GDC 2011レポート

バイオフィードバックでゲームの完成度を高めろ!
ValveとEAが取り組む、生理学的な指標をゲーム体験向上に繋げる方法


2月28日~3月4日開催(現地時間)

会場:サンフランシスコ Moscone Center



 サンフランシスコ現地時間3月3日、この日はプレイテスティングとその評価に関する興味深い2つのセッションが開催された。ValveとElectronic Arts Vancouverによる、生理学的な指標(バイオフィードバック)を用いてプレーヤーがゲームから受ける反応を調べ、それをゲームデザインに活用したという実践的な事例である。



■ もしも「プレーヤーの本当の気持ち」がAI Directorに伝わったら? Valveのテストケース

ValveのMike Ambinder氏
ゲームに対するプレーヤーの生理学的な反応、バイオフィードバックをゲームプレイに応用しよう、ということが本セッションのテーマ

 まずValveの講演をご紹介しよう。「Biofeedback in Gameplay: How Valve Measures Physiology to Enhance Gaming Experience(ゲームプレイのバイオフィードバック:Valveがどのようにして生理学をゲーム体験向上に適用しているか」と題する講演を行なったのは、実験心理学博士として人間の生理学的な反応をいかにゲーム開発に役立てるかという研究を続けているMike Ambinder氏。

 Ambinder氏は、2年前のGDC09でプレイテストに関する講演を行なっている。そこではValveがいかにしてプレイテストを行ない、その結果をゲームデザインに役立てているか……という話が語られていた。ゲームプレイの「仮説」を立て、プレイテストで「検証」を行なうというプロセスを繰り返す、科学的手法を地で行くValveのQAプロセス。これについては弊誌でお伝えしているぜひご一読頂きたい。

 Ambinder氏の2年前の講演の最後では、あくまで「実験段階の試み」として、生理学的な情報をプレイテストに活かす展望が紹介されていた。そして今回の講演では、それを実践したという具体例が紹介されている。注目すべきは、生理学的な情報をプレイテストだけでなく、ゲームとプレーヤーが相互作用するための「入力装置」として活用するところまで、実験が進んでいるということだ。



・何をどう計測する?

生理学的な情報を元に、興奮度と感情レベルのグラフにマッピングする

 まず重要になるのは、ゲームに対するプレーヤーの生理学的な反応からどんな役立つ情報を見出すか、ということだろう。これについてAmbinder氏は、プレーヤーの「興奮度(Arousal)」、「感情状態(Valence)」を上げている。この2値を取り出し、2軸のグラフに置くことで、プレーヤーの心理的な状態(嬉しい、悲しい、熱心、受身、熱中、慌てる、退屈、疲れる、リラックスしているなど)をある程度カテゴライズできるという。

 では、「興奮度」と「感情状態」をどうやって計測するか? そのために様々な生理学的な情報を観測・数値化することになる。具体的な計測対象として「心拍」、「皮膚電気活動」、「表情」、「視線」、「脳波」、「瞳孔」、「体温」、「姿勢」などが挙げられており、その利点と弱点は下のスライド写真の通り。比較的に興奮度は測りやすく、感情状態は測りにくいという傾向があるようだ。


【生理学的情報の計測手法】




・バイオフィードバックの応用方法とは?

 プレーヤーから計測した生理学的情報は、つまりゲームに対する「バイオフィードバック」だ。これを活用する方法のひとつは、もちろんプレイテストにおいてプレーヤーの反応を読み取ること。プレーヤーがつまらないと感じていることが客観的にわかれば、容易にゲームの問題点を導きだすことができる。また、興奮度の変化を読み取り、どういった変化のパターンが最も面白さにつながるのかといった分析を行なうことで、良いゲームデザインを導き出すことができるともいう。

 より積極的な応用方法としてAmbinder氏は、バイオフィードバックをそのままゲームへの入力として用いるアイディアを披露した。応用の可能性は盛りだくさんで、プレーヤーの気分や感情に基づいてリアルタイムにゲーム展開を調整する、あるいはマルチプレーヤーゲームのマッチメイキングに使う、盛り上がっている対戦セッションを見つける、ピンチにあるチームメイトを見つけるなどなど、幅広い可能性がある。以前なら「将来の展望」ということでここで話が終わってしまうところだが、今回は実際にValveでいくつかの検証を行なっており、その結果が紹介されている。

応用の可能性は? Valveではいくつかの実験を行なっている



・プレーヤーの状態を読み取るスペシャルなAI Director

AI Directorのアルゴリズム
じつにチープながら効果のあった実験装置

 バイオフィードバックをゲームへの入力情報とした具体例として紹介されたのが、「Left 4 Dead 2(L4D2)」のAI Directorにバイオフィードバックを応用したケースだ。

 ご存知「L4D2」のAI Directorは、ゲームの流れを作り出すメタAIと呼ばれるもので、ゲーム中に「プレーヤーの興奮度を推測して、敵やアイテムの出現パターンを変える」ということを動的に行なっている。では、推測ではなく実際の計測値をリアルタイムに反映したらどうなるだろうか?

 Valveでは実験のために特別なバージョンのAI Directorを作り、興奮度の指標となる皮膚電気活動の計測装置をプレーヤーに装着させ、実際にテストプレイセッションを行なってみたという。ちなみに計測装置はお手製で、ものすごく安く作れるようだ。

 こうしてできたスペシャルバージョン「L4D2」では、各種のボスモンスターが登場し、戦闘に緊張が走るたびにバイオフィードバックグラフに如実に反応が現われる様子を見ることができた。緊張が落ち着いて、やや油断しはじめたタイミングでまた、新たなピンチが演出されるという形でゲームが進む。

 最も激しく反応したのは、タンクが登場して交戦中のシーンだ。地形を利用して優位に立ち回っている瞬間はある程度落ち着きが取り戻されるが、分が悪くなると一気に興奮度が上がる。このようなリアルタイムのデータを、AI Directorが判断して次のゲーム展開を演出する。

 そして複数の被験者に同様のバージョンをプレイさせて感想を統計した結果は、期待通りのものだった。興奮度を推測する従来のバージョンより、興奮度を計測するスペシャルバージョンのほうが、プレーヤーの満足度が高かったのである。バイオフィードバックをゲームの入力装置として応用する方法は、非常にスジが良いようだ。

 このほか、Ambinder氏は「Alien Swarm」、「Portal 2」、「L4D2」マルチプレイゲームへの実験例を紹介している。「Portal 2」では、移動とカメラ操作に従来の操作方法を使い、ポータルガンのエイミングに視線トラッキングを使うという新たな入力スキームを試し、それによりゲームがより楽しくなるというポジティブな結果を得ている。マルチプレイへの応用では、対戦相手の感情状態が可視化されたことで遊びの幅が広がり、最高に楽しくプレイできたのこと。いずれも興味深い実験だ。

【AI Directorの拡張(Left 4 Dead 2)】
画面右上にプレーヤーの興奮レベルが表示されている。それに示されるプレーヤーの実際の反応に基づいて、AI Directorがゲーム内の敵やアイテムの出現パターンを調整する。これにより、ゲーム体験がより刺激的で楽しいものになるという結果を得た

【視線エイミング(Portal 2)】
こちらも実験ケース。視線トラッキング装置を用い、移動・カメラ操作とポータルガンの狙いをつける操作を分離。より快適に楽しくゲームをプレイできるという結果を得たようだ。3D酔い対策にもなりそう? しかし一般向けの視線トラッキング装置はまだまだ未来の話ではある

【興奮度依存タイムアタック(Alien Swarm)】
トップダウン視点のシューティング「Alien Swarm」に、タイムアタックMODを追加。基本の時間制限は240秒で、100体の敵を倒せばクリアというルール。そこにプレーヤーの興奮度が高まると時間経過が速くなるという仕組みを入れて実験。結果としては興奮がさらに興奮を呼ぶというフィードバックループが発生し、とても疲れるゲームになったようだ。うまくペースを調整できるようなアルゴリズムの発見が課題か

【マルチプレーヤーゲームへの応用】
バイオフィードバック装置を使って対戦相手の感情状態をモニターしつつプレイ。これにより例えばピンチにある仲間を素早く見つけたり、相手が慌てふためく様子を面白がったり、意図的に相手の感情を揺さぶるような状況を作って楽しむことができる。将来的に全てのプレーヤーがこのような装置を利用できるようになれば、マルチプレーヤーゲームの面白さに新時代が訪れそうだ

 こういったValveの取り組みが、将来的にValveのゲームの質を高めることは大いに期待できる。またそれ以上に、バイオフィードバックをゲームに適用するアイディアが非常に有望であることがはっきりしてくれば、例えば一般向けのゲーミングヘッドセットにプレーヤーの様々な生理学的情報を読み取る装置をつけるといった、マンマシンインターフェイスの新たな展望が開けてくるかもしれない。

 そう考えるAmbinder氏は、講演のまとめとして「プレーヤーの感情を計測できる、消費者向けのデバイスが必要」と言い切った。これはじつに開発者だけでなく、一般ゲーマーにも夢のある話だ。

【まとめ】
まとめと将来の展望について。消費者向けのバイオフィードバック装置が登場すれば、ゲームの面白さを刺激するすばらしい機械になるかもしれない




・■より良いスポーツゲームのデザインのために: EAの科学的QAプロセス

EAのユーザーリサーチ専門家、Veronica Zammitto氏
新旧の方法を組み合わせてより的確なユーザーリサーチを目指す
EA Vancouverのプレイテストルーム。各環境がパーティションで区切られており、居心地がよさそう

 近年、欧米のゲーム開発ではゲームの品質を検証するQA(Quality Assessment)プロセスを重視する傾向があり、開発中期から大規模なプレイテストチームを組織することも珍しくない。ゲーマーを多数集めたQA専門の企業も存在しており、プレイテストそのものがひとつの産業となりつつもある。そのなかで、プレーヤーから開発者へのフィードバックの手法としては「プレーヤーが調査票に感想を書く(サーベイ)」、「開発者が直接感想を聞く(インタビュー)」といった、アナログなものが主流であるという。

 しかし、従来の方法だけではどうしても、フィードバックの内容に主観が入りがちで、曖昧さが残り、大量のデータをマイニングするといったこともしづらい。そこでEAでは、より客観的で、定量的で、科学的な手法で分析ができるプレーヤー体験の計測方法を導入し始めている。

 「The Science of Play Testing: EA's Methods for User Research(プレイテストの科学:EAのユーザーリサーチ手法」と題する講演を行なったのは、EA Vancouverでユーザーリサーチを専門としているVeronica Zammitto氏だ。新しい方法を使い、EA Sportsの「NBA Live 10」と「NHL 11」でゲームプレイの詳細な分析を行なった事例を紹介した。

 この2つのゲームのプレイテストには、3つの「科学的な方法」が導入された。アイトラッキング、プレイ内容の詳細なログのテレメトリ、それから生理学的指標から導き出す興奮度と感情レベルの分析だ。これに従来のサーベイとインタビュー方式を組み合わせ、詳細なユーザーリサーチを行なったという。

 まずアイトラッキングについて。この方式ではプレーヤーの見ている、関心のある領域が時間軸に沿って詳細に記録される。これを「NBA Live 10」で用いたところ、ゲームに不慣れなプレーヤーは、頻繁に監督の様子を見ることがわかった。どうプレイしていいかわからず、ヒントを求めてのことらしい。これを元に、開発チームはコーチの動作を変更したという。


アイトラッキング。不慣れなプレーヤーが関心を示す領域が熟練プレーヤーと異なることがわかり、ゲーム内容の改善に利用された

 次にテレメトリ。これはゲーム中にプレーヤーが操作した物事、あるいはゲーム側で発生したイベントを詳細に記録し、時間軸に並べたログデータを使ってプレイ内容を分析する手法だ。「NBA Live 10」ではプレーヤーの「パス位置」、「シュート位置」、「スコアを記録した位置」の統計を割り出した。その結果、プレーヤーの戦術的傾向が明かになり、AIとの違いが浮き彫りとなる。これはAIの挙動をより人間らしくするために役立つデータとなりえる。


パス、シュート、スコア等の位置統計。プレーヤーは「画面の手前から奥に向かってシュートを撃ちたがる」という傾向があり、AIとの違いが歴然である

「NHL 11」での取り組み
様々な「時間経過による興奮度変化」のパターン
テレメトリと照合することで、特異なケースで何が原因だったのかがわかる

 最後に、プレーヤーの興奮度と感情レベルをどう解釈するかという部分。「NHL 11」ではプレーヤーの感情の高ぶりを時間軸にグラフ化することで、試合展開をプレーヤーが楽しめたかどうかを分析した。大抵のケースではペリオドが終盤に向かうにつれてより高い興奮度を示す理想的なパターンが現れたが、試合の冒頭でいきなりトーンダウンしてしまうという面白いケースも発見されたという。

 これこそ「科学的な手法」でうまく発見、分析できるようになったパターンだ。このケースについてテレメトリを合わせて分析すると、プレーヤーが試合開始早々に2点をリードしたことがわかった。そしてプレイ後のインタビューにより、当のプレーヤーが「これで勝ちは決まった。あとは何点取るかだけが問題だな」と考えていたことも明らかになった。

 Zammitto氏はこのようなケースを発見したことで、ゲーム展開に応じて自動的に難易度を調整する仕組み、あるいは、勝敗だけでなく「何点取って勝つか」といった別の目標を提示するゲームシステムが必要かもしれないと語った。このように新しい評価方法と従来の評価方法を組み合わせることで、ゲームプレイ上の問題点とその原因がクリアになるというのが、本セッションで語られたことのポイントである。

 このように、EAで試された「科学的な方法」は、発展途上の手法とはいえ確かな有効性があるようだ。その上でZammitto氏は、サーベイ、インタビューといった従来型の方式とうまく組み合わせることが重要であること、また、QAの結果を開発にフィードバックするために必要な時間を踏まえて開発スケジュールを立てること、などの課題を指摘している。

 新しい手法でプレイテストがより的確になり、それがゲームのクオリティを高める結果になるなら、一般ゲーマーにとってすばらしいことだ。ValveやEAといった大手に限らず、多くのゲームデベロッパーがより有効なQAプロセスを手に入れていくことを期待したい。


「NHL 11」ではまた、アイトラッキングにより画面上のオーバーレイ型ユーザーインターフェイスがどのように見られているかという分析も行なっている。ほとんど無視されるUI、あるいは頻繁に見られすぎるUIには「わかり辛い」とか「タイミングが不適切」とか「目立ちすぎる」など何か問題があるのかもしれず、アイトラッキングのログはそういった課題を見つけ出すために役立つ

(2011年 3月 5日)

[Reported by 佐藤カフジ]