プレミアムエージェンシー山路和紀氏インタビュー
世界に向けたゲームを作り出すためアプローチとは

6月29日開催(現地時間)

会場:台湾経済部

 

 台湾経済部の外郭団体で、財団法人資訊工業策進会(資策会)と、Sony Computer Entertainment Taiwan(SCET)は台北市南港区にある台湾経済部の大禮堂にて「新世代デジタルコンテンツ台日合作記者会」を開催した。この発表会では、今年の9月から台湾の大同大学にて190人の生徒を対象にした「ゲームクリエイター育成プロジェクト」を本格的にスタートする事が発表された。

 「ゲームクリエイター育成プロジェクト」のカリキュラムでは、現場経験を持つ日本のゲームクリエーターがそのテクニックを生徒に向かって教える授業も行なわれる。この教育プログラムの提供と共に、日本人講師の派遣を担当するのが、プレミアムエージェンシーという会社である。

 今回、発表会に出席するために台湾を訪れたプレミアムエージェンシー代表取締役社長の山路和紀氏に話を聞くことができた。台湾のクリエーターはこのカリキュラムでどんなことを学ぶのだろうか。また、プレミアムエージェンシーが台湾のゲーム開発者に提示するゲーム開発のための目標はどのようなものだろうか。



■ 週に1回日本から講師を派遣、リアルタイム3DCGのゲームへの活用法を中心に、ゲーム開発のノウハウを伝授

プレミアムエージェンシー代表取締役社長の山路和紀氏
会場後ろには、ゲーム開発ツール「千鳥エンジン」と、プレミアムエージェンシーが開発したPS3「四季庭」など2つのソフトも出展されていた

 プレミアムエージェンシーは3DCGを中心に、ゲームやアニメーション映像、モバイルなど様々なコンテンツを作っている。プレーヤーが望んだ庭を造り出すことができる「四季庭」といったゲームを開発、「真・三國無双MULTI RAID」のCGムービーや「SIREN:New Translation」のモーションキャプチャーなどを行なっている。「劇場版 さらば仮面ライダー電王」や、「ALWAYS 三丁目の夕日」といった映画でもCGムービーを担当している。

 教育方面では岩手大学や東京工科大学と提携し特別カリキュラムを提供、講師の派遣なども行ない、教材の提供も行なっている。注目したいところは、プレミアムエージェンシーは台湾だけでなく、その他の地域にも手広く教育プログラムを実施している点だ。昨年より、香港やシンガポールでも教育プログラムを展開している。香港はSCEH(HongKong)、シンガポールはSCEA(Asia)と地元の大学や企業と提携し、プログラムを展開していった。特に香港は昨年5月より2009年1月まで毎週講師を派遣し授業を行なうという形でプログラムを実施し、ゲーム開発者の育成を行なっている。

 台湾では、2009年9月から教育プログラムが開始される。細かいスケジュールは未定だが、週に1回講師を派遣し授業を行なった香港でのプログラムと同様のものになるという。台湾では、スタート時に190人の生徒を対象にする予定で、教育プログラムの期間は8カ月だ。もちろん香港も継続してカリキュラムを実行していく。

 ちなみにシンガポールは、2009年の4月~6月の期間に現地の講師を日本に招き、集中して教育プログラムを習得させ、彼らがシンガポールで授業を行なう形になる。こちらも2009年9月よりスタート予定だ。

 山路氏によれば、今回の台湾のプログラムがこれまでの教育プログラムの中では、最も大きいものになるという。「トレーニングだけでなく具体的な開発サポートまでを目指して台湾政府とSCETが行なっていくので、具体的に台湾のクリエーター達がゲームを作っていく環境を整えたい」と山路氏は語る。自分たちが制作したゲームを世の中に発表できる場所を提供したい、というのが教育と共に、プレミアムエージェンシーが志向していく方向性だという。

 台湾への講師の派遣では、香港同様英語と中国語の2人の通訳による同時通訳形式で授業を行なっていく予定だ。コンピューターの知識やプログラミングの基礎など1から教育するのではなく、実際にゲームを作り製品にするための具体的な方法に特化した教育を行なっていく予定だ。後半にはチームによって実際にゲームを作る形式のものも行なっていく。

 台湾では台北と高雄の“北と南”でカリキュラムを展開していく。大同大学と細かく打ち合わせをして講師のスケジュールを組んでいくが、派遣する講師だけでなく、台湾での講師達との協力も不可欠だ。大同大学のスタッフにも実際のノウハウを伝授し、カリキュラムの密度を上げていく予定だ。

 今回、会場で出展されていたのが「千鳥エンジン」という名称の開発ツールである。今回はデモンストレーションとして、焦点を合わすと背景がぼやける効果や、急に明るい場所に出ると一瞬目の前が真っ白になる人間の目の機能をシミュレートした効果をアピールしていた。千鳥エンジンは多彩なゲームジャンルの開発ツールとしての機能を持っているが特に3DCGに関する機能が強い。

 これはプレミアムエージェンシーのコンテンツ開発の中心に「3DCG」があり、「3DCGによる感動を、世界中全ての人に」という理念を持ち、事業を展開しているからだ。「私達の考え方はLucasArtsに近いと思っています。3DCGが中心にあって、そのコンテンツを活かすための技術を活用していくための模索をしながら開発を行なっています」と山路氏は語る。

 教育プログラムはプレミアムエージェンシーの理念を活かした形でカリキュラムが組まれている。リアルタイムで3DCGを活用するための技術と、開発者が思いついたアイデアを実際のゲームに活かす「プログラミング」が大きな柱となる。プレミアムエージェンシーが提供するカリキュラムはゲーム開発を学ぶ専門学校的なプログラムとは違い、実際のゲーム制作のためのアイデアを作る考え方、そしてそれを具体的にゲームとして完成を目指していくための方法を模索していく、製品のためのゲーム開発を目指していく。

 もう1つ、このカリキュラムの大きな特徴は、「PS3のゲームソフトのためのカリキュラム」という点だ。授業に使われる機材はSCETが提供し、基本的に授業内容は「PS3でのゲーム開発」をテーマにして行なわれる。ゲーム開発のテクニックや、3DCGでの表現の模索、リアルタイムでの描画などゲーム開発の根幹となる技術と共に、PS3の特性、PS3ならではの機能を使ったテクニックを学んでいく。

 2008年、香港で教育プログラムを展開した上で、山路氏は受講者達の熱意に改めて驚かされたという。特に後半2カ月のグループ形式での実際のゲーム開発では、商品化を視野に入れた、動くゲーム作品が実際にできてくる。シンガポール、香港、台湾といった地域は実際にゲームを開発できるだけのアイデアの出し方、プログラムの応用を含めた知識など、実際のゲーム制作者になるためのポテンシャルを持っている。これらの地域は、「実際に製品が作れるだけの力がある開発者」がいるからこそ、実践的なカリキュラムが効果を発揮する。その他の地域ではまだそこまで受講者のポテンシャルがあがっていないのではないかというのが山路氏の分析だ。

 香港では受講者達のポテンシャルを確認できた一方で、「作ったゲームをどこで売るのか」という問題に直面した。この点の考察がまだ足りなかったというのが反省点だ。このため、2009年のカリキュラムの目的は、販売方法の模索まで視野に入れていく。「香港でのカリキュラムでは、香港での伝統的な遊びをモチーフとしたユニークなゲームが生まれました。しかしこのゲームに郷愁や共感を感じるターゲットとなるユーザーは台湾、香港にしかない。中国ではPS3はまだ流通していない。ローカルなアイデアのゲームをいかにグローバルスタンダードにするか、もしくは中国で展開するかも考えていかなくてはと感じました」。

 しかしそれと共に、地域のユーザーの賛同を得るためのローカルコンテンツにも魅力は大きいという見方もあるという。この問題点を解決する鍵がPSN(プレイステーションネットワーク)だと山路氏は指摘する。「ダウンロードで手軽に遊べるゲームは、若く新しいクリエーターによる作品の発表の場としてぴったりの形だと思っています。我々としてはこういった流れも支援していきたい。日本のゲームファンも、アジアの作ったゲームをインディーズ的に楽しめる環境ができたら楽しいのではないかと思います」と山路氏は語った。

 プレミアムエージェンシーはカリキュラム提供に関して、今後アジア地域でのより一層の展開も考えている。オファーを受けている地域も多い。しかし山路氏の最大の目標は「日本国内のゲーム制作のための教育を変える」ということだ。専門学校型、大学教授の主導といった現在の形や、アーティスティックよりな教育方法が現在日本のゲーム開発の教育姿勢だが、「ソフトウェアエンジニア」に向けたうまい教育方法は、まだまだアプローチできるのではないかと山路氏は考えている。将来的には、国内のゲーム開発者達は、アジアにのみ込まれてしまうかもしれない。これを回避し、より実践的なゲーム開発者を育成するためのプレミアムエージェンシーによるゲーム開発者向けの教育施設を、という目標を持っているという。

 現在、アジア地域でのプレミアムエージェンシーの教育プログラムはPS3に限定されている。このカリキュラムはゲーム開発のノウハウを学ぶという教育理念を限定する結果にもなりかねないという印象も受ける。この問題に対して質問したところ、山路氏は「プレミアムエージェンシーはその他のハードも開発していますし、受講者はPS3に特化した機能も学んでいますが、ゲーム開発のノウハウそのものは他機種のゲームを開発する上でも大切なものです。学んだことはその他のハードにも応用できるノウハウだと思います」と答えた。

 「今後もゲーム開発者へのカリキュラムを取り組んでいきたいと思っています。アジアのゲーム開発の取り組みは本当にがんばっていて、このままでは日本のゲーム開発の環境も飲み込まれてしまうかもしれません。私たちも含め、日本のデベロッパーもがんばっていかなくてはいけないと思ってます」と山路氏は語った。


ゲーム開発ツール「千鳥エンジン」のデモ。上段はプレミアムエージェンシーの関わった3DCGムービーだ。下段では視覚効果の紹介。もちろんこの他にも様々な機能を持っている
好きな形の庭を造ることができる「四季庭」。天候や季節などもカスタマイズ可能だ

(2009年 7月 1日)

[Reported by 勝田哲也 ]