レビュー

「春ゆきてレトロチカ」レビュー

現代、そして50年前のナイトクラブ……。100年の間に起きる様々な事件を追体験

 「春ゆきてレトロチカ」でプレーヤーはいくつかの時代の事件に立ち向かうこととなる。「売買会事件」に加え2つの事件の概要も紹介していこう。

 過去ではなく現代でも事件は起こる。第2章「論理の未知はつながらない」では、はるかも当事者として事件に巻き込まれてしまうのだ。白骨死体の謎を解くために自分から売り込んできたという探偵は自分の名前を「西鞠真琴」と名乗る。……それははるかが書く探偵小説の主人公の名前だ。この謎めいた人物の登場が変事のきっかけとなる。彼は何物なのか? 四十間家が持つ秘密はこの事件にどのような意味を持つのだろうか?

現場に残された「赤椿」。それは四十間家に災いをなす象徴だ。現代の人々にもその魔の手は伸びる

 この2章で提示される大きなファクターが「赤椿」というキーワード。この赤椿は四十間家に因縁があり、しかも50年前、1972年に赤椿が関わってから10年ごとに四十間家に不幸が訪れているというのだ。2章で起こる事件にも赤椿があった。庭師の草刈は「この家は主人が嫌がるので赤椿は植えていない」という。四十間家は呪われているのだろうか?

その事件ははるかの目の前で起き、さらにショッキングな事件へと繋がっていく。この謎をはるかは解けるだろうか?

 第3章は「巡情エレジー」。50年ぶりに四十間家に赤椿が関わるという1972年の事件が語られる。その舞台は「ナイトクラブ赤椿」。奇しくも赤椿の名を持つナイトクラブに、「不老の歌姫」と呼ばれる人物がいるという。そしてここに現・四十間家当主である「四十間了永」が訪れるのだ。

 ここでは探偵役の女性としてはるかは歌姫「彩綾」に憧れる若い女の子「伊夜」として登場する。彩綾は本当に不老なのか? 了永はどんな役割を果たすのか? 「巡情エレジー」は1972年のナイトクラブという、時代を描く雰囲気も面白い章だ。華やかなナイトクラブに集う秘密を持った人々、舞台の裏側といったその時代と舞台ならではのドラマも展開する。

独特の雰囲気を持つナイトクラブで起きる事件。現代編で当主である四十間了永が若い姿で登場する

 「春ゆきてレトロチカ」はこういったその時代ならではの要素も楽しい作品である。役者はそのまま、舞台と衣装が替わることで全く違うドラマが展開する。第3章はこれまでの現代、大正時代と大きく変わったその魅力を感じられる章だ。

探偵役は彩綾に憧れる伊夜。彩綾は本当に「不老の歌姫」なのだろうか?

独特の「ドラマ感」が楽しい味付け。バットエンドも魅力!?

 「春ゆきてレトロチカ」はこのようにいくつかの時代の事件を描きながら「四十間家の謎」に迫っていく。核となるのは「トキジクの実」という不老をもたらすという伝説の果実だ。本当に不老というようなものがこの世界にあるのか? 殺人事件という生々しい要素と幻想的な要素が絡み合っていくのも「ミステリー小説」ならではといえるだろう。

 それに加え、やはり本作は「ドラマ感」が面白い。「旧家」、「大正時代のお金持ち」、「ナイトクラブの登場人物」など、キャラクター性を重視した人物配置に、わざと時代の雰囲気を意識したような台詞回し。複数の役割を同じ役者が演じることで強まる非現実的な雰囲気など、「舞台演劇」のような独特の空気感がある。

幾つもの時代を舞台に、様々に役柄を変えて登場するキャラクター。この雰囲気が面白い

 演じる役者さんもインパクトの強い人達だからこそ、この面白い空間が一層強まる。展開する事件はシリアスだが、「ドラマ感」がトリックを解き明かす楽しさも強めている。現実では、本当に「人が人を殺めよう」などと言うときは凝ったトリックを使ったり、それを隠して平常を装ったりできないし、探偵役が犯人を言い当てるような展開などは起きないだろう。ミステリー小説やドラマならではの空気が、このゲームの根幹と言える。

 その空気感を利用しゲームとして作り上げ、様々な時代と事件をまとめ上げるという企画の面白さはやはり注目したい。「実写ドラマとゲームの融合」、「探偵の思考をゲームとして終える楽しさ」、「1人の役者さんが複数の役を演じることで生まれる雰囲気」、「できるだけ最小限の手法で時代と事件を描くポイントの抽出」……。本作は様々な挑戦を行ない、「本格推理アドベンチャー」としてまとめ上げている。こういったユニークなゲームがきちんと作られた、その挑戦心はゲームの幅を広げてくれる。とても面白い挑戦だ。

役者は同じだが役割は全く変わる。プレーヤーにとっては「現代編ではこうだったのに、売買会ではこんな役、ナイトクラブではこんな感じのキャラクターを演じるのか……」という感じで、独特の“ドラマ感”を楽しめる

 本作だからこそできる演出として「バットエンド」も注目して欲しい。「春ゆきてレトロチカ」は事件の解決編で間違った選択をすると即ゲームオーバーといういささか古風なシステムになっているが、間違った仮説をしゃべると即座に他の登場人物から突っ込みが来て、はるか(や、他の時代の探偵役)が途端にしどろもどろになるコメディ空間になる。

 探偵が他の人物に対して事件を語り、謎を解き明かすシーンは「見せ場」である。BGMやカメラワークも大きく場面を盛り上げる。しかし的を外した発言で、皆がはるかに「この人やっちゃったな」という目を向け、しらけた雰囲気になる。こういったシーンが入っているのも本作の魅力だ。ゲームでは時間が巻き戻りこの間違った選択は「なかったこと」になるのだがNG集とも異なるこの空間もまたぜひ見て欲しい。しょんぼりする桜庭ななみさんも良いのだが、探偵にあきれる被疑者達、という芝居を他の役者さん達が細かくしているのがとても良いのだ。

 「春ゆきてレトロチカ」は純粋な本格推理アドベンチャーという点だけでなく、独特の味わいも魅力なゲームである。探偵もの、ミステリーものが好きな人、実写ドラマとゲームの融合という特徴に興味を持った人などにもオススメだ。ゲームの幅を広げたい、様々な表現をしたいという開発者の挑戦心を応援したい。

ゲーム後半は謎も増え複雑になっていく。そしてクライマックスでは100年にもわたる四十間家の因縁が見えてくるようになる