佐藤カフジのVR GAMING TODAY!
Oculus、SteamVR、PSVR……VRゲームは全機種対応が標準になる!?
「Job Simulator」に見るサードパーティの超現実主義VRゲームデザイン術
(2015/10/7 00:00)
来るべきVRゲーミング元年。2016年に普及するVRシステムの台数について、海外のアナリストによる予想は200万台~500万台と幅があるものの、全く新しい体験を与えてくれるプラットフォームとしてその後爆発的に普及が進む、という予想は一致している。
その中で、私達のようなゲーマーや、VRコンテンツを開発するデベロッパーにとっては、絶対的な市場規模以上に、プラットフォーム別の勢力分布がどうなるかが気になるところだ。PC畑のOculus、SteamVR、コンソール畑のPlayStation VR(PSVR)。特に直接の競合関係にあるOculusとSteamVRの普及見込みを読み間違うのは怖い。ハズレを引いてしまうとゲーマーにとっては“非対応ゲームが多すぎて悲しい”となるし、クリエイターにとっては“マーケットが小さすぎて死ぬ”ことになるからだ。
9月23日~25日に開催されたVR開発者のためのカンファレンス「Oculus Connect 2」では、そのあたりの問題についての現実的な解を披露してくれたゲームメーカーがある。「Job Simulator」を開発中のOwlchemy Labsだ。彼らの結論は簡単だ。曰く「全プラットフォームに展開しよう!」。
本稿では、Oculus Connect 2において数少ないサードパーティによるセッションで明かされた、VRコンテンツメーカーの現実主義的な生き残り策と、それを実現するゲームデザインの実際について見てみよう。
全機種対応を実現するVRインタラクションのデザイン
Owlchemy Labsの問題意識は明確だ。彼らは、新世代のVRゲーミング市場に早期から本格的なコンテンツを投入することで、メーカーとしての存在感を高めようとしている。だが、そもそも、本格的なVRゲームを作って勝負をするなら、VRならではの体験の質を充分には提供できないスマホVR(Google Cardboad系やGearVR系等)は、現時点では対象外とせざるを得ない。そうすると、PCやPS4向けといったプレミアムなVRシステムが当初のターゲットとなり、ただでさえ市場は狭くなる。
世界で3,000万台のPS4や、1億人超のSteamでも、ゲームビジネスは簡単ではないのに、2016年内のトータルでも200~500万台という見込み市場の中で、どれか1つのプラットフォームに集中するというのは、もはや自殺行為に等しい。従って、コンテンツメーカーとしては全てのプレミアムVRプラットフォームにコンテンツを供給することで対象マーケットを最大化する、という選択が最良の生き残り戦略となる。
Oculus、SteamVR、PSVR。3つのプレミアムVRプラットフォームに対応するためには、何を前提にゲームをデザインすればよいだろうか?ありがたいことに、これら3つのプラットフォームは最も重要な部分で共通の機能を持っている。90度以上の視野角のHMD、両手に持つVRコントローラー、それらのリアルスケール・ポジショナルトラッキング機能、そして各コントローラーにあるアナログトリガーと数個のボタンだ。
この話題については当連載でも触れたことがある(VRゲームの仕様を規定する「標準VRコントローラー問題」を斬る)。
例えばOculus Touchならジェスチャー機能、SteamVRなら死角無しの強力なポジショナルトラッキング機能といった機能に依存するのは危険だが、それぞれの共通項のみを活かせば、すべてのVRプラットフォームで同じように遊べるコンテンツが実現可能だ。
Owlchemy Labsが開発する「Job Simulator」がやっているのは、まさにそういうゲームデザイン。Oculus Touchのジェスチャー機能による曖昧な操作感は完全にオミットし、トリガーによる「掴む」、「離す」というシンプルな操作系に統一することで、どのVRコントローラーでも快適にプレイ可能な仕組みを実現している。
特に気をつけたいのは、トラッキング範囲の制限だ。例えばユーザーの正面に2機のIRカメラを置いてコントローラーをトラッキングする方式のOculus Touchは、ユーザーが正面から90度以上の角度を取ったときに、片方のコントローラーやユーザーの体が障害物になり、死角に入ったコントローラーのトラッキングが途切れる。カメラひとつでトラッキングするPSVRも同様だ。トラッキングエラーはゲームへの没入感を一気に剥がしてしまうため、極力避けなければならないが、OculusやSCEはこういった仕様上の制限についてまだ充分に言及しておらず、ゲーマーやクリエイターにとって落とし穴になりやすい。
本作「Job Simulator」の場合は、当初、SteamVR(HTC Vive)向けに開発が進められており、初期バージョンのキッチンステージでは、ユーザーを取り巻く360度全ての空間に操作可能なオブジェクト(まな板、冷蔵庫、流し台、コンロ等)がぐるりと配置されていた。しかしOculus Touch対応となったオフィスステージでは、ユーザーの背後には壁があるだけで、後ろを向かずにプレイできるようになり、トラッキングエラーの可能性を極力排除してある。同様の工夫はPSVR対応にも活かせるものだ。
もうひとつ、Owlchemy Labsの工夫が光るのは、操作可能なオブジェクトを配置する「高さ」だ。Oculus TouchやPS Moveでは、直立状態を基準にセットアップした環境で、床に落ちたオブジェクトを拾おうとするとトラッキング範囲外に出てしまうことがある。そこで「Job Simulator」では殆どのオブジェクトが腰の高さ、あるいは膝よりも上あたりに配置してある。こういったVRならではのレベルデザイン上の工夫も、現実主義を徹底するサードパーティならではのものといえるだろう。
コロンブスの卵的発見:「手」を消したほうが一体感が高まる!
Oculus謹製の各種Oculus Touch向けデモではプレーヤーの手をVR空間内に表示することで、そこから生まれるVR内の肉体感覚をアピールしていた。しかし、Owlchemy Labsのアプローチはその上を行く。
例えばOculus謹製の「Toybox」デモでは、Oculus Touchでトラッキングされた場所にユーザーの手が表示され、ジェスチャーをする、物を掴む/離すという操作が直感的にできる。しかし物理的感覚がないことと、ユーザーの手の状態を厳密にはきちんとトラッキングしていないため、例えば物を掴む動作をした際に、VR空間内の手の見た目と、自分の手から伝わる肉体的実感との間に微妙な齟齬が生まれ、VR内の手との一体感が剥がれてしまうことがある。
その違和感に対するOwlchemyの回答は、「手を消す」だ。
「Job Simulator」では、フリーハンドのときにはシンプルなポリゴン製の手が、ユーザーの両手の位置に表示されている。それでもって各オブジェクトを操作するわけだが、何らかのオブジェクトを掴むと、その瞬間に手が消え、オブジェクトだけが中空に浮いたような状態となる。傍目には違和感がありそうな絵面なのだが、これを実際に体験すると、全く違和感がないことに驚く。むしろ、気をつけないと「自分の手が消えている」ことにすら気が付かないのだ。
これはつまり、オブジェクトを掴むという操作をしている最中は、ユーザーは自分自身の肉体的感覚から、そこに自分の手があることを充分に認識できる、というところに理由がある。手に持ったオブジェクトをグルグル回してみたり投げたりしてみると、それがそのまま思い通りの映像になるので、微妙に実際の状態を反映していない手を無理に表示したときよりも、むしろ一体感が高まるというわけである。
特に、オブジェクトを持ったまま机に手をぶつけた(そしてそのまま突き抜けた)時の表現にも注目だ。持っていたオブジェクトは机の表面を突き抜けること無く、接触してその場に留まり、オブジェクトからユーザーの手が剥がれた瞬間、手の表示が復活する。「ToyBox」のように、手に持ったオブジェクトごと机を貫いたり、あるいはVR内の手といっしょに机に接触してユーザーの肉体感覚と解離していまうよりずっといい、非常に現実的なソリューションだ。
こうした工夫のおかげで、「Job Simulator」は筆者がこれまで多数体験してきた体感型VRコンテンツの中でも、ダントツに遊びやすく、没入感が剥がれにくいゲームシステムを実現している。
いまのところ、OculusにしてもSCEにしても、はたまたHTCにしても、各自のVRシステムに関して、“できないこと”を懇切丁寧には説明してくれていない。しかし結局は、ゲームタイトルなどの実際のプロダクトでそのその“できないこと”にぶつかる羽目になるのだから、ゲーマーにしても、クリエイターにしても、Owlchemy Labsのようなサードパーティの知見やノウハウを知っておくことがますます大事になってくるはずだ。
この技術セッションを通じ、Owlchemy Labsの議論が暗にSteamVRのトラッキングシステム(Lighthouse)の優位性をアピールする形になっていたことも面白いが(Oculus自身には決して言えないことだ)、果たして来年早々にも始まるであろうVRゲーミングプラットフォーム競争を制するのはどのプラットフォームになるだろうか。
いちユーザーとしては、どのプラットフォームでも多数のゲームが遊べるよう、コンテンツメーカーには全機種対応を標準としてもらいたいところだ。