」だという。

 「Middleman」は、言葉や文化の壁を乗り越えるための緩衝材のような“組織”であり、1人ではなく複数によるマネジメントチーム。平林氏は具体例として「制作が中盤にさしかかったときにスケジュール通りにシーンが上がってこない。スケジュール通りにするためにはアニメーターが何人かいる。でも、現場はアメリカにあるので、日本のアニメーターをアテンドするのは非常に難しい。結局、アメリカで探すしかないわけですが、こういうケースですぐに手配してもらったりしていました」と紹介し、「スケジュール通りにできたことのキーマンはMiddlemanではないかと思います」と評価した。


【Middleman】
「バイオハザード4」ではほとんどが国内で制作されていたが(左)、「バイオハザード5」では逆にほとんどが海外の外注に(中)。言語的、文化的な齟齬を減らすために設置されたのが「Middleman」だ(右)



■ 「バイオハザード5」の秘密兵器ビデオストーリーボードとフェイシャルキャプチャ

ストーリーボードを実写とCGの組み合わせで再現し、スタッフ全員の意識の統一を図る
リアルなフェイシャルモーションとリップシンクを実現するために、フェイシャルキャプチャを導入

 次に海外主体の制作に合わせて導入されたプリビジュアライゼーションについて解説が行なわれた。スタッフの意思統一を目的に、プリプロダクションの段階でゲームの枠組みを規定し、視覚化する取り組みをプリビジュアライゼーションと言う。もともとは映画の分野で採用されていた手法だが、コンピューターゲームの高機能化に伴い、近年ではゲームの分野でも採用されつつある。GDCのプロダクションのセッションでも、プリビジュアライゼーションの手法は、すっかりポピュラーな存在だ。

 特に「バイオハザード 5」では、制作の大部分を外注に依存する特異な制作スタイルを採用していたため、「わずかなズレが最終的に大きなロスを生む」(平林氏)懸念がある。これを回避するために、「バイオハザード 5」のプリビジュアライゼーションは実写ベースの動画で、なおかつ実写映画の監督によって徹底的に行なわれていた。

 「バイオハザード 5」が採用していたのは、ビデオストーリーボードという手法で、絵コンテやCGによるストーリーボードからさらに一段進化させて、実写とCGを組み合わせた“カットシーンのプロトタイプ”をシーンごとに準備して、スタッフやモーションキャプチャのアクターに見せていたのだ。このビデオストーリーボードにより、カットシーン内の特定の視界を表現する「バーチャルカメラ」や、顔の動きに特化したモーションキャプチャ「フェイシャルキャプチャ」をわかりやすい形で伝えることができたという。

 「バーチャルカメラ」と「フェイシャルキャプチャ」については、ムービーによるデモを見せながら解説を行なった。この2つについてはメイキングムービーでも語られているので見たことがあるという人も多いだろう。「バーチャルカメラ」は、カットシーン内で、どのような視点でカメラを動かしていくかを設定するもので、リアルタイムムービーの作成には必須と言える機能だ。

 「フェイシャルキャプチャ」は、本セッションでももっとも力を入れて解説された部分で、「バイオハザード 5」のカットシーンに抜群のリアリティを与えているキャラクタの顔の動きの作り方が披露された。

 フェイシャルキャプチャされた顔の動きを、80ものマーカーで制御し、表現している。もっともよく動く口の部分に27のマーカーを設定。ひとつひとつに稼働範囲を設定し、笑顔や怒りといった豊かな感情表現を可能にしている。目元の筋肉と唇、下の3点に関しては、マーカーを設定せず、アニメーション処理している。フェイシャルキャプチャのゲームへの適用はまだ始まったばかりだが、「バイオハザード 5」のそれはすでにかなり高い水準にある。

 このフェイシャルキャプチャについて、平林氏自らがテスターとなってプロトタイプを作成し、プロデューサーの竹内潤氏に提案して見事予算を獲得したという裏話も披露してくれた。また、フェイシャルキャプチャの収録方法については、ボイスレコーディングの現場にカメラを無理矢理運び込み、ボイス収録と同時にフェイシャルモーションキャプチャを行なったという。

 わざわざ同時に収録した理由として平林氏は、「ボディキャプチャと同時に収録するという手もありましたが、わざわざボイスと同時にしたのはリップシンクを重要視したから」と明快な回答を出した。続いてプロのアクターによる演技を使わなかった理由については、「フェイシャルをやられている人ならわかっていただけると思うが、フェイシャルキャプチャの精度を考えた場合、役者の演技は非常に難易度が高い。監督さんがキャプチャ時にはOKを出していても、実際に角度を変えて見てみると『もうちょっとなんとかしたい』というリテイクが出る恐れが演技だからこそ出るような気がしたんですね。だから、どこが1番おいしいのかと考えた場合に、人が喋っているものを収録すればリテイクが掛かりにくいのではないか」と、アクターによる収録ということ自体のリスクを避けたことを明かした。このあたりは日本タイトルならではの発想と言えそうだ。


【ビデオストーリーボード】
ビデオストーリーボードのサンプル。「ヘリが救援。活路が開ける前半」とある。ステージ1のカットシーンのもののようだ



■ MT-Frameworkでマテリアルやフィルタなど細かい部分をチューニング

マテリアルカラーの効果。おでこのてかりが減っているのがわかる
ベストのライトとベストのシャドウを別々に割り当てて、ベストな環境表現を実現する

 平林氏は、最後にカプコン独自のゲームエンジンMT-Frameworkを駆使してどのような形にファイナルデータを持っていったのかを解説した。時間が足りずに細かい部分の解説はカットされたのは残念だが、実機によるデモンストレーションが公開された。

 「バイオハザード 5」では、いわゆるMT-Framework 1.0が採用されているが、基本的なその活用方法は、マテリアルカラーとライティング、フィルターの3つだという。平林氏は「マテリアルカラーに関しては、モデルのマテリアル単位でスペキュラーや色を調整しました。モデル班が作成したファイナルのモデルにさらにオフセットをかけるというような発想です」と紹介し、実際に、クリスの額部分のスペキュラーの数値を変えておでこの“てかり”を抑えるというデモを行ない、その前後の変化を見せてくれた。平林氏は、2005年の「バイオハザード 4」の講演を振り返り、「4」では同じ事をテクスチャを入れ替えるという力業で行なっていたことを取り上げ、「『5』ではツールの中でオフセットが掛けられるようになったのでずいぶん助かった」とMT-Framework採用の利点をアピールした。

 シャドウの扱い方は若干特殊なアプローチが採用されていた。平林氏は「ライトとシャドウのデータは同じ時間軸に存在しないとセルフシャドウを初めとした影というものが認識されないようになっていました」と切り出し、わざわざそうした理由については「ライトがベストに見える方法と、シャドウが綺麗に見える方法は実は少しだけ違ったりする。これを1つのファクターでクリアしようとすると、両方のベストを探さなければならず、時間が掛かる。最初から2つにわけることで、各々のベストに注力することができた」と説明し、日本産らしいこだわりぶりをアピールしていた。

 3つめのフィルタについては、特に特殊だというカラーコレクトフィルタを取り上げた。機能的には「フォトショップのカラー調整が行なえるもの」ということで、平林氏は「本当にこのツールのおかげで映画らしい微妙な色合いの調整ができるようになりました」と手放しで褒めていた。


【MT-Frameworkデモンストレーション】
最後に平林氏は「おまけ」として実機によるMT-Frameworkのデモを披露した。フェイシャルモーションにおいて、ノーマルマップを使ってどのように顔の皺を再現していたかを見せてくれた


(2009年 3月 28日)

[Reported by 中村聖司 ]