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【特別企画】フィリピン独自のインターネットサービス「PISONET」って何だ?

1ペソから利用できる“魔法のコンソール”。家庭からスラムまであらゆるところに浸透

2016年5月取材

 いきなり質問だが、世界の新興市場におけるゲームプレイの最小単位はいくらぐらいだと思うだろうか?

オッサン世代のゲームの原風景のひとつアーケード版「ドンキーコング」(参考記事
これがPISONET。ちょっと近い?
昨年取材したバザール・エンタテインメントのビジネスよりさらに低いレイヤーのビジネスとなる

 100円ぐらいだろうか、50円ぐらいだろうか。いや日本でも1980年頃にはインベーダー、パックマンブームの後、アーケードゲームが一気に飽和し、1プレイ10円で遊べる時代があった。当時の10円は今の数倍、ザッと20~30円ぐらいの価値があるだろうか。

 実際、今回訪れたマニラをはじめとした新興市場では、ネットカフェをまさに数十円単位で使うことができる。その代わり、日本と比較するとインターネットスピードは遅く、使用できるPCのスペックも低く、PCの放熱で暑いにもかかわらず、エアコンすらなかったりする。

 新興市場の中間層の可処分所得はまだまだ低いのが現状で、スマートフォンはまだ高嶺の花で、1台1,000円程度で買えるフィーチャーフォンや、3,000円程度の低スペックのスマートフォンを我慢しながら使っているのが現状だ。このため、PCやゲームコンソール、スマートフォンが買えない地域において、その代替措置としてのネットカフェの発展は、新興市場では共通の光景で、現地のゲームファンにとって極めて重要なスポットだ。

 では、数十円が正解だろうか。筆者もそのぐらい、せいぜい10円ぐらいだと思っていたが、マニラに来て見て完全に間違っていたことを知った。正解は何と1ペソ(約2.4円)だった。ここフィリピンではPISONETと呼ばれるわずか1ペソからインターネットが利用できるサービスが異様な発達を遂げている。

 ちなみに昨年、ジャカルタとバンドンで取材したバザールエンターテインメントはまさにその1日数十円しか使えない中間層を狙ったスマートフォン向けゲームプラットフォームサービスだが、PISONETはそのスマホすら持てないようなスラム街の人々もターゲットとして含んでおり、さらにレイヤーが低い。筆者が把握している限り、世界最安値のインターネットサービスだ。

 今回はマニラゲームショプレポートの延長戦として、1ペソから遊べるインターネットサービスPISONETを深掘りしてみたい。

【PISONETのある風景】
PISONETは本当に街の至る所にあり、子供を中心に、多くの人々に利用されている

PISONETとは何か?

これがPISONETの本体
TVモニターを入れられるコンソールバージョンもある
これはトンドのスラムにあったPISONET。本当にどこにでもある

 まずPISONETとは何か。PISONETは1ペソでPCやゲームコンソールが利用できるアーケード端末の事で、ルーターを介してインターネットに繋がっており、オンラインゲームやコンソールゲーム、SNS、メール、YouTubeなど利用することができる。見た目は1人用のPCデスクとゲームセンターの平台型筐体を足して2で割ったようなユニークな外見をしている。

 筐体は透明の硬化プラスチック板の奥にモニターをはめ込む上部と、PCもしくはゲームコンソールを収納する下部の2層構造になっており、PCかコンソールかによって引き出し式のテーブルにキーボードかマウス、あるいはゲームコントローラーが置かれている。音はスピーカータイプと、ヘッドフォンタイプの両方があり、購入時に選択できるようだ。下部を開けると、中にはタワー型PCが入っており、上部のモニターと繋がっている。背面には冷却ファンが2基あり、熱暴走するのを防いでいる。

 本体下部にはコイン投入口があり、1ペソを投入するとタイマーが稼働してモニターがオンになり、1ペソ分の時間、PCやコンソールを利用することができる。1ペソあたり4分から5分が相場で、アパートの一階、スラムの中などPISONET自体が共用インフラとして機能している場合は1ペソ6分、7分というところもあった。

 オーナーはその日の営業が終わると、定期的に足元にある引き出しを開けて売上を取り出す。何人かのオーナーに話を聞くことができたが、1日の売上は数百ペソで、置くだけで儲かる日本における自動販売機のようなローカルビジネスのひとつとして多くの人が利用しているという。

 今回のツアーではゲームショップレポートで紹介したようなマニラの繁華街やショッピングモールから、今は亡きスモーキーマウンテンクラスのバリバリのスラム街まで様々な街路を練り歩いてみたが、PISONETはどこにでもあった。

 何故あるのかというと、PISONETが単に新興市場におけるユーザーの可処分所得に最適化されたサービスというだけでなく、それが単純に儲かるからだ。PISONETは、中のPCのスペックにもよるが10,000ペソ程度で購入でき、特に免許もいらず(本当はいるのかもしれないが)、すぐにビジネスが始められる。

 マニラにも、今回訪れたロビンソンズプレイスマニラのような高級ショッピングモールや繁華街には、他の新興国と同様にネットカフェがあり、クーラーの効いた快適な空間でハイスペックPCが利用できる。これが少しずつ繁華街から外れ、ベッドタウンに近づくにつれてPISONETが増え、スラム街ではPISONETのみとなり、PISONETが一種の貧困対策としても機能している事をうかがわせる。

【PISONETの中身】
PCショップで売っていたPISONET。スタッフに中を見せて貰った。中身はインベーダー時代のアーケード筐体を彷彿とさせるようなシンプルさだ

PISONETの遊び方

下のコイン投入口に1ペソを入れて利用する。モニター下に電光表示されているのが残り時間
コンソールバージョンは、左右にコイン投入口であり、倍のインカムが稼げる
通常のPCにコインボックスを接続したPISONET風ネットカフェもある

 そのPISONETの遊び方だが、1ペソをコイン投入口に入れるだけだ。お金に余裕のある大人は最初から連コインして30分から1時間程度までカウントを増やしてからじっくり使う感じで、子供は最初から数ペソしか持たされていない、1分を切ると鳴る時間切れが近づいていることを示すアラートを聴いてから、まだ遊びたければコインを入れたりしていた。

 何を利用しているかというと、男性はWebブラウジングやゲーム、女性はFacebookなどのSNS、少年は圧倒的にゲーム、子供にはYouTubeが人気だった。ゲームについてはオンラインFPSや「DOTA2」や「League of Legends」といったMOBAの人気が高いほか、より低年齢層には「MINECRAFT」が大人気だった。

 PISONETとネットカフェと何が違うのかというと、ネットカフェが店舗として成立させるために、それなりの台数のPCと、掃除や利用者への対応を行なうスタッフが必要なのに対し、PISONETはスタッフが要らないため店舗を構える必要がなく、1台から置いてビジネスを始めることができるところだ。このため店舗自体がなく、家の通路や、個人商店の店先などに、まさに自動販売機感覚で置かれている。

 今回、このPISONETの存在を知ってから、毎朝早起きして街に出て、PISONETを探し歩いた。意識して街を歩くと、驚くほど多くのPISONETに遭遇することができた。これは言葉で説明するよりも写真で見て貰った方が早い。マニラの人々の生活の隣にPISONETは存在することがよくわかった。

 ただ、マニラは底抜けに暑い。ゴールデンウィーク時期のマニラは乾期で、朝でも30度以上あり、日本の感覚でいうと、朝から蒸し風呂のような環境でPISONETが利用されており、彼らは慣れているので平気な顔をして利用しているが、後ろから観察している筆者は毎回汗だくであり、「なんだか汗まみれの変な奴が、何か後ろで見てるぞ」ということで、意図せず子供達の人気者だった。

【PISONETの利用風景】
PISONETショップがそのまま遊ばせているものから、PISONETカフェのような携帯、個人商店が店の隣に置いているものまで様々な展開形態が存在する

PISONETの買い方

マニラの代表的なITモール「ギルモアITセンター」
ITモールで貰ったチラシ。INTELと並列でPISONETがあるのがおもしろい

 ところでPISONETはどこで買えるのだろうか?

 答えは簡単で、IT/PCモールで普通に買うことができる。実はこのPISONETの存在を知ったのはマニラのPCショップが最初で、店員から貰ったチラシにINTELモデル、AMDモデルに並んで同格の扱いでPISONETモデルとあり、この未知のモデルは何なのかという疑問が本企画の出発点になっている。

 チラシをくれた店員に促されるままに店内に入ると、PISONETがズラリと並んでいた。本体のみで中は空で、PISONETのモデルや中に入れるPCのスペックを選んで購入するとスタッフが中に入れて配送してくれる仕組みだ。

 チラシには最安値で6,980ペソ(約18000円)、平均的な価格で13000ペソ(約33000円)程度とある。CORE 2 duoやATHLONといった懐かしのチップが未だ現役で使われており、PISONET本体は新品、中のPCは中古というのがこのPCショップのスタイルのようだ。

 別の店舗では、PISONET本体にゲームのイメージを貼り付けたモデルも存在し、ジャカルタで出会った独自仕様のPS2を彷彿とさせる商魂のたくましさを感じさせた。

 さらに別のPCショップでは中古のPCがすべて日本語キーボード、つまり日本製の中古PCを扱っているPCもあり、明らかに官公庁で使われた元リース品だとわかる注意書きが貼られたままになっていたりして、日本の経済成長を支えたPCたちがPISONETとなって再起動しているのは胸が熱くなるエピソードといえよう。

 先述したようにPISONETは1ペソで利用できるビジネスとしてスラムにも置かれており、かつてそのPCを使っていた日本人も、まさかフィリピンのスラムでPCが活躍しているとは想像もつかないだろう。

【PCショップで大量に販売されるPISONET】
PCモールではPISONETはまさに主役の存在だった。外装に人気タイトルのイメージを(勝手に)あしらったモデルも多く、新興国らしい展開だ

PISONETの作り方

キアポマーケットの専門店街
ここは基本的にはオーディオ街で、ジュークボックスが並べられている
店先に積み上げられた完成したてのPISONET
取材に応じてくれたオヤジさん。機材は中国から輸入しているらしい

 さて、そのPISONETだがどこでどうやって作られているのだろうか。

 PISONETの製造拠点のひとつは、マニラを代表するマーケットの1つキアポマーケットの奥にある専門店街の一画にあった。

 道路に面した店舗には、完成済みのPISONETが無造作に並べられ、業者向けに販売を行なっており、ビルの奥でPISONETの組み立てや、中に組み込むPCやゲームコンソールの修理が行なわれていた。

 こちらはPISONET本体のみでの販売も行なっており、値段はPISONETの仕様にもよるもののだいだい2,500ペソ(約6,000円)から3,500ペソ(約8,400円)で販売されていた。液晶モニターとATHLON PCを組み込んで15,000ペソ(約36,000円)となる。このほか、より大型の16:9のモニターも置けるモデルもあった。

 モニターは日本ではほとんど使わなくなった4:3タイプのモニターが主流で、収納できる最大サイズは20インチ。基本的にはすべて中古品で、だからこそこの低価格が実現できているわけだ。

 さらにここではPCモールで販売されていたPCバージョンのPISONETに加えて、ゲームコンソールバージョンのPISONETも製造販売されていた。こちらは最大32インチモニターを設置でき、中にはXbox 360を組み込める。手前の引き出しにはキーボードとマウスの代わりに2つのゲームコントローラーとリモコンが鎖で繋がれた状態で置かれている。

 価格は23,500ペソ(約56400円)でPCバージョンよりモニターが大きい分だけ高額となっているが、ゲームコンソールバージョンの最大の特徴はコイン投入口とタイマーが2つあるところだ。つまり、2人同時プレイを促すことで2倍のスピードで稼げると言うわけだ。

 ちなみになぜゲームコンソールバージョンXbox 360モデルしかないのかというと、HDD駆動が可能なため、つまり、改造が可能なためだ。そしてなぜPS3やPS4モデルがないかというと、ディスクを入れる必要があるため、つまり、改造ができないためだ。このゲームコンソールバージョンにインストールされているコンテンツはすべて海賊版で、HDDから起動できるものに限られている。

 マニラではXbox 360が大人気だが、その理由は改造のしやすさと、海賊版の豊富さからだった。PISONETの利用に対して、Xboxへのロイヤリティは発生しない。残念ながらコンテンツホルダーは搾取されるがままの状況にあるのが現状だ。

【製造過程のPISONETたち】
PISONETは手作業でひとつひとつ組み立てられ、日々大量のPISONETが生み出されている

【PISONETの修理屋】
ここで購入されたPISONETは、壊れたら再びここに持ち込まれ修理される

【PISONET最新モデル】
15,000ペソ(約36,000円)で販売されていた最新モデルの内部を見せてもらった。PCはネットカフェのような専用のランチャーが起動するシステムになっていた。

【PISONETコンソールバージョン】
完成間近のコンソールバージョンPISONET。海賊版専用のランチャーが稼働しているのがわかる。引き出しは上開きでコントローラーとリモコンが入っている
1台だけ見つけたキアポマーケットで格闘ゲームバージョン。ちょっと欲しくなる

まとめ:PISONETについて理解しておくべき事

PISONET取材に協力して貰った少女達。彼女たちは、PISONETを通じてPCを利用している
「GTAV」でフランクリンパートをプレイする子供達。スラムでスラムを舞台にしたゲームを遊ぶという皮肉
スモーキーマウンテン亡き後、フィリピン最悪のスラムとして知られるHAPPYLAND。この奥にもPISONETはあった

 PISONETの“凄まじいきな臭さ”に皆さんが気づいたところで、最後にPISONETについて理解しておくべき事をまとめておきたい。

 PISONETがなぜフィリピンにしかないかというと、このコンソールそのものが海賊版を前提にしたビジネスになっており、とても国外に輸出できるような代物ではないからだ。コンテンツは基本的に海賊版で、電気やインターネット回線も盗用が強く疑われる。

 試しに試算してみよう。PISONETの端末を10,000ペソ(約24,000円)で購入して、1日12時間稼働させた場合、1ペソ5分、稼働率50%で、1カ月の売上は2,160ペソ(約5,200円)になる。売上だけなら5カ月でリクープする計算になるが、当然ここから経費を差し引かなければならない。人件費をゼロにするとしても、最低限、コンテンツ代、電気代、そしてインターネット使用料が必要となる。

 電気代はマニラではManila Electric Company(Meralco)が独占供給しており、ただでさえ高い電気料金に、さらにロスした分(要するに盗電である)を、正規契約者が分担して負担するシステムロス代というよくわからない項目が上乗せされており、電気代は世界で一番高いと言われる。PISONETは基本的に24時間稼働しており、電気代だけで2,160ペソの大半を持っていかれるずだが、それでも彼らは「儲かる」といい、至る所に置きまくっている。儲かる理由は、PC以外のすべてのコストを払っていないからとしか思えない。

 その一方で、このPISONETは、通常の海賊版のように根絶やしにすることは難しいだろうなとも思う。なぜならPISONETはスラムにおける貴重な収益源として、意図せず一種のセイフティネットとして機能していること、今後、活きていくために欠かせないITの知識を学ぶ上で、PISONETはかけがえのない教材になっているからだ。

 そして筆者が今回、PISONETに対して異様な関心を示したのは、PISONETの利用風景が、30年数年前の日本の姿、もっと言えばその当時の自分の姿と被ったからだ。つまり、当時、日本の田舎にはあちこちに駄菓子屋があり、その隅に「ドンキーコング」や「ペンゴ」が置かれ、1回10円で遊ぶことができた。当時、手持ちの数十円を駄菓子に投入するか、ゲームに投入するかはまさに人生の重大な決断であり、私はゲームに全額投入してしまうガキのひとりだった。

 今回、3歳児ぐらいの子供がマウスを巧みに操作してYouTubeでアニメを視聴する姿や、上半身裸の少年が凄まじいエイミングスピードで「Counter-Strike」を遊んでいる姿、お金を持たない子供達が、次々にコインを入れる子供の後ろでモニターを食い入るように見つめている姿、対戦プレイにみんなで一喜一憂する姿は、当時の自分の姿と被り、幻影を追いかけるような気持ちで、一緒になって楽しんでしまった。

 彼らは見方を変えれば、非常に小さい頃からPCやゲームに慣れ親しむという、世界的に見ても特異な経験を積んでおり、彼らが大人になったとき、フィリピンのIT業界やゲーム業界にどのようなインパクトをもたらすのか気になるところだ。

 それ以前に、武闘派として知られるロドリゴ・ドゥテルテ新大統領が、マニラに点在するスラムをどうするのかが目下注目されるところだ。PISONETはもはやスラムの生態系の一部になっており、フィリピン政府が継続的に行なっているスラム対策と無縁では済まされない。海賊版の利用や盗電を理由になくなるかもしれないし、IT教育を理由に残されるかもしれない。PISONETの今後に注目したいところだ。

【PISONETのある風景(キアポ)】
キアポはPISONETの生産拠点があるだけに、小規模ながら多くのPISONETを確認することができた

【PISONETのある風景(バクララン)】
マニラ最大規模のマーケットが広がるバクラランマーケットから1本入ると住宅街が広がる。ここにはレンガで急造されたPISONET屋があった

【PISONETのある風景(マニラ・シティ・ジェイル)】
どういう経緯なのかはわからないが、キアポ北側にある牢獄マニラ・シティ・ジェイルを取り囲むようにスラムが出来ていて、その中にも多くのPISONET屋があった

(中村聖司)