佐藤カフジのVR GAMING TODAY!
VRゲームピックアップ「Portal Stories: VR」
あの「Portal」がVRに?Steamらしさ溢れるスピンオフ作
2016年6月2日 00:00
ゲーマー向けのVRシステムはまだまだ高価でおいそれと手を出せるものではないが、絶対遊びたいと思えるコンテンツがあればまた話は別。既存のゲームファンが関心をそそられずにいられないものと言えば、既存人気タイトルのVR対応や、続編やスピンオフでのVR展開。今回はそんな作品の1本をご紹介しよう。
5月17日にリリースされたHTC Vive用のVRゲーム「Portal Stories: VR」はその名の通り、「Portal」シリーズのスピンオフ作品。「Portal」は2007年にValveから発売されたFPSパズルアクションゲームで、ゲーマーならマストハブの大傑作。2011年に発売された続編「Potral 2」も含め、極めてユニークなゲームシステムと愛すべき世界観が多くのファンから愛されている。ゲーム史上最高傑作の列にならぶべきシリーズのひとつだ。
とはいえ、個人的には、シリーズのVR展開というのはあまり期待していなかった。というのも、「Portal」はプレイを通じて天地が逆転しまくり、「平らな画面でも大勢が酔う」ほど、空間的な失調を招くゲームシステムだったからだ。VR化はとても無理。そう考えていたところに現われたのが「Portal Stories: VR」だった。さっそくご紹介していこう。
クリエイターたちの作品愛と才気を感じる“非公式スピンオフ作”
既存作品のVR対応例の中でも特に早い時期に実現した本作「Portal Stries: VR」は、とても特殊な例であると同時に、将来性の高さでも一目おける存在だ。
というのも、本作はValveの公式作品ではなく、ファンメイドのMOD作品なのだ。本作で描かれる世界は「Portal 2」をベースにしているものの、これを作ったのはPrism Studiosという、「Portal」シリーズの大ファンでゲーム作りの才能にも溢れた人たちが集まったインディースタジオだ。
彼らは「Portal」を愛するあまり、独自のサイドストーリーを描くMOD「Portal Stories: MEL」を作り出し、2015年8月にSteam上で無料配信した。「Portal Stories: MEL」は「Portal 2」本編と同じくらいのボリュームと、同じくらいに秀逸なシナリオと、それ以上の高難度となる空間パズルからなる超大作。Modの枠を大幅に越えた出来ばえは大勢のファンから非常に高い評価を得ており、「Portal 2.5」として、本編シリーズ作として正式にカウントすべきという声もあるくらいだ。
「Portal Stories: MEL」では、設立されてまもない1952年時点のAperture Science施設を舞台に、独自の物語が展開していく。そこで展開するパズルは、控えめに言っても「作者の頭の中はいったいどうなってるんだ」と叫びたくなるほど工夫に富み、攻略の手応えを感じさせる内容だ。Prism Studiosの面々は間違いなく、「Portal 2」本編のクリエイターと同等かそれ以上に、「Portal」というゲームを理解している。Valveが本作を、ModでありながらSteamのストアフロントで配信するという“特別扱い”をしたのも納得である。
そういった成功をベースに生まれたのが本作「Portal Stories: VR」だ。本作は「Portal 2」のMODという扱いでありながら、ゲームエンジンにUnreal Engineを利用していたり(本編はもちろんValve謹製のSourceエンジン)、ゲームシステムも「Portal」本編とは異なり、VR向けに大胆に改変された内容だ。Valve公式ではできなさそうなことばかり。それをファンベースの製作者が作り、それが本家公認で配信されるのも、Steamというプラットフォームならではである。
じつに「Portal」らしい空間パズル
ゲーム内容についてご紹介しよう。本作では「Portal Stories: MEL」で描かれた世界のどこかにある、Aperture Scienceのバーチャルリアリティ実験施設を舞台にゲームが進行していく。HMDを被ると、そこはまさに「Portal」の世界。無機質でありながらどこか人間くさい、あの「Portal」で見た風景が眼前に広がる。「Portal」のChelや、「Portal Stories: MEL」のMelといった“被験者”たちの孤独。あれを、自分視点で味わえるのだ。
おなじみの機械風音声によるガイダンスも全面的に搭載されており、時に全く役に立たないアドバイスが、プレーヤーをいい具合に不安にさせてくれるのもグッド(そして施設全体が微妙にぶっ壊れているのも、本編でお馴染みのテイストだ)。
さきほど“VR向けに大胆に改変された内容”と書いたが、そのとおり、本作にはポータルデバイスが存在しない。そのかわりプレーヤーに与えられるのは銃型テレポーテーション装置と、トラクタービームを発する物質吸着装置だ。銃型テレポーテーション装置を地表に向けて利用することで即座にその位置にテレポートでき、本編でもおなじみのAperture Science荷重配置キューブ(単なる箱)をトラクタービームで操り、出口ドアのスイッチを入れて、ステージをクリアしていく。
このようなゲームシステム上の改変は、VR酔いを避けるためのものだろう。本作内での“移動”は、任意地点へのテレポーテーションとルームスケールVRでの歩きに限定されており、本編「Portal」とは違って3D酔いに弱い人でも全く気持ち悪くならずにプレイできる。おかげで、移動自体は簡単だ。
序盤のステージでは、ボタンを押したら落ちてくる箱を、出口ドアのスイッチの上に置けばそれだけでクリア。「Portal」をプレイしたことがない人でも10秒で解ける。しかし、ステージが進むにつれて次々と新しいギミックが登場。本編でもおなじみの、物質の通過を阻止する発光粒子フィールド。テレポーテーションを阻止するバリア。どうやって向こう側に行くか、どうやって箱を移動させるか?一筋縄ではいかないパズルを解いていく楽しさは、まさに「Portal」そのものだ。
後のほうのステージになるとさらにギミックは増え、本編でおなじみのタレットも登場。その場に立っていると攻撃を食らってしまうため、身をかがめて安全を確保しながらパズルを解くといったシーンも。偏光キューブを手で持って熱光線の方向を微調整したりと、VRならではの肉体性も各所に散りばめられていて面白い。
これは続編に期待!
本作は全体で10ステージと、ボリューム的にはかなり小粒だ。それでも、すべてのギミックが1度に登場する最終ステージはかなりの手応えで、あっちこっちへテレポートを繰り返し、こうでもないああでもないと試行錯誤する濃密な時間を過ごすことができた。VRでプレイする「Portal」の面白さ、そのポテンシャルを強く実感できる内容だ。
これを作ったのが「Portal Stories: MEL」という「Portal 2」本編にも匹敵する内容とボリュームを備えた作品を手がけたクリエイターたちであるだけに、その先にも大きな期待をしてしまう。「Portal Stories: MEL」では、「Portal 2」に登場する全てのギミックを巧妙に組み合わせた、これ以上ないほど頭をひねるパズルを無数に楽しむことができた。「Portal Stories: VR」にも、それに匹敵する可能性が感じられる。
本作「Portal Stories: VR」はVRゲームのありかたとしてとてもユニークな例だ。VRで解く空間パズルというのは知的な面白さと同時に肉体的な没入感も高く、「Portal」のような素敵な異世界を深く深く楽しませてくれる。かつ、他のアクション系VRゲームとは違って、完全に自分のペースでプレイできるのもいいところだ。
「Portal Stories: VR」の登場によってフラットスクリーン用の「Portal」が無価値になるわけではないが、今後このようなゲームを多くVRでプレイしたい、そう思わせる作品だった。より多くのステージを搭載した続編が登場することを期待したい。