「Firewatch」日本語字幕版レビュー

Firewatch

山の中の生活に逃げ込んだ男に迫る不安
ストーリーテリングの方法を考えさせられるアドベンチャー

ジャンル:
  • アクション
発売元:
  • パニック・ジャパン
開発元:
  • Campo Santo
プラットフォーム:
  • PS4
価格:
1,980円(税込)
発売日:
2018年2月7日

 「Firewatch」日本語字幕版が発売された。筆者はGDC2017を取材してから本作の“日本語化”を待ち望んでいたのだ。GDC2017で本作はBest Narrativeを受賞しているのだが、他の賞にもノミネートされており、強く印象に残った。

 本作の主人公は山火事を防ぐための森林火災監視員の募集に応じた男・ヘンリー。ゲームでは彼と上司である女性・デリラとの会話が中心となる。実際プレイしてみるとかなり情報量の多い早口の会話と、時間制限のある受け答えで英語の理解力がかなり求められる。日本語字幕のありがたさを痛感する作品と言える。

 本作はヘンリーの数カ月間の監視員の生活を描くアドベンチャーゲームである。自然に囲まれた孤独を痛感するこの生活は、徐々に不気味な“影”に覆われていく。ヘンリーは誰も助けのない山の中でふくらんでくる不安と戦う事になる。作品の雰囲気と、ストーリーテリングの巧みさが楽しい作品である。

【「Firewatch」 June 2015 Trailer [日本語字幕版]】

森林監視員の仕事に応募した男。彼は山の中に何を見たのか?

 「Firewatch」はテキストでのプロローグから始まる。ロッキー山脈のあるコロラド州ボルダーでヘンリーと彼の妻ジュリアは出会った。ボルダーには大学がある。ジュリアはこの大学の教授だった。

 様々なことがありながらも結婚し幸福な時を過ごしていた2人だったが、ジュリアが若年性アルツハイマーを発症してしまう。物事を覚えていられなくなるジュリア。その病状は悪化していく。その重い現実に耐えられなくなるヘンリー。ついに2人の生活は破綻してしまう。……そしてヘンリーは森林監視員の仕事に応募したのだ。そのつらい現実から逃げるために。

 2日間山の中を進んでヘンリーは監視所にたどり着く。それと同時に机の上の無線機が鳴る。無線機から語りかけてきた女性はデリラと名乗る。彼女は勤続10年以上のベテランであり、監視員をバックアップする“上司”だ。彼女はいきなりなれなれしい調子で話しかけてくる。「この仕事に応募してくる人は、大概何かから逃げたい人なの。あなたは何をやらかしたの?」。……これが彼女との出会いだった。

テキストで語られるプロローグ。幸せな生活は妻の病気により……
地図を片手に山の中を進む。最初はコンパスがなければどこに進んでいるかすらわからなくなる

 「Firewatch」は森林監視員となったヘンリーの生活を描くアドベンチャーだ。ゲームではデリラの指示の元、山の中を歩いて行く。次の日の朝、ヘンリーとデリラは“花火”が上がっているのを目にする。森の中での無許可での花火はもちろん違法行為だ。注意して止めさせなくてはならない。ヘンリーはデリラの指示の元、花火の場所へ向かう。

 山の中の移動はマップが頼りだ。本作での地図は山道さえ書かれておらず、道も獣道のような細いものだ。プレーヤーは十字キーの上を押してヘンリーに地図を広げさせ、L1ボタンで地図を拡大する。方角はコンパスで見る。山の中の道は木々で視界を遮られ、自分がどこをどう進んでいるかもわからなくなる。本作の序盤はこの移動だけでも一苦労だ。

 山道には「収納箱」が点在している。これを開け、中の物資を補給していくのもゲームでのポイントの1つだ。収納箱の蓋には前任の監視員やレンジャーなどが得た情報が地図に書き加えられており、これを書き写すことで地図をアップデートできる。ロープを手に入れて急斜面を通れるようにしたり、目的地に向かいながら道を作っていく。

 何かあればその都度デリラに報告できる。L2トリガーを引くことで通信機を構え、選択肢を選ぶことで報告や会話を行なう。デリラはかなりのおしゃべり好きだ。こちらの報告に合わせて様々なことを言ってくる。

収納箱の地図を書き写すことで情報がアップデートされる
デリラとの通信は制限時間内に選択肢を選んで会話する。選択肢によってはデリラへの不信をあらわにすることも

 この会話こそが本作の面白さなのだが、デリラの言葉に耳を傾け、親身に会話を進めるだけでなく、わざと拒絶することもできる。妻との生活の苦しみを打ち明けることもできれば、徹底的に拒絶することも可能だ。会話には制限時間があり、全くしゃべらないという選択もできる。デリラ自身は話すことができる人を得たことがうれしく、日々を重ねながら様々なことを語ってくる。誰もいない山の中、何かあれば頼ることができるのはデリラだけだ。彼女とどういう関係を築くかは、このゲームの大きな要素となっている。

 山の中の花火は2人の女の子だった。彼女たちは大量の酒を持ち込んで、裸で湖を泳いでいる。注意したヘンリーに対しても悪態のつき放題。ヘンリーは花火を没収し、拠点である監視塔へ戻る。これで1日が終了となる。時間は1日ごとではなく、数日がいきなりすぎることもある。ヘンリーは3カ月近くをこの山の中で過ごすこととなる。……しかし、その生活は決して平穏なものではなかったのである。

山の中で花火を打ち上げている人がいる! これは違法行為だ
花火を上げていたのは若い女の子。酒を飲んでたき火をして、注意したこちらに悪態のつき放題だ

増していく不安、助けのない山の中で何が起こるのか?

 ヘンリーの監視員の生活は最初からトラブルに見舞われる。女の子を注意して帰路につく中、ヘンリーは離れたところからこちらにライトを向ける人影を見る。そして監視小屋に帰ると、窓ガラスが割られ部屋が荒らされているのを発見するのだ。さっきの男が犯人だろうか? あの女の子達が腹いせにこんなことをしたのか? わからないままデリラに連絡をする。警察がこれる環境でもない。プレーヤーには改めて「ここには誰もいないのだ」ということがわかる。

 そして次の日、監視所に繋がる電話線が切られているのがわかる。切られた電話線の近くにはビールの缶。昨日の女の子達が飲んでいたものだ。そしてヘンリーは細く伸びる煙を発見する。まさかあの子達が? デリラの指示の元煙が上がっている場所へ向かうヘンリー。しかしそこには放置されたテントと、置き手紙があるだけだった。

怪しい人影。この人物は何者なのか?
切断された電話線。いたずらではすまされない行為だ

 手紙の主は女の子達だった。彼女たちはこれで行方をくらませること、そしてその理由をヘンリーになすりつけるような文面だった。しかし見ようによっては本当にテントが襲われたようにも見えるし、彼女たちの姿は見当たらない。デリラと相談の上、彼女たちのことは放っておくことにした。……しかし、彼女たちは後日本当に行方不明になってしまう。

 ヘンリーは山の中の生活に慣れてきてデリラとも打ち解けてくる。しかし、ある事件がヘンリーの生活に決定的な恐怖をもたらすのだ。そうなるとこれまでの事柄が全て怪しく思えてくる。1日目の人影、いなくなった女の子、ある場所で行く手を阻むように張られているフェンス、「収納箱」に張られている謎めいた会話、デリラが語るいなくなってしまった監視員の話……山の中という絶対的な孤独の中、どのように事件が進展するのか、物語は進んでいく……。

収納箱の手紙。細かい意味がわからないのがもどかしい
道をふさぐフェンス。デリラもこれがなんだかわからないという

 デリラとの受け答えでゲームの雰囲気も変わってくる。筆者は最初のプレイでは早めに妻のことを話し、その上でデリラの身の上話を聞いていたのだが、考えてみれば不自然かもしれない。「ゲーム」としてはありかもしれないが、実際傷ついた男として、全てから逃げだすために山の中へ向かった男のロールプレイとしては違うかもしれないと、後になって思った。

 そこで筆者は2度目のプレイで、詮索しようとするデリラを決定的に拒絶してみたところ、雰囲気はかなり変わったものになった。こちらを詮索ばかりするデリラは、信用できない。何か大きな秘密を握っているのではないか? 主人公のとげのある言葉に反応するデリラは、それでも自分の秘密を語り始める。展開していくストーリーの大枠は変わらないが、この変化は面白かった。あえて無線に出ない、というプレイもありな感じである。たった2人の会話だが、アプローチで様々なドラマが生まれる設計なのだ。

夕日を眺めていたヘンリーにデリラから連絡が入る。女の子は行方不明になったという

 そして物語はある方向へと進んでいく。本作は多彩な展開を見せるタイプの作品ではなく、ある結末に向かって進んでいくタイプのゲームだ。しかしその過程が良い。様々なヒントがあるからこそ、プレーヤーは色々なストーリーを考える。この不安が広がる感じこそ本作の面白さだ。だからこそ、クリアした人と色々なことを話したくなる。GDCで本作が高く評価されたのは、この部分だったのかと思う。プレーヤーにどういう情報を投げかけ、想像させていくのか、本作はそういったストーリーテリングにこだわりを感じさせる作品だ。

 「Firewatch」はやはり雰囲気とストーリーテリングに優れたゲームである。雰囲気に惹かれた人、ミステリーが好きな人、興味を持った人はぜひプレイして欲しい。1つだけ残念なのが本作のクリア後に追加される開発者達のコメンタリーが和訳されてないところだ。こちらは字幕にも対応してないので翻訳は難しいと思うのだが、有料コンテンツという形でも良いので販売してもらえないだろうか。本作をどういう思いで作ったのか、そこもとても気になるところだ。

【スクリーンショット】
静かで美しい山の中。進行するドラマによってこの風景が不気味な雰囲気を帯びてくる