レビュー

ゲームブック「ファイティング・ファンタジー・コレクション」レビュー

「さあ、ページをめくりたまえ。」ゲームブックの金字塔が初邦訳を引っさげて復活!

【ファイティング・ファンタジー・コレクション】

7月16日発売

ジャンル:RPG

発売元:SBクリエイティブ

価格:8,250円(税込)

 「さあ、ページをめくりたまえ」。この言葉にピンとくる方は、例外なくゲームブックファンだろう。

 既報のように明日7月16日、「ファイティング・ファンタジー・コレクション~火吹山の魔法使いふたたび~」がSBクリエイティブより発売される。リリースを送ってくれた担当編集の杉浦よてん氏に、「人生に必要なことはすべてゲームブックで学んだ人間ですよ」と猛烈アピールしたところ、事前に触る機会を得たので、レビューと称しつつ、当時の想い出を語りたい。

【筆者のゲームブックコレクション】

1980年代にファミコンと覇を競ったゲームブック

 ゲームブック。文字通り、ゲームとして遊べる書籍を指し、実質的には数百から場合によっては1,000以上の番号が付けられたパラグラフを、書き手の指示に従いながら、時には自ら選択肢を選びながら、自分だけの物語が楽しめる書籍のことを指す。

【ゲームブック】
筆者のゲームブックコレクション「死のワナの地下迷宮」を使って実際に遊んでいる雰囲気を再現してみた

 その全盛期は、1980年代前半から終わり頃まで、期間にしてわずか5~6年ほど。奇しくもファミリーコンピューター(1983年)と同時期に生まれ、徹底的に討ち滅ぼされた儚げな存在だ。

 しかし、ゲームブックの全盛期は、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったファミコンに並ぶ、いや、勝るとも劣らない極上のエンターテインメントの1つだったことは揺るぎのない事実で、小学校にこっそり持ち込んで、授業中教科書で隠して遊んだり、方眼ノートに森や街やダンジョンのマッピングを試みたり、自作のゲームブックを作り出す“勇者”たちが相次いだ。

 当時はその両方の人気にあやかろうと、ファミコンのゲームをモチーフにしたゲームブックも相次いで発売された。人気に便乗しただけの粗製濫造品も多かったようにおぼろげながら記憶しているが、最盛期の1986年には、ゲームブック史上最高傑作と謳われる「ドルアーガの塔」3部作(創元推理文庫刊、鈴木直人著)が発売され、屈指の高難易度RPGである「ドルアーガの塔」に、濃密かつ色鮮やかなストーリーがもたらされた。当時コンピューターゲームは、アーケード筐体も含めて容量や表現力が限られていたため、ゲームの内容をゲームブックで保管するというアプローチは極めて有効だったのだ。

【ドルアーガの塔】
当時は三部作すべて持っていたが、今残っているのは第1弾「悪魔に魅せられし者」のみ。1作で20階ずつ描かれ、各階ごとに異なる冒険が楽しかった

 こうしたゲームブックの一大ブームの中心に存在していたのが、社会思想社のファイティングファンタジーシリーズ(本稿のみFFをファイティングファンタジーの略として使うことを許して欲しい)だ。1982年の「火吹山の魔法使い」を皮切りに30作品以上が刊行され、当時のゲーマー、あるいはファンタジーファンは、みんな夢中になった。

 筆者も大ファンで、20冊以上集めたように記憶している。“記憶している”と曖昧な表現を使っているのは、実家の建て直しの際にコレクションの大部分を失ってしまったためで、実家からサルベージして今手元にあるのは、「死のワナの地下迷宮」を含む10作品ほど。思い出はすべて脳内に残っているし、冒険の経過を書き留める冒険記録紙も大部分が当時のまま残っているが、肝心のゲームブックを失ってしまったことは人生の痛恨事のひとつだ。

【FFシリーズ】

 それにしてもなぜこれほどまで、小学生当時の筆者にとってゲームブックが魅力的だったかというと、誰にも邪魔されずにたっぷりファンタジー世界に浸れたからだと思う。

 誰もファミコンを欲しがり、遊びたがった1980年代後半は、爆発的な人気の代償として、子どもたちに対して極端な締め付けが行なわれた。学校では“悪しきもの”としてやり玉に挙げられ、家庭では学業に悪影響を与える存在として徹底的に閉め出された。

 ご多分に漏れず、我が家も、自身らが子どもに買い与えたにもかかわらず弾圧の対象となり、ファミコンは原則禁止となり、物理的に手の届かない衣装ダンスの奥に隠された。そこで筆者は、学校帰りにファミコンを遊ばせてくれる友人の家に行ったり、両親の寝入りばなや明け方を狙ってこっそりと遊ぶなどしてゲームの飢えをしのいだが、日が暮れ、宿題をやり終えたあとに、何をして遊ぶかという“根本問題”は残されたままだった。

 そうした当時の少年にピッタリフィットする存在がゲームブックだった。子どもの小遣いでもギリギリなんとかなる500円前後という価格設定、持ち運びに便利な文庫サイズ、そしてなんといっても書籍であり、学校の課題図書を読んでいる風に映る。冒険記録紙への記入もノートを取ってるようにしか見えず、諸事都合が良かった。かくして夜、勉強机でゲームブックに夢中になるひとりの少年が誕生したわけだ。

自分が主人公になる! ロールプレイングゲームの衝撃

 ゲームブックは、遊びに飢えていた当時の筆者を瞬く間に虜にした。時期は1986年前後、日本のRPGを根付かせた「ドラゴンクエスト」が誕生した年であり、まだ、RPG(ロールプレイングゲーム)をゲーム機で遊ぶという感覚はほとんどの人にないばかりか、世間的にはRPGという言葉自体がまだ浸透していない時期だ。

 実際ゲームブックも、自身が主人公で、自分自身が物語を進めていくという点で定義自体はRPGそのものだが、“アドベンチャーゲームブック”(社会思想社)と“スーパーアドベンチャーゲーム”と呼んでいた。遊び手の自分自身も、RPGを遊んでいるという感覚はなかったように思う。

 当時RPGの主流は、圧倒的にテーブルトークRPGであり、世代によってはミニチュアゲームやプレイバイメールといったコンピューターを使わないアプローチでRPGを愉しんでいた。これらとゲームブックの違いは、ゲームブックは純粋に1人で愉しめることであり、自分が好きなペースで、好きなだけ遊べるというのはもの凄い衝撃だった。

 筆者が最初に手に取ったファイティングファンタジーシリーズは、読者のことを「君」と呼び、プロローグを読み終えると「さあ、ページをめくりたまえ」と、読者を強烈に剣と魔法のファンタジー世界に誘ってくれた。現実世界では、まだ半袖半ズボンの丸坊主のはなたれ小僧を一人前の冒険者として扱ってくれるのがただただ嬉しかった。

今でもドキドキするフレーズだ

 当時は意識していなかったが、テキストにはルビが振られ、小学生でも読みこなせるようになっていた。ただ、今読み返すと、まだ習っていない漢字や、難しい言い回しも散見され、よくこんな文章を夢中になって読んでいたものだと驚かされる。

「死のワナの地下迷宮」より

 表紙イラストと、かなりの頻度で挿入された挿絵も、想像力をかき立てる格好の触媒になった。当時はコンピューターゲームのグラフィックスはまだ簡易的な表現しかできず、挿絵のほうが表現力が圧倒的に上だった。今思えば、かなり贅沢な方法でRPGを愉しんでいたんだなと思う。

「死のワナの地下迷宮」より

 作品によって世界観、ルール、そしてストーリーが異なり、学校の往復と教科書に書かれている内容が世界のほとんどだった当時の筆者にとって、文庫の中に広がる世界はひたすら魅力的だった。

 当時筆者がお気に入りだったゲームブックは、FFシリーズでは、のちにゲーム化もされた「死のワナの地下迷宮」(イアン・リビングストン著、喜多元子訳)や、閉ざされた館が舞台で恐怖点がゼロになると死ぬという異色作「地獄の館」(スティーブ・ジャクソン著、安田均訳)、広大な森を探索する「運命の森」(イアン・リビングストン著、松坂健訳)。その他のシリーズだと、単一作品としてはもっとも項目数の多い「ソーサリー」4部作(創元推理文庫刊、スティーブ・ジャクソン著、高田恵子訳)や前述の「ドルアーガの塔」3部作などが挙げられる。

 筆者の場合、あまりにもゲームブックが好きすぎて、ゲームメディアの記者になったあとも、ゲームブック界のレジェンドであるイアン・リビングストン氏が、英大手ゲームメーカーのEidos Interactive(現Square Enix Europe)の会長を務めていると知った時は、インタビューを懇願してサインをねだってしまったほどだ。筆者にとってゲームブックとはそれほど魅力的な存在であり、大切な存在であり続けている。

【イアン・リビングストン氏】
2002年Eidos会長時代のイアン・リビングストン氏。もうかれこれ20年近く前だ
氏の代表作である「運命の森」のオリジナル版

単行本サイズで遊びやすくなった「ファイティング・ファンタジー・コレクション」

 さて、前置きが長くなったが、本稿を書くきっかけになった「ファイティング・ファンタジー・コレクション~火吹山の魔法使いふたたび~」について紹介しておこう。

 なかなか立派な化粧箱に、FFシリーズから「火吹山の魔法使い」、「バルサスの要塞」、「盗賊都市」、「モンスター誕生」、「火吹山の魔法使いふたたび」の5作品、そしてFFシリーズの解説書「ファイティング・ファンタジーとAFF」(安田均著)という構成になっている。この時点でビギナーにはなかなか敷居が高いように思うが、もともとターゲットをゲームブックファンに定めているからこれでいいのだろう。

【ファイティング・ファンタジー・コレクション】

 見本誌が届いてすぐ気付いたのは、想像していたよりデカいということだ。こちらが勝手に勘違いしていただけだが、文庫サイズだと思っていた。実際には単行本サイズで、コート紙のカバーで包まれ高級感がある。当然、文字のフォントも大きくなり、同梱されている冒険記録紙(アドベンチャーシート)もその分大きくなり、紙質も向上。全体的に“大人のホビー”にパワーアップしている。

【サイズ感がかなり違う】

 翻訳は、いくつかのFFシリーズ作品の翻訳を手がけたファンタジー界の大御所である安田均氏が全5作品を担当。同じ作品の原作が手元にないため、直接比較はできないものの、当時のテイストを守りつつ、より適した表現に改めている印象で、当時のファンも違和感なく楽しめる内容に仕上がっている。

 書籍の構成も新しくなっており、目次の次には、FFシリーズ共通の世界であるアランシア地図が見開きで描かれているほか、冒険マニュアルが前から後ろに移動している。明らかにゲームブック経験者を意識した改変で、ファンタジー世界に飛び込む上でテンポが増している。良い改良だと思う。

【火吹山の魔法使い】
記憶違いでなければ初めて見たアランシア地図
アドベンチャーシートは、従来通り付いている
大ぶりとなったアドベンチャーシート。弱冠表現も変わっている
サイコロは上部から下部に
「さあ、ページをめくりたまえ。」は健在

 本コレクションの特筆すべきポイントは2つ。1つは、FFシリーズの生き字引的存在である安田均氏自ら書き起こした解説書「ファイティングファンタジーとAFF」の存在と、初の邦訳となる「火吹山の魔法使いふたたび(現代:Return to Firetop Mountain)」が収録されているところだ。

 「ファイティングファンタジーとAFF」は、わずか30ページほどの小冊子で、一息で読み切れるほどのボリュームだが、極めて曖昧で断片的だった筆者のゲームブックに対する理解を綺麗に補完してくれたし、スーパーファミコンに飛びついてそれからは二度と帰ってこなかった不届き者の筆者が知らない1990年以降のゲームブック史が当事者の立場から綺麗にまとめられており、謹んで拝読させていただいた。日本のゲームブック史を知る上で基礎資料となる内容なので、ゲームブックファンはぜひ一読してきたいところだ。

【ファイティングファンタジーとAFF】

 初邦訳となる「火吹山の魔法使いふたたび」は、その名の通り、FFシリーズ第1弾でありシリーズの原点といえる「火吹山の魔法使い」の続編となる。これはもともとFFシリーズ第50弾を記念して出版されたものだが、「火吹山の魔法使い」の発売から10年が経過しており、前述したようにそのときにはもう日本でのゲームブックブームは去り、社会思想社もゲームブック事業から撤退していた。まさに日本のゲームブックファンにとっては幻の作品で、それが安田均氏の手により初翻訳されたわけだ。これはゲームブックファンに対する30数年ぶりのプレゼントと言える。

【火吹山の魔法使いふたたび】

 現在筆者は、「火吹山の魔法使いふたたび」をプレイするために、すっかり忘れてしまった「火吹山の魔法使い」を再び遊び直している。手元には学生時代から使っているサイコロ2つと、シャープペン、それに消しゴムも忘れてはならない。バトルにたっぷり時間が掛かるのが玉に瑕だが、これだけデジタルエンターテインメントが高度化する中で、今遊んでも十分面白いし、ゲームブックを楽しめる感受性をまだ維持している自分にとても満足している。

 当然この2作品だけでなく、魔法システムが導入された「バルサスの要塞」、都市探索が楽しい「盗賊都市」も再びプレイするのが楽しみだし、当時は結局遊びそびれてしまった「モンスター誕生」もはやくプレイしてみたい。この歳になって再びゲームブックに熱中する夜が訪れるとは思わなかったが、指でいくつかのページを挟みながら読み進める感覚、運試しのサイコロを振る感覚、アドベンチャーシートに数字を消しては書き入れる感覚。ゲームブックの醍醐味、そしてアナログゲームの良さを改めて実感している。

【ファイティング・ファンタジー・コレクション】
火吹山の魔法使い
バルサスの要塞
盗賊都市
モンスター誕生

日本のRPG史の1ページにゲームブックが確かにあったことを思い出させてくれる書籍

 筆者は、本当に多くのことをゲームブックから学んだように思う。それは単純に文章を読み込むことで漢字の知識や読解力が身に付いたということだけではなく、ファンタジーの本場であるイギリスの当時最先端のハイファンタジー的な世界観を小学生の段階からふんだんに取り込むことができたし、バトルに負けると死んでゲームオーバーとなり、勝てないと悟って逃げると逃走の代償としてダメージを受けるといった教科書には書いていない世界のルール。そしてシングルプレイゲームは、己との戦いであり、いくらでもズルできるが、ズルすると全然面白くないという、いまにも繋がるゲーム観。これらはすべてゲームブックで学んだことだ。

 「だから皆さんもやってみませんか?」というつもりは毛頭ない。当時と今では時代が違うし、普及しているメディアも違うし、なんといっても価値観が違う。時代に合った適切なメディアで価値観のフィットするRPGを愉しむのが一番幸せだと思う。

 しかしながら、「ドラゴンクエスト」や「ファイナルファンタジー」などの人気RPGのリメイクがふたたびヒットし、当時はまだ生まれてもいない若者たちが楽しそうにプレイしているのを見ると、「ゲームブックもいいよ?」と伝えたくなる気持ちを弱冠抑えきれない自分もいる。

 そういう意味では、「ファイティング・ファンタジー・コレクション」は、その入り口として極めて相応しい書籍と言えるし、日本人がもっとも好むゲームジャンルであるRPGの源流の一つとして、多くのゲームファンに知ってもらいたい存在なのは確かだ。

 それ以外にも筆者と同世代、あるいは上の世代で、ゲームブックという存在は見聞きしていたけど、結局一度も縁がなかったというゲームファンや、子どもに対して“風景の良い”遊びを提供したいと考えている親御さんは、この復刻版を手に取るのはありだと思う。ぜひこの機会に1人でも多くのゲームブックファンが生まれることを願っている。

「君のこれからの旅に神々の加護が伴わんことを!」