インタビュー
1990年代「バーチャファイター」ムーブメントを描く!
上田氏ご本人は格闘ゲームをあまりやらない!?「元々はゲーム開発志望」
(2015/3/16 13:20)
上田氏ご本人は格闘ゲームをあまりやらない!? ~元々はゲーム開発志望~
――基本的な質問になりますが、元々こういったゲームはされるんでしょうか?
上田氏:実は「バーチャファイター」は、ほぼほぼしてないんです。ゲームセンターでやるのは怖いから家庭用でやるとか、それくらいの感じ。ボクは京都生まれなので、やっぱり任天堂さんのコンシューマゲームが凄く好きで、特にファミコン、ディスクシステム、スーパーファミコンとか、あのへんに多大な影響を受けています。あと、中学、高校の頃はMSXでゲームを作っていました。どちらかというと家でやるっていう人でしたね。
――思い出の1本はありますか?
上田氏:「バーチャファイター」は、原作を読んで入ったという感じなんです。池袋サラさん、新宿ジャッキーさん達の名前は語られる都市伝説としては知っていたんですけど、ゲーム自体は触れてきていなかったんですよね。なんだろう……ボク1番やるのは「テトリス」ですかね?
――「やるのは」ということは現在進行形でもあるということですか?
上田氏:そうそう(笑)。「テトリス」は本当にカンストまでやります。ファミコンの「テトリスII」というのがあるんですけど、それはかなり……だと思います。レベル99でスコアも9並びに必ずいける、というくらいにはやりこんでます。「テトリス」も、いつか舞台でやりたいですけどね。
――上田さんがそこまで熱心なゲームユーザーということは、知らない人も多いかもしれません。
上田氏:どちらかといえば(演劇ではなかったら)作るほうに回っていたかもしれませんね。
――先ほどもお話がありましたが、元々ゲーム開発者志望だったのですか?
上田氏:大学も知識工学科。理系なので、高校の頃はプログラムも自分でやっていて、将来的には「ゲームデザイナーとかそっち方面になりたいなぁ」とか「任天堂に入りたいなぁ」くらいに思っていたんです。たまたま演劇に出会ってそっちに進んでしまったんですけど……でも気持ちとしては、かなりゲーム寄りの演劇を作っていると思います。
――培ってきたもの、人生がきちんと反映されているということでしょうか?
上田氏:とは思いますね。
――ゲームに出会っていたからこそ、こういう舞台もできるということですね。
上田氏:そうですね。舞台美術のレイアウトも、かなりゲームのデザインから影響を受けていたりしますし。
――そうしたゲームに関する蓄積を、必ずしも周囲の人たちが持ち合わせていないこともありえます。そうした人たちには、どのように伝えているのでしょう?
上田氏:でも、やっぱり世代もあります。ヨーロッパ企画の人たちは意外と工学部出身が多いのもありますけど、ひと通りゲームは通ってきてますね。
――演劇の道に進まれる方は明確にわかれるというか、まったくやらない人も多いイメージがありしたから、ちょっと意外です。
上田氏:演劇人ってスポーティな側面もありますけど、結構文化会系ですし、なにより演劇や役者をやろうなんていう人は……マジメじゃないというとアレなんですけど、どちらかというとこう“人生の正しい道からはある時期に憧れをもって外れた”というような人が多い。ゲームをやるっていうのも同じような感覚がちょっとあって、基本的に生産性のあるものではない。大手を振ってじゃないけど、それを何の疑いもなくスッとやれる人って、やっぱり役者をやろうっていう人と気質が似ているかもしれないですね。だから、役者さんでゲームをやる人って多いですよ。
――ということは、今回の舞台では説明もすんなりいきましたか?
上田氏:すんなりでした。今回でいうと、鉄人役の4人の方は皆ゲームセンターで「バーチャファイター」もしくは格闘ゲームをやっていたりとか、そういう下地があった。たまたまですけどね。
――オーディションのときにそういう条件を設けていたわけではなかったんですね。
上田氏:聞いてみたら、そうだったという感じです。
――予備知識がなければ「舞台でやるといっても(ゲームプレイは)そこまでじゃないだろう」とタカをくくってくるかもしれませんが、技術指導もあって、目の当たりにされたら相当驚かれる気がします。
上田氏:そうですね。結構、本格的にやっていますから。
――技術指導の必要性は最初から感じられていたんでしょうか?
上田氏:途中からですね。ギチさんにお願いしました。本当に上手くなろうとすると、何年という世界だと思うので、その領域までは難しいんですけど。エッセンスだけでも、というふうには思っています。
――ここまで準備を進められて、難しいと感じておられる部分などはありますか?
上田氏:ゲーム基板、筐体を舞台上にもっていって、それをお客さんが観られる形にセッティングすることが……もちろん今はできる体制で動いているんですけど、なにしろ古い基板というのを伺っていて、そこがうまく舞台上で滞りなく動作するかは、心配ではありますけどね。
――それ以外は順調ですか?
上田氏:至って順調です。
――大塚さんの書き下ろし完全新作も順調ですか?(インタビューは3月10日収録)。
上田氏:そう……だと思います。ボクまだ拝見していないので、そこはわからないです(笑)。
――原作と書き下ろし新作をまるまるパンフレットにつけるというアイデアはどなたが出されたんでしょうか?
上田氏:ギチさんご本人よりご提案いただきました。
――お得というか大胆というか、ビックリしました。
上田氏:希少本になっていますからね。この機会に入手して欲しいですね。演劇を観にきたけど、もしかしたらゲームに興味がないお客さんも正直いらっしゃると思うんです。でも役者さんが皆「ゲームをやろう!」って賛成してくれたし、これはお客さんにも見せるべきだろうと思って、だから舞台上でもかなりゲームの話もしますし、パンフレットにも原作を載せちゃおう! という判断。あまりゲームに興味がないかもしれない人を、こちらの世界にグイッ! っと引き寄せる感じですね。
――ゲーム関連の企画は色々見てきましたが、舞台でここまでゲーム寄りのものはちょっと記憶にありません。今もお話がでましたが、不安はありませんでしたか?
上田氏:ギチさんの原作もそうなんですけど、ゲームに端を発していますが……それこそ「ゼビウス」とか、カルチャーとか、ファッション的なことというか、そういうことに接続するようなゲームが何年かに1回出てくるなぁと思っていて。「バーチャファイター」もそういうことだと思っていて。僕も「バーチャファイター」を知らずに入りましたので。
それでいうと、そこはあまり危惧していないです。ゲームがわからなくても、ゲームセンターを取り巻くトライブみたいなものがあったんだっていうのが面白いと思ったので、そこはそんなに、という感じです。
――舞台化に際して、原作をもう1度読まれたと思います。2000年当時と今で、印象の変化などはありましたか?
上田氏:ギチさんご本人とお話して、テキストの意味がわかるというか、それはあるかもしれないですね。こういう若い時期にこういう想いでこう書いたとか、誰に憧れていたとか、史観とか、ギチさんの手つきが反映されているものだと思うんです。ギチさんにお話をきいて読んだら「あぁ、なるほど。ここにはギチさんのこういう手つきが入っているな」というふうに、後で読みが深くなったというのはありますね。
――大塚さんと直接お話して、なにか新しい発見はありましたか?
上田氏:当たり前ですけど、「新宿」史観として書かれている物語。でもギチさんにお話をうかがうと、町田史観とか、関西史観とか色々あるなぁと思っていて。絶対的なテキストではなくて、大塚ギチさんという観察者によって書かれた相対的テキストであり、けれどこれを憎んでいる人もいて、そういうものだなぁと思いました。
ですから、舞台上の配役にも「オーツカ」という記述者の役を配置して、その人が記事を書いているときに「ちょっと待った!」と町田勢から因縁がつくとか、そういうような展開を入れています。本のなかで完全に話を作るというよりは“本の外に出て話を作る”ようにはしましたね。
――もっと詳しくお話をうかがいたかったのですが、お時間がきてしまいました。それでは公演を楽しみにしている方々や興味がある方にメッセージをお願いします。
上田氏:ゲームって家などでプレイするものなんですけど、これを演劇の道具として読み替えたのが今作です。映像って舞台において良くも悪くも“力をもってしまう”ものなんですよ。照明や音響は役者に寄り添えるんですけど、映像って独立して成り立ってしまうものなので、変な話、役者の邪魔をしてしまうような映像の出し方もある。
だから舞台で映像を使うときって劇の邪魔にならないよう気を遣うんですけど、ゲームって“触れる映像”なんですね。だから、役者が触ってプレイしたら、それがそのまま映像に伝わる。“操作できる映像”って、僕は凄く面白いなと思ったんですね。
ゲームという媒体を使って映像との新しい関わり方を、模索したつもりです。舞台映像の新しい捉え方として「操作できる映像なんです!」ということをやってみました。なので舞台を見慣れた方にも見ていただきたいですし、ゲームが演劇ではこういう使われ方をする、ゲームセンターなどゲームをやる場ではない空間で“ゲームがこう活きるんです”という提示にもなっていると思うので、ゲームをされる方にもぜひ見ていただきたいと思います。
――本日はお忙しいところをありがとうございました。本公演にも期待しております!
(C)GICHI OHTSUKA/DXL CREATION