IGDA日本、第3回iPhone/iPod touch ゲームセミナーを開催

テクノードがGoogle Adsenseを導入したアプリを発表
翠猫館の女性向けコンテンツは「共感」がテーマ


10月16日 開催

会場:アップルストア銀座



 国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)は、アップルストア銀座で10月17日、第3回iPhone/iPod Touch Game Devシリーズセミナーを開催した。テーマは「携帯電話市場からiPhone市場へ: その魅力と苦労」で、株式会社テクノード代表取締役の水野和寛氏と、有限会社翠猫館(すいねこかん)代表取締役の佐藤聡子氏が登壇し、はじめて飛び込んだiPhone市場での試行錯誤について語った。

 これまでに開催された2回とは異なり、今回は「スピーカーがベンチャー企業」、「ケータイアプリからiPhone参入」、「女性向けコンテンツ開発が母体」、「App Storeで大ヒットを記録したわけではなく、現在も試行錯誤中」という「異色の内容」だったためか、初めてセミナーに参加した観客が6割を占めた。一方で80席の座席は最初こそ空席が見られたが、徐々に席が埋まり始め、最後は立ち見が出るほどの盛況ぶりだった。




■ iPhoneアプリのために分社してスタート

テクノード代表の水野和寛氏。女性向けサイトの企画・運営を行なってきた

 テクノードは雑誌「DTMマガジン」やモバイルコンテンツ運営を手がける、株式会社寺島情報企画を親会社に持つベンチャー企業だ。起業は今年5月で社員数は5名。代表の水野氏も2001年に親会社に入社以来、「デコメiとり放題」や「うたJETS!」といった、女性向けのサイト企画・運営を行なってきた。

 しかし、次第に男性向けコンテンツ開発への欲求が膨らんできたところに、iPhone 3Gの国内発売が決定。「この大波に乗るしかない」と、自ら発売日に表参道に並んで購入すると、社内にiPhoneの開発チームを組織してアプリをリリース。徐々に既成事実化させていき、今年5月に分社化した。母体がモバイルアプリ開発とはいえ、コンシューマー向けゲーム開発を長く手がけてきた人材が中核となっており、取締役にゲーム音楽家として著名な古代祐三氏を招聘している。

 そんな水野氏にとって、日本のモバイルコンテンツ市場とiPhone市場は「似て非なるもの」で、大きく「端末」、「ユーザー」、「ビジネスモデル」という3つの違いが見られるという。

 端末面では、機能的にはワンセグなど日本の携帯電話の方が多機能だが、「画面サイズ」、「タッチ操作」、「サクサク感」の点でiPhoneは優れていると指摘。ユーザー層についてはコンテンツを積極的に購入するメインユーザーが、携帯電話では10~20代の女性なのに対して、iPhoneは20~40代の男性が中心であると分析した。

 さらにビジネスモデルについて、iPhoneでは課金形態やビジネスモデルが発展段階で、ケータイの成功モデルである「サイトへの月額課金」、「広告収益とアイテム課金の組み合わせ」のいずれもが不可能だと指摘。個々のアプリが爆発的にヒットすることはあっても、継続的に収益を上げるには、相応の工夫が必要だと指摘した。もっともセミナー当日、偶然にも無料アプリによるアプリ内課金が発表された(現状は有料アプリでのみ、アプリ内課金が可能)ことで、今後状況が大きく変わる可能性もあると補足した。

端末・ユーザー・ビジネスモデルという3つの切り口で違いを分析した水野氏。特にユーザーの規模と違いは大きく、ケータイアプリが「女性に支えられた市場」という指摘に改めて驚かされる

 水野氏がテクノードを立ち上げる際に設定したテーマは「基本はゲーム」、「大きな予算は(現状では)かけない」、「マーケティング、ビジネスモデル的に、新しい仕掛けを入れる」という3点だった。これを踏まえて、今日まで6本のアプリをリリースしてきた。

 しかし、なかなか順風満帆とはいかなかった。第1の方策が「JAPAN戦略」、つまり海外市場を意識して、相撲やニンジャ、萌えなどを前面に打ち出したアプリ群だった。結果はイマイチで、特に狙ったはずの海外の反応が芳しくなかったという。逆に、水野氏曰く「息抜き」で出した、普通のドラム演奏アプリ「FreeDrumPad」が全世界で200万ダウンロードを記録したほど。にもかかわらずフリーソフトだったため、収益はゼロというオチまでついてしまった。

 ここから「海外を意識しすぎるよりも、王道のアプリで勝負するべき」と学んだ水野氏が、次にリリースしたのが「Touch the Numbers」だ。画面上にランダムに表示される1から25までのパネルを順にタッチしていき、全て押し終わる早さを競うカジュアルゲームで、サーバー上でのランキング機能もある。このコンセプトについて「繰り返し遊べるシンプルなゲーム」、「無料の広告収益モデル」という2点が示された。広告表示には米大手モバイル広告のAdmobのシステムが用いられている。

 「企画は3分、基本設計と実装も2~3日。でもタッチの気持ちよさを追求するのに、3週間かけた」という水野氏。このこだわりもあって、プロモーションの乏しさにもかかわらず、国内無料ランキングで最高2位になった。中でも一般ユーザーの神業的なプレイ動画がYouTubeに上げられたことで、ネットでの口コミが喚起されたという。もっとも広告収入は月に20~30万円程度に留まった。リリース後3カ月で1,400万PVを記録したが、広告の空き枠が60%にも上ってしまい、PVを生かし切れなかったのだ。これは国内での広告クライアントの少なさが原因だった。

和モノ系アプリを出したが結果は芳しくなく、ブレイクしたドラムアプリもフリー版で収益が出なかった。そこで原点に立ち返って、広告ベースのシンプルなゲームを開発した
YouTubeでユーザーによる「神業」プレイがアップロードされ、一気にブレイク。しかし国内の広告出稿が育っておらず、PVを生かし切れなかった。そこで海外前提で広告付きドラムアプリを配信した

 そこで、国内が厳しいなら海外の広告狙いということで、前述の「FreeDrumPad」にバナー広告を貼り、「2」として再リリースすることにした。まだリリースして3週間だが、ユーザーの9割が海外で、「Touch the Numbers」の約3~4倍の広告効果があるという。これは広告の空き枠がほとんどないことと、海外の方が広告単価が高いことが理由だ。もっともPVは「Touch the Numbers」の8分の1で、広告収入も約半分に留まっている。

 それでも「シンプルなゲームでも世界に受け入れられる」ことと、「広告収益モデルは可能性がある」と水野氏は感じたという。特にベンチャー企業は大手と異なり、ブランド力がなく、技術力も乏しいので、価格設定を下げざるをえず、国内市場では開発コストの回収も難しい。それよりも海外市場を前提に、無料の広告収益モデルに活路を見いだすべき、というわけだ。またコンテンツの内容については「タッチ感・操作感の追求と、ランキングなどサーバーサイドでの仕掛けを組み合わせることが重要だ」とした。

 最後に水野氏は最新作「Meteor Destroyer」と「30秒雑学」を公開した。「Meteor Destroyer」は地球に落下する隕石をタッチして破壊するゲームで、無料広告版と有料版の2種類を10月末にリリース予定だという。北米市場狙いで、タッチする感覚にこだわり、ランキング機能も備えた。「30秒雑学」はクイズゲームだが、iPhoneアプリ内にGoogle Adsenseを導入している。これはおそらく国内初の試みだという。こちらも10月25日頃に公開予定としている。このように今後も無料版+広告収入をベースに、有料版、アイテム課金など、さまざまな収益モデルを組み合わせて、収益の最大化を図りたいと説明した。
 

新作タッチアクションの「Meteor Destroyer」と、雑学クイズの「30秒雑学」。後者ではGoogle Adsenseの導入も予定されている。今後も、さまざまなビジネスモデルを組み合わせて収益の最大化を図っていくとした



■ 猫好きのための猫アプリで癒しを提供

翠猫館代表の佐藤聡子氏

 続いて登壇したのは、翠猫館代表の佐藤聡子氏だ。初めに佐藤氏はiPhoneの猫アプリ「なで猫REAL Petting Cat」シリーズのデモを披露した。画面上の猫を撫でたり、本体を傾けるなどしてコミュニケーションがとれるバーチャルペットアプリで、タッチの仕方で猫を走らせたり、ジャンプさせたりもできる。猫の種類はアメリカンショートヘアーや三毛猫など5種類で、今後も種類を増やしていく予定だという。

 佐藤氏は女性向けマーケットのキーワードはたくさんあるが、その中でも同社では「共感」に注力していると語った。女性は自分の立場や事情、背景を理解してもらいたいし、自分もまた相手を理解したいという傾向がある。その上で「ユーザーに寄り添い、ユーザーが『理解してもらった』気持ちになる」コンテンツを提供していると説明した。佐藤氏も癒し関連のコンテンツを開発するにあたり、スピリチュアルについて勉強しながら、セラピストの資格を取得したほどだ。

グラフィックスもさることながら、モーションが愛らしい「なで猫」シリーズ女性向けコンテンツのキーワードは「共感」3キャリア向けにモバイルセラピーコンテンツも配信している

 佐藤氏の目標は女性向けのモバイルセラピーだ。2003年に起業後、恋愛と癒しをキーワードに、モバイルコンテンツの公式サイトを3キャリアで展開してきた。しかし「猫は世界共通語なので、3DCGの猫を使ったコンテンツを作れば、言葉の壁を越えて展開できる」と考えたという。「なで猫」においてもiPhoneアプリでは珍しく、日英独仏伊西に加えて中国語が2種類と、8カ国語で展開中だ。ユーザーの反応も、イタリアやフランスで猫好きからの熱い感想が書き込まれるなど、地域で差があるのだという。

 猫にこだわるのは、佐藤氏の体験も大きかった。もともとOLとして一般企業に就職後、デジタルハリウッドを経て、映像制作やゲーム開発現場に飛び込んだ。ところがバリバリと働いていた矢先に、腱鞘炎で3Dデザイナーの道を断念せざるを得なくなる。失意のうちに自宅療養していた頃、心の慰めになってくれたのが、近所の猫スポットに集まる地域猫たちだった。もともと猫好きだったこともあって、猫による癒しとモバイルコンテンツの組み合わせに行き着くのは、自然な流れだった。起業後もiモード用に3DCG猫の待ち受けアプリを開発し、配信していたほどだ。

 もっとも当初は、日本のモバイル市場で公式サイトを展開していた立場から、iPhoneに対しては「黒船襲来」と危機感を抱いていたという。しかし1度触ってみたところ、タッチによる操作感が心地よく、猫の待ち受けアプリをiPhone用に開発すれば、絶対にヒットすると確信した。これにはモバイル向け猫アプリの現状もあるそうで、多くの場合「初めに犬のペットアプリを作り、その使い回しで猫版も作られている」のだという。猫好きにとって、犬と同じようにリードをつけて散歩させたり、芸を仕込むなどは言語道断。モーション1つ取っても、どこか猫らしくない。そこで猫好きによる、猫好きのための猫アプリを作って、女性に癒しを提供しようと決意したのだという。

 ただし3Dの猫をモバイル端末上に表示させる上で、データサイズが大きくなりすぎる問題があった。ボーン設定だけをとっても、一般的な人体モデルは29本で済むのに対して、猫では52本も必要なのだという。これに付随してモーション数も増え、メモリとプログラムサイズが圧迫された。それでも女性が気軽に楽しめるように、プログラムサイズを10MB以内に抑えて、iPhoneから直接ダウンロードできるように苦心したそうだ。

 もう1つの壁がプログラマー不足だった。もともとiモードの待ち受け版では、株式会社エイチアイの3D描画エンジン「MASCOT CAPSULE」が使われていた。これがiPhone向けにも対応したことで開発が現実化したのだが、iPhoneではOpenGLが書けるか、ゲーム系の実機表示での経験があるプログラマーが必要だった。そのため常駐プログラマーを抱えない翠猫館では、お蔵入りになりかけたのだという。幸いにもデジタルハリウッドつながりでプログラマーを紹介され、開発にこぎ着けられた。

猫は体を正面に向けたまま、頭部を180度ひねれるなど、人体や犬に比べて動きの自由度が高い。これを再現するため、52本ものボーンが入れられたが、データサイズも大きくなった
日本の携帯電話に比べてiPhoneではプログラミングの敷居が高く、プログラマー探しが難航した。しかし、モバイル版では文字盤による操作だったものが、iPhone版ではタッチ操作となり、より操作の楽しさが増した

 リリース後も試行錯誤が続いた。最初の落とし穴が有料版と無料版の位置づけだ。単純に機能を削った無料版をリリースしたところ、ダウンロード数が圧倒的に多い上に、何ができるかわからないと、不評を買ったのだ。そこで無料版の説明に、有料版から削られた機能説明を書き加えたところ、アップル側から「アプリ内で実装されていない機能の説明を入れてはいけない」とリジェクトを受けてしまった。そこで無料版の冒頭シーンを工夫するなど、より魅力が伝わりやすいような配慮がなされた。無料版を戦略的に捉え、有料版への誘導経路を設置する努力が必要だったというわけだ。

 続いての課題点は説明文とローカライズだった。リリースを急いだこともあって、最初はiTunesの説明文は猫の可愛らしさを前面に押し出した、シンプルな内容だった。ところがユーザーから「何がおもしろいのかわからない」といった不評のコメントが書き込まれ、急遽「これは癒しアプリで、ゲームではありません」という説明を追加した。説明文自体も詳細にしたが、海外向けに英語に翻訳してもらったところ、逆に意味不明な英文になってしまい、あわてて修正しなおしたこともあったほどだ。用意されているモードをすべて説明するなど、現在も説明文については試行錯誤中だという。

 タイトル設定も問題だった。「Love a cat tender」、「iLove cat」、「Petting Playful Therapeutic Cat+猫種の名前」、「Petting Cat+猫種の名前」。これらすべて、アップデートの度に変えられたタイトルだ。シンプルで、タイトルから内容が連想でき、海外で誤解なく通じる内容ということで、何度も変更された結果、現在のタイトルに落ち着いた。もっとも「アップデートの度にアプリ名が変わるのは、マーケティング的に大変マイナス」と佐藤氏自身も反省していた。そして第4の課題点がアイコン。効果的なアイコンをデザインするために、これまた苦心しているという。

無料版、説明文、ローカライズ、タイトル、アイコン……。初めて飛び込んだiPhone市場では、さまざまな落とし穴が待っていた。それらを1つずつ体当たりで解決していった

 今後の展開面では、プロモーションの強化が上げられた。アプリの内容を知ってもらうための映像制作や、北米でのプレスリリース、今後増えることが予想される女性層への告知などだ。さらに幼稚園児や高齢者にデモプレイをした経験も踏まえて、より幅広いユーザー層に向けて、モバイルセラピーの可能性を広げていきたいと抱負を述べた。




■ ベンチャーならではの生き残り策とは? パネルディスカッション

パネルディスカッションの模様

 第3部では2人の講演者と、セミナーの運営者でIGDA日本代表を務める新清士氏の司会によるパネルディスカッションが行なわれた。

 収益面については、両者ともにiPhoneアプリだけでは厳しく、モバイルコンテンツなどiPhone以外の事業の収益が中心なのだという。もっとも水野氏は、スマートフォンの普及などにより、日本のモバイルコンテンツでもタッチ操作できるものが増えることが予想されており、iPhoneでのノウハウを蓄積して活用していきたいとコメント。佐藤氏も「正直、もっと行くと思っていた」と漏らしながらも、ベンチャーなのでコスト面で有利だとした。その上で猫の種類を増やすなど、量産体制を敷いていくことで、売り上げを伸ばしたいとコメントした。

 プロモーションについては、水野氏はサーバーランキングと動画投稿サイトの組み合わせが大きかったとして、「動画投稿サイトにインパクトが大きい動画がアップできるようなゲーム作りが、ネットの口コミを喚起する上で重要ではないか」と指摘した。また佐藤氏は欧米向けのローカライズに力を入れた結果、日本と海外の売上比率が半々になったと述べ、各国語の検索エンジンでヒットしやすいキーワードを説明文に盛り込むなどの工夫をしているという。アプリ内広告については、「不況で猫の殺処分数が増加している」とこぼし、それに対する社会啓蒙に繋がるような広告を入れたいと述べた。

 開発段階でゲームの面白さをどう社内評価するかという質問には、水野氏は「ゲームを絞り込むことで、開発チーム内で面白さを共有しやすくする」と回答した。同社では「タッチ感とサーバー上の仕掛け」を追求し、ユーザーのツボを掴んだ上で、リッチなグラフィックスやサウンドは余力があれば入れる、という開発ポリシーなのだという。佐藤氏は自身でも猫ブログを運営しており、猫好き同士のコミュニティで情報収集をするなどして、アプリの評価につなげていると回答。共にベンチャーという小規模集団ならではの強みを活かした開発体制を敷いているように感じられた。

IGDA日本代表で司会を務めた新清士氏「生き残りさえすれば勝つ」と力強く語った佐藤氏タッチ感とサーバー上の仕掛けがポイントという水野氏



 冒頭にも述べたように、過去2回に比べて今回はベンチャーならではの試行錯誤が具体的に示された。すでに飽和状態を向かえているとも言われるiPhone市場だが、無料版からのアプリ内課金が可能になるなど、状況は刻一刻と変化している。いかに素早く次の流れをキャッチアップしていけるかが、成功の鍵というわけだ。その意味では小回りがきき、コストも下げられるベンチャー企業は、可能性が十分にある。今回のセミナーも、そうしたチャレンジの重要性を示した上で、大きなヒントを与えてくれたのではないだろうか。なお次回のセミナーは11月12日に開催予定。


(2009年 10月 19日)

[Reported by 小野憲史]