【GDC2012】西川善司の3Dゲームファンのための「CRY ENGINE」講座・Ver.2012
~CRYTEK「CRY ENGINE for iOS」(仮称)を公開~
CRYTEKのリードグラフィックスエンジニアが語るゲームグラフィックスの未来
■ iPadでCRY ENGINEが動作
毎年、GDCでは、驚きに満ちた発表を行なってくれるCRYTEK。
今年の彼らの“表向き”のビッグな発表は、「CRY ENGINE Mobile」と仮称された、モバイル機器向けのCRY ENGINEの予告だ。
予告とはいえ、実際にiPad2上で動作するアクションパズルゲーム「Fibble」が楽しめるようになっており、実際、この春にゲームそのものはリリースされるのだという。現在は「CRY ENGINEベースの技術を使ったiOS対応ゲーム」という位置づけであり、CRY ENGINE3のツール群を使ってゲーム開発をするメカニズムが提供されるのか、ライセンス契約はどうなるのか……と言った部分については、まだ公表できる段階にないという。
Android機器やPS Vitaなど、iOS機器以外への対応の拡大も現在は詳細が言えないとのことだが「とはいえ、対応しない技術的な理由は見つからない」と言うことも同時に述べている。やや歯切れが悪いのは、ハードウェアベンダーとのビジネス的な取り決めの詳細が決定しないためだと思われる。
CRY ENGINEがついにモバイル機器へ!? |
「CRY ENGINE Mobile」(仮)の開発は、ハンガリーにあるCRYTEKブダペストスタジオで専任開発が進められているという。
実機映像の撮影許可がおりたのでその映像を下に示すが、HDRレンダリング、トーンマッピング、モーションブラーなどのエフェクトが見て取れる。この他にも、被写界深度エフェクトや事前計算ベースの簡易大局照明技術であるIrradiance Volume(Valveが「ハーフライフ2」で実用化したことで有名)などの技術も利用可能だという。
「Fibble」のゲームそのものはシンプルで、簡単に言えば、障害物付きのパターゴルフとピンボールを合体させ、そこにストラテジー要素を盛り込んだようなゲームだ。主役のスライムのようなキャラクタを弾いて迷路のゴールへ導けばステージクリアだが、様々な障害があってこれを回避しなければならない。その回避のための手段として、迷路上の岐路に特定機能を持つメカユニットを配置して、その機能を活用して障害を乗り越えていく。アクションゲームながら、少々のストラテジー要素が盛り込まれている。
ハイエンドPCゲームグラフィックスにこだわって注力していた以前のCRYTEKを知る者からすると、近年の彼らのこうしたフットワークの早さには驚かされる。
「CRY ENGINE Mobile」(仮)ベースで動作しているアクションパズルゲーム「Fibble」 |
■ CRYTEKのトップテクノロジスト、Tiago Sousa氏にインタビュー
Tiago Sousa氏(CRYTEK,R&D Principal Graphics Engineer) |
今回、CRYTEKは、見せたいものがあるにはあるのだが、このタイミングでは見せられない……とのことで、E3のタイミングになれば何らかのアナウンスができるかもしれないとのことだった。
今年のE3は、ついに次世代機のアナウンスというか予告があるかもしれないと言われており、その影響は各所に出ている。EPIC GAMESの「Unreal Engine4」も、メディアには公開せず、デベロッパーにだけ公開しているのは、この影響の最たる例だろう。
CRY ENGINEを有する、ヨーロッパきってのテクノロジーリーダーのCRYTEKも、まさにそうした「見せたくても見せられない」という状況にあるのだと思われる。
「何かないのか」とつぶらな瞳を輝かせる筆者に対して、CRYTEKが引き合わせてくれたのは、CRYTEKのトップテクノロジストのTiago Sousa氏だった。
具体的なハードウェアについては話せないが、一般的な雑談には応じてくれる……とのことだったので、インタビューをさせて頂いた。
【Q】ここ最近の、CRYTEKについて教えて欲しい。
Sousa氏:ここ1年は、我々は昨年見せた映画産業向けのCRY ENGINE for Cinema、「CineBox」の開発に注力していた。ブダペストで開発中のCRY ENGINEを応用したモバイル機器向けの技術の開発も好調だ。
ゲーム関連では、我々の最初のソーシャルネットワークタイプの1人称シューティング「WarFace」をアナウンスしたばかりだ。「Ryse」のことはあまり話せない(笑)。
今年もCRYTEKは好調に成長している。
CRY ENGINE3 for CINEMAがついに正式リリース | 「WarFace」 |
【Q】DirectX 11.1では、UAVが64スロットに増えて、しかも、全てのシェーダーステージで利用可能になった(参考記事:西川善司の3Dゲームファンのための「DirectX 11.1」講座)。これについてどう思うか。
Sousa氏:OpenGLでは、似たような事がずいぶん前からできたが、とにかくいいことだと思う。色々と面白いことができそうだ。トライアングルの生成をネスティングさせたり……。
【Q】レイトレーシングやレイキャスティング応用できないだろうか。そういえば、PowerVRのImagination Technologiesはこの分野に力を入れ始めている。リアルタイムレイトレーシングの可能性についてもどう考えているか教えて欲しい。
Sousa氏:ゲーム用グラフィックスというとパフォーマンス的に直近で実用化がなされるとは考えにくい。長期的には実現されるとは思う。現行のラスタライズ的アプローチのレンダリングでもまだまだできることは多いし、やるべきことも多いから。
【Q】それでは直近の3Dゲームグラフィックスはどうなっていくと思うか。何をどうしていくべきだろうか。
Sousa氏:クオリティの向上が求められるだろう。最も基本的な問題で早急に解決すべきなのは、エイリアシングだ。様々なアンチエイリアスの手法が考案されているが、今後もこの分野は研究が重ねられていくだろう。それと、ポッピングの問題。1つずつ解決していくしかないと思っている。
そして映画向けのCG映像表現に近づいていくことが求められるし期待されている。だけど、映画クオリティのCGには、追いつきそうになると、また引き離されてしまう(笑)。
今我々が苦労しているのは、沢山のプラットフォームをターゲットに据えてしまったことだ。「CRYSIS1」の頃は最新のPCグラフィックステクノロジーを使用して技術開発をすればよかったが、いまは家庭用ゲーム機(コンソール機)まで対応してしまったので、全てのプラットフォームで最良のビジュアルを提供することを考えなければならなくなった。これが悩みのタネかな(笑)。
【Q】CRYTEKといえば数々の画面座標系のポストエフェクトを生みだし業界に大きな影響を与えたスタジオだ。SSAO(Screen Space Ambient Occlusion)を知らないものは業界にはいないほど(笑)。この先には何があるか?
Sousa氏:GDCでも、我々が生み出したこうした技術の改善にむけてみんなが独自に取り組んでくれているのは嬉しいし楽しくなる。
画面座標系(Screen Space:SS)技術にはまだまだ色んなポテンシャルがあると考えている。それと同時に、この技術は大きな近似をともなった技術であるため、今のままのものがそう長くは使えないだろうとも思っている。いくつかのSS系技術は数年後は全く使われなくなるということだってあるかもしれない。
【Q】昨年と言えば、NVIDIAが発明した新しいアンチエイリアス技術のFXAAが大流行した。この技術についても、各方面で改良型が生まれているようだが。
Sousa氏:アンチエイリアス処理に関しては、我々も力を入れて取り組んでいるテーマだ。
そして、FXAAやMLAAは非常に興味深いテクノロジーだが、幾つかの問題を孕んでいた。
これに関して我々は、SMAA(Subpixels Morphological Antialiasing)という技術をSubpixesl Morphological Antialiasing)という技術を開発して「CRY ENGINE3」に搭載したばかりだ。これはMLAAをベースにした技術で、MLAAにサブピクセルレベルのエッジ情報を組み入れてアンチエイリアス処理を行なうものだ。これに時間相関再射影(Temporal Reprojection)の考え方を導入して、ピクセル単位の動きによるボケも加味してやる。Temporal的なアプローチや、FXAA/MXAA的なイメージベースドのアプローチを、古典的なMSAAの考え方に融合させる手法は今後、実用化が進むことだろう。
【SMAAと他手法のアンチエイリアスとの比較映像】 |
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SMAAと他手法のアンチエイリアスとの比較画面ショット |
【Q】テッセレーションステージの本格活用がやっと始まった。CRY ENGINE3にもやっと搭載されたわけだが、この機能についてはどう考えているか?
Sousa氏:新しい技術なので、まだ、積まれた問題点は多い。現状でははためく旗を滑らかに見せるために使ったり、キャラクタのエッジを丸く見せたりとか、その程度の採用が主流だ。ベースが平坦な道にテッセレーションを適用してディスプレースメントマッピングを適用して凹凸を作り出したとしても、その凹凸の上を的確にキャラクターを歩かせられるかというと難しい。
【Q】物理シミュレーションとグラフィックスレンダリングの両エンジンを統合しまうことができたら、テッセレーション後のメッシュに対してもちゃんとインタラクションできそうだが(笑)。
Sousa氏:現状では、テッセレーション後の形状につじつまが合うような衝突判定用メッシュを用いるなどして対応することになるだろう。
技術的な問題とは別の話題だが、アーティスト達が、自身が一生懸命デザインした3Dモデルが、勝手にランタイムで形状を変更させられてしまうことを嫌うという問題もある(笑)。
「CRYSIS2」における水面。テッセレーションなしとありの比較。ありの方では波がジオメトリレベルで起伏する。「CRYSIS2」時代では、テッセレーションは、背景への適用に留まった |
CRYTEKは最も早くからスキンシェーディングに対して真剣に取り組んだスタジオだ。映像は「CRY ENGINE3」の技術デモショットから |
【Q】キャラクタレンダリングに関してCRYTEKはとても先進的だ。肌の表現などにも非常に凝っている。
Sousa氏:ゲームの場合は画面に表示されるキャラクタが小さい場合が多いので、どの方法が1番優れているというのはない。クローズアップになればなったで、顔面や身体の各部位ごとにスキンシェーディングを変えていく必要もあるスキンシェーディングを変えてい苦必要もある。まだ顔面アニメーションや表情表現にはできることは山積みだし、髪の毛の表現もまだまだ進化の余地があると思う。
【Q】大局照明について伺いたい。CRYTEKとといえば「Light Propagation Volume」というは非常に強力な手法を編み出したことでも有名だ。およそリアルタイムでつかえ、ダイナミックシーンにも適用できる数少ない手法だ。これが今世代の最適解といえるか? また、「Image Space Photon Mapping」とかはどうか?
Sousa氏:「Light Propagation Volume」が最適な解とは思っていない(笑)。ただ、「Light Propagation Volume」はかなり使えると感じている。
Photon Mappingは直近ではゲームへの実用化はまだ難しいと思う。
Light Propagation Volumeオフ | |
Light Propagation Volumeオン。間接光による照明効果が表われる |
【Q】次世代コンソール機(家庭用ゲーム機)についての要望を聞かせて欲しい(笑)。
Sousa氏:まずメモリがいっぱい欲しい(笑)。コンテンツがどうしてもメモリ容量に制限されてしまうことが多いから。
そして、GPUはとんでもなく性能を高くして欲しい(笑)。コンソール機は10年近いライフサイクルになるはず。逆に言えば、コンソール機は10年近くそのスペックの表現力に留まることになるのだ。PC側のGPUは性能強化のペースが衰えていない。数年後には映画「アバター」クラスにはなるはずだ。なので次世代コンソール機のGPUスペックは非常に重要な決定になる。
【Q】最近プレイしたゲームは? 日本のゲームで好きなものはあるか?
Sousa氏:ゲームは大好きでAmazonでつい買いすぎてしまい、積んであるゲームの箱を見た奥さんによく怒られているよ(笑)。
昨年プレイしたゲームで気に入ったのは、「BATTLEFIELD3」「UNCHARTED3」「CALL OF DUTY MODERN WARFARE3」「BATMAN: ARKHAM CITY」など。特に「UNCHARTED3」は最高だった。
日本のゲームで好きなのは「バイオハザード(Resident Evil)」シリーズで「4」、「5」が特に好きだ。「5」はカメラワーク、モンスターデザインが素晴らしかった。
君のGAME Watchの記事は日本語で書かれているけど、時々機械翻訳を通して読んでいるよ(笑)。「バイオハザード5」と「ロストプラネット2」の記事とかが面白かったな。
【Q】こちらこそお話しできて光栄だった。SIGGRAPHやGDCでまた再会しよう。本日はありがとう。
Sousa氏:ありがとう。
(2012年 3月 12日)
[Reported by トライゼット西川善司]