【特別企画】

「MTG」「シャドバ」「HS」世界大会、日本選手の“同時多発的世界チャンピオン誕生”はなぜ起こり得たのか?

いまやカードゲームは日本のお家芸! TCG3タイトルの世界大会優勝を考察

 2021年10月から12月にかけて、世界でもトップクラスの人気を誇るカードゲーム3タイトル「マジック:ザ・ギャザリング」、「Shadowverse」、「ハースストーン」の世界王者を決める大会が開催された。

 注目すべきは、世界王者となった「マジック・ザ:ギャザリング」の高橋優太選手、「Shadowverse」のkakip選手、「ハースストーン」のPosesi選手はいずれも日本人選手ということである。

 世界大会での日本人選手の優勝は、フィギュアスケートや柔道など、日本人が得意とするスポーツ界ではそれほど珍しくはない。しかし、カードゲームで世界王者がほぼ同時にこれだけ誕生したのは、やはり快挙といえる。

 裏を返せば、それだけ日本人選手の層が厚く、世界レベルのトッププレーヤーが多くいることを意味しているのではないだろうか。世間ではそれほど大きく話題になっているような印象はあまりないが、いまやカードゲームは日本人のお家芸の一つとなっているのだ。そこで、日本人選手がカードゲームに強い理由について考えてみたい。

今年、日本人が世界王者となったカードゲームの特徴

 まず、本稿で触れているカードゲームについて改めて振り返っておきたい。ここでいうカードゲームとは、より丁寧にいうとTCG(トレーディングカードゲーム)やDCG(デジタルカードゲーム)と呼ばれるものだ。TCGの元祖が、ウィザーズ・オブ・ザ・コーストから1993年に発売された「マジック:ザ・ギャザリング」(以下MTG)であり、それ以降に登場したTCGのほとんどが「MTG」の影響を受けている。

 「MTG」は現在、11カ国版が発売されており、世界の70カ国以上で遊ばれている。全世界のプレーヤー数は2,000万人を超え、「もっともよく遊ばれているトレーディングカードゲーム」としてギネス世界記録にも認定されている。「MTG」はもともと紙のカードでプレイするTCGであったが、デジタル版も何度か開発されており、現在では2018年9月にリリースされた「MTG アリーナ」がデジタル版の主力となっている。

 MTG以外にも「デュエル・マスターズ」など、もともとは紙のカードでプレイするTCGからスマホなどでプレイするDCG版がリリースされた例はあるが、「MTG」以外のTCGをDCG化する場合、DCGをプレイする端末側の制限(画面解像度など)によってルールが多少変更されることが多い。それに対し、「MTG アリーナ」は元となった「MTG」と全くルールが同じである。

「MTG アリーナ」

 「Shadowverse」は、2016年6月17日にCygamesからリリースされたDCGであり、スマートフォンやPCで動作する。「Shadowverse」も日本語を含む9カ国語版がリリースされており、累計ダウンロード数2,500万を突破。世界大会の賞金総額は2億8,000万円と群を抜いて大きく、eスポーツ色の強いタイトルとしても有名である。

「Shadowverse」

 「ハースストーン」は、2014年3月11日にBlizzard EnterteinmentからリリースされたDCGであり、同社の人気RTS「ウォークラフト」の世界観を背景としている。DCGとしては比較的歴史の長いタイトルであり、スマートフォンやPCで動作する。2018年11月にはプレーヤー数が1億人を超えたことが発表された。

「ハースストーン」

16名中5名が日本人選手だった「MTG世界選手権」

 ここで、各タイトルでの世界王者誕生までの流れを簡単に見ておきたい。実は今回のことが起こる前から、日本人選手は強かったのだ。

 今年の「MTG」世界大会「第27回マジック:ザ・ギャザリング世界選手権」は2021年10月8日~10日に、デジタル版の「MTG アリーナ」を使って開催された。世界選手権で「MTG アリーナ」が使われるのは今回が初めてであり、2019年までは紙のカードでプレイされていた(2020年はイベント体制変更とコロナ禍によって不開催)。

 世界選手権は、年間を通じて最も活躍したプレーヤー16名が、世界王者の名誉を賭けて戦う、「MTG」最高峰のイベントである。今回の世界選手権に招かれた16名のうち、日本人選手は高橋優太選手、茂里憲之選手、佐藤啓輔選手、佐藤レイ選手、井川良彦選手の5名であり、日本は最も参加選手数が多い国でもある。この時点で、すでに層が厚いことはおわかりいただけるだろう。ちなみに次に参加選手数が多い国はアメリカで、参加選手は3名だった。

【第27回マジック:ザ・ギャザリング世界選手権参加選手】
第27回マジック:ザ・ギャザリング世界選手権参加選手一覧。16名中、日本人選手が5名いる(画像は公式ブログより)

 今回優勝した高橋優太選手は、中学時代に「MTG」をはじめ、プレミアイベントへの初参加となった「グランプリ・新潟2005」でいきなり10位に入賞。続いて「プロツアー・ロサンゼルス2005」にも参加。さらに「グランプリ・静岡2008」と「グランプリ・神戸2008」で連覇を達成するなど、早くから頭角を現わしていた選手である。その後、スランプに陥った時期もあったが、2016年8月の「プロツアー『異界月』」でトップ8になり、ゴールドレベルプロとして活躍した。

 今回の世界選手権は、3日間にわたって繰り広げられた過酷なもので、1日目は1~3回戦が「イニストラード:真夜中の狩り」を利用したドラフト(配られたパックから1枚ずつピックして隣の人に回すことを繰り返してデッキを作り、戦うフォーマット)、4~5回戦がスタンダード、2日目の6~10回戦がスタンダードというフォーマットになっている。予選10回戦終了後、上位4名が3日目の決勝トーナメントに進むことができる。

 高橋選手は、この1日目のドラフトでピックに失敗し、0勝3敗という最悪のスタートを切ってしまう。3敗してしまうと、残り全勝しても通過できるかどうかギリギリなので、普通は諦めてしまう選手が多いが、高橋選手はこの崖っぷちの状況からスタンダードラウンドを7勝0敗で終え、3日目の決勝トーナメントに進んだのだ。その精神力、踏ん張った胆力は驚嘆に値する。

 高橋選手は、その勢いのまま決勝トーナメントを3連勝し、世界王者となった。27回開催された「MTG」世界選手権で、日本人選手が優勝するのは今回で5度目(2012年度大会優勝の渡辺雄也選手以来8大会ぶり)。優勝賞金は7万ドルだが、参加褒賞として5万ドルが全員に与えられるので、高橋選手は合計12万ドル(約1,380万円)を受けとることになった。

【第27回マジック:ザ・ギャザリング世界選手権を制した高橋選手】
0勝3敗から奇跡の優勝を果たした高橋優太選手(画像は公式ブログより)
【第27回マジック:ザ・ギャザリング世界選手権 DAY3(決勝ラウンド)- マジック:ザ・ギャザリング/MTGアリーナ】

「Shadowverse World Grand Prix 2021」の決勝戦は初の日本人対決に

 「Shadowverse」の世界王者を決定する大会が「Shadowverse World Grand Prix」だが、2020年はコロナ禍で開催されなかったため、今回が2年振りの開催となった。

 「Shadowverse」は、日本産のタイトルであり、日本人プレーヤーは数、レベルともにトップクラスである。世界大会である「Shadowverse World Grand Prix」は2017年に第1回が開催され、日本の紅茶/Par選手がポルトガルのAkamarued選手を破って、初の世界王者となった。

 2018年に開催された第2回世界大会の決勝戦は、よしもとリバレント所属のふぇぐ選手とアメリカ在住の日本人プレーヤーPotwasher選手の対決となり、ふぇぐ選手が世界王者となった。2019年の世界大会の決勝戦は、台湾最強の呼び声が高かったsasamumu選手と日本のjupi/Qwert選手の対決となり、sasamumu選手が勝利。初めて日本人以外の選手が世界王者となった。

 「Shadowverse World Grand Prix 2021」の決勝トーナメント「GRAND FINALS」は、2021年12月19日にさいたまスーパーアリーナで、オフライン有観客で開催された(外国人選手はオンライン参加)。「GRAND FINALS」の出場選手は11月に行なわれた予選を通過した8名だが、そのうちkakip選手、negima選手、Hanada選手、Shitaue/iDeal選手の4名が日本人であり、こちらも日本人が一番多い。決勝戦はkakip選手対negima選手という日本人対決となったが、「GRAND FINALS」の決勝戦が日本人同士で争われるのは、今回が初めてとなる。

 「GRAND FINALS」の決勝トーナメントはBO5(3ゲーム先取)で行なわれるが、kakip選手は1ゲーム目、勝てるところで大きなミスをしてしまい、negima選手に勝ちが転がり込んだ。しかし、kakip選手はそこから落ち着いたプレイを行ない、2~4ゲーム目を連続で勝利。見事、世界王者に輝いたのだ。優勝したkakip氏は、4人目の世界王者となり、賞金として1億5,000万円を受けとった。

【Shadowverse World Grand Prix 2021で優勝したkakip選手】
「Shadowverse」の世界王者となったkakip選手(画像は公式ブログより)

 前述したように、「Shadowverse」は元々日本人が強いタイトルであり、「Shadowverse World Grand Prix」も全て日本で開催されているため、時差や生活習慣などの面で日本人選手に有利な大会といえる。しかし、2019年に開催された前回大会では、初めて日本人以外の選手が世界王者の栄誉に輝いた。

 そのため今回は日本人選手としてリベンジの意味合いもあったはずだ。なんとしても世界王者の称号を取り戻したい意気込みがあったと推測されるなかで、日本人選手の1-2フィニッシュと大きく実力を示した大会になったといえる。

【Shadowverse World Grand Prix 2021【GRAND FINALS】】

「2021年ハースストーン世界選手権」で日本人が優勝と準優勝を獲得

 「2021年ハースストーン世界選手権」は、グランドマスターズから6名、中国Gold Seriesから2名、全世界からの選抜プレーヤー8名の合計16名が一堂に会し、世界王者を決定するイベントだ。

 「ハースストーン世界選手権」は2014年から開催されており、初代世界王者はアメリカのFirebat選手、2代目世界王者はスウェーデンのOstkaka選手である。2015年の世界選手権には、Kno選手が日本人として初めて参加し、準決勝で惜敗。世界ベスト4という結果を残した。その後も、世界選手権は毎年開催されてきたが日本人選手は出場資格を得ることができず、2020年に日本人として5年振りに出場し、見事日本人初の世界王者に輝いたのがGlory選手だ。

 「Shadowverse」と同じく、「2021年ハースストーン世界選手権」の決勝戦も、がPosesi選手対Glory選手という日本人対決になった。しかも、Glory選手は昨年の世界選手権の優勝者であり、Glory選手が勝てば史上初の2連覇を達成することになる。「2021年ハースストーン世界選手権」は、4デッキ使用1デッキ禁止で行われ、BO5で勝負が決まる。決勝戦は5ゲーム目までもつれる激戦となったが、見事Posesi選手が優勝し、Glory選手の2連覇は達成できなかった。それでもGlory選手は準優勝であり、2年連続TOP4達成というのは素晴らしい成績である。優勝したPosesi選手には、賞金として20万ドル(約2,300万円)がおくられた。

【2021年ハースストーン世界選手権の決勝戦進出選手】
決勝戦はPosesi選手と前年王者のglory選手の対決となった

 「ハースストーン」はこれまで世界の壁が厚かったタイトルだが、昨年、今年と連続したGlory選手の活躍は目覚ましい。日本人選手全体のレベルが高くなったこともあるだろうが、昨年と今年はコロナ禍への対応のため、海外でのオフライン開催ではなく、オンライン開催に変更となっている。オンライン開催という環境の変化は、ひとつのキーワードとして上がってきそうだ。

【[JP] 2021年ハースストーン世界選手権 Day 2】

キーのひとつは「オンライン化」? 根気強さと仲間の繋がりによって飛躍

 このように見てみると、「MTG」も「Shadowverse」も「ハースストーン」も、たまたま日本人が優勝したわけではないことがわかる。出場選手数の多さに加え、「MTG」以外の2タイトルは日本人同士の決勝になったことを考えると、日本には世界トップレベルの実力を持ったカードゲームプレーヤーが多くいると考えるのが自然だ。その点で、日本は世界でも有数のカードゲーム強国であるといえる。

 ではなぜ、日本人選手がカードゲーム、中でもDCGで、次々と世界王者になったのだろうか。「MTG」王者の高橋選手はインタビューの中で、今年から世界選手権が「MTG アリーナ」で開催されるようになったことが一つの原因であろうと語っている。

 これまでは、海外で行なわれる世界選手権に日本から飛行機で移動していたため、旅行での疲労、時差ボケ、コミュニケーションの不自由さがなどがあり、100%力を発揮することが難しかった。しかし、オンラインなら慣れた自宅などから参加でき、自分の力を最大限に発揮できる。「MTG」しかり、「ハースストーン」しかりだ。「Shadowverse」はもともと日本がホームで、恩恵は最初からあったといえる。

優勝が決まった瞬間の選手の表情(上:第27回マジック:ザ・ギャザリング世界選手権、中:Shadowverse World Grand Prix 2021、下:2021年ハースストーン世界選手権)

 また、カードゲームは、カードのドローなど元々、将棋や囲碁などに比べると運の割合が大きい。そのため、デッキを1回や2回、回しただけでは、そのデッキの強さはわからない。試行回数を増やすことで、いわゆる上振れや下振れを排除した、真のデッキの強さがわかるようになるのだ。繰り返しいろいろな相手と戦って、膨大な試行を繰り返しつつ、デッキを磨きあげていき、同時にプレイミスを減らしていく。

 一部の天才型プレーヤーを除けば、そういった地道な努力を繰り返すことでしか、カードゲームは上達しない。そのためには根気強さとコミュニティ作りが要求される。高橋選手やkakip選手、Pesesi選手は、プレイしているゲームこそ違っても、膨大な練習を繰り返して挑んでいるだけでなく、同じゲームをプレイしているトップレベルの仲間と一緒に調整を行ない、デッキやプレイングを磨いてきたと想像せざるを得ない。こうした根気強さと仲間と一緒に真剣に取り組む姿勢は、多くの日本人が共通して持っている資質といえるだろう。

 世界トップレベルで勝つには、一つのプレイミスも許されない。また、ミスやアンラッキーによって負けてしまっても、それを引きずるようでは上には行けない。怒りなどの感情を露わにしすぎる人は、プロを目指すには向いていない。世界王者になるには、そうしたメンタルの強さや切り替えの速さが必要だということは、今回の高橋選手やkakip選手の戦い振りを見ていて改めて痛感させられた。

 といっても、これらは仮説のひとつでしかない。今回の“事件”が偶然か必然か、こうした考察が的を得ているかどうかは、今後の大会の結果によって自然と証明されていくだろう。

カードゲーム“最強国”として文化のさらなる普及を願う

 日本はもともとカードゲーム強国であり、この年末の“同時多発的世界チャンピオン誕生”によって「最強国」と謳ってもいいくらいの存在感が出てきたように思う。しかし日本人選手が次々と素晴らしい成績を残しているにもかかわらず、カードゲームは子どもが遊ぶものだと決めつけている人は少なくない。

 カードゲーム強国ではあっても、一般層のカードゲームへの理解はまだまだ欧米に比べると進んでいないと感じる。アメリカなどでは、「MTG」が一つの文化としてしっかりと根付いている。

 筆者は、日本も今後、カードゲームプレーヤーがもっと増えて、一つの文化として市民権を得るようになってほしいと考えている。「MTG アリーナ」も「Shadowverse」も「ハースストーン」も全て基本ダウンロード無料で遊べるタイトルだ。関心を持った人は是非プレイしてみてほしい。