Game Developers Conference 2009現地レポート

The Inspiration Behind Nintendo DSi Development開発担当者が語る秘話
挑戦を続けながら向かうニンテンドーDSiと、任天堂の明日

3月23~27日開催(現地時間)

会場:サンフランシスコ Moscone Center

 

 The Inspiration Behind Nintendo DSi Development(ニンテンドーDSi開発の背後にあるひらめき)というタイトルで講演を行なったのは任天堂 技術開発本部でDSi開発のプロジェクトリーダーを務める桑原雅人氏だ。桑原氏は任天堂開発部門の視点から、様々なアプローチを語った。

 日本でニンテンドーDSi(以下、DSi)は2008年11月1日発売されているが、北米では2009年の4月5日に予定されている。このため、セッションの半分以上はDSiの機能や特徴の紹介だった。機能説明は細部にわたっていたが、桑原氏の家族の写真を資料に入れ込むなど、ユニークでほのぼのとした雰囲気のセッションとなった。

 興味深かったのは任天堂の開発部門としての桑原氏のアプローチである。GBA用のネットアダプタや、タッチパネルの試作品、ボツになったカラー液晶搭載の携帯ゲーム機など、任天堂開発陣の試行錯誤が垣間見えることができた。



■ “ヤキソバ配線”や大きすぎたカラー携帯機、ソフト開発と連動して挑戦し続ける任天堂開発陣

任天堂 技術開発本部でDSi開発のプロジェクトリーダーを務める桑原雅人氏。任天堂の開発現場のアプローチが語られた
ヤキソバの写真を掲載。堅いだけではないユニークな講演だった

 桑原氏は最初に会場に向かって英語で挨拶した後に、自身の開発実績を語った。桑原氏は1998年2月に日本で発売された「ゲームボーイカメラ」と、「ゲームボーイプリンター」を“思い出深い商品”だという。「ゲームボーイカメラ」は“撮る、見る、遊ぶ”をコンセプトに白黒の5階層での表現ながら、ゲームボーイでカメラ撮影を可能にするアタッチメントだ。

 「ゲームボーイプリンター」はカメラで撮った写真を感熱紙にプリントできる。桑原氏は1996年にこの2つの商品の試作品を製作した。自分では面白いと思っていたが、最初は社内で「検証品レベルの企画だ」と言われ、桑原氏は商品化をあきらめかけていた。

 しかし任天堂で「ドンキーコング」、「マリオブラザーズ」、「バルーンファイト」、「メトロイド」などさまざまなゲーム音楽を手がけた田中宏和氏の協力を受け、桑原氏のデモ機に田中氏のソフトを組み込み当時任天堂の社長だった山内溥氏にデモンストレーションを行ない、商品化が決定した。「このように、ハードソフト両面から商品へアプローチできるのが、任天堂の強みだと思います」と桑原氏は語った。

 桑原氏は「試作機」の写真を紹介する。ゲームボーイの4倍もありそうな巨大な基盤に、何本ものケーブルが複雑に絡み合っている。桑原氏は土日返上でこの配線とすべて手作業で格闘し、チップのプログラムも行なっていった。桑原氏はプログラマーが複雑なプログラムを“スパゲッティ”と呼ぶのに対し、複雑なこの試作品の配線を「ヤキソバ配線」と名付けたという。本物のヤキソバと写真を並べたスライドが紹介され、会場の笑いを誘った。

 次に桑原氏が紹介したのが、2004年1月に発売されたゲームボーイアドバンス用のワイヤレスアダプター。この使用品もかなり厳しい状況でスタートしたという。桑原氏がこのハードを企画したのは2000年頃で、桑原氏は会社のLANで仕事中に「Diablo」や「Diablo2」を遊んでいたという。そこからヒントを得て、ゲームボーイに通信機能をつける企画がスタートする。最初は電話の無線モジュールをゲームボーイに組み込み、そこからさらに多人数の通信が可能なゲームボーイアドバンス向けの企画となり、スタートした。

 通信方法は最初はBluetoothを考えていたが、通信距離がきわめて短く、独自の技術を開発するなど難航する。このハードを使いこなすソフトもなかなか決まらなかった。この時すでに任天堂スポットやすれ違い通信の企画も出されていた。当時、任天堂の宮本茂氏は「『ゼルダ』で使いたい、といってくれたが、スケジュールの都合で実現できなかったという。

 ソフト開発が難航する中、岩田聡社長がゲームフリークと「ポケットモンスター」の最新作とバンドルする話を進めることで実現した。こうして発売された「ポケットモンスター ファイアレッド・リーフグリーン」は世界的ヒットとなり、アダプターも1千万台以上が世界で使われた。「アダプターの企画がお蔵入りになるかどうかの瀬戸際だったので、とても感謝しています」と桑原氏は語った。この通信アダプターは親機から子機へゲームをダウンロードする機能があったが、他のゲームソフトでは使えなかったので「隠し機能」となってしまったという。親機から子機へ、と言うアイデアはそのままDSへと受け継がれていく。

 桑原氏はこの後にDSのWi-Fi機能の開発を手がけている。ワイヤレスのチームはこの時はインターネットを利用したゲームはなかなかなかったが、現在では100タイトルを越えるゲームが登場している。アドホックを使った無線通信も有線並みの高レスポンスを実現している。ニンテンドーDSはゲームボーイアドバンス向け通信アダプタで企画していた要素が実現していったハードだと桑原氏は語った。

 講演で桑原氏は開発した中で商品化に至らなかった“面白かったもの”を紹介する。最初は1996年に発売目標だった「カラー液晶の携帯用ハード」。写真では比較のためにDS Liteが横に置かれているが、その大きさはポケットにはとても入りきれない。32bitのCPUには自信を持っていたもののグラフィックス機能の力も弱く発売できなかったという。もう1つはゲームボーイでタッチペンを使ってお絵かきができる装置。「こちらも発売されなかったですが、このアイデアがDSの開発に貢献したもしれないです。そうだったらいいなあと思っています」と語った。


ゲームボーイカメラ。中央は試作機だ。右がカラー液晶を採用した携帯機。任天堂の携帯ハードとしてはやはり大きい
GBAのワイヤレスアタプタ。左は実現しなかったお絵かきデバイス。DSへの道が見えてくるアプローチだ



■ 1人に1台My DSを! 開発半ばでの設計変更を経て完成したDSiの様々な機能

いつも遊ぶソフトも入れておきたい、とスロットを2つにする企画だったが、携帯性を重視した方向へ
DSiの機能説明。写っているのは桑原氏の家族だ

 次に桑原氏はDSiの開発経緯を語った。DSiが開発されるきっかけとなったのはDSがすでに一家に1台という数まで販売されており、次の目標として“1人に1台”というものが掲げられた。DSiはその目標を実現すべく開発がスタートしたのだ。

 企画と社内プレゼンテーションを繰り返し、岩田社長からゲーム開発者達とゲーム開発に関して全社規模で話し合いが行なわれ、開発の中盤から岩田社長から“My DS”というコンセプトが提示された。平均1家庭に1.8台あるDSをさらに購入してもらうには、いつも持ち歩いてもらうには、と言うことを考え、企画が練られていった。

 DSiはDS Liteから厚みを2mmほど減らし、重量も軽減、そして液晶画面を大きくした。北米ではDSiの発売は2009年の4月5日に予定されている。まだこの新ハードにふれていないユーザーを意識して、バックライト調整機能や、リセット機能の追加、2つのカメラなど様々な機能を紹介した。

 DSiのカメラは画素数がそれほど高くない。これに関して桑原氏はコストの問題だけでなく、センサーとして使う場合は画素数が多すぎると作動が遅くなる問題や、部品の大型化などで選択した結果だと語った。しかし発色に気をつけることで「きれいな写真」を撮るためのこだわりは込めたという。ポケットの出入りでボリュームスイッチが動かないようにデジタルスイッチにしていたり、細かいところに改良を加えている。

 裏話としては、DSiは2006年12月から2008年11月までおよそ2年間で開発されているが当初はDSソフト用のスロットを2つ搭載した形で開発が進められていた。毎日少しだけ遊ぶソフトと、集中して遊ぶソフトを入れて選択する、と言った遊び方を想定していたが、社内からも「大きい、重い」と言う声が出ていた。

 DSiは2007年10月に再設計に踏み切り、スロットを1つに、より軽く遊びやすいハードへと生まれ変わった。再設計に踏み切るまで2週間、設計チームへは多大な負担をかけたが、機構設計のリーダーから「新しい設計が通ってよかったね」と言われ、桑原氏は少し気持ちが軽くなりうれしかったという。「ニンテンドーDSiはDSの決定版として自信を持っておすすめできるハードだと思っています」と桑原氏は語る。

 桑原氏はこの後にDSiのソフトや、ペアレンタルコントロールなど各機能とソフトウェアを紹介した。カメラを使ったソフトの説明では桑原氏は家族の写真を例に出した。家族とのほのぼのとした雰囲気がDSiのユニークな機能をより楽しく演出していた。

 桑原氏はパッケージのゲームとNintendo DSi Wareの売り上げ期間を説明した。パッケージでは2週間で30%まで下がり、その後4週間ほどで中古市場の活性化もあり大きく売り上げが減少する。一方ダウンロード型のDSi Wairは3週でも高い売り上げを記録している。桑原氏はすべてのNintendo DSi Wairの売り上げがこの通りではないが、長いスパンでの売り上げが見込めることをアピールした。

 桑原氏は分析として、発売日直後に売れるコンシューマゲームに比べ、ネットの評判や口コミでゲームを買う人がいるため、長い期間で売れ、ひょっとしたら発売日を越える可能性もあるのではないかと語る。桑原氏はNintendo DSi Wareは小規模でチャレンジしやすいプラットフォームだとアピールする。タッチパネルやカメラなど、多彩な機能を使うことも可能だ。

 桑原氏は「是非、皆様から提供されたソフトで、今までにないユーザーエクスペリエンスを発掘してもらいたいと思っています。たくさんの人が皆さんのゲームをダウンロードして、持ち歩いて遊び、見せびらかしてほしいと思っています」と、語った。最後に桑原氏は「任天堂のゲーム開発に興味のある方はこちらへ」と、会場のゲーム開発者に任天堂の問い合わせ先を提示し、協力を募った。


まだ発売されていない北米ユーザーに向けて、DSiの様々な機能を解説。カメラ機能のスライドが特にユニークだ
開発者向けに媒体の解説と、DSi Wareの売り上げの分析。新しいビジネスチャンスをアピールした


(2009年 3月 27日)

[Reported by 勝田哲也 ]