レビュー
こく兄初のエッセイ「格闘ゲーム 全一神話」レビュー
最強ダッドリー使いこく兄の半生だけでなく、格闘ゲームの歴史的資料としても読める一冊
2025年1月28日 13:00
- 【格闘ゲーム 全一神話】
- 1月22日 発売
- 価格:1,782円(税込)
大学生時代、ニコニコ動画のヘビーユーザーだった筆者は「ストリートファイターIII 3rd STRIKE」の対戦動画に衝撃を受けた。2D格闘ゲームのカリスマ、ウメハラのケンが1人のダッドリー使いに敗れた後、散々に煽られているのだ。
“あの”ウメハラを倒すのも驚きだが、勝った後にあのカリスマにそんな大口を叩いてるプレイヤーは何者なんだ? と思ったが、その人物こそが今回紹介する書籍「格闘ゲーム 全一神話」の著者、こくじんこと、こく兄氏だ。
こく兄氏は「ストリートファイターIII 3rd STRIKE」でトップクラスのダッドリー使いとして名を馳せた愛知出身の強豪プレイヤーである。そのプレイスタイルは「豪快で大胆」に尽きる。前述のウメハラ氏との対戦でもそうだが、無敵技のジェットアッパーを使ってハイリスクを背負ってでもここぞという場面で相手の勢いを削ぎ、そしてチャンスとみれば大胆な2択攻撃で相手を葬り去る。その特徴的なジェットアッパーの使い方からネットでは「ピザジェッパ」とも言われていた。
こく兄氏は現在は競技シーンの最前線からは退いてはいるが、2023年よりeスポーツチーム「REJECT」の格闘ゲーム部門プロデューサーに就き、格闘ゲームの盛り上げに貢献している。ちなみに現在では「こく兄」と「こくじん」のハンドルネームを使い分けている。
「格闘ゲーム 全一神話」ではそんなこく兄氏の半生をベースに、1990年代から現在に至るまでの格闘ゲームの変化、またそれに伴う大会シーンやゲームセンターの変遷が書かれている。さらに対談ページでは、ウメハラ氏やときど氏をはじめとした、こく兄氏との交流が深い人々とのエピソードが詰まっている。
こく兄氏の意外な面を知るには絶好の序章
こく兄氏の人となりはダッドリーというボクサーキャラクターで大味な立ち回りをしているだけあり、型破りな人だと思っていたが、ダッドリーの使い方を他のプレイヤーに説明している動画を視聴すると、その戦術は理詰めで考えていることが明確だった。また、こく兄氏と交流がある人からのエピソードを知るにつれて、礼節を重んじる人だというのも感じられた。
そんな人となりのバックボーンを知れるのが本著の第一章にあたる「ROUND1」である。一般の書籍での章の呼び方を本著ではROUNDとしているのが格闘ゲーマーらしい。
こく兄氏はゲームとの出会いは早かったようで、ファミリーコンピュータで遊んでいたし、小学生時代には「ストリートファイター2」で格闘ゲームとも出会ったとのことだ。しかし、「スト2」と出会ったからといって学生生活のほとんどを格闘ゲームに費やしたかと言うと、そうではなく、むしろサッカーに打ち込んでいたらしい。
こく兄氏がスポーツ少年だったというのは意外ではあるが、交流のある人からのこく兄氏の人となりの話を聞いていると、合点がいく。筆者も学生時代弓道部の部長を務めていたので、所謂体育会系、運動部での縦社会を重んじる風潮を考えればその立ち振舞は自然なことだと感じたからだ。
「3rd」と闘劇によって本格的に覚醒した格闘ゲーマー「こく兄」
ROUND2では、そんなスポーツ少年だったこく兄氏が格闘ゲーマーに変化していくさまが描かれている。高校転校を機に、スポーツからゲームへ打ち込んでいく。ゲームのためならありとあらゆる出費を抑えたり、大学という日本ではおそらく一番のモラトリアム期を利用してゲームをやりこんでいく。かくいう筆者もほぼ同じことをしていたので、読みながら「あぁ、やっぱりみんなやるよね」とか、「知り合いのゲーマーも学食用の食費を断食してゲームに打ち込んでたな」と昔を懐かしみながら読んでいた。
そして古参のゲーマーなら避けては通れない「闘劇」もここで登場する。闘劇は日本のeスポーツ文化の礎とも言える当時国内最大、もしかすると当時はEVOをも凌ぐ世界最大級だったかもしれない格ゲー大会だ。実は筆者は動画サイトの件以前にこく兄氏の名前をこの大会がきっかけで知っていた。おそらく筆者が高校生だったころなので前述の動画を閲覧するより昔の話のはずだ。しかし、筆者の住んでいる地域では「3rd」がプレイできない環境であったことや、他の地域に遠征といったことはしていなかったため、強豪プレイヤーのアンテナは張っておらず、やはりウメハラ氏やヌキ氏といったどのゲームでも有名であったプレイヤーしか知らなかったので、この時点ではこく兄という名前は「ウメハラチームに闘劇で敗れたチームの人」ぐらいの印象しかなかった。
本章に関してたが、闘劇を目指した大会への取り組み方は非常に理知的だなと感じた。大会本番でメンタルが及ぼす影響や、相手の手の内を知っておくことで自分のプレイスタイルに変化を加えることを説いている。こく兄氏が決して「運ゲーおみくじ」や「本能だけ」で勝っていたプレイヤーではなく、理論の裏付けがあっての戦いをしていたプレイヤーであることが分かるだろう。
当時のゲーセン事情がわかる3・4章
本著の中盤である3・4章では、2004年ごろのゲームセンター・格ゲープレイヤー事情が事細やかに記されている。
こく兄氏は大学進学で上京した後、中退。故郷・名古屋へ戻ったが、再び上京。そこで横浜のゲームセンター「GAMER'S VISION」で勤務することになるが、その雇われた要因が、「『傭兵』として雇われた」というのでおもしろい。
傭兵というのは、ゲームセンターで対戦相手が居ないため困っているプレイヤーの相手を務める店員のことらしい。ほぼ同じ時期に筆者の地元のゲームセンターでもそのような店員が存在した。友人がその店舗に努めており、勤務が終わったらオーナーからプレイ代を用意され、常連客と交流するように言いつけられていたらしい。実際、この店舗の店員と格闘ゲームで対戦することが何度もあった。今はそのようなシステムは撤廃されているが、当時は他の店舗でも同じようなシステムを導入していたのでゲームセンターの企業努力の1つだったのだろう。
また、当時は画期的だった大会の様子を配信・実況する文化もGAMER'S VISIONのイメージが強かった。今年2025年、惜しくもその幕を閉じる京都の名門ゲーセンa-choではこれより先んじて大会を動画で公開していたが、当時は生配信ではなく、収録したものをダウンロードして視聴するものだったので、リアルタイムで様子が伝わるというのは珍しかった。また、こく兄氏はここで実況の仕事を任されたが、それはサッカーの実況を真似たものだと述べている。前述の「サッカー少年」だったことが活きているのだなと感じた。筆者もゲーセンで大会の実況を任されたことがあるのだが、どちらかというと解説オンリーで、大会の臨場感をアツく伝えるというのは非常に難しいものだなとこの章を読んで思い出していた。
この章で面白いものをもう1つ挙げると、ゲーセンへの遠征文化だろう。今と違い、インターネット上のプレイヤー同士の交流の場はSNSではなくインターネット掲示板だった。「したらば」や「2ちゃんねる」などがゲーマーの交流の場だった。
筆者はしたらばよりかは個人サイトで用意された掲示板を利用していたが、したらばに名前が載ったことも何度もある。そして「〇〇というゲーセンにもっと強いやつがいるから対戦しに来い!」などと挑戦的な文言を突きつけられたこともある。
自分は体験したことはないが、「鉄拳」勢から聞いた話で、遠征先ではマンガなどでよく登場する「四天王」を倒すことになるという。遠征先の上位プレイヤーたちの序列が低いプレイヤーから相手をし、全て倒しきらないと遠征先の最も強いプレイヤーとは対戦してもらえないという話だ。大阪の「鉄拳」シーンではそのような話があると聞いていたが、まさか「ストリートファイター」でも同じような文化があるとは知らなかったので2D、3D格闘ゲームの枠を越えてこんな共通項があるのは初めて知った。
悲願の全1獲得。そして格ゲープレイヤーとしてではなく配信者として
後半のROUND5、6では、ゲームセンターの文化や、いちトッププレイヤーとしてのこく兄というより、配信者としての面が濃く描写されている。
ROUND5、6で書かれているのは、「ストリートファイター4」が稼働し、家庭用ゲーム機でもオンライン対戦の機能が充実したことによって、ゲームセンターに足を運ばなくても他者との対戦が楽しめるようになった時代の話である。配信文化や、プロゲーマーという制度はできたものの、まだその働き方、生き方について試行錯誤していた時期である。
前述の「世界最大級の格ゲー大会」も「闘劇」から「EVO」に取って代わっていった時期でもあるだろう。
そして「3rd」プレイヤーにとってはこれらと同格の価値がある大会「クーペレーションカップ」、略称で「クーペ」と呼ばれる大会で、こく兄氏は2014年に念願の優勝を果たす。
公式の大会ではなくとも、ほぼ半公式の扱いの大会は様々な格ゲーで存在する。また、そのような大会は総じて個人戦ではなく団体戦であることが多く、地方や仲間たちのプライドを賭けた戦いになるため、この勲章は決して闘劇やEVOに引けを取ることはないだろう。これが本書のタイトルの「全一」獲得の瞬間なのだろう。
そしてプレイヤーとしてではなく、配信者としてのこく兄氏の苦悩の様子も書かれている。実は筆者はこの頃のこく兄氏と「バーチャファイター」で対戦していたことが何度かあるので、その頃の苦悩の内面を知れるのは当時を思い出す形となった。
章と章の間に挟まれている対談でイメージが変わるはず
さて、各ROUND(章)の合間には、こく兄氏と著名人との対談が挟まれている。ウメハラ氏、ときど氏、ハイタニ氏、どぐら氏という格闘ゲームブームと競技シーンの最前線にいた人たちとの対話では当時のゲーセンの雰囲気を、また人気ストリーマーSHAKA氏との対談では「スト6」によって交流が深まった格闘ゲームとストリーマーの新時代のあり方を語り合っている。これを読めばただの豪快でビッグマウスな人物という「こく兄像」はきれいに消えるだろう。ゲームに魅了され、ゲーム界に恩返しをしているような繊細な側面が垣間見えた。
・こく兄氏の意外な一面を知りたい人
・今はなきゲーセン文化を学びたい若い人や昔を懐かしみたい人(特に闘劇世代と呼ばれる人にはおすすめだ)
・今後のストリーマーはどうあるべきかに興味がある人
筆者はとくに闘劇世代と呼ばれる世代なので、2つめの要素で強く惹かれ、実際読んで良かったと感じた。活字が苦手な人でも心配ない。文量も程よく、スキマ時間でも読めるほどだ。というより、面白すぎて早く読み進めてしまうので気にならないはずだ。
そして本書を買った人は、是非本の帯とカバーを1度外してみてほしい。あっと驚くはずだ。
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