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“超品質”と“超軽量”の双方を追求する「Unity」の新たな立ち位置
Will Wright氏の最新作「Proxi」のイメージビデオも公開
2018年3月29日 14:01
Unity Technologiesは、GDC2018に合わせて、GDC会場近郊でUnityとしての基調講演を行なった。本年の基調講演では、ゲームコンテンツの紹介はなく、コミュニティの活性化を目的と思われるコンテスト開催と、ゲームエンジンそのものの新バージョンの取り組みにフォーカスしていた。これはゲームに特化していたEpic Gamesとは対照的だ。この基調講演から、Unityの今後1年の指向性を読み解いてみたい。
最初に登壇したUnity CEO John Riccitiello氏からは、Unityゲームエンジンを取り巻く概況と、本年のコンセプトが示された。ゲーム開発そのものの近代化、ゲームに関する困難な問題の解決、そしてその結果として得られるビジネスの成功。これがUnityが掲げるゲーム会社に対する訴求キーワードだ。
Riccitiello氏は、エンジン開発そのものに8割、ビジネス支援に2割という人員構成のUnityと協調するからこそ、ゲームプロバイダは、コンテンツ、ゲームの仕組み、ユーザー体験にフォーカスすることができる、とする。あくまでUnityはゲームエンジンプロバイダであって、ゲームエンジンUnityの開発にフォーカスしており、コンテンツ開発会社と共にあるという従来通りの立場を崩さない。
続いて、Unityを盛り上げるコンテストして、Made with UnityのトップIsabelle Riva氏から、ふたつのプロジェクトが発表された。Universal映画とIntel、Microsoftをパートナーに迎えた「Universal GameDev Challenge」コンテストでは、Universalが保有する、「Battlestar Galactica」(2004年版)、「Voltron: Legendary Defender」(2016年版)「Back to the Future」3部作、「Jaws」(1975年版)、「Turok Son of Stone」(漫画版)の5つのうち、いずれかひとつを選択して、その作品世界とキャラクターをモチーフにWindows PCゲームにするというもの。
最初のステージでは、企画書や自己紹介ビデオで審査され、第2ステージではUnityやVisual Studio環境、Microsoft Mixer APIの活用が求められる。協賛各社の思惑がどストレートに反映された縛りとなっており、その内容は率直に言って失笑を禁じ得ないものだ。
第2ステージ進出者には賞金2万ドル、最優秀賞には賞金15万ドルが支払われるのは一見豪華そうだが、第1ステージ通過を目指すまではいいとして、第2ステージに向かう軍資金としては2万ドルは少々心もとない。すべてひとりで開発するなら、日本人の感覚で、第1ステージ結果発表の5月から第2ステージ結果発表の10月までの生活費としてはやれるかな、という印象を受けるが、北欧や北米の物価の高い都市に住まう開発者が到底やっていけるとは思えない。発展途上国に暮らす開発者にとっては、十分なインセンティブになる期待はあるが、それでもゲーム開発以外に本業を持つ人でないと、チームでの参加は難しいだろう。
最優秀賞を獲得すれば、5人くらいで分かち合えるかもしれないが、それまで、そしてそれ以降も何の保証もない。文字通り生活のかかったタフなチャレンジとなる。コンテストを開催するという企画そのものは良いと思うが、その内容については、Universalを筆頭に、世界に名を馳せる超一流企業が揃ってやることとは到底思えない。応募者側の立場から見て、運良くすでに開発済みのゲームがあって、そこに指定されたIPを取り込んで付加価値をつける作戦なら、成立するかもしれないが、一大決心をして会社を辞め、ホビーの範疇を超えて不退転の決意で取り組む、といったことは不可能だ。
細々と地道に取り組むにしても5カ月は短すぎて、Universalの当該IPに対する愛があっても、なかなかやれないというのが実情だろう。さらに最優秀賞を獲得する大成功をつかんだとしても、1年間の間、Universalとの間で謎のコンサルタント契約を結ばなくてはならず、以後の開発に対して権利的にも意思決定的にも制約を受けることになる。賞金はあくまで最優秀賞、つまりそれまでの成果に対する報酬と考えることができるから、以後の期間に対する経済的な見返りは何も約束されていない。これなら、UniversalのIPが使えなくても、インディでやっていた方が気が楽だと思う。
Unityでの開発シーンに対して、もうひとつ明らかになったサプライズは、レジェンド級ゲームデザイナーWill Wright氏が、Gallium Artistsというゲーム開発スタジオを立ち上げて、Unityで次回作「Proxi」を開発するという話題だ。本セッション中、「Proxi」の詳細な内容については特に触れられなかったが、上映されたイメージビデオからは、お約束のシム系であることが推測される。
イメージビデオ冒頭の演出と、直後にAI、ビッグデータの話題に移行したことから、プレーヤーから収集したビッグデータを活用して、サーバ側でワールド内を動的に変化させて、ユーザークライアントにフィードバックしてゲームに変化をもたらす仕組みが導入されるのかもしれない。最新のテクノロジと融合したWill Wright作品ということで非常に楽しみだ。
なお、本作の話題作りの一環として、こちらも同様に、「Proxi」の開発に関与できるチャンスが与えられるWill Wright's Proxi Art Challengeコンテストが開始された。ただし、これまた同様に、新たに3DシーンをUnityで出力可能なように製作し、完成シーンのビデオキャプチャに加えて、製作プロセスを記録した画像や紹介文などの提出も求められるという、かなり面倒くさいレギュレーションの割に、最優秀賞でもサンフランシスコ2泊旅行、しかも1名×2作品のみというチープな内容であるため、Will Wright氏に会えることにモチベーションを感じなければ、まったく響かない残念なコンテストになってしまっている。
さて、ここからが本題だ。Unityのビジネス規模としては残念すぎるふたつのコンテスト企画とは対照的に、Unityゲームエンジンそのものに関する発表は大いに刺激的で、次々と魅力的なフィーチャーが紹介されていった。
まず最初に紹介された大きな話題は、機械学習を活用するUnity ML-Agentsの機能で、アプリケーションのテスト工程で大いに役に立つ。本セッションでは、第2四半期にリリースが迫る近未来レースゲーム「Antigraviator」を題材に、エージェントに実際にプレイさせて習得させる様子を映像を通じて見ることができた。開始直後は、さすがに機械じみた、ちょっと人間ではありえないような挙動で学習を始めているが、25秒後には、ややおぼつかないものの人間の初心者程度に上達する。そして、5分後には、ほとんど人間のプレイと遜色がないほどにまで上達してみせた。
こうしたマシンラーニングは、パフォーマンス問題のためにアプリの評価が上がらない状態を改善して、プレーヤーのリテンションにつながるとしていた。Unity Live Tuneの機能は、3000種類以上もあるAndroid端末それぞれの機種にとって、最適なパフォーマンスに動的に調整してくれる。この機能によって、開発者側はハイエンドやローエンドといった特定のゾーンにターゲットする必要がなくなるという。
実際のところ、アプリのクラッシュログやサーマル、CPUとGPUロードなどを監視して、機械学習を応用してフレームレートやCPUクロックが適正値になるように、ドローコールの頻度やメインループそのもののサイクル速度を可変するものと推測される。軽いものから重いものまで、あらかじめ開発者の手作業なりツールなりで、複数のリソースを用意しておけば、リソースの最適化も可能かもしれない。実行環境をみて、ランタイムに動的にリソースを生成するというところまではいかないはずだ。
AI技術は、プロモーションにも役立てるという。IAP Promoの機能を活用すれば、プレーヤーひとりひとりのプレイの傾向を分析して、特性に応じたプロモーションが可能になる。そのゲームを熱心にプレイしているプレーヤーならゲーム内で有用なものを与え、そうでないなら他のゲームに誘導するといったことが、自動的に行なわれるようになり、プロモーションに無駄がなくなる。
これらすべては、今までも人間の手で行なわれてきたことであるが、人間が介在することで期せずして恣意的になってしまったり、また人手やノウハウが不足して、やりたくてもやれないということもあっただろう。今日のトレンドに乗って、早速AIの活用を、しかもコンテンツプロバイダが欲する分野に投入してきたと言える。
続いての大きな話題は、Unityリリースのマイルストーンで、2018.1は春に、2018.2は夏、2018.3は秋と順調にリリースされていくとのことだ。2018.1では、新しいアーティストツールが追加されるとともに、レンダリングパイプラインにも新しいものが導入される。2018.2では、NVIDIAのRTXの提供と呼応したリアルタイムレイトレーシングGPUライトマッパーや、新しいベクタグラフィクスのインポーター、2Dアニメーションツール、新アセットバンドルツールが導入される。
2018.3では、ついにプレハブがネスト可能になる。プレハブのネストに関しては、これまでも独自に拡張したり、アセットストアで提供されている追加アセットを導入するなどといった手段で実現可能ではあったが、エンジンに深く根ざした部分ではあるので、Unity Technologiesによって公式に提供されるのは、皆が待ち焦がれていたことだと言えよう。この話題で会場から拍手が起こったのも頷ける。
また毎年最後の201x.3バージョンをベースに新しい機能を追加せず、バグ修正パッチのみを提供する201x LTSバージョンの方針も説明された。現在のLTSの最新版は2017 LTSということになり、これは24カ月、つまり2年の間保守される。コマーシャルベースのプロジェクトの場合、新機能の追加に巻き込まれてアプリが不安定になることを避けたい。そこで最新のLTSバージョンに自分のゲームに必要な機能が含まれている場合は、LTSバージョンを使用したほうが得策だ。リスクを受け入れ、常に新しい機能を活用してアプリに最新のテクノロジを採用したい場合は、最新版を追いかけていくことになるだろう。この開発サイクルの方針は以前からもアナウンスされているものだが、ここで今一度整理されたことになる。
最後の大きな話題は、Unityが対応するハードウェア拡大の話題で、対応VR/ARヘッドセットに本年発売が予定されているMagic Leap「One」が開発者プレビュー版に追加されたほか、リリースが迫るOculus「Go」、すでに発売済みのGoogle「Daydream」のふたつのヘッドセットは、通常版での対応に移行する。
以降は、最新版となるUnity 2018.1にフォーカスして、目玉機能の紹介が行なわれていった。もっとも目を引くのは、やはりHDレンダーパイプラインの話題だろう。スタンダードシェーダーが幅広く、あらゆるプラットフォームで効果が期待できるのに対して、このHDレンダーでは、ターゲットをPC、PS4、XBOX ONEの3つのプラットフォームに明確に限定して、リッチなビジュアル出力を行なうことを指向している。
今般公開されたUnity社内の技術デモ制作チームによる映像「Book of the Dead」では、つい3カ月前に公開された「Adam」の最新エピソードを凌ぐ映像美で聴衆を魅了していたが、本デモは必ずしもUnityのレンダリング品質だけをアピールするものではない。このクオリティのレンダー結果は、フォトグラメトリによるところが大きく、それは2018.1になって初めてできるようになったわけではなく、前からできたことだ。
では何が変わったのかというと、一番大きいのはSRP(スクリプタブルレンダーパイプライン)の導入ということになる。SRPは、レンダリングをC#でカスタマイズできるもので、柔軟な制御が可能になった。
フォトリアルな全体の印象が、さらに説得力を増したように感じるのは、エリアライトやテッセレーション、透過をサポートするデカールといった新機能でディティールが加えられているからだ。特にテッセレーションの効果は大きく、例えば、カメラが1本の木に迫るカットでは、動的にポリゴンが分割され、ヨリに耐えるディティールに変化している。
また、「Book of the Dead」では、シーンのテーマ性から、それほど多様な新しいマテリアルが使用されているわけではないようだが、それでも木人から滴り落ちる樹液とも分泌液ともとれる流体表現は、新しいシェーダーマテリアルを利用したものだという。
HDレンダーパイプラインのマテリアル表現のサンプルとして、もうひとつ紹介された映像「Windup」には、多彩な新マテリアルが使われている。分かりやすいのは、ファブリックの素材感や瞳の透過光で、どちらもコントロール可能なパラメータが多く用意されており、使い勝手が良さそうだ。また、必ずしも華々しく目立つ部分ではないが、木の葉のバックスキャッタ表現も良好で、「Windup」のような完全なフォトリアルを目指すものではない、良くも悪くもCGアニメらしい表現でも、このUnityの新しいマテリアルは活きる。
Unityエディタに実装された機能で、一昨年から昨年にかけてさかんに紹介していた機能にプログレッシブライトマッパーがある。2018年は、この機能にリアルタイムレイトレーシングが導入される。これは、NVIDIAが公開したRTXをMicrosoftがDirectXから触れるようにしたことを受けたものと思われ、UnityのみならずUnreal Engine(以下「UE」)や、RemedyのNorthlightエンジン、EAのリサーチ部門SEEDがAIと合わせて研究している新エンジンでも試行が始まっている。
なかでも、UE4では、昨年12月からフロリダのディズニーワールドの一角で稼働しているILMの「Star Wars: Secrets of the Empire Hyper-Reality Experience」を題材にデモが行なわれていたことから、まずは高級なハードウェアを利用可能なプロダクションに向けて、ということなのだろう。現状、RTXをサポートするVolta GPUを搭載するコンシューマプロダクトはTitan Vしかないが、この流れは廉価なVoltaマイクロアーキテクチャのGPUが2018年に登場することを予感させる。ハードウェアやローレベルAPIでのサポートがひとたび始まれば、ゲームエンジンへの実装とあいまって爆発的に浸透するだろう。
ハードスペックが固定されているコンソールへの浸透は次世代以降の登場を待たなければならないが、ことPCに関して言えば、来年の年末ごろには、リアルタイムCGの正確さが一段押し上げられる期待がある。
その他、グラフィクスに関する開発ツール環境の改良では、タイムラインのカラーグレーディングの強化や、DCCツールとの連携強化、画像から押し出して3Dマップを生成する機能、マップのUVスクロールをサポートしたマテリアル編集などが紹介された。
以上のビジュアル面の改良のほか、プログラム的には、以下の改良が行なわれる。ひとつの柱は高速化で、これはエンティティコンポーネントシステム、C# ジョブシステム、バーストコンパイラによってもたらされる。Unityはエンジンの改良のために、名だたるゲーム開発スタジオでゲーム開発に携わってきたエンジニアやアーティストを雇い入れており、その規模は、800人規模に膨れ上がっているようだ。
加えて、Unityが標榜するもうひとつの大きな流れの“超軽量化”を象徴するように、かつてのUnityを彷彿とさせる軽量化が断行されている。この超軽量化の主なターゲットは、ゲームプレイ可能なウェブ広告やメッセンジャーアプリで、ウェブ全体としては、なかなかHTML5に移行しないなか、ゲームコンテンツは移行を加速させている。
また、この超軽量化の取り組みは、Googleがインスタント版のSDKを年内に公開範囲を広げる際に、Unityでの開発を可能にするという話と符合する。エンジンコアの72KBのなかに含まれる機能は、ほんとうに限られたものだと考えられるが、ライブデモが公開されたHTML5ベースの“遊べる広告”のパズルゲームが714KBに収まっていることから、10MBが許容されるインスタント版のアプリをUnityで開発することが、いよいよ現実味を帯びた話として受け止めることができた。
以上のように、以前からの流れをである“二兎を追う”ことを基調講演で明確に宣言したUnityであるが、この施策に勝算はあるのか。筆者の考えでは、超軽量の流れのほうは、大いに勝算ありとみる。現在でも、モバイルマーケットのゲームエンジンのシェアの50%以上を握るUnityが、これまでと同様、覇者でいるためには、稼ぎ頭であるモバイルでのシェアをこれ以上失うことはできないだろう。
では、超高品質の流れのほうはどうか。毎年毎年、今年こそUEに追いつきそうだ、と予感しては追いつけない状況を鑑みるに、残念ながら、やはりどこまでいってもUEの後塵を拝する状況はなかなか変わらないのではないかと思う。また、映像や建築の分野はともかく、ゲームの世界には、ハイエンドは自社エンジンで、という歴史と文化を積み重ねている企業があまたある。
外部委託でない自社スタジオによる「UE4」採用のバンダイナムコの事例は英断だと思うが、その目的は社外の事情を知ることで、次世代の自社のエンジンの仕様を構想することにある。決して、白旗を上げてエンジンの供給を受けることを良しとしているわけではないのだ。
では、なぜUnityはハイエンドをも目指すのか。あくまで筆者の私見ではるが、これはやはり“大掛かりな打ち上げ花火”といった性格が強いだろう。超高級なこともできますよ、とアピールすることで世間の注目を集め、妥当なところに落とし込むという流れがUnityの描くシナリオに思えて仕方がない。あれほど凄いビジュアルを見せつけているのに、そう言い切ってしまうとハイエンド開発に携わるUnityエンジン開発者には申し訳ないのだが、壮大な広告といった印象を捨てきれない。Unityには、John CarmackやTim Sweeneyといったレジェンド級のプログラマがいないことが、その要因だろうか。
何れにしても、「Adam」世代の映像美から、また一段上のビジュアルを「Book of the Dead」で見せてくれたことに違いはない。本命の超軽量化もあいまって、2018年のUnityには、例年にも増して期待できる。