【特別企画】

日本全国のゲームセンターを活用したまったく新しい新サービス「フォグゲーミング」とはいったい何なのか。その中身とは?

 6月4日に発売された週刊ファミ通に、「セガがフォグゲーミングを研究中」とのコラムが掲載された。フォグゲーミングはセガがアーケード向けに開発している新サービスということだが、著者はかれこれ20年以上、アーケード界隈で仕事を続けており、そのトレンドは昔も今も常日頃から追い続けている、しかし、このフォグゲーミングの情報はまったくつかんでいなかった。

 “フォグゲーミング”とは聞き慣れない言葉だが、いったいどんなサービスなのか? 簡単に言えば、すでに実用化されて久しいクラウドゲームに似たストリーミングサービスだという。”クラウド”と”フォグ”の違いは、クラウドサービスがネットワーク上に存在するコンピューターやサーバーを介して提供されるサービスなのに対して、フォグの場合はユーザーとクラウドとの間に、クラウドの負荷を減らすためにフォグ(フォグコンピューティング)が入るという点だ。そのフォグの役割を果たすのが、図のように全国各地にあるゲームセンターに設置された、セガ製アーケードゲームに使用されているシステム基板、すなわちPCであり、これをサーバーとして活用しようという構想だ。

 そもそも、なぜセガはフォグゲーミングのシステム、およびサービスの研究を進めているのか。フォグゲーミングの中身に迫るべく、さっそくセガに直接取材を試みたところ、その結果判明したのは、発表するには時期尚早の、開発中どころか、まだ基礎研究レベルのサービスであり、具体的な内容を語れる段階にないということだ。

 今回の取材では、フォグゲーミングに対する基本的な質問に加えて、筆者自身経験のあるオペレーターサイドの質問も多数用意して取材に臨んだが、現時点では満足のいく回答は得られなかったという点は最初にお断りしておきたい。本稿では、セガからなんとか回答が得られた範囲内でフォグゲーミングを解説してみたい。

【フォグゲーミングの仕組み】

ゲームセンターの設備を活用した新しいオンラインサービス

 フォグゲーミングとは、いわゆるクラウドゲームの一種だ。現在さまざまなメーカーがクラウドゲームのサービスを行なっているが、運営するにあたっては2つの課題がある。

 まず1つ目がコスト。クラウドゲーミングのサービスを提供するためには、データセンターと契約するか、クラウドサービスを提供している会社と契約し、その一部を借りる必要があるが、クラウドゲーミングのためだけにデータセンターを常時利用するのは非常に大きなコストがかかり、ビジネスとして成立させるハードルが高い。

 2つ目の課題がネットワーク上の遅延だ。現状の一般的なクラウドサービスは、数十ms(※筆者注:msはミリセカンドのこと。1ミリセカンドは1,000分の1秒)、ゲームで言えば数フレームの遅延が発生するとみられ、これではアクション性の高いゲームをクラウドゲーミング上で提供するのはかなり難しい。事実、とあるネットワークゲームの開発者から、「最初からクラウドを使用することを前提に開発されたゲームであればいいが、既存のゲームを移植して配信するのは難しい」というお話を伺ったことがある。

 現在、GoogleがクラウドゲームサービスStadiaを欧米で展開しているが、自社のGoogle Cloud Platformが使えるという圧倒的なアドバンテージがあり、なおかつAAAタイトルを数多く揃えながらかなり苦戦しているのを見ても、クラウドゲームビジネスが依然としてハードルが高い存在なのは明らかだ。

 昨今は5GやWi-Fi6など、ユーザーに近い部分でネットワークの遅延をできるだけ減らす技術は出てきているが、そもそもクラウドゲーミングで発生する遅延はそのほとんどがインターネット上で起こっており、たとえ5Gで基地局までの通信遅延が小さくなったとしても、結局基地局からデータセンターまでの通信遅延は残ってしまうのだ。

 それらに対する解決策の1つがセガのフォグゲーミングとなる。セガは全国のゲームセンターに多数のアーケードゲーム機を提供しているが、それらのゲーム機の中には最新のGPUが搭載されたシステム基板が使用されている。フォグゲーミングは、店舗の客がそれほど多くない午前中や、営業していない深夜などの空いた時間を使って、アーケードゲームのGPUを活用することにより、先の2つの課題を解決しようというものだ。

 冒頭でも紹介したように、フォグゲーミングはまだ研究段階ではあるが、実現する多恵の技術的な障壁は特になく、世の中にある技術と設備の組み合わせで十分に実現できるものだ。もしフォグゲーミングのサービスが実現すれば、市場のアーケードゲーム機を活用することにより、ユーザーから見て数十キロ以内、レイテンシー(遅延)で言えば数ms以内の場所にあるゲームセンターから、低遅延のサービスを受けることが可能となる。

 ちなみにセガのアーケードゲーム機に関するネットワークインフラは、以前のIPv4によるネットワークからIPv6への移行がすでに始まっており、現在では多くの店舗でIPv6への移行が完了している。その結果、実効速度が約1Gbps、近い将来には10Gbpsに対応できる高品質なネットワーク環境が整備されている。

 IPv6なのでピアツーピアの通信もしやすく、ゲーム機からゲーム機へ最短ルートでの通信ができる環境も整っている。現時点では、まだ基礎研究レベルで、実際の店舗のテストもこれからという段階のようだが、技術面ではそう遠くない時期に、フォグゲーミングを実用化できるインフラが整っていると言えるのである。

フォグゲーミングの新サービス実現するために、セガの最新システム基板を搭載した各種アーケードゲームのリソースが活用されることになる(※写真は「マリオ&ソニック AT 東京2020オリンピック アーケードゲーム」)

システム基板の性能が向上したからこそ可能になったフォグゲーミング

 ところで、セガのアーケード事業の総本山であるセガ・インタラクティブ(現セガ。アーケードゲームの開発・販売を行っていた会社。現在は、家庭用の旧セガゲームスと合併してセガに改称)は、これまで「マルチデバイス×ワンサービス」を戦略として展開していた。

 この戦略は、同じコンテンツを複数のプラットフォームに展開する「マルチプラットフォーム」や、異なるプラットフォーム間をつないで対戦などを行なえるようにする「クロスプラットフォーム」とは異なる考え方で、一つのコンテンツを複数のデバイスで楽しめるようにして、TPOに応じてデバイスごとに異なる楽しみ方ができるというもの。たとえば、麻雀ゲームの「MJ」シリーズは、アーケードでもスマートフォンでもそれぞれのデバイスにおいて最適化されたコンテンツが提供されていることがその一例だ。

 現在セガが水面下で研究に着手しているフォグゲーミングでは、ゲームセンターが言わば母艦となることで、そこに様々なデバイスからアクセスが可能となり、この「マルチデバイス×ワンサービス」を実現するための最適なソリューションとなる可能もある。

 今回の取材でセガの担当者から繰り返し念押しされたが、フォグゲーミングは、まだ技術研究の段階であり、具体的な開始時期やサービス内容などは全く決まっていないということで、ビジネスモデルやサービスの全容など、気になる部分についてはほとんど回答を貰うことができなかった。

 だが、もしフォグゲーミングが実現すれば、ゲーセンまで出掛ける時間がないときでも、手元のスマホやPCでゲームが遊べるようになるだけでなく、今まで体験したことのない新たな遊び、あるいはコンテンツサービスが生まれることも十分期待できるだろう。

 また、従来のクラウド上では遅延が大きく不可能であったVRやARなども、超低遅延のフォグゲーミングであれば実現の可能性が高まるのではないかと予想される。さらには車の自動運転やリアルタイムでの翻訳のような、AIの判断に遅延が許されないような分野においても、これまでは端末側でAIを処理することで対応するしかなかったが、フォグゲーミングの超低遅延を活かすことにより、さらに高度なAIの活用方法などが出てくるかもしれない。今後もフォグゲーミングの続報にはぜひ注目しておきたい。

「スターホース4」のようなメダルゲームや、「UFOキャッチャー」シリーズをはじめとするプライズゲームも、フォグゲーミングによって今までにない、まったく新しい遊び方が生まれるかもしれない

オンライン配信の機能を搭載した、「ALL.Net P-ras MULTI」のシステム基板を使用したビデオゲーム筐体