IGDA日本、第7回iPhone/iPod touchゲームセミナーを開催

AppBankが新作「Pocket Vegas」を発表


2月22日 開催

会場:アップルストア銀座



 国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)は2月22日、第7回iPhone/iPod Touch Game Devシリーズセミナーをアップルストア銀座で開催した。セミナーではiPhoneアプリを紹介するブログメディア「AppBank」を運営する株式会社GT-Agency代表取締役の村井智建氏が「AppBankが見たiPhone市場とAppBankのこれから」と題して講演。同社が提供する新作カジノアプリ「Pocket Vegas」も発表した。

 iPhoneアプリ系ブログメディアの中でも、もっとも影響力があると言われるAppBankによる講演だけあって、会場はすぐに満席。通路にも数多くの立ち見客が並んだ。セミナー開始時には入場制限がかかり、アップルストア銀座の担当者曰く「過去最大の集客」と言わしめたほどだ。観客の属性もiPhoneアプリ系・ウェブ系・コンシューマ系と幅広く、あらためてAppBankの勢いが感じられた。




■ 「Pocket Vegas」は第1弾「ソリティア」と共に無料で配信

GT-Agency代表取締役の村井智建氏
新作ゲームアプリ「Pocket Vegas」

 本セミナーはタイトル通り、前半にAppBankの紹介とiPhone市場の現状分析が行なわれ、後半にその内容を踏まえて、AppBankがリリースする新作「Pocket Vegas」のお披露目が行なわれた。本稿ではそのうち、「Pocket Vegas」の内容に重点をおいてレポートしよう。
 
 ちなみに本講演の内容は、AppBankからPodcastで3回に分けて、ノーカットで配信されている。非常に興味深い内容なので、時間がある人は一聴をオススメする。Twitterでも実況されており(ハッシュタグは#igdaj)、概要を短時間でつかむには最適だ。本講ではアプリの情報やAppBankの戦略を掘り下げて紹介するので、複合的なスタイルで読んで欲しい。

 さて、前置きが長くなったが、「Pocket Vegas」は宇宙に浮かぶオンライン対戦カジノがコンセプトの、無料カジノアプリだ。本セミナーの第4回目で、開発を担当するゼペットの宮川義之氏から紹介されたもので、いよいよ近日リリースとなった(すでにアップルには審査申請済み)。第1弾の「ソリティア」では、トランプゲームでおなじみのソリティアが4人まで対戦できる。


【Pocket Vegas】
「Pocket Vegas」はトランプゲーム第1弾「ソリティア」と共に配信される。4人まで対戦でき、いかに早く自分の手札をそろえて消すかという、レースゲームにも似たゲーム展開になるようだ。勝てば対戦相手からコインがもらえる。ゲームと共に、壮大なスケールを感じさせるサウンドにも注目だ

 ビジネスモデルはアイテム課金で、まずビューワーとなるゲームプログラムを無料で普及させる。続いてカジノ内で消費するためのコインを、有料で販売する戦略だ。2010年内に全世界300万ダウンロード、平日ピーク時15万人同時接続を目標としている。後述するが、ロードマップには海外展開も織り込み済みだ。

 アプリを起動してサーバーを選ぶと、プレーヤーのマッチングが行なわれ、対戦が始まる。「ソリティア」では画面上のカードを操作して、他人より早く手札を消した人が勝ちで、1プレイにかかる時間は約数分。画面上には現在の順位や手札の状況などが「ニコニコ動画」風に文字で表示され、ゲームを盛り上げている。音楽もゴージャスでにぎにぎしく、パチンコ店やゲームセンターの中という印象だ。


ゲーム開発は宮川義之氏、サウンドプロデュースは佐野信義氏と、非常に贅沢なスタッフィングだ

 ゲーム開発は前述の通り、株式会社スクウェア・エニックス出身で、「iYamato」などiPhoneアプリベンダーとして活動している株式会社ゼペットの宮川義之氏が担当。また音楽プロデュースは株式会社ナムコ(現バンダイナムコゲームス)出身で、ニンテンドーDS向けシンセサイザーソフト「KORG DS-10」の開発も手がけた株式会社キャビアの佐野信義氏が担当している。村井氏は「AppBankは2人の天才を捕まえることができた」と語った。




■ App Storeで売れるアプリの3カ条はこれだ

 AppBankはもともと編集長の宮下泰明氏が2008年10月6日から1人で始めたブログメディアで、半年後に現代表取締役の村井氏が加わった。しかし、当時から掲げていたのは、アプリを開発・販売して収益を上げる計画だ。にもかかわらず、アプリを販売支援する方法がまったくなかったので、まずはAppBankを立ち上げて優れたアプリを紹介し、日本のiPhone/iPod touch市場を育てていったという。

 2009年3月の「iPhone for everybody」開始、7月の「iPhone 3GS」発売と、ソフトバンクの販売戦略とiPhoneの拡販に従ってPV(ページビュー)は順調に伸び続けた。10月にAppBank専用のアプリビューワーをApp Storeで販売したところ、一気にPVが2倍以上に増加。11月にはWEB上でiPhoneについて語れる「iPhone BBS」もオープンし、2010年1月には1,700万PVを記録するほどになった。

 そんな村井氏は、AppBankを続ける中で感じた、ヒットするアプリの3条件を語った。曰く「タイトル」、「アイコン」、「わかりやすさ」だ。

 まずアプリのタイトルは非常に重要で、ヒット要因の2~3割を占めるという。次に「アイコン」では、iPhoneユーザーはiPhoneのトップ画面の見栄えに非常に敏感で、ここに配置してもらえるようなデザインにすべきだと述べた。人に見せて恥ずかしくないアイコンなら、削除されるリスクも減る。これもまたヒット要因の2割を占めると語った。

 そして最後が「わかりやすさ」で、村井氏は「ユーザーは最初の3分間しか我慢して遊んでくれない」と語った。iPhoneアプリは有料アプリが最低115円で、無料版も多いので、ユーザーも気軽に購入し、遊んで、削除してしまう。そのため機能がたくさんあるよりは、まずコンセプトをしっかり決めて、触ってすぐに理解してもらえる内容にするべきだと述べた。またメディア側としても、そうしたアプリは記事にしやすいという。


【AppBankが考えるヒットのための3条件】
第1に「タイトル」。「ToyCamera」、「i大富豪」、「i文庫」・・・。シンプルで印象的なタイトルが重要だ第2に「アイコンデザイン」。iPhoneユーザーはトップ画面を愛しており、ここに配置されれば「勝ち組」だ第3に「わかりやすさ」。最初の3分間が勝負で、多機能だからヒットするわけではない点に注意だ

 その上で「作る努力の10倍以上、マーケティングに努力をするべきだ」と強調した。村井氏から見ると、とにかく「作って終わり」のアプリベンダーが多く、売るための努力が乏しすぎるという。そのためには「ランキング上位に残る」ことが全てで、全エネルギーをここに集中するべきだとした。具体的には「新規リリース」、「値下げセール」、「アップデート」の機会を戦略的に使うべきで、特にユーザーは「値下げ」、「無料」、「セール」などの言葉に敏感に反応するという。

 ただし最初から115円のアプリにしてしまうと、値下げといっても無料にするしかなく、カテゴリーが有料から無料に変わってしまう。これだと仮に値下げ効果が効いて、ランキング上位に上がっても、いざ価格を戻したときに有料ランキングの下位に再び沈んでしまうのだ。そこで、まず230円の価格設定から始めて、115円に値下げセールを行なうといいのでは、とアドバイスした。

 また村井氏はApp Storeが極端なコンテンツの供給過多に陥っていることから、ゲーム関係者の中に「第2のアタリショック」を危惧する声もあることを示したが、これを一蹴した。曰く「ジュース1本のガッカリ感と、アタリショックを一緒にしちゃいかん!」というわけだ。むしろ「アプリが面白ければ、きっかけ次第で、必ずヒットする市場」だと評して、その「きっかけ」をいかに作るかに、開発者は努力するべきだとの見解を示した。




■ 「Pocket Vegas」のコンセプトは「ベタで王道」

ゲームメーカーと直接競合しない分野で、自分が好きなモノは何かが企画の発端だった
「エヴァンゲリオン新劇場版: 破」、「サマーウォーズ」、「カイジ」……。「ベタで王道」でいいのだと確信したという

 このように、App Store市場を鋭く分析している村井氏だが、それだけにアプリビジネスの厳しさも知り抜いている。自ら認めるように、App Storeは現代のゴールドラッシュだが、誰も金鉱の掘り当て方がわからず、勝者不在の市場だ。ユーザーにとっては天国だが、開発者にとっては究極の試練場。だからこそ「Pocket Vegas」の開発キーワードは「ベタで王道」だったと述べた。

 まずゲームメーカーとは戦いたくない。その上でトランプゲームが好きで、ギャンブルゲームは血が踊る。そんな村井氏が昨年感動した映画は、テレビ版の放映から12年経って、主人公が「熱血ヒーロー」になって帰ってきた「エヴァンゲリオン新劇場版: 破」、ゲームで世界を救う「サマーウォーズ」、命をかけた博打を張る「カイジ 人生逆転ゲーム」の3本。「ベタで王道でいいんだ、時代が自分に追いついてきた」と考え、直球勝負の「オンライン対戦カジノ」を考えたという。

 もっとも、自ら「三流メディア」で、「日経新聞ではなく、よくてサンケイスポーツ、目標は日刊ゲンダイ」というAppBankの編集方針らしく、カジノと言っても「大人の社交場」ではなく、「修学旅行の夜のトランプ大会」というイメージだ。とはいえ「三流メディア」を標榜するのは、iPhoneアプリの紹介サイトは数多くあっても、どこもおしゃれでスマートな雰囲気で、大衆的な雰囲気のサイトがなかったから。あえてアップルファン、ガジェットファン以外の読者を狙い、市場を開拓する狙いがあったと明かした。


【「Pocket Vegas」に影響を与えた3作品】
対戦: 「Homerun Battle 3D」
ホームラン競争をするだけのシンプルな野球ゲームだが、オンライン対戦が熱い
過剰演出: 「Peggle」
オーケストラの名曲が多く使われ、派手な演出と共にゲームを過剰に盛り上げる
格好よさ: 「Bejeweled2」
ガジェット的なクールさではなく、大衆的で親しみやすい「格好よさ」がある

 そんな村井氏は「天才を集めると、後が早い」と述べた。開発を担当する宮川氏、佐野氏を前にアプリを3本示して、こんな風に作って欲しいとオーダーしたのだ。その3本とはオンライン対戦でホームラン競争ができる「Homerun Battle 3D」、画面上のピンをボールではじいて消していく「Peggle」、そして宝石を3つ揃えて消していく定番パズル「Bejeweled2」だった。

 「Homerun Battle 3D」はオンライン対戦が面白く、シンプルなゲーム内容でも対戦にすると盛り上がる好例。「Peggle」は演出が過剰で、ステージクリアすると画面に花火が打ち上がり、虹がかかって、BGMにベートーベンの交響曲第9番合唱付き、いわゆる「第九」まで流れて、プレーヤーを祝福してくれる。「Bejeweled2」はいわゆる「クール」さではない、大衆的な格好よさだ。開発キーワードは、この「オンライン対戦」、「過剰演出」、「かっこよさ」。「Pocket Vegas」のデモを見ると、なるほどと納得させられる。




■ 「Pocket Vegas」と共にAppBankも海外展開をめざす

 ちなみにマーケティングを重視するAppBankらしく、早くも「Pocket Vegas」のアップデート予定が示された。まず2月に国内先行リリース後、3月から4月にかけて順次ゲームを追加していく。コンテンツはアンケート結果から「大富豪」、「ポーカー」、「ブラックジャック」、「麻雀」などの要望が高く、粛々と進めていくという。そして5月に対戦人数を増やすなど、大規模アップデートが予定されている。

 こうして、国内で運営上の課題を解決した後に、満を持して8月に世界配信を開始する予定だ。もちろん、その前後も随時ゲームの追加を予定している。そして収益次第と前置きしながら、12月に「2010年ありがとうキャンペーン」開催することも明かした。これにあわせてAppBank自体も8月に英語版の配信を開始し、2人3脚で展開していく。このほかユーザーコミュニティの場であるiPhone BBSサービスのAPI公開や、ユーザーレビュー機能の実装についても述べられた。また年末にはオフラインイベント「AppBank Fes」も開催するという。

 ちなみにAppBankの収益は90~95%がアプリ購入時のアフィリエイトで、世界有数のiPhoneアプリ販売数を誇るのだという。これまで1年3カ月で4,600本、1日平均11本の記事を書き続け、AppBankの紹介がきっかけでランキング上位に輝いたアプリがいくつもあるほどだ。ただし、その収益のほとんどを「Pocket Vegas」の開発につぎ込んでいるという。それだけにアイテム課金モデルの見通しについては、きちんと成立して収益が上げられるように努力する必要があるし、開発側もアイテム課金に適したゲームデザインをするべきだと述べた。


【「Pocket Vegas」のアップデート情報】
ユーザーからの追加コンテンツの要望。「大富豪」が圧倒的に多いまず国内で運営実績を立て、8月に海外展開を行なう予定だAppBankも海外展開。iPhone BBSの公開やユーザーレビューも実装される

 メディアがコンテンツ開発も行ない、2人3脚で市場の拡大に努めるというモデルは、IT系やゲーム系では、それほど珍しくない。パソコン誌を出版するかたわらゲームソフトを開発し、日本で初期MS-DOSの販売なども手がけた、1980年代のアスキーなどが好例だろう。こうしたモデルは市場の拡大期にはうまく機能する。特にAppBankが英語版の展開も始めるという姿勢には驚かされた。海外展開に悩むアプリベンダーが多い中で、このニュースは朗報だろう。

 ちなみにAppBankは現在、中核メンバーが4名、アシスタント2名、さらに全国にライターがいて、編集部は通常、午前5時から夜の7時まで働いているという。会社は鎌倉にあるが、これも東京から適度に離れ、海と山に囲まれている、日本のシリコンバレーという印象で、「いい環境で引きこもって何かをやりたかったから」。こうした若く、前例にとらわれない無茶なパワーが、iPhoneという混沌かつ伸び盛りの市場と合わさって、多くの読者を引きつけているのだと改めて感じさせられた。


【パネルディスカッション】
セミナーの最後には恒例となった、IGDA日本代表の新清士の司会によるパネルディスカッションが開催され、AppBank編集長の宮下泰明氏も参加した。宮下氏は「日本語化されたら売上げが上がると思われるアプリはゲームに多い」とコメントし、例としてカジュアルタワーディフェンスの「PLANTS VS. ZOMBIES」を挙げた。村井氏は周囲からAndroidBankをやれという声もあるが、「ある程度の市場が形成される必要がある」として、慎重な姿勢を示した

【数字で見るAppBank】
【PVの推移】

iPhoneの拡販に伴ってPVが順調に上昇。iPhoneアプリ版のリリースで一気に倍近く増加した
【PVの割合】

トップページ以外では、セール情報とグラビア記事が多い。PVはその日のセール記事が配信される11時30分が第1のピークで、夜に2回目のピークがくる
【年齢属性】

読者の年齢は30代が過半数で、次が20代。男性40.6歳、女性36.1歳と言われるiPhoneユーザーの平均年齢と比べると、かなり低い
【アクセスデバイス】

iPhoneからのアクセスが約半数で、Macも約2割ある。iPhoneアプリ情報サイトらしく、かなり偏った結果になっている

(2010年 2月 24日)

[Reported by 小野憲史]