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「ライフイズストレンジ」のストーリーテリングの技法が明らかに
クリエイターはいかにして彼女たちに現実世界の問題に立ち向かわせたのか?
(2016/3/15 19:00)
ゲームにおけるストーリーテリングをテーマにしたサミット「Game Narrative Summit」が今年も開催されている。シナリオライターやスクリプトライターなど、これまでのGDCではあまり日の当たらなかったクリエイターが登壇し、ストーリーテリングに関する独自のこだわりを語るこのサミットは毎年高い人気を集めている。本稿では、独創的なストーリーラインとゲーム性で、ゲームファンの心にさざ波のような衝撃を与えた「ライフイズストレンジ」を取り上げたい。なお、講演の内容は、“重度のネタバレ”を含むため、ネタバレを避けたいという方はクリア後に一読されることを強くお勧めしておきたい。
「ライフイズストレンジ」は、フランスのデベロッパーDONTNOD Entertainmentが開発したSFアドベンチャーゲーム。グローバルパブリッシャーはスクウェア・エニックスで、日本でも3月2日より発売が開始されたばかりだが、海外では2015年1月よりエピソード単位で全5話にわけて配信され、10月に完結している。
登壇したのは共にゲームディレクターを担当したRaoul Barbet氏とMichel Koch氏。1つのゲームに2人のディレクターが立つの非常に珍しいが、講演中もパート毎、それこそ数分単位で交互に喋り、キャリアも年齢もかなり違う印象だが、まさに2人で1人という印象だった。
また、DONTNOD Entertainmentは「ライフイズストレンジ」がデビュー作だが、彼ら自身は「HEAVY RAIN」や「EVE ONLINE」、「RUSE」といったAAAタイトルの開発経験を持っているほか、映像作品にも関わってきた経緯を持つ。「ライフイズストレンジ」のカットシーンの見せ方やストーリーの技法は、まさにそうした過去の経験が活かされているという印象だ。
そうした彼らにとってビデオゲームとは、インタラクティブであり、インタラクティブがあるがゆえに深く考えさせられる強いメディアだという。だからこそ、映画やTVドラマの枠をはみ出して、現実世界の問題をテーマにした数々の傑作ゲームが生まれているとした。例としては、「This War of Mine」、「HEAVY RAIN」、「Papers Please」、「Grand Theft Auto V」、「Spec Ops The Line」などを上げ、それらの系譜に連なる作品として「ライフイズストレンジ」が企画された。
「ライフイズストレンジ」は、5年振りに生まれ故郷に戻り、ブラックウェル高校に入学したマックスと、幼なじみで5年振りに再会したクロエの2人のフレンドシップを描いたアドベンチャーゲーム。不意に目覚めた“数秒だけ時を巻き戻せる力”を使って学園内で巻き起こる様々な問題を解決していく、とこうかくと、米国でありがちなコメディタッチのカジュアルな学園ドラマのような印象を持つかもしれないが、実際のストーリーは真逆で、家庭内暴力、孤独、ドラッグ、そして様々な“死”まで扱っている。
ゲーム制作のプロセスは、まずはストーリーを決め、その上で各エピソードのテーマ、それぞれが取り扱う問題へと因数分解していくという方法論を採る。また、純粋にストーリーを味わってもらう貰うため、政治的な問題は一切取り上げないという方針を貫いた。
具体的な制作例としては、2人のケーススタディが紹介された。1人はクロエだ。5年振りに再会したクロエは、すっかり不良少女になってしまっている。彼女がこうなってしまったのは、大好きだった父親を交通事故で亡くしてしまったからだ。マックスは時を巻き戻す能力を応用して、クロエの父親が交通事故を起こす原因を止めることに成功する。しかし、クロエの父親が死なないパラレルワールドでは、今度はクロエが交通事故を起こしてしまい、全身マヒの体になってしまっていたのだ。
講演で取り上げられたのは、まさにそのパラレルワールドのワンシーン。トレーラーやレビュー記事等でも一切出てこない超ネタバレシーンのひとつだ。このシーンは、医療機械が備え付けられた自宅のベッドで死を願うクロエと、それを止めようとするマックスのやりとりが大きなクライマックスシーンになっている。マックスが決断を迫られるシーンは、画面が大きくブレ、心の動揺を表している。最後はマックスが究極の決断をし、再び過去を変える旅に出る。
ポイントなのは、そうした重すぎるストーリーをゲームに詰め込んだことそのものよりむしろ、そのクライマックスを最大限に際立たせるための演出の数々だ。クロエの命をつなぎ止めるため彼女の両親は最新の医療機器を自宅に導入している。これらの機器は現実の機器を徹底的にリサーチし、機材や品々のみならず、体が不自由なクロエが気を紛らわすために置いた品々、そして高価な機器を維持するための請求書に到るまで、調べ抜いた上でそれをゲームに活かしている。
もう1つの世界ではクロエの部屋だった2階の部屋はがらんとしており、その代わり体が不自由なクロエがいる部屋にはDVDや大きなモニターが置かれている。不良少女になってしまった面影は全くなく、ぬいぐるみなど女の子らしい小物が並び、向こうの世界では行けなかった海外旅行の写真などもある。全く異なる時間を過ごしたクロエの半生を手を抜かないどころか、むしろ入念に力を込めて描写している。
もうひとつのケーススタディではケイトが紹介された。これもクロエのパラレルワールドに並ぶ重大なネタバレシーン。ケイトは学園のパーティで周りの男子達に次々とキスをするという、普段の彼女では決してしない行動を録画されインターネットにばらまかれてしまう。普段礼儀正しく宗教心にあつかった彼女は、真逆の行動をからかわれ、そんな行動をしてしまった自身を責め続け、その果てに寮の屋上から自殺を図ってしまう。
マックスは、彼女を助けるために時間を巻き戻し、その間に屋上に上がって助け出そうとする。マックスが刻を止めた世界は、人々も雨も止まり、タイムリープものにはありがちのバタフライエフェクトが描かれ、その中を彼女だけが動いていく。しかし、屋上までたどり着いたところで力が尽き、能力切れのメタファーとして大量の鼻血を出しながら、ケイトを説得することになる。
ケイトのポイントは、彼女が死ぬかどうかという土壇場で、過去の何気ない伏線が回収されることだ。過去の選択によっては飛び降りることが確定となり、彼女は死に、彼女の死んだ世界が続いていく。プレーヤーの選択によって、主要人物のひとりが飛び降り自殺するというのも凄まじい展開だが、「ライフイズストレンジ」ではケイト以外の登場人物でも、結末が分岐するようになっている。しかも、その分岐は、短期的なシーケンス、つまり直前の会話の内容によって決まることもあれば、長期的なシーケンス、過去の対応が未来に重大な影響を及ぼすこともある。
こうした数々のストーリーテリングの技法を取り入れることで、「ライフイズストレンジ」は真の意味でマルチストーリー、マルチエンディングを実現し、彼らのいう強いインパクトを与えるメディアになり得ている。それがいかに強い衝撃だったかは、ユーザーから多数のストーリーを絶賛する手紙が送られてきたことでも証明できそうだ。「ライフイズストレンジ」は、ストーリーテリングという点において、ここ数年で稀に見るほど強いインパクトを残すことに成功したアドベンチャーゲームといえそうだ。
しかし、講演を聴くまでこのゲームがここまで複雑で奥行きのあるストーリーテリングの技法を使っているとは想像していなかった。クリア済みの人は、様々なパターンを見るためにもう一度プレイしてみるといいだろうし、万が一、ここまでうっかり読んでしまった未プレイの人は、ぜひこの機会に優れたストーリーを備えた本作をプレイしてみてはいかがだろうか。