インタビュー

MAGES.&エムツー、ファミコレADV「シュタインズ・ゲート」インタビュー

ファミコン仕様へのこだわりと苦労が交錯して「STEINS;GATE ELITE」との対比も見事な特典に

9月20日 発売

価格:
7,800円(税別、パッケージ版)
7,000円(税別、DL版)
CEROレーティング:C(15才以上対象)

 MAGES.(ゲームブランド5pb.)より9月20日に発売されるプレイステーション 4/Nintendo Switch/PlayStation Vita用アドベンチャー「STEINS;GATE ELITE」。このうちNintendo Switch版では初回特典として、ファミコン風のアドベンチャーゲーム「ファミコレADV『シュタインズ・ゲート』」が楽しめる。

 ファミコレADV「シュタインズ・ゲート」は、あくまでNintendo Switch用にDL配信形式で提供されるソフトだが、実際の中身は「ファミコン用カセットの基板に焼けばファミコン実機でもプレイできる」というこだわりの制作となっている。

 そこで、このファミコレADV「シュタインズ・ゲート」について、インタビューを行った。参加頂いたのは、シリーズプロデューサーである松原達也氏、シナリオを手がける林直孝氏、開発のエムツーからは、ディレクターの椎名誠氏、代表の堀井直樹氏。こだわりの開発のポイント、その苦労話などをたくさんお聞きしたので、じっくりとお読み頂ければ幸いだ。

 なお、ファミコレADV「シュタインズ・ゲート」はNintendo Switch版「STEINS;GATE ELITE」の特典で、パッケージ版にはDLコードが初回封入、ダウンロード版は予約購入特典となっているので、ダウンロード版で購入しようと考えている人はお気をつけ頂きたい。詳しくは特設サイトもご確認頂きたい。

ファミコンソフトの仕様を厳密に守って制作されているファミコレADV「シュタインズ・ゲート」!取説までもこだわり再現

「STEINS;GATE ELITE」のNintendo Switch版の特典となるファミコレADV「シュタインズ・ゲート」
アイコンはこのようにパッケージイラスト風。左は日本版で日本のファミリーコンピュータをイメージしたデザインだが、右の海外版だとNES(Nintendo Entertainment System、海外向けファミコン)のデザインになっている

松原氏:インタビューに入る前に、まずはNintendo Switchで実際にファミコレADV「シュタインズ・ゲート」のプレイを見てもらいましょうか。

――ではプレイさせて頂きます。画面にかなりくっきりとしたスキャンラインを入れていますね。

椎名氏:スキャンラインが入っていた方がフォントが読みやすいので、それで入れています。もちろんオフにもできます。

堀井氏:(冒頭のプロローグテキストを見つつ)林さんにお聞きしたいんですけど、このあたりのテキストやシナリオっていつも突如頭に湧いて出てくるものなんですか?

林氏:実はこの冒頭のテキストは弊社の志倉千代丸が自ら書いたものなんですよ。この企画は志倉もすごい乗り気で「これを入れて」ってこのテキストを持ってきたんです。

堀井氏:そうなんですか! 弊社では志倉さんのPC-8801コレクションとかを見て「きっと、こういうネタをやりたがるはずだ!」っていろいろ予想してたんですよ。マップ画面を入れたいというお話を頂いたりとか。やっぱりこだわりたいところがいろいろあったんですね。

松原氏:「軽井沢誘拐案内」っぽくとか(笑)。

堀井氏:(笑)。

――ファミコンのアドベンチャーゲーム風ということでテキストは基本的に平仮名になっているわけですけど、林さんもシナリオを書く段階から平仮名表示なのを意識されたのでしょうか?

林氏:いや、普通に漢字を使ってシナリオを書いているんですよ。

椎名氏:こちら(エムツー開発)で平仮名に開いていますね。

堀井氏:逆に、一部には漢字も使っています。「このメッセージ内のキャラ数で抑えれば漢字も使えるよね……?」というように、ファミコンの仕様の範囲内で作る上でどうするかをすごく悩んだところですね。

椎名氏:バンクに収まる文字数がいくつで、そうすると使える漢字の数はいくつになって……というところで、最終的に使える漢字が決まっていきました。その他は平仮名になっています。

堀井氏:ファミコンってキャラクター定義数が例えば256個とかになるわけですが、それを平仮名だけでも50個使っちゃうんですよね。そこで実は、今回はラスターを切って使えるキャラクター数を増やしてるんです。

松原氏:フォントデザインもすごくがんばって頂いて。この解像度でもちゃんと読めますよね。

――ダルの「常考」は漢字になっていますね(笑)。

全員:(笑)。

椎名氏:「常考」は開いて平仮名にしちゃうと印象が変わっちゃって伝わらないんですよね(笑)。なので、漢字にしています。

基本は平仮名だが「常考」のようにここぞというワードは漢字を使っている

――次々にお馴染みキャラが登場しますし、話の展開が速いですね。

林氏:本編と比べると最初っからネタバレになるような展開になっていますね。志倉からは「ファミコン当時のゲームのスピード感にしよう」という話があって、それを意識しているところです。他にも志倉からは「1987年に『シュタインズ・ゲート』を作ったらこういう感じになるだろうというイメージ」で作ろうという話もありました。

――画面枠もダイヤル回してチャンネルを変えるテレビになっていますし、まさに1987年頃というイメージで統一されていますね。ファミコンがRFスイッチで繋がっているんだろうなと想像できます。

林氏:ですね。

――そうすると、ゲーム画面中の背景とかも昔の秋葉原を意識したものになっているのでしょうか?

椎名氏:想定としては、「1980~1990年代を舞台にした『シュタインズ・ゲート』というお話を作ったら、秋葉原はこんな感じかなと想像するだろう……」というものになっています。そこはあくまで想像というニュアンスで、当時の光景を忠実に再現しているというものではないですね。

――なるほど。ゲームセンターのシーンにはもう「UFOキャッチャー」があって、一方でラジオ会館近くの電子部品ショップが並ぶ通路がまだあって。駅前のバスケットコートもまだある頃でしょうか?

林氏:バスケットコートの話も出ましたね。このゲーム内ではもうなくなっています。

堀井氏:ギリギリあるかないかの頃ですよね。1番最初に発売された「STEINS;GATE」の頃でも、もうUDXになっていたんでしたっけ?

松原氏:ですね、もうUDXでした。

――いろいろ懐かしいですよね。そのあたりをちゃんと知っている人だと、もうアラフォー以上になっちゃいますけども。

松原氏:サトームセンがゲームが安くてね……(しみじみ)

堀井氏:安かったですよねー! 俺も秋葉原に行くといつもPCエンジンのゲームを買ってました。

「1980~1990年代を舞台に『シュタインズ・ゲート』というお話を作ったら……」というコンセプトで制作されている本作

松原氏:「たかわらい」というコマンドがあるんですよ。

――メインの5つのコマンドのひとつが「たかわらい」!

堀井氏:鳳凰院凶真ならでは!

林氏:実は大事なコマンドなんですよー。

主要なコマンドのひとつに「たかわらい」!

堀井氏:テキストの行間が普通に作ると8ドット空くんですけど、今回のファミコレADV「シュタゲ」ではラスタースクロールにしていて、行間を4ドットに詰めているんですよ。

――濁点などが間に入りますけど、その上下の間はかなり詰めていますね。

堀井氏:これと同じ事を実は「ファミコンジャンプ」がやっているんですよね。「ファミコンジャンプ」は文字をキレイに見せようっていう意識が感じられるんですよね。

ラスター割り込みでテキスト行間のバランスを良くしている

――序盤はとある事情から「真空管」を探すという話が展開されていくんですね。

林氏:話の導入はそうですね。ちなみに今はダルと一緒に行動していますが、話が進むと相棒キャラクターが変わっていきます。鈴羽になったり、紅莉栖になったり、まゆりになったりですね。

松原氏:相棒と一緒に行動して、相棒に指示して何かをさせて話を進めていくというもので。「ポートピア連続殺人事件」とかと同じ構造をしていますね。

林氏:「やすの存在を発明した『ポートピア連続殺人事件』はすごい!」なんていう話もしていました。あれは「やす」という相棒キャラクターがいることでテキスト量がかなり少なく済んでいるんですよね。

――主人公1人だけだとずっと独り言になっちゃいますもんね。

林氏:そうなんです。相棒が入れば会話の中に説明も入れられるので、より自然で簡潔にできるんですよ。

松原氏:一方で「探偵 神宮寺三郎」シリーズだと、タバコを吸うと自分の回想が始まり、そこで流れを説明をしたりするんですよね。味のある工夫ですよね。

――なるほど。ちなみにストーリー全体のテイストとしては、コミカルなのか、シリアスなのか、そういう表現だとどのようなものになっているのでしょう?

林氏:前半はコミカルですけども後半は結構シリアスですね。元々の「STEINS;GATE」の話をファミコン用に構成を変えてギュッと圧縮しているような感じです。

ファミコレADV「シュタインズ・ゲート」スクリーンショット

松原氏:電子説明書も見てもらいましょう。

――これは! 画面いっぱいに取説(取扱説明書)が!

電子説明書もしっかりとファミコン風!

松原氏:当時のファミコン風に2色かけあわせという雰囲気のものに仕上げてもらいました。この取説に載せているゲーム画面も2色印刷を模したようにわざわざ手作業で処理をしているんですよ。本当はブラウン管に映したのを撮っているような感じも再現しようと思ったんですけど、さすがにそこまではやらなかった。

堀井氏:ビデプリ(※)で撮ったような!

松原氏:そうそう(笑)。

※ビデオプリンター。ビデオ信号を取り込み印刷できるプリンターで、その場でゲーム画面を撮影し確認できるということで、1980年~1990年代のゲーム雑誌の編集等に多く導入された。

松原氏:それと、1個前のページを反転させてちょっと透けてみえている裏映りの効果もつけようかなと思ったんですけど、それもそこまではしなくてもいいかなって(笑)。

――このこだわりは嬉しいですねー。

堀井氏:さっき秋葉原で昔にPCエンジンのゲームを買ってた話が出ましたけど、その帰りの電車で買ったゲームの取説を読んで、自分を高めながら帰ったものですよ。

――ありましたね、ウキウキで電車で読みましたよねー。

椎名氏:この取説に「ゲームをクリアするためのヒント」っていうページがあるんですけど、ゲーム中ではどこの場所に何があるのかっていう説明はしていないので、これを見ないとわからないんですよ。

――当時の取説は、ゲーム中で解説しきれない要素を取説に載せて補足するということも多かったですが、それも再現しているんですね。

椎名氏:そうなんです。今どきのゲームでそういう作りになっていたらダメ出しされちゃうと思うんですけどね。

――世代によってわかれそうですよね。年配の人だと懐かしい要素のこだわり再現としてむしろ喜ばれそうですけど、若い人は「取説を読まないとわからないことがあるなんて面倒だ」って思うでしょうし。どこかの世代あたりにその境界線があるんでしょうね。

ゲーム中では分からないことも取扱説明書に載っているのはいかにも当時風。こういうところの再現までこだわっている
取扱説明書のスクリーンショット

「シュタゲ8ビット」からファミコレADV「シュタインズ・ゲート」へ、堀井雄二氏のADV三部作の進化をなぞるように

左がシナリオを手がけるMAGES.林直孝氏、右がシリーズプロデューサーの松原達也氏

――それではインタビューに入らせて頂きます。まず、このファミコレADV「シュタインズ・ゲート」のプロジェクトはいつ頃から動き始めたのでしょうか?

松原氏:去年の夏頃ですね、ちょうど1年ぐらい前かなぁ。

堀井氏:エムツーでは2011年に「STEINS;GATE 変移空間のオクテット」という、通称「シュタゲ8ビット」と呼んでいるものを作らせて頂いたのですけど、そのときに「クリア後にファミコン版『シュタゲ』が出てくるようにしよう」という構想もあって、そのために少し作っていたリソースもあったんですよ。

 それで去年に志倉さんと食事させて頂いた時に「あの時に作ったファミコン用のデータありますよ!」ってお話したんです。あのやり取りも今回のきっかけのひとつだったりしたんですかね?

松原氏:どうだろう、あれもそれぐらいの時期でしたっけ?

堀井氏:そうそう。「それ用のサウンドとかも全部作ったのに使い道がなくてもったいないから、何かやりませんか?」ってお話したんですよ。

松原氏:そうか、それがあったからなのかもしれない。

――エムツーさんと最初に具体的に話したときはどんな内容だったのでしょう?

松原氏:エムツーさんと話を始めたときにはもう夏を過ぎてて、開発期間はいろいろ考えるともう3~4カ月ぐらいしかないという感じでした。そこでで、エムツーさんを交えて「まずはプロットを決めちゃおう!」っていう会議をやりましたね。

椎名氏:それがもう10月ですね。うちの方で足回りを固めて準備していて、そのあとプロットを固めて進めて行ったという流れでした。

――足回りを固めて準備をしていた、というのは?

椎名氏:ファミコンの実機でゲームが動くように開発するということの用意ですね。当初の話では、先ほどの「シュタゲ8ビット」のリソースを活かしたファミコン版を作ろうという話だったのですが……。そこから話は広がって「新しいシナリオを用意します!」ということになって。

堀井氏:コンパクトに制作しようって思っていたんですよね、最初は。

林氏:ですね。制作期間的にも。

松原氏:あくまで特典だしねっていうのもありましたし。

堀井氏:当初は、「シュタゲ8ビット」の時に作ったファミコン用のリソースを組み立てれば、特典と言えるものには十分なるんじゃないかなと思っていたんです。

 懸念としては、「シュタゲ8ビット」は昔のPCアドベンチャーゲームの再現としてキーボードでのコマンド入力する方式で、その入力する言葉を探すこともポイントなんですけど、ファミコン世代にはそれがなくてコマンド選択式になるから、コマンド総当たりがすごく楽になる。なのでプレイの進みが早いだろうなーとか思っていたんです。

 ……でも、気づいたらそんな懸念どころじゃない、すごいことになっていた(笑)。

志倉氏がオーダーしたというマップ画面
左は開発のエムツー代表の堀井直樹氏、右は同ディレクターの椎名誠氏

椎名氏:最初に松原さんにエムツーに来て頂いて、関連スタッフを全員集めて話をしたんですけど、そのタイミングで「マップを入れたい」っていう話をされたんですよね(笑)。

松原氏:そうそう(笑)。

椎名氏:志倉さんが「さんまの名探偵」的なマップを入れたいと言ってるって話をされて。「いやいや、マップ画面なんていう機能はそもそもないですよ?」って返答して(笑)。そこから、画面は内部的には上画面と下画面で構成しているんですけど、上画面だけをマップにするならなんとかなるかもとか、スクロールではなく画面切替え式ならいけるかもといった話をして。それをなんとかできるように開発の準備をして。

 シナリオについての打ち合わせも10月24日にあったのですが、「シナリオはいつぐらいに出来上がりそうですか? 遅くなるようなら間に合わなくなるので、『シュタゲ8ビット』の内容で進めさせてもらいたいです」っていうお話をしたんですよね。そうしたら「シナリオは今月いっぱいでできます」っていうお話になったんですけど……。

堀井氏:責めてる、微妙に責めてる(笑)。

林氏:「MAGES.さんってそんなにシナリオ作成するの早かったっけ!?」みたいな(笑)。

椎名氏:いやいや、そんな……(苦笑)。でも、前に別のタイトルをやらせてもらった時にはシナリオがなかなか、その……、出来上がらなくて……。

全員:(笑)。

堀井氏:すごいビターなインタビューになってゆく(笑)。

――恐ろしい……(笑)。

椎名氏:でもっ! 今回は1週間で全部のシナリオを送ってもらえたんですよ。ただ逆に、それはそれで、まさか1週間でシナリオが上がってくるとは思っていなかったので……。

――逆に(笑)。

林氏:(笑)。タネ明かしをすると、実はだいぶ前から志倉と「こういう方向性の話にしたい」っていう話をしてあったんですよね。プロットはだいぶまとまっていてあとは書くだけっていうところまで進んでいたんです。だから1週間で上げられたんですよね。

堀井氏:なるほど、下ごしらえをもうされていたんですねー。

椎名氏:ファミコンソフトの仕様として納められるテキスト量として「これぐらいのテキスト量までに抑えてください」というのはお伝えしてあったので、文量も無制限ではなかったですしね。

――当初から、ファミコンソフトとしての仕様や容量に納めることを決めていたんですか?

松原氏:そうしていましたね。本当に最初の最初は「いや、ファミコンっぽいものでいいよ。その方が開発しやすくて楽なんだから」って話もしていたんです。でも、せっかくエムツーさんとやるんだから、「実は実機でも動かせるように作ってあるんです!」っていうのをやりたいよねとなって。

――それで、志倉さんのツイートにあった自作カセットまでも作っちゃったと。

堀井氏:あの志倉さんがTwitterに掲載した動画はすごくバズりましたよね。あの反響を広告で生もうとしたらいくらかかるのって話になりますし、その点を考えると実機で動くように作って本当に良かったって思えますよ。

松原氏:志倉さんのあのTwitterの動画は、投稿から翌日までで200万再生とかいってたんですよね。

堀井氏:すごかったですよねー。

――エムツーさんとしては「シュタゲ8ビット」こと「STEINS;GATE 変移空間のオクテット」を開発していたことが大きなポイントだったんですね。

堀井氏:そうです! 当時に志倉さんから「BASICのLINEとPAINTでシュタゲの画面を出したい」っていう話を聞いて、「それはすごく首を突っ込みたい!」となってやらせてもらったんですよね。

椎名氏:その「シュタゲ8ビット」の中身をファミコン風にそのまま持っていっても、LINE & PAINTでもないからインパクトが薄れるよねとなって。そこで新作シナリオでやろうとなっていった感じですね。

――エムツーさんとしては、事前に準備を進めていたのとはかなり違った展開になったわけですよね。

椎名氏:なりましたね。松原さんも最初は「シュタゲ8ビット」の時に作ってあったリソースをできるだけ使えるようにしようって言ってたんですよ。でも最終的にはほとんどそのリソースを使わなくなりました。立ち絵のいくつかを再度作り直して使ったという程度です。サウンドも全部作り直しています

――まるで違うものに。

椎名氏:背景だけでも新規描き起しが何十枚にもなって。背景は当初予定の4倍ぐらいの枚数になりました。

堀井氏:「どうせなら欲しいものをちゃんと作ろう!」という気持ちがほとばしっちゃいましたね(笑)。

――新規にかなりの量の素材を作ったということですが、それはオリジナルなものを作るということになるわけですし、大変ですよね。

椎名氏:ですね。しかもそれをファミコンの仕様に合わせて作らなければならないので。ファミコンの実機で動くゲームを作った経験のあるスタッフが“そう多くはなかった”ので。

――そう多くはないっていうだけでもすごい。

堀井氏:今回のサウンド周りを担当している春日やchibi-techも、ファミコンの曲をたくさん作っていましたしね。あと、プログラマーにはファミコン実機で当時からコードを書いていた人に参加して頂いています。

 ただ、企画をメインで動かしているのはうちの中でも若手の20代の連中なので、そんな彼らが今ファミコンの制約に頭を悩ませるということに。「なんでこういう制約があるんだろう……?」って本当に悩み苦しんでいて、それが面白くて(笑)。

椎名氏:今どきのアドベンチャーだと演出の作法で言うとこうなんだけど、ファミコンの頃の演出の作法ではこうだし……みたいなことを20歳代の人間が頭を悩ませるという(笑)。

堀井氏:そもそも「なぜこれができないんだ!?」みたいなところから始まって、だんだんと馴染んでいってました。「まぁ、コンピューターの仕組みを学べて良かったよね?」みたいに話してはいるんですけど、他でその知識を使うことはないだろうなぁ。

――(笑)。今のアドベンチャーとこの当時のコマンド総当たり的なアドベンチャーとでは、文法が違うというか。醍醐味みたいなものが違いますよね。

林氏:どこを楽しませるかが全く違いますね。

――開発を進めていく上で、MAGES.さんからも例えば画面の構成なんかを「こういうテイストにして欲しい」というようなオーダーはされたわけですよね。それはどんなものがあったのでしょう?

椎名氏:先ほどもあった「マップを入れて欲しい」という話がまずありましたね。

林氏:それと、テキスト枠は吹き出し風で、このキャラクターが喋ってますよっていうのを見た目でわかる感じにして欲しいというのもありました。

――僕はこの画面の作りを見ると「さんまの名探偵」を思い出します。

松原氏:これはもう、まさにそのイメージなんですよ。

堀井氏:志倉さんは「さんまの名探偵」のイメージだったんですか。PCゲームのコレクションがすごい人だから、そっちかなとも思ったんですけども。

松原氏:「さんまの名探偵」もイメージしてたみたいですよ。

堀井氏:そうなんだ。実は、開発中に脇から見てて思っていたのは、マップ画面とか当初の予定とかには影も形もなかったものですし、バカでっかい……とは言ってもファミコンに収まるものだからそれほどでないけど、人間が作るには手のかかるものが入ることになってるけど、これはどうなのって話をしてたんですよ。

 そうしたら弊社の駒林が「志倉さんのPCゲームコレクションからすれば『軽井沢誘拐案内』のマップみたいなものを入れて欲しいと言うのは当然だと思う」なんて言ってて。それが面白かったんですよ。

松原氏:マップに関しては「軽井沢誘拐案内」がもちろんあったと思いますよ。

――志倉さんのこだわりポイントだったんですね。マップ移動式でなくても、場所のテキストを選択して場面が切り替わる方式でもゲームとして成立はしますもんね。

堀井氏:そうなんですよ。「シュタゲ8ビット」でLINE & PAINTの画面をキーボードでコマンド入力していく形式のアドベンチャーをやったので、その次にやるとなれば「軽井沢誘拐案内」みたいにするべきというのが、志倉さんの中にあったんじゃないかなって思うんです!

――“「軽井沢誘拐案内」みたいにするべき”のところをより詳しくお願いします!

堀井氏:堀井雄二さんが手がけたアドベンチャー三部作として「ポートピア連続殺人事件」、「軽井沢誘拐案内」、「オホーツクに消ゆ」があったんです。当時のアドベンチャーゲームはLINE & PAINT画面にコマンド入力だったのに、「軽井沢誘拐案内」ではいきなりマップ画面が登場したんです。パッと見は「ウルティマ」とかあのあたりのRPGみたいな画面になっていて、世間がとても驚いたんですよね。

 今回のファミコレADV「シュタインズ・ゲート」で「シュタゲ8ビット」にはなかったマップ画面を入れて欲しいという志倉さんからの要望は、まさにそれをなぞっているんですよね。開発期間が少ないのを考えたら「何言ってるんだコラー!」ってなるんですけど、志倉さんがその流れをなぞりたいと考えたのかなと想像したら、その気持ちはわかるなあってなるんですよ。

――なるほど、よりグラフィカルに進化していった流れを踏襲しているんですね。

堀井氏:そうなんですよー。堀井雄二さんはその三部作のあとに「ドラゴンクエスト」を作られるので、すごくわかりやすい進化の流れにもなっているんですよ。

「シナリオは1章あたり20KB、全体でも200KBに収まるように」、ファミコン仕様を守っての制作にこだわりと苦労が交錯する

――開発に入ってからの苦労はどんなところがありましたか?

椎名氏:苦労のポイントですと、やっぱりファミコンの仕様に合わせて画面素材を作っていくところですね。ファミコン仕様で作った経験がないスタッフも加わって人海戦術で作りましたから。

堀井氏:画面の制約が相当あるからね。好きに色とかを載せたりはできないし。

椎名氏:16×16の中で1パレットで描かなきゃいけないですし。

松原氏:収まらないところはスプライト乗っけてね。

堀井氏:やっぱり乗せてるんだ。

椎名氏:立ち絵が重なったときにスプライトの横並び制限に引っかかって表示が欠けちゃったりするので、そこでスプライトを上にずらして回避したりして。

堀井氏:KONAMIさんのMSXでの「シャロム 魔城伝説III」で、普通にMSXで画面を出すとちょっと色が足りないんですけど、スプライトで別の色を重ねるというのをやっていて。それを今回もファミコンでやっているという。

 で、それをやるとスプライトはバストアップのキャラ立ち絵を使っているから、別のところでも重ねちゃうと枚数足りなくなって欠けちゃうっていう話なんです。

松原氏:例えば、ゲーセンの背景のね……ここ、非常口のところはスプライトなんですよ。

全員:(笑)

椎名氏:色が足りなかった(笑)。

松原氏:周囲の色と傾向が全然違いますよね、ここだけ。

堀井氏:僕らって実機のファミコンでは開発していない世代ですけど、もう1世代上の皆さんですと、「そんなの当たり前だよねー」って流されちゃうぐらいの話なんでしょうね、これ。

――そもそも、今の開発環境でファミコンソフトとしてのものを作るのは、作りやすいものなんでしょうか?

椎名氏:いや、作りづらいですよ。

――エムツーさんはこういう話が普段から飛び交っている感じはするのですが。

堀井氏:確かに飛び交ってはいるんですけど、ただ今回のスタッフはMAGES.さんでノベルスタイルのゲームを作らせてもらっていた20歳代のスタッフなんで、毛色が違うんですよね。彼らからすれば「いつも隣で復刻系チームの様子を見ていたけど、それが自分に降りかかってくるなんて思ってなかった!」っていう。「大変そうだなー」って思っていたら「俺も大変になってる!」みたいな(笑)。

――現在のツールで開発をする中で「ファミコンの仕様」を常に念頭に置いて、自分たちの作業に自分で制約をかけていくみたいな作り方になるのでしょうか?

椎名氏:そうですね。もしそれができてない画素材があがってきても……、

堀井氏:「この画面はファミコン実機では表示できません」終了。

椎名氏:音の場合でも……、

堀井氏:「この音は鳴りません」終了。

――それを20代のスタッフさんが悩みながらやったんですね、大変(笑)。

堀井氏:ちなみにメインプログラマーには、テクモでファミコンのゲームを実際に作っていて、その後PCエンジンでも「スーパースターソルジャー」とかを作っていた人に参加頂いたんです。

――なんと、当時を体験してきている歴戦の勇士ですね。

堀井氏:そうなんですよ。「俺、『スーパースターソルジャー』の2分間モードを100万分やりこみました!」みたいな勢いで、感動でした。来てもらえて本当によかったです。

椎名氏:今回の要望も淡々とこなして頂いて。マップとかもサクッと作って頂けたんですよ。

堀井氏:今回の開発についてコメントしてもらおうと思いますので、ぜひそちらもご覧ください。

【メインプログラマー山下孝氏にコメントを頂きました】

 開発で苦労した点といえば、当たり前ですが開発サポートがすでにないというのが常に気にかかった点です。

 画面からはわかりづらいですが、画面にラスターをかけてテキストエリアを縮めて行数を増やしたり、パレットを画面途中から載せ替えたりしています。ですが、この辺は自分の現役時代でもやったことがなかったことで、このやり方が正しいのかどうかを確認できない状態でした。

 また、開発機材もありませんからデバッガ機能の付いたエミュレーターを駆使して作成しましたが、エミュレーター上で動作確認をして、いざフラッシュカートリッジ+ニューファミコンで実機テストをするとラスターでのタイミングが微妙に違ったり、またDPCMを使用するとさらにずれて画面が崩れたりと大変でした。

 この辺は後期のファミコンでは結構行なわれていた技術でもあったのでサポート窓口がある頃に問い合わせていればもう少し楽に実現できたのではないかと思いました。

――そんな苦労を重ねて、仕上がってきたのはいつ頃になったのでしょうか?

松原氏:年末頃には一通り動いていたよね?

椎名氏:ですね。絵が少し足りてなかったですけど、年明けにはそれも入って。

堀井氏:企画を受けるに当たって弊社の長野がスケジュールを見ていたのですが、なにしろMAGES.さんが発売するタイトルの特典ですから、間違っても遅れるわけにはいかない。そこで長野からはそれこそ100万回ぐらい「目に見えている問題は本当にないのか? 大丈夫か!? 」って聞かれたんですよ。もうケンカしてケンカして。それに対して僕は「絶対っていうことは何事も言い切れないけども、問題はないよ!」と説得して動き始めました。

 ……でも結局は、サウンドドライバー周りでなかなかの問題はあったのですが!

――(笑)。Nintendo Switch上でファミコンのエミュレーターを動かして、そこでファミコレADV「シュタインズ・ゲート」を動かしているという順だと思うのですが、そのエミュレーター自体の調整も必要になりますよね。

椎名氏:ありました。弊社のファミコンエミュレーターをあらためてチェックしてみると、これまで使っていなかった部分のサウンド周りに不具合などがいくつか見つかって。今回あらためてそれらにも対処したんです。

堀井氏:サウンド担当の春日はファミコンの音源を実機で使いこなしていて。春日がエムツーに入社したのはここ3~4年ですけど、要約すると「なんだエムツーのファミコンのエミュレーター大したことねぇな! 音周りがダメじゃん!」というようなことを言っていて、相当にダメ出しされたんですよ(笑)。

――すごい(笑)。でも言われてみると確かにエムツーさんは、ファミコンのエミュレーターものというとそこまで印象がないように思えます。

椎名氏:実はそうなんですよね。

堀井氏:以前に他社さんとのお仕事でいくつかを手がけてはいるのですが、特に音周りが詰め切れていなかったということなんですよね。

 ……というか、みんなが凄すぎるんですよ。ゲームボーイも6台ぐらいロット違いのものを持ってきて「このロットが1番鳴りがいいんです」なんて説明されます(笑)。エミュレーターは大変ですよ。

松原氏:本当にそうだよね、大変(笑)。

――底知れないこだわり。ちなみに今作のサウンド周りは春日さんとchibi-techさんとでやられているのでしょうか?

椎名氏:chibi-techが作ったデータを春日がチューニングして鳴らしています。最初にchibi-techが作ったデータがMMC5用の曲データだったのですが、それをMMC3用にしないといけなくて。その作り替えから、ちゃんと鳴るようにエミュレーターの調整などまで春日がやっていましたね。

堀井氏:MMC3とMMC5というのは、任天堂さんがファミコンの容量を拡張するために使っていたコントローラーのことで、MMC5はファミコン最後期、MMC3は「スーパーマリオブラザーズ3」あたりから使われているカスタムチップですね。

  そのあたりも含め、弊社の春日とchibi-techにコメントしてもらおうと思いますので、ぜひそちらもご覧ください。

【エムツーサウンドスタッフ春日氏にコメントを頂きました】

 サウンドの春日です。

 今回の主な作業について

・「ゲームでの使用を前提とする Famitrackerの機能拡張及び最適化」
・「弊社エミュレータ音源コアの刷新」

 当初は、そもそもファミコン上で動くプログラムとして作る方針ではありませんでした。なので、自分の出番も少ないだろうと思っていたのですが、いつの間にかファミコン上で動くものを作る事になっていました。

 そのため、急遽自分がサウンドの顧問のような形で呼ばれ、サウンドにおいて、実際にファミコン上で動かすものができるかどうかの検討をし、そのまま実作業をこなすことになりました。

 まず、そもそものサウンドデータは chibi-tech さんが作った FamiTracker 用のデータが有ったのですが、これをそのままファミコン上で再生することは難しいため、メインプログラマーである山下さんが元々制作されていたサウンドドライバにコンバートできないか考えましたが、そもそものデータのフォーマットが大きく異なるため、この方法は早々に断念しました。また、サウンドログ形式にしようかとも思いましたが、データの肥大化が避けられないため、これも断念しました。自分が耳で聞いて MMLに打ち直すことも考えましたが、データ作者の意図に近い形での移植は困難なため、これも断念しました。

 最終的には、サウンドデータ製作者の意図をできうる限り汲んだ移植、作業工数、など様々な面から見たときにベストな選択が FamiTrackerのサウンドドライバの移植だと考えました。ありがたいことに、JSR氏の使用許諾も得られたため、この方針で移植を行なうことに決定しました。

 今回取りうる中で1番スマートな移植方法を選んだはずですが、それでも実際のファミコン上で動くものにするためには多くの作業がありました。メインプログラムとのやり取りをするための仕組み作り、使用するマッパー用のバンク切り替えの仕組み作り、SE機能の追加、フェードイン、アウト機能の追加、FamiTrackerのWindows用アプリケーションへの機能追加、等です。

 それが終わった後はエミュレータ側の音源コアの修正を行ないました。多くの修正箇所がありましたが、元々自分がファミコン音源に慣れ親しんでいたこともあり、比較的短時間で音源の精度を向上させることができました。“Explanation”という曲の途中に三角波でメロディを鳴らしている箇所があるのですが、その音量が変化している事などを聞くことで、今回の音源コア刷新の一端を垣間見ることができるでしょう。

 細かい話になってしまいましたが、今回追加した機能などが演出に役立っている事と思いますので、遊ぶ際は是非楽しんでください。また、今回作業に携わった方々には大変お世話になりました。この場を借りて御礼申し上げます。

【サウンドコンポーザーchibi-techさんにコメントを頂きました】

 今回「STEINS;GATE」のファミコン音源アレンジを担当したJaelynです。“chibi-tech”として主に活動しています。

 このアレンジは実は7年前……、2011年には完了していたのです。その時は「STEINS;GATE 8bit版」のボーナス曲として作っていたのですが、時間の制約があり収録はされませんでした。(ただ、OP曲「スカイクラッドの観測者」のファミコンアレンジは、数年後に5pb.レコードから発売された「ファミコン8BIT SP~ゲームソング編」で桃井はるこ氏のボーカル付きで収録されております)。

 「ファミコレADV シュタインズ・ゲート」の開発が決まった2017年に話を戻します。過去にアレンジを大体終わらせていたという事もあり、既存のデータを流用できる非常に簡単な作業でした。ただ唯一の問題はデータのサイズ量でした。「STEINS;GATE 8bit版」のボーナスとして作っていた時は、ROMの容量を気にせずクオリティ重視で作っていたので、その兼ね合いですね。

 今回のアレンジにあたっては「FamiTracker」を使用しました。「FamiTracker」はファミコン実機上で演奏できる楽曲を作る際に、非常に素晴らしいツールです。しかし2A03(ファミコンのCPU)用サウンドドライバは非常に複雑で、CPU使用量が非常に多く、時間の問題もあり過去に作った曲をそのまま使うといった事はできませんでした。

 「FamiTracker」の作者であるJSR氏と弊社の春日のサポートがあったお陰で、要求(使わない要素の削除、SEの同時再生機能の追加などなど……)に応えられる2A03サウンドドライバが完成しました。一方で私はシーケンスデータの最適化を試みまして、可能な限り合理的に圧縮しました(元の品質をなるべく劣化させない様にしています)。そしてサイズの削減やサウンドドライバの複雑な要素の削除により、元の品質をほぼほぼ維持する事に成功しました。

 今回の「ファミコレADV シュタインズ・ゲート」の曲を聴いて頂く皆様には非常に楽しんで、そして結果に驚いて頂けると思います。

――シナリオを手がけた林さんとしては、何かファミコレADVとして意識して書かれたところはあったのでしょうか?

林氏:コマンド総当たりしていくシステムになっていますので、その上でいかにお話として面白く転がしていけるか、どういうコマンドをプレーヤーに選ばせるかというのを意識しましたね。

松原氏:コマンドが5種類固定になっていますので、その5種類でどう表現していくかというのがありますよね。しかもそのうちのひとつが「たかわらい」になってて、ほとんど使えない(笑)。

――「たかわらい」がそこに入ったのは何か理由があったのでしょうか?

林氏:やっぱり岡部倫太郎のアイディンティティーであるということが大きいのですが、あとは僕の趣味として「探偵 神宮寺三郎」シリーズを意識しているというのもあります。神宮寺三郎はコマンドで「タバコを吸う」があるんですよね。

 シリーズの中でも僕は「探偵 神宮寺三郎 夢の終わりに」が1番好きなのですが、あれもクライマックスで「タバコを吸う」がストーリーを進める上で重要なコマンドになっているんです。それをぜひやりたいというのがあったので、実は終盤に「たかわらい」が重要に……(笑)。

椎名氏:グッとくる使い方になってますね。

――シナリオベースから見ると、ボリューム的にはどれぐらいになったのでしょう?

松原氏:スクリプトで最終的に200KBぐらいになったと思うのですが。

椎名氏:シナリオは1章あたり20KBに納めてもらいました。

堀井氏:20KBっていうと、Twitterで少し雑談してたらなるぐらいの容量ですよ(笑)。

椎名氏:ですね(笑)。しかもメインシナリオだけじゃなく、いろんなコマンドに対する細かな反応のテキストも込みでですからね。

林氏:それにマップ移動式にしたので、いろんな場所に行くことでタイミングによってメッセージが変わったりもしますし。

松原氏:なので「こことここはテキストを共用しよう」とか、そういう納める工夫をかなりしていますね。

林氏:グッと圧縮していて、泣く泣く削ったところもありましたね。

堀井氏:当時のファミコンのアドベンチャーゲームの、例えば「ポートピア連続殺人事件」とか「オホーツクに消ゆ」と比べても遜色ないぐらいのボリュームというか。こっちの方がちょっと多いぐらいになってますよね。

松原氏:おそらく多いですね。

堀井氏:ファミコン実機で動くように作ると言っても、あくまでNintendo SwitchにDL配信で楽しんでもらうものだから、ROM容量が原価に響いたりしないですからね。当時なら「4Mbitではなく2Mbitに納めてくれ」みたいに営業さんから言われるみたいなところですけど、そこは大丈夫なので。なので1章あたり20KBという贅沢な容量が使えた。

 当時のインタビューとかで、ゲヱセン上野こと上野利幸さんの「オホーツクに消ゆ」のサウンドの容量の話とかを読むと胃が痛くなりますけどね(笑)。

――なるほど、ファミコン時代の開発というと、サウンドにどれぐらいの容量やメモリを割り当ててもらえるのかという苦労話がたくさん出てくる時代ですよね。

堀井氏:そうそう、そういう時代なんですよ。

松原氏:サウンドとのメモリの取り合いは今回もやっています(笑)。

全員:(笑)

――いわゆる「ファミコンっぽく作ってあるゲーム」と、「ファミコンソフトとしての仕様に沿ったゲーム」というものとでの技術的な違いとして大きいところはどのあたりになるのでしょう?

椎名氏:そうですね……。やはり“バンクの制約を守って使っているところ”でしょうか。これはバンクに乗る、これは乗らないという話が開発中はずーっとついてまわりました。

堀井氏:そもそもあれですよね、今普通に開発していて「バンクって何?」ってなりますよね。今はそんなメモリの制約はないですからね。

松原氏:そうだよね。

――少しご解説頂けますでしょうか。

堀井氏:8bitのCPUって64KBのメモリを扱えるんですけど、4Mbitのカセットなら容量は512KBなわけで、ファミコンがみることのできる64KBでその4Mbitカセット内の512KBのどこからどこまでを見ていくのかを、その都度指定してるんですよね。だから、カセットが大容量だと言っても全部が一望できるわけではなくて、1シーンあたりは64KBに納めないといけないんですよね。そこに苦労するんですよね。

――一テーブルというか、引き出しみたいなお話ですね。

堀井氏:そうそう。机の引き出しを開けられるのは同時にいくつまでです、みたいな制約です。

――そこを守らずに作るならかなり楽だけど、守ると大変になる。

椎名氏:そうですね。起きる不具合は大体そこに起因するんです。バンクオーバーしてると文字が出なくなったり、画面がちゃんと表示されなくなったり、演出が出なかったり。

堀井氏:64KBのバンクにそのシーンで使うデータを詰めていくわけですけど、たまにアドレスオーバーしてしまうことがあって、表示がおかしくなったりしちゃうんですよね。

――なるほど。余談ですが、ファミコンソフトの不具合というと、いわゆるバグが裏技という呼び方で親しまれた文化もありましたが、そういうところを再現するというか、なにか仕掛けを入れたりはなかったのでしょうか? 「シュタゲ」らしい遊び心になりそうかなと思えるのですが。

椎名氏:それは今回は“入れている余裕がなかった”っていう話になりますね。スケジュールがだいぶ厳しかったですから。

松原氏:うーん、裏技を入れる余裕はなかったですねー。

堀井氏:余裕があればやりたかったですし、やるとなったら志倉さんから「だったらこういうのを入れて欲しい!」っていうのがたくさん出てくると思いますよ。それこそこのインタビューを志倉さんが読まれたら「今考えたらまだ使える時間ありましたよね。入れれば良かった」とか言われそう(笑)。

松原氏:(笑)。

――ちなみにツイッターで公開されていたCMでは、「ファミコレADVシリーズ第1弾!」というナレーションがありましたが、第1弾ということは今後に第2弾、第3弾が出る可能性もあるのでしょうか?

松原氏:考えてはいないんですよ(笑)。やりたいなーっていう気持ちは山ほどありますけどね。

堀井氏:我々も今回のことでファミコンの開発経験を積めたので、何かあればまたぜひやりたいですよ。

フルアニADV「STEINS;GATE ELITE」もこだわり満載! エムツー堀井氏も興奮と感動のハイクオリティ

――「STEINS;GATE ELITE」は全編フルアニメで見せる最新世代の作品ですよね。その特典がこのファミコレADV「シュタゲ」ということで、その最新と懐かしの対比も面白いです。

堀井氏:実は僕も今回の「STEINS;GATE ELITE」が動いているのを見たことがなくて。初代の「シュタゲ」はがっつりプレイしたのですが。

松原氏:じゃあちょっと、実際のプレイ画面見てもらいましょうか。こちらもこだわりまくっていて凄いんですよ。

(というわけでNintendo Switch版「STEINS;GATE ELITE」のプレイを開始)

オープニングのかっこよさに堀井氏も釘付けに

――タイトル画面までの流れやオープニングはあえてファミコレADV「シュタゲ」と揃えてあるんですね。

堀井氏:オープニングかっこいいなぁ……。なんか両者の間を埋めたい! 差がすごいよこれ。PC98の16色版とかもあるじゃないですか。そういうのも出したくなる(笑)。

松原氏:「STEINS;GATE ELITE」も元々は、ある程度ほかのリソースと使って作っていこうと思っていたんですけど、あれよあれよと作っているうちにエスカレートしていって。結果、以前のリソースをそのまま使えているのはボイスだけになりました。

堀井氏:僕はいろんな人に「STEINS;GATE」はやるべきって言うんですけど、最初に遊ぶなら今はどれがいいんでしょう? やっぱり初代がいい?

松原氏:いや、今ならもうこの「STEINS;GATE ELITE」が絶対のおすすめです。

堀井氏:こっちでいい? 本当に?

松原氏:もちろん。

――これは、映像とボイスはどういう組み合わせになっているのでしょう? どちらもアニメ素材を再構成しているのですか?

林氏:映像はアニメですが、ボイスはゲームからなんですよ。

松原氏:映像もね、例えばこの画面だと太陽が照りつけているっていう映像ですが、太陽の揺らめきのアニメーションがちゃんと無限にループするようになっているんですよ。メッセージを送らない限りはずっとループする。当然、アニメの素材はそんなループ仕様になっていないので、全部組み直してるんですよ。

――(まゆりが岡部に話しかけるシーンを見て)これボイスは以前のゲーム版からということですが、アニメの映像とリップシンク(口パク)が合っていますよね?

松原氏:リップシンクはプログラムでやっているんですよ。口の動きだけ別の素材を用意していて、アニメの映像にプログラムで当てはめているんです。

堀井氏:それって、カメラアングルが切り替わるときとかメッセージを早く送っているときには口パクしないようにしたりもしてるんですか?

松原氏:そうです。なるべく違和感が出ないような作りにしています。

林氏:喋っている途中にボタンを押してメッセージ送りをすると、口パクは止まるんですけどアニメーションだけは動き続けるんです。

堀井氏:これアニメのリソースを使ってなんて言ってましたけど……、ものすごく手がかかってるじゃないですか!

太陽の揺らめきのアニメーションひとつにしてもちゃんと無限にループするように作られていて、従来のアドベンチャーノベルゲームの自分がメッセージを送っていくテンポでプレイできるよう設計されている

松原氏:(岡部の通話独り言のシーンで)こことかも、アニメと比べると実は全然見せ方が違っているんですよ。

堀井氏:あぁ、最初のシーンはこんな感じになるんだー!! なんかアニメをゲームっぽいテンポで早送りで見ていけるのってすごく新鮮。ページめくりを好きに進められるアニメになっているんですね。

松原氏:そうなんですよ。テキストにもかなり手が入っていますよ。

林氏:かなり変えてますね。

松原氏:元のテキストのままだと、アニメの映像に対してかなり冗長になってしまって。

堀井氏:ですよね、これはもう伝え方の文法が違いますよね。いやぁ、これは面白いなぁ。

――新しい境地というか、進化を感じますね。補足的なテキスト説明とかは必要なくなるんですね。

林氏:映像で表現できているので、テキストでの説明は必要なくなるんですよね。

堀井氏:むしろ映画の字幕のような存在になってますよね。これはかなり手がかかってる。去年にお話聞いたときにはあまり手間をかけずスピーディーに作りたいなんて言ってたのに。

林氏:想像していたよりも5倍ぐらい大変でした(笑)。

全員:(笑)

テキスト非表示でオートプレイにしてしまえば、まるでアニメを見ているようなスタイルにも

松原氏:それと、ノベルゲームでありつつも、テキストを完全に非表示にもできるし、それでもちゃんとプレイできるんですよ。テキスト非表示にしてオートプレイにすると、そのまま新しい構成になったアニメを見ているようにもなります。

林氏:やっぱりこれとこれ(「STEINS;GATE ELITE」とファミコレADV「シュタゲ」)が一緒になっている対比は面白いですよね。

堀井氏:なんて言ったらいいんだろう? 鳥獣戯画と今のマンガ? いや、というのもちょっと違うな。なんかアドベンチャーゲームという延長線上にこの二つが本当に並ぶのかどうかも怪しいぐらい違う。

――単純な新旧だけでなく味そのものが違うというか。もう違う料理ですよね。それぞれに楽しさが違ってる。

堀井氏:確かに。すごいびっくりした!! これは「STEINS;GATE ELITE」やりたい!! やりたくなった!!

「STEINS;GATE ELITE」スクリーンショット

「両方を楽しんで、人類の進歩を見届けて欲しい!」

――それでは最後にゲームファンの皆様に一言ずつ頂けますでしょうか。

松原氏:Nintendo Switchでは初回版やDL予約版では「STEINS;GATE ELITE」とファミコレADV「シュタゲ」の両方を楽しめますが、その対比を楽しんでもらいたいです。「STEINS;GATE ELITE」では今の僕らが提示できる最高のアドベンチャーゲームに仕上がっていますし、ファミコレADV「シュタゲ」は1980年代のファミコンソフトを可能な限り再現しているものになっています。どちらも僕らが滅茶苦茶こだわって作りましたので。ぜひ予約して確実に入手して頂ければと思います。

林氏:ファミコレADV「シュタゲ」は、コマンド総当たり形式のアドベンチャーならではというか。そのシステムを活かした仕掛けを入れたシナリオになっています。結構新しい「シュタインズ・ゲート」になっていると思えますので、これまで別の「シュタインズ・ゲート」を楽しんで頂いたことのある人も、十分に楽しめるものになったと思います。ぜひプレイしてみてもらえればと思います。

堀井氏:社内の1番若い連中がファミコンという8bitマシンにチャレンジして玉砕していくというか。転びながら立ち上がりを繰り返して、これができました。その紆余曲折にちょっと感動しています。と同時に、今日初めて見せて頂いた「STEINS;GATE ELITE」が凄くて、その対比も両極でギャップが凄い。手にした人はこの両方を楽しんで、人類の進歩を見届けて欲しい! 人類の進歩って表現が大げさかもしれないけど! よろしくお願いします!!

椎名氏:振り返ってみると自分たちの嗜好やこだわりばかりでユーザーさんをちゃんと見て作ったのかどうかも怪しいのですが(苦笑)。

全員:(笑)

椎名氏:とにかくファミコン実機上で動くものを、そして面白いものをという気持ちで全力で作ったらこうなりました。皆様にご購入頂きまして、楽しんでもらえたらと思います。よろしくお願い致します。

――ありがとうございました。